口裂け女の出会い
コツコツと足音を響かせながら街灯の下を歩く。
「はあ…」
残業してたら真っ暗になっちゃった…。
人もいないし怖いなー。
でもタクシーは高いし…。
「……」
こんな夜は何か出そうだな…。
「ふっ」
なんて。あるわけないか。
帰ったら何しようかなー…。
「ねえ…」
「?」
こういう時。
私に声をかけられたわけではないかもしれない。
そう思っても振り返ってしまうのは本能なのだろうか。
まあ冷静に考えれば他に人がいないんだから私に声をかけられたと思うしかないんだけど、私はそんなことを思う間もなく本能に従い振り返ってしまった。
「えっ…?」
…振り返ってしまった、という表現は正しかったと思う。
そこにいたのは長く黒い髪を前に垂らし、顔を伏せたようにして体をこちらに向けている女の人?がいたのだから。
貞子のモノマネをしているやばい人。
そんな決めつけで逃げれば良かったのだ。
でもその時の私は何にというわけでもなく疲れていた。
だから。
「どうしたんですか?」
少し、安心してしまったのだ。
人がいた。その事実だけに目を向けて。
きっとどこかで恐怖を感じていたからこその感情だった。
「……私……綺麗……?」
驚いた様子もなく彼女は告げた。
呟くように、悲願するように。
「えっと…初対面だと思うので分かりません」
顔は見えないのできっと中身の話なのだろうと思って答えた。
まあどっちにしろ私は恐らくこの人を知らないから綺麗かなんて分からないけど。
「…私……綺麗……?」
彼女はまた告げた。
私の声が聞こえなかったのだろうか。
「…分かりません。知ってる人ですか?」
まずそこが知りたかった。
「…私……綺麗…?」
だけど彼女はただ同じ言葉を繰り返した。
それは恐ろしいほど淡々と。
「……声は、綺麗だと思いますけど」
側から見れば馬鹿な人だったと思う。
明らかに怪しいその人に、私は馬鹿正直に答えていたのだから。
だけど私は、何にというわけでもなく疲れていたのだ。
「…私の顔…見る…?」
「えっ…」
全く私の返事を聞かなかった彼女が私の返事を聞いて言葉を変えたと思ったからなのか。
それとも私が気になっていた彼女の顔を見ることが出来ると思ったからなのか。
私はその時、確かに歓喜していた。
「いいんですか!?」
暗い夜道に場違いな私の声が響き渡った。