4-1話 三人で、六畳一間で同居する
住之笑のコンテストから数日後、鉄太は開斗と同居することになった。
もちろん金がないことが理由である。
開斗は大咲花の笑月町にあるボロアパートの二階に住んでいた。
笑月町の地価は大咲花府全体で比較した時、上位の方に入るので、六畳一間のボロとはいえ家賃は思いのほか安くない。
その安くない家賃を工面するため開斗は、後輩の一人とルームシェアしていた。
そこへ鉄太も加わることになれば、六畳に三人となり、寝る場所すら苦労することになるのだが、開斗は後輩に相談することなく同居人が一人増えることを一方的に決めたらしい。
ヒドいと思うかもしれないが、この程度の理不尽は漫才師を志す者にとってネタみたいなものである。
後輩の名前は月田満作といった。年齢は二十二才で鉄太たちより三才若い。丸刈りで引き締まった体をしている。
ただ、後輩と言っても笑林寺を卒業してはいない。
笑林寺に入学し、ツッコミ師として一級生に進級することはできたものの、色々あって中退したそうだ。しかし、それでもお笑いの道をあきらめることができず、現在芸人としての活動を模索中とのこと。
開斗とも二年前に知り合った仲なので、鉄太とは面識がなかった。
六畳の部屋の真ん中に、足を折りたたむことが可能なちゃぶ台が設えられ、三人の男が取り囲んでいる。
窓側に開斗、入り口側に月田、押し入れを背に鉄太が座る。
八月上旬の熱帯夜。
扇風機もないので、全員ランニングシャツにパンツという姿である。
ちゃぶ台の上には合成酒の一升瓶と、1.5リットルのペットボトルが一本、皿と小皿がそれぞれ一つ置かれている。
ペットボトルの容器にはコーラのラベルが張られているが、中身は水道水である。
これでもって合成酒を割る。
ただ、薄い安酒をそのまま飲むとクソ不味いので、注ぐ前にコップのフチを湿らせて、皿に敷かれた粗塩の上に被せる。
するとコップのフチに粗塩が引っ付くので、それを舐めながら飲めば、なんとなく味を誤魔化すことが出来るのだ。
月田は、使い込まれて先が黒っぽくなった割り箸をマドラー代わりにして、コップの中身をかき混ぜ、三人分のドリンクを造って手渡す。
「それでは、これより立岩先輩の歓迎会を行います」
「「「カンパーイ」」」
「よかったらコレ、つまんでください」
月田が差し出してきた皿には、長方形をした小さな茶色い物体が盛られている。
「パンの耳をきざんで揚げた物っす」
パンの耳という物は、サンドイッチを作る喫茶店などから、ほぼタダで手に入れることができる貧乏人御用達の食材である。
「おおきに」
鉄太は一つ摘まんで口に入れると、ややピリっとした辛味が舌を刺した。おそらく唐辛子でもまぶしていたのだろう。柿の種の代用品のつもりらしい。
乾杯の挨拶が終わりコップを一口あおると、開斗は押し入れから1mぐらいの細長い袋に入れられた物体を取り出した。
「げっ……カイちゃん、まだそれ持っとたんかい」
「まだとは何や。当たり前やろ」
開斗が手にしているは拵袋というもので、中には日本刀が入っている。かなり高価な物らしい。
「なんで借金のカタにせんの?」
「アホか。コイツは金の問題ちゃうねん」
開斗にとってこの刀は、手刀ツッコミをイメージするために買った物で、相当な思い入れがあることは知っている。
しかし鉄太からすれば、自分の腕を叩き切られることとなった元凶とも言える品である。
それに、鉄太はふと思った。あの刀は自分のギャラからピンハネされた分が、モトになっているのではないだろうかと。
当時、若手漫才師のカスみたいなギャラで、どうしてあんな高価なものを買おうと思えたのか不思議であったが、自分とは心の余裕が違ったのであれば頷けるというものだ。
(何が金の問題ちゃうや)
鉄太は心の中で毒づく。
言葉には出さない。
刃物を持った相手をいたずらに刺激したくないからだ。
当の開斗は、拵袋の房紐を解いて中から刀を取り出し、柄の部分の目釘を外しはじめた。歓迎会だというのに今から刀の手入れを始めるつもりらしい。
ひょっとすると、鉄太が月田と親睦しやすいように気を遣っているつもりなのかもしれない。
いずれにせよ開斗と会話するとロクでもないことになりそうなので、鉄太は月田に対して、初対面の芸人同士がするオーソドックスな質問を投げかける。
「ところで月田君はどんなツッコミすんの?」
つづきは明日の7時に投稿します。