9-8話 演説に、他の三人は拍手した
「誰がクズどもや! 笑林寺はとっくに辞めとるし、今は〈ほーきんぐ〉やない! 〈満開ボーイズ〉や!!」
開斗が、浦見に向かって怒鳴った。
〈ほーきんぐ〉というのは、かつて鉄太と開斗が名乗っていたコンビ名である。去年の〈大漫才ロワイヤル〉に出場する際に改名したのだ。
その過程については一言で言い表せるものではなく、また、大会の出場権を巡ってやや正当とは言えない部分もあったので、優勝当時、メティアなどで改名の理由を聞かれた時は、心機一転のためなどと答えていた。
故に、本当の理由を彼女たちが知るはずもない。
「要は、前の悪事消すため、事務所変え、名前変えたっちゅう事やろ? クズやないか!」
「ちゃうわボケ!」
開斗と浦見はヒートアップする。開斗が手刀を構えるのを見て、鉄太は立ち上がり彼らの言い争いに割って入った。
「〈サバト〉さん、ごめんなさい。謝るの遅れましたけど、〈大漫〉で迷惑かけてすいませんでした」
深々と頭を下げる鉄太。
浦見は怯んだように一歩さがった。彼女たちにとって予想外の展開になったようで、楽屋内は瞬間にして静まる。
(今や!)と鉄太は思った。
「じゃあ、ワテらはこのへんで失礼しますんで……」
鉄太はソファーを回り込んみ、開斗を立たせて腕を取り、荷物を持って楽屋から出て行こうとした。
ところが林冲子が入り口前に回り込んで立ちはだかった。
「待て待て待てい! まだ話は終わっておらぬであろうが」
「そうでしたっけ?」
「左様左様! 『そうでしたっけ?』ではない! 許しを請うておきながら返事を聞かずに帰るとはどういう了見ぞ?」
武松子も入り口の前に立ち、林冲子と共に通せんぼをした。
ぐぬぬと思う鉄太であったが確かに正論である。
鉄太は、浦見と根民の方を見た。しかし、彼女たちは戸惑っているようですぐに返事をしてくれそうにない。
「ごめんなさい」
鉄太は返事を引き出すために、仕方なしにもう一度頭を下げた。
「アカン」
拒絶の言葉を耳にして鉄太は顔を上げた。しかし返答をした浦見は鉄太を見ておらず、その後ろを見ているようであった。
振り返った時、林冲子と武松子が胸の前でクロスさせた両手を素早く下げる瞬間を目の端で捉えた。
(コ、コイツら……)
さらに林冲子は芝居がかった口調でとんでもないことを言い始めた。
「ふむふむ、浦見、根民よ。汝らの怒りが解けぬのも尤もなれど、この男も許してくれるのであれば何でもすると申しておるゆえ、汝らの望みを何なりと申してみるがよい」
「はぁ!? 何でもするなんて一言も言うてへんわ!」
鉄太は驚いて抗議する。
しかし、今度は武松子が捲し立てて来る。
「詳しい事情は知らぬが、うぬがしでかしたことは言葉の一つの謝罪で済むことなのか? 違うであろう。で、あるならば、それなりの誠意をみせるのが当然のことよ。ささ、浦見、根民。汝ら望みを口にするのだ」
鉄太は振り返って浦見を見ると、彼女らは急な無茶ぶりに狼狽えているようであった。
ただ、しばらくすると、鉄太の背後の方を見ながら、何やら呟き始めた。
「テ? ゴ?……キツネ? コン? ……カミ? え!?違う? 髪の毛? ……は置いといて…… ヘアスタイル? おしい? セ、セット? ……カベ? フク? シロ?」
おそらく彼女たちは鉄太の背後に立つ林冲子たちのジェスチャーを読み取っているものと思われる。
(何がしたいんや)
鉄太は呆れて後ろを振り返る気にもならなかった。
しばらくすると、根民がジェスチャーの解読に成功した。
「ゴ、コン、セット、シロ……ゴーコンセットシロ……あ、分かった」
根民は浦見に耳打ちし、答えを聞いた浦見は咳払い一つしたあとで要求を告げる。
「……と、いうワケで許してほしかったら、合コンをセットしろ」
「長いわ! ってか、合コンやと? オマエらさっき純潔がどうのとか言うてなかったか?」
開斗は〈サバト〉にではなく、〈梁山泊〉の二人にツッコんだ。
五寸釘は溜息を吐いて両手を腰に当てる。
「姉さんらにはガッカリですわ。カップルが汚らわしとか言うておきながら、結局、男が欲しいんやないですか」
「否!否!否!! こは戦ぞ! かの兵法書にも書かれておる。敵を知り己を知れば百戦危うからず。カップルと戦うのに、カップルを知ろうとするのは当然のこと! それに! カップルになることと純潔を失う事はイコールではない! 違うか!」
林冲子の演説に他の三人は拍手した。しばらくして拍手が収まると、林は鉄太らに告げる。
「もし、浦見たちの要求を聞き入れられなくば、我ら〝赤い糸を黒く染める会〟、うぬらの仲を全力で妨害するであろう」
「オマエの要求やろ」
藁部がボソリとツッコんだ。
林冲子は後輩の無礼な発言を無視して、鉄太を睨みつけている。
どうやら返事を待っているようだ。
厄介なことに巻き込まれたと鉄太はウンザリした。
合コンというのは合同コンパニーの略で、男女のグループ同士が出会いを求めて行う会食である。
元々は、笑戸の大学生の文化であって、ここ数年の間にテレビ番組を通して全国に広まったにすぎない。
そして、合コンが流行り始めたのは鉄太が腕を失った後なので、セッティングしろとか言われても、合コンについてふわっとした知識しかなく、何をしたらいいのか分からない。
知らないからと言って断った場合どうなるか?
開斗と五寸釘の仲を妨害されるのはちと困る。しかし、自分と藁部との仲を妨害されるのはむしろ望むところである。
ところが、鉄太が葛藤しているスキをついて開斗が勝手に答えてしまった。
「分かった。合コンのセッティングしてやるわ。ただ、こっちは始球式控えとるんで、それが終わった後でや」
「よかろう」
林冲子は開斗の提案を受け入れた。
次回、第十章 第七艦隊
「10-1話 残念と思う反面、ホッとした」
つづきは10月10日、日曜日の昼12時にアップします。
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