私たちの新たな生はこれからだ
三月暦。
私の三つ下の中学生で大切な妹。
体が少し弱く季節の変わり目ではよく熱を出していた。
彼女のことを私目線で簡単にまとめるとこんなものだ。
しかし今そんな彼女を名乗る怪しい女がいる。
普通森の中で知らない人に「私はあなたの妹です」と言われたら警戒する。
だから私はこう言ってやった。
「あの子は金髪でもエメラルド色の目でもなく、ツノも尻尾も生えてはいない誰がどう見ても純100%の人間ですよ!」
てね。
そしたら仮称暦はこう返してきた。
「転生しちゃったら身体ごと変わったから仕方がないんじゃない?一応前世の身体だに近づけてるようにしてるからどこか見覚えない?」
詐欺師の返し方だな。
オレオレ詐欺で「声変わった?」と聞かれて「喉痛めちゃって」と返すのと同じだ(個人の意見です)。
「たしかによく見れば暦そっくりですが、現状―転生したこととか幼女になったとか生きてるとか―をしっかり認識できてない私からしたらあなたが本当に暦でも疑うのは当たり前です」
「信じてくれないのお姉?」
既読無視。
知らない人に信じろと言われたら信じられるわけがない。
そんな泣きそうな顔で見てきてもダメ。
あっ待って尻尾が地面叩いてて可愛い。
「………仕方がない。その尻尾に免じてチャンスをあげる」
「やった!」
可愛いは正義なのだ。異論は認めない。
犬や猫や鳥や兎etcが寝てたりしてる写真を見ると癒されるのは―トラウマとかがない限り―人類皆共通だと思う。
さて仮称暦にチャンスをあげると言ったがどんなチャンスなのか、答えは簡単だ。
「私と暦しか知らないことを言え」
これに限る。
私は暦とよく一緒に行動していたのだ。逆に自由な時間に一緒にいない時の方が珍しいと言われたこともある。
「さ、どうぞ」
れっつごーあんさー!
「私が3歳か4歳の時にお漏らししたのをお姉がしたって言って私の代わりに怒られてくれた」
グハァ!
「お姉と一緒にお母さんの誕生日ケーキを作ろうとしたらケーキと言えない何かが誕生して怒られた」
ぬわーーっっ!
「私が熱を出すたびに一緒に休んで看病してくれた」
ひでぶ!
てっ、これは普通に恥か死んだりしないやつだった。
ともかくあっさりしすぎかもしれないが彼女は多分暦だ。
私があと一押ししてその反応次第だけど。
「ちょっとストップ」
「ちょっとお姉、これからがいいところだったのに」
まだあるのか。
本当に恥ずか死ぬぞ私。
「それで何?」
「うん、ええっとね、あなたが私の知ってる暦である可能性はほぼ100%となりました」
「やった」
「それであなたがバレてないと思っているヒミツを言います。それの反応次第で信用します」
「おっけー!どんときていいよお姉!」
「…暦、あなたは中学2年の時に自分の部屋で私の「ちょっなんでソレ知ってんのぉぉぉぉぉ!?」途中で遮らないでよ」
「遮らないでよ、じゃないよ!なんでそのこと知ってるの?」
当然の疑問だろう。
だがな、
「妹のことに関して姉たる私が知らないことなど殆どないのです」
さすがに冗談です。
部屋から無くなって探しに行ったら偶然見ただけです。
にしてもこの反応の仕方は暦本人で間違いないな。
「そ、そんな。じゃあお姉の■■の■■で■■■■■■■したとか、お姉が入った後の■■■を■■■する夢を見たとかお姉の「さすがに冗談だよ。知ってるのはそれだけ、ってゑ!?」■■したとかもしっ、てる、の?」
こいつ、なんちゅう爆弾を隠し持ってたんだ。
「暦そんなことしてたの!?」
「さ、さすがに冗談だよお姉」
「そ、そうだよね」
謎が残ったままだがこうして私は何故か妹と再会を果たしたのだった。
「グスッ、グスッ」
「はいはいお姉。私はここにいますよ」
何をされてるかって?
暦がいるって実感したら涙が止まらなくなってあやされてます。
妹にあやされるは正直言って恥ずかしい。
けどそれ以上に二度と会えないと思ってた家族に会えたのだ。
それくらい気にしない。
が、いい加減泣き止むとしよう。
「……それで、なんでここにいるの?」
「あっ泣き止んだ。それにしてもその顔、何度見ても可愛いなぁ〜」
求めていない返答が返ってきた。
私は向き合う体制で暦にだからているので顔を見るためにはこちらの顔をあげないといけない。
ちなみに今の暦の胸はそこそこ大きいので少し息がしづらい。
「暦、私は真面目に聞いてるのだけど」
「本当に可愛いなぁ。今のお姉にならどれだけ説教されてもいい気がしてきた。もちろんあっちにいた頃のお姉の時もそうだけどっと、ごめんごめんなんだっけ?服が欲しいだっけ?」
…………。
正論だけれども、正論だけれども!
それより前のせいで台無し感がひどい。
「服もそうなんだけど、もう一回言うよ。なんでここにいるの?」
「服着てからにしない、そう言う話は」
そう言われてもね、私の手持ちには服がないのだ。
というかこの身一つしかないのにどうやって服を着ろというのだ。
なので服がないことを伝えたところ
「服がない?確かお姉が目覚めた部屋に置いといた筈だよ。なんなら下から取ってこようか?」
だそうだ。
どうやらあの綺麗な部屋に置いといてくれたようだ。
「そうなんだ。暗くて気付かなかったよ」
「?そんなことはないよ。だってお姉の種族的に暗いところも普通に見えるはずだもん」
「そうなんだ。私ってそんな感じの種族になっちゃったんだ」
「ありゃ、気づいてなかったの?」
「お腹があんまし空かないなとは思ってたけど、もしかして人間やめちゃった?」
「やめちゃってるよ」
「そうなんだ〜」
「そうなんだよ」
「じゃないよ!」
つい強く言ってしまったが仕方がない。
ただ何故暦は私が目覚めた部屋のことを知っていて私すら知らない今の自分についても知っているのだろうか。
「だいたい考えてることは分かるよ、『なんで知らないはずのことを知っているか』でしょ」
暦は以前までの姿では見たことのない顔をした。
だいぶ不気味だ。
「当然の疑問だからちゃんと答えるよ。服着たらね」
「なんで服着ることにこだわるの」
「そりゃもちろん…」
ごくり
「衛生的にまずいってこともあるけど、そろそろめんどいのがやってくるんだよね」
「めんどいのって?」
「簡単に言うと集団で襲ってくるキモい奴らだね。まあ私がいるからお姉があんなことやこんなことをされる前に奴らは粉砕するけど、純粋に汚くて戦いたくないし、できるだけお姉の肌にあいつらの吸った空気をつつけたくないからね」
そう言うと暦は地面にある金属の扉を開けた。
「ってことで服とってくるけどお姉はどうする?ここで待ってる?」
「私は……」
結局言葉で返答することは出来なかった。
けれど私は暦に近づき服を少し掴んだ。
もう離れるのは嫌なのだ。
暗い中一人ぼっちでいるのはもう嫌なのだ。
今は暗くないけど。
「分かったよお姉。一緒に行こうか」
そう言うと暦は私を抱き抱えた。
「なんで抱っこするの」
「お姉不満?」
「不満がないと言ったら嘘になるけど…」
別のことが心配なのだ。
「ああ、漏らした部分とかも触れるんじゃないかって。大丈夫大丈夫。ふきっとって洗ったから」
「言わないでよぉぉ!」
「フフフ、今の私にはそんな攻撃効かないんだよね」
異議を訴えるように手を振り回して軽めに叩いたが気にしないようだ。
くやしい!
「お姉可愛い〜」
「や、やめて。そんなに見ないで」
ご安心をそういったシーンではございません。
ただ服を着ただけです。
暦の言った通り私が目覚めた部屋にはちゃんと服がありそれを着ています。
服はしっかりしたメイド服のようなもので背中―肩甲骨から腰の上ぐらい―にはなぜか穴が空いているものだ。
暗いのに服の系統とかが分かるのかというと、私は暗いところもはっきり見えるらしい。
実際廊下も出る時には見えなかった景色が見えた。
見えた景色はぼろい幽霊屋敷の壁といったところだろうか、壁紙はほとんど―というかほぼ全て―剥げてしまっていて床も想像通り土だった。
しかし服はこれ以外なかったのだろうか。
「あーそれね、実は服を頼んだら女性用はそれしかないって言われて…」
尋ねた返答がこれだ。
現実は非情だ。
私はこんなコスプレみたいな格好はしたくない。
「けどそのメイド服結構性能いいんだよ」
なんですと!?。
暦曰くこのメイド服にはいくつか術式付与というものがかけられているらしい。
かけられている効果は【劣化無効】【衝撃耐性】【清潔】の三つ。
【劣化無効】はそのままで時間経過による服の破損をなくすらしい。
【衝撃耐性】はある程度の衝撃を軽減してくれるらしい。転んだ時とかに感じる痛みを減らしてくれるとかだろうか。
【清潔】はかなりすごいらしく、常に服が汚れないそうだ。つまりは洗濯いらず!こうなる前にも欲しかった。
魔法とかもよく分からないがかなり凄いんだろう。
「といっても貰いもんなんだけどね」
「……暦、それで全部台無しになった気がする」
「お姉に会う前に出来た友達の1人がメイドをやってたんだよ。その人からもらった」
「なるほど、そうなんだけ。けどこの背中の穴は何?」
「そのメイドさんはね背中に蝶の羽根がある獣人だったからだよ」
なるほど羽が生えているならしょうがない。
というか羽が生えてるメイドさんって聞くと本当にここは別世界なんだなと思う。
「ところでお姉、前いた世界とこの世界のことなんて言ってる?」
「え?ええっと前いた世界の方は『以前』とか『前まで』で、この世界の方は……『この』だったかな」
「りょうかーい。ならその『以前いた世界』とか『前までの私』みたいのを考えるのやめたほうがいいよ」
「なんで?」
「そういうこと考えてると人間だった頃が恋しくなったりして耐えられなくなってくからだよ」
その言葉はどこか共感でいいのだろうか。理解できてしまうものがある。
「だけど考えたり思い出したりするななんて言わない。けど使うなら『あっちの世界』とか『前世の私』にしといたほうがいいよ」
「わ、分かったよ」
「それじゃ行こうか、お姉」
「うん、行こう」
まだ私はこの世界について何にも知らない。
何故私がこの世界に来たのかも、何故暦がいるのかも。
それを無理して知ろうとは思わない。
無理してまた同じようなことが起こってしまうかも知れない。
だからゆっくりでもいい。
暦と一緒にゆっくりと一つ一つ知っていけばいい。
そういえば前世の私は少し無理をしていたかも知れない。
もしかしたら過労死に近い形で死んでしまったのかも知れない。
なら今世の私は無理をせず自由に生きよう。
見ず知らずの誰かのためではなく、私と大切な妹である暦のためだけに新たな生を使おう。
時には間違いを犯してしまうかも知れない。
それでも前を向いて生きていこう。
時には後ろや横、なんなら上や下もありかも知れない。
こんな決心を密かにし、私の新たな生が始まった。
終わり方が打ち切り漫画みたいに感じたのは気のせいだろうか。
ご安心を本作は続きます。
2020年4月7日にメイド服につけられていた魔法を術式付与に変更しました。