9-3話 4つのパートに分かれてる
「あのクソが!」
帰りの電車内で開斗の不満が爆発する。
「3000人のライブを100人程度のライブと一緒やと思っとる。やったら、最初から小さいトコでやれっちゅう話や。そう思うやろテッたん?」
「せやな」
人が激発している場合は聞くに徹するというのが鉄太の処世術だ。ヘタに反論とか意見を言うと火に油を注ぐだけである。
「儲けてやろうって気持ちより損したない気持ちのが強いんや。みみっちい男やで」
「まったくや」
「一度痛い目見た方がええんや。いっそ潰れてくれた方がええかもしれへんな」
「その通りや」
相槌を打つ際は、色々変化させた方が聞いている感じが出てよいのも経験から学んだことである。
それにしても、チケットをどうしようと鉄太は考えた。帰り際に金島から1000枚ほど渡されたのだが、どうやって売ったらよいかがよく分からない。
鉄太と開斗は、笑林寺漫才専門学校卒業後、第一線で漫才をすることができたので泥臭い下積みを経験していなかった。
(帰ったら月田君に相談してみよか)
鉄太は一先ずチケットのことを忘れることにした。そんなことより、はるかに重大な問題がせまっているのだ。
藁部たちの舞台の件である。
事務所を出たのが11時前、南港東から笑天下までは40分程度らしいので、公演にはどう考えても間に合いそうである。
笑天下過激団の舞台については色々ヤバイ噂を耳にしていたので出来れば行きたくないというのもあるが、それ以上に藁部から向けられている好意的な感情が迷惑なのだ。
いっそ、嫌いだから近づくなと言えれば楽であるが、お笑いという職業のせいか相手を傷つけたり泣かせたりする決定的な言動をとることに抵抗がある。
それは、底なし沼へ一歩一歩進んでいく行為だと分かっているのだが……。
「痛っ! だから、カイちゃん。百歩やるならやるって言ってんか」
いきなり百歩ツッコミをぶつけて来た開斗に鉄太は抗議する。
「やかましわ。話も聞かんと生返事ばっかりしてるからや」
鉄太は、無意識的に相槌を打つことができるが、返答を要する問いかけをされるとバレてしまうことが欠点である。
「どーせ、これから会う女のこと考えとったんやろ」
「その言い方やめてんか」
どうも開斗は敵側に内通して、オカッパ女と自分をくっ付けようとしている気がしてならない。藁部には直接言えなくても開斗には一言言っておいた方がいいようだ。
「あんなぁ、カイちゃん。もし、ワテとアイツをくっつけよう思ってんのなら、迷惑やからやめてんか」
「アイツって誰やねん」
「分かっとるやろ」
「……何が不満やねん」
「はぁ? いらんお世話や言うてんのや」
何が不満ではない。すべてが不満なのだ。顔がタイプではない。スタイルが気に入らない。声が気に障る。性格が受け入れられない。鉄太の理想と真逆と言っていい。
しかし、この思いは開斗に言うワケにはいかない。言えば、五寸釘経由で藁部が知る可能性がある。
好意を寄せている相手から全否定されていると聞かされたら、面と向かって嫌いと言われるよりキツイかもしれない。
「カイちゃんかて、『まだ、付き合うてまへんけど、付き合うてもええと思ってる相手はいてます』言うてたでって、ワイが五寸釘に、痛っ! ヤメ、ヤメてカイちゃん!」
昨日、オホホ座で開斗が総支配人に言った言葉を鉄太が真似て言うと、開斗は無言で強めの百歩ツッコミを連発してきた。
開斗と鉄太は、笑天下の劇場にやってきた。
笑天下とは、通天閣より南に下った所の地名であり、そこに拠点を構えているのが、〈丑三つ時シスターズ〉の所属している芸能プロダクション笑天下過激団である。
実のところ、鉄太はこの辺りに来るのは初めてである。迷わず劇場にたどり着けたのは、人の流れに乗って来たからだ。
笑天下の劇場は2000人規模のキャパシティーがあり、周辺には目立った娯楽施設がないため付近の駅で降りる人は大抵劇場の客である。
(それにしても、女の人ばっかやなぁ)
あたりを見渡しても男性はまばらだった。そして、女性と言ってもほとんどが30代以上だと思われ家族連れも見当たらない。その上、何かしら事情を抱えていそうな風体をした人も散見される。
ただ、いずれにせよ、黒スーツの男二人組は場違いも甚だしかった。
彼らは周囲からの奇異な視線に晒されるが、そもそも開斗は目が見えないし、片腕のない鉄太はその手の視線は慣れているので早く帰りたいと思う程度である。
鉄太は開斗を連れて劇場に入った。
女性が多いだけあって様々な化粧の交じり合った臭いで思わずむせる鉄太。鼻をつまみたい気分だが、開斗に腕を持たれて歩いているので、そんなことはできない。
客の多くはロビー脇の物販スペースに群がっているが、彼らにはそんなことに使える金はないし、仮に金に余裕があったとしても買わなかっただろう。
一直線にホールに入って最前列の指定席つく二人。
開演までまだ時間があるので、彼らは持参した耳パンサンドイッチの弁当を食べることにした。
幸いなことに鼻がマヒしたのか化粧の臭いは大して気にならなくなっていた。
鉄太は耳パンを食いちぎりながら、パンフレットを見ると、そこに意外な名前を発見した。
肉林から解散したと聞かされていた〈サバト〉がの名が載っていたのだ。
そのことを開斗に伝えると、パンフレットの内容を聞かせてくれと言われる。
鉄太は分かったと答えたものの読めない漢字が多くて飛ばし飛ばしになる。
すると開斗から「電波の悪いラジオか」とツッコまれた。
そんな様子を見るに見かねたのか、開斗の右隣に座るオバチャンが鉄太に替わって内容を教えてくれた。
笑天下過激団の舞台は一回2時間の舞台を1日4公演行っていること。
そして1公演は、喜怒哀楽をテーマに4つのパートに分かれ、本日の出演者は次の通りであること。
喜のパート お笑い芸人が行う漫才。
1〈カタストロフ〉 カタス伊藤・トロフ西口
2〈丑三つ時シスターズ〉 シスター五寸釘・シスター藁部
3〈サバト〉 ウィッチ浦見・ウィッチ根民
4〈梁山泊〉 林冲子・武松子
怒のパート お怒り芸人が行う万罪。
〈怒髪天〉
哀のパート お涙芸人が行う満災。
〈クライ・クラウン〉波田ぽろぽろ・小越うっうー
楽のパート お気楽芸人行う萬歳。
〈まったりカルテット〉ほっこりー山田・ケセラ河北・湯口トモコ・凪なぎこ
そのオバチャンは、いかにも大咲花のオバチャンといった感じであり、コミュ力が高く、鉄太らとすぐになじんだ。また、相当なリピーターらしく、パンフレットに載ってないようなことも教えてくれた。
そして、いい感じに時間が潰れて公演が始まった。
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次回、9-4話 「そら、男は来んはずや」
つづきは9月25日、土曜日の昼12時にアップします。