脱出
ドアの外に見えた光景は薄暗く淀んだ雰囲気を放つ廊下であった。
例えるならゲームの神聖じゃない隠しダンジョンとか墳墓とかだ。それ以外で思いつくのはゴブリンの群れが長期に渡って住み着いている遺跡ぐらいだと思う。
さすがにゴブリンの巣のような汚さはないが埃っぽさ、というのだろうか。
ともかく汚い。
さっきまでいた部屋はおそらくだがここと比べて綺麗な雰囲気はした。だから汚く見えてしまうのかもしれない。
しかし何故私のいた部屋は綺麗と感じたのだろうか。
廊下のあの部屋を比べるとあの部屋だけ綺麗になるよう意図的に作られたように感じる。
それに床も違う。
石タイルだったあの部屋と違いこちらは凸凹がないように整えられて入るが感触的には土だ。
さすがに土だけで床を作るはずはないのでおそらくは木の板とかを土の上に置いていたが時間の経過で劣化してしまい使い物にならなくなった。
そんなことを考えていると先ほどから壁にいくつも付いている魔道具が放つ光が恐ろしく感じてしまう。
さて話は急に変わるが幼女というのは体力が少ないということを私は知っている。
少なくとも私と妹はそうだった。
実際妹が小さい時も遊園地に行ってはしゃいでもすぐに電池が切れたように眠ってしまったことが何度もあった。
今の私の体も同じようで部屋のドアはもう見えはしないが体―特に足―がプルプルしており歩くことができない。
なので私は廊下の中央で体育座りして休むことにした。
本当は壁に寄りかかったり寝そべったりしたいけど何が起こるか分からない今、そのようなことをする勇気は私にはない。そういうのがある人は俺TUEEEEE系の主人公かのほほんとした人ぐらいだろう。多分。
体力が回復するのを待つために様々な考え事をしてみる。
やはり最初の議題に挙げるのはこれだろう。
なぜ私は転生した?
誰が転生させた?
相当特殊な場合じゃない限りGOD、神の仕業しか思いつかないだろう。
あの部屋は私が転生して目を覚ますために用意された部屋である可能性が現状では高い。
しかしそれではつじつまに合わない。
大体の場合神が転生先の部屋を選ぶならまず生物同士の間から生まれるなら親が最低でも保護者はいるだろう。
しかしながら現在保護者どころか人が住んでいる雰囲気しかない。
例えばもし『私は誰かの子供で何らかの事情で動けなくなり、目が覚めたが転生してからの記憶を無くしている』とかだった場合でも現状空腹感すらなく、今歩いているこの廊下にも誰かが通った足跡のようなものを踏んだ感覚もない。
なので今の私に保護者やそれに近しい人がいないのは確かだ。
そこで考えられるのは『安全な場所に転生させたが汚すぎるのでせめて目覚める部屋だけは綺麗にしとこう』という仮説だ。
それなら色々とつじつまが合う。
色々がなんなのかは長くなるから解説しないけど。
ところでなんで1人なのに誰かに解説しているかのようにしているのかだって?
こうしないと恐怖でまた泣き出しそうだからさ。
ボッチ会議の応用みたいなものさ。
………もし誰かと生活することになっても癖になってずっと内心解説し続けてそうだな、私。
どれくらい考え事をしたか分からないが体力が回復した私は再び出口を探すために歩き始めた。
歩いて歩いて見えてくるのは薄暗い光だけ。
夢にも出てきそうでとても怖い。
そんなことを考えながら歩いていると
「ブヘッ」
硬い何かに激突して転びました。顔が痛い。
久しぶりに声を出した気がするが気のせいだろう。
何事かと立ち上がり前を触ってみると……なんだこれ?
多分壁でだろうが分かるわけがない。暗すぎて視覚が頼らない状態で頼りになるのは視覚以外の五感である聴覚、嗅覚、味覚、触覚である。
しかし味覚は論外として、聴覚はそもそも魔道具の起動音以来一切音が聞こえないし私は臭いの専門家でもなかったから細かいことはよくわからない。
であれば頼りになるのは触覚だけ。
実際床が土だとかタイルだとか全部ただの触れた感覚からの推測だったし対して重要ではないだろうからいいだろう。
そんな状況で文字通り壁がある。
もしかしてどこかに曲がり道があったとか?
それなら見逃しても仕方がない。
壁に何かある可能性も考えて中央であろうところを歩いてきたのだ。
しかしながら何もしないのはもったいないので手が届く範囲でその壁を触って何かないかと調べていると小さな出っ張りがあった。
大きさ的には今の私の手より少し大きいぐらい。
まるでそれが何かのボタンのように感じて、正直押したい衝動に駆られた。
そんなバカなことをできる状況ではないことは理解しているが、ボタンがあるのならとりあえず押してみる派だった私―の体―は気づいたら押していた。
そしたら『ゴゴゴゴゴ』といった音が聞こえてきた。
さすがにだいたいの予測が立つので壁から離れることにした。
そうすると案の定壁は二つに分かれ左右に開いていき、その先に隠された―いや、この場合私がいた側が隠されていた方が正しいのではないか?―上へと繋がる階段が見えたのである。
扉だった壁の先にあった階段はかなり短く、一般的なスーパーのエレベーターよりも短いように感じた。
ちなみに階段だとすぐに分かったのは壁にある魔道具に似たようなものが階段の一段一段に入っていて分かった。
しかしながら先にあったのはまたもや壁という非常な現実。
さすがに階段を登った先が天井というのはあり得ないので順序を逆にして考えてみた。
「普通隠し扉の先にあるものは?」―『基本的には隠し部屋』
「隠し扉の先に階段がある理由は?」―『いた場所が隠し部屋側であったから』
「階段が上がるように作られている理由は?」―『本来は上から下に入るように想定されているから』
つまり階段のさきにあるのは外ということになる。
なるほどなるほど外か。
えっ、今私外って言った?
外に出られる喜びか、私は勢いよく天井を開けた。
外、いや地上は暗く数多の光が私を見つめていた。
その中でも特に大きな光、おそらくこの世界においての月であろう。
色は同じだが数が三つほどあり「ああ、ここは本当に異世界なんだな」と思った。
そうするとまた私の頬に水が通った。
さすがに涙ということはすぐに分かったがそれが前に泣いた時と同じなのか、外に出られた嬉しさなのか、それとも別の何かなのかは分からなかった。
涙は最初に出た一粒だけだった。
2020年3月26日に段落の先頭を一段下げました。