9-7話 〈ほーきんぐ〉とは何者ぞ
「オモロなかったで。あのネタのド変態ってワテのことやろ。一つも笑えんかったわ」
ネタの感想を求められた鉄太はケンカ覚悟で批判した。彼女は小さいくせに見知らぬオッサンにケンカを売るほど狂暴なので、もしかしたら殴られるかもしれない。
笑気を張って身構える鉄太だが、藁部は想定の反応をせずにさらに質問を重ねた。
「……ほんでな、このぬいぐるみ桜色にしよかと思ってんねんけどどう思う?」
「絶っっっ対やめて」
桜色は鉄太たち〈満開ボーイズ〉のイメージカラーである。桜色のスーツと帽子と黒のサングラスというコスチュームが彼らのトレードマークなのだ。そんな匂わせるような行為はされたくない。
「……サングラスさせるのもええかもしれんな」
「アカン言うてるやろ!」
会話が全然噛み合わない。
「その子、今舞い上がってるから何言うても無駄やで。誰かさんが隣に座ってるからちゃうか?」
五寸釘が厭らしい笑いを浮かべて揶揄したとき、
――バン!
弾けるようにドアが開かれた。
ドアを開けたのは〈サバト〉のデブの方だった。
そのデブはドアが閉まらないように自らの体で壁に押し付けると、続いて痩せた方が入ってきて、デブとは逆サイドに直立した。
そして魔女の間を闊歩しながら二人の豪傑が楽屋に入って来た。
確か〈梁山泊〉という漫才コンビだ。
武将が前を歩き僧侶が後ろに続く。楽屋は狭くないものの、さすがに8人も入ると圧迫感がかなりある。
武将は五寸釘らを睨みつけると、するどい言葉で詰問する。
「笑天下の神聖な楽屋に男連れ込んで、あまつさえ乳繰り合うとはどういう了見や」
「言いがかりはやめて下さい林姉さん。楽屋挨拶に来てもろうただけです。別に、乳繰り合っておまへんわ」
五寸釘は座ったまま不快を隠さない口調で反論した。
鉄太は記憶の片隅から、武将のコスプレをしているのが林冲子で、僧侶のコスプレをしているのが武松子であることをなんとか思い出した。
「乳繰り合ってなければ許されると思おてか。我ら笑天下、〝赤い糸を黒く染める会〟の掟、よもや忘れたとは言わさぬぞ」
「左様。〝赤い糸を黒く染める会〟会則第一条。オスと話すべからず」
武松子が指をさして五寸釘をなじる。
「いや、そんなん無理ですやん。だって事務員かて男の人いてますしオトンとか兄弟とか無視せいっちゅうんですか?」
「屁理屈を言うな! 男やない! オスやと言うておろうが! 生殖対象になるのならば、即ちそれはオス」
「生殖対象て……せめて恋愛対象って言うてください」
「れれれ、恋愛やとぉぉぉ!? 我が前でそのような如何わしい単語を口にするとは!」
五寸釘と林冲子の口論はヒートアップする。
それにしてもヒドイ会名だ。〝赤い糸を黒く染める会〟
赤い糸と言えば運命の恋人同士を繋ぐという伝説であるが、その赤い糸を切るのではなく黒く染めるという所におぞましい陰湿さを感じる。
「五寸釘! ウヌは昨日の決起集会で、『すべてのカップルに呪いあれ』『死すまで純潔を貫き通す』と我らと共に誓ったではないか! あの言葉はウソだったと……内心我らを嘲笑っていたと申すのか!」
「はい、ウソですし嘲笑ってました。おまけに可哀そうな人たちだなと哀れに思ってました」
五寸釘は悪びれることなくしれっと答えた。
その言葉に僧侶の方が崩れ落ちる。
「松子! 松子!」
「姉者……某、このような辱めを受けたのは初めてですぞ……口惜しや口惜しや」
「我とて初めてぞ! 許さん……許さんぞ五寸釘ぃぃぃ!!」
林冲子は屈み、うずくまって震える武松子の背中をさすりながら、血涙を流さんばかりに吼えた。
「はいはい、許さんで結構ですんで、早よ出ていって下さい」
五寸釘は、まるで犬でも追い出すかのように手を叩く。
先輩芸人に対して一歩も引かないどころかやり込めるとは恐ろしいほどの気の強さである。
一方、藁部の方はというと、我関せずといった感じでお茶を飲んでいた。
相方を援護しようとする素振りもないのはどうなのかと思わぬでもない。
とはいえ、このオカッパ頭は何かのスイッチが入ると狂暴になるので、むしろ大人しくしてる方がマシなのかもしれない。
鉄太は、ふと視線を感じて振り返る。すると痩せている方の魔女と目があった。
マズイと思って顔をそらすも、その魔女は鉄太の方に近寄って来ると下から覗き込むように観察し始めた。
もしかして彼女らが漫才をしていた時に、最前列で座っていたにも関わらず突っ伏していた男というのがバレたのだろうか。
「どうかしたのか根民よ」
訝る林冲子が、痩せた魔女、根民に問うた。
「コイツ〈ほーきんぐ〉のテツです!」
「なんやと!」
そう怒鳴ったのは林冲子ではなく太った方の魔女だ。彼女は、根民を押しのけると鉄太の顔を見て「ホンマや!」と叫ぶ。
痩せている方がウィッチ根民だとすると、太っている方はウィッチ浦見ということになる。
二人とも老婆に見えるようなコントメイクをしているが、どちらもまだ29才ぐらいのはずだ。
なにせ4年前に〈大漫才ロワイヤル〉に出場できたということは、その時は25才以下だったのだから。
そしてさらに、浦見は開斗に気付いて声を上げた。
「あっちは〈ほーきんぐ〉のカイや!」
「ホンマや!」
騒ぎ出した〈サバト〉の二人を林冲子が抑えようとする。
「落ち着け、浦見、根民よ。〈ほーきんぐ〉とは何者ぞ」
「林姉さん。コイツら〈ほーきんぐ〉は笑林寺の漫才師で、4年前、ウチらが出場した〈大漫才ロワイヤル〉を台無しにしたクズどもです」
「ほんで、劇場の最前列の席に座って、人のネタ中に居眠りするカスです」
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次回、9-8話 「演説に、他の三人は拍手した」
つづきは10月9日、土曜日の昼12時にアップします。