【第一章】その6
主催者がいるテントで選手登録を済ませ、参加料三金貨を納めて、〝五〟の数字が書かれた青いゼッケンを預かる。
五戦目に出場らしく、もう次の試合だから試合場左側の青いマーキングの所で待機しておいてくれと言われた。
場所は時計台前の大通り。この道の真ん中で5メートル位の間隔をとって、妖精どうしが魔法合戦を繰り広げる。
結構広い通りなのに人ゴミに溢れかえって馬車一台がやっと通れるか位に狭苦しくしていた。
私達の前の試合を見ていたが、蛾の妖精の粉を振りまく術に翻弄されていた天道虫の妖精が、最後に太陽光線みたいな術を繰り出して逆転勝ちを収めていた。
どちらも相手に手も触れていなかった。相手の体に意図的に触れると審判が反則負けを下すらしい。
「さて…私達の出番だな。自分が出るわけじゃないが武者震いしてきた」
「あっ!相手が出て来ました」
見ると相手側の赤くマーキングされた所に、金髪青眼の少年が立っていた。横には濃い黄緑色の服を着たハンサムだが前頭部ハゲ上がった中年妖精が飛んでいる。
赤いゼッケンに〝五〟の文字。相手はアレで間違いない。
「おっさんの妖精か…なんの昆虫だ?」
「んミョー…カメムシさんの妖精です。臭いを作る〝妖精臭術〟を使います」
「カメムシか…大丈夫か?」
「ナヴィ、正直ちょっと苦手なんですよね…でも十中八九勝てると思いますよ」
ギャラリーに赤、青の札が一枚十銀貨で売られだした。当たれば1・5倍の配当金が戻ってくるらしい。
因みに私達が青側で、札は私達の方が多く買われている。
「当然ですね。ナヴィはこう見えても肉食系。二つ名が〝タイガービートル〟なんですから、草食系のカメさんなんかに、負けるはず無いです。しかもココは道の上、ナヴィの主戦場ですよ。ココで負けたら〝妖精道術〟を使うナヴィにとっては大恥もいいとこ…」
「おい!止めろ!あまり調子にのるな。何か負けフラグがビンビン立ってるような気がする」
ギャラリーの賭けが滞りなく終わり、審判が選手紹介とルール説明に入る。
最初に私と青眼の少年がジャンケンをして先攻後攻を決める。
んで、しっかり負けてしまった…後攻不利なのに…
「スマン!ナヴィ頼んだぞ!」
ナヴィは黙って頷いた。
私はルール通りナヴィのすぐ後ろに立つように促され、相手側と対面した。
時計台の針が1時ちょうどを指し、時計上に設置された鐘の音が街中に反響する。戦いのゴングだ。
「只今より第5戦、〝ナヴィ〟対〝トータス〟のフェアリーファイトを行います。先攻は赤、トータス。それでは用意を…」
カメムシの妖精が杖を前方に構えた。ナヴィは杖を両手で掴んで受けの姿勢に入る。
「ファイト!!!」
合図と共にカメムシが動き出す。杖を前に翳しながらナヴィの目を回すように回しはじめた。
「刺激臭!!!」
カメムシがそう叫ぶと、杖から淡い黄色の霧が出てきた…刹那!
ツーンとした強烈な匂いが鼻についた。
まるで寂れた公園に有る、掃除が全くされて無い築三十年以上の公衆トイレに閉じ込められたような匂いだ。これは堪らない。
審判も観衆も「ゴホゴホ」と咽せはじめ、眉をひそめる。
「ターン。後攻青、ナヴィ!ファイト!!!」
ナヴィは若干辛そうに鼻を摘まみながら術に入る。
「花道!!!」
片手で杖を回しながらナヴィが鼻声で叫んだ。
杖から伸びた緑、橙、紫の光を大通りに当てる。
すると、石畳の石と石の間から芽が出てきた。一つじゃない、大通り一面から芽が出てきて、大通りを緑の道に変える。
芽はどんどん成長し、茎や葉を付けて数秒で花も付けた。
彩り鮮やかなパンジー、高貴な薔薇、香り優しいジャスミン。
蘭や百合やチューリップ、私の知らない花も含めて花屋さんが泣いて喜びそうなくらいに大通りが沢山の花に覆い尽くされた。いや、花の道か。
嫌な匂いは花達の匂いに掻き消され、その見事な花のアートに観衆から歓喜が上がる。
「まずは匂いの中和と、ギャラリーにサービスですミョミョ」
「余裕ぶっこくなよ。次で必ず仕留めろ!」
「わかってます」
「ターン。赤、トータス!ファイト!」
審判の掛け声と共に、カメムシが杖を更にグルグル回す。
「加齢臭!!!!」
そうカメムシが叫ぶと、薄紫の霧が出てきた…刹那!
「クサっ!クサっ!何だ、この臭いは?!」
親父だ!実家の親父の枕カバーの臭いだ。まるでそれを凝縮しているかのようだ。
くそー…頭がクラクラする。こんなに臭いとは…
思春期女子の「お父さんの物と一緒に洗わないで!」って言う気持ちが、今なら凄く共感できる。
せっかくの花達の芳香を台無しにした親父臭に、観衆も憤怒で口を押さえて嘔吐いていた。
「ターン!青、ナヴィ!ファイト!…う、オェー…」
審判も堪らず口を押さえて嘔吐いている。
息を止めて顔を真っ赤にしていたナヴィだが、呪文の為に覚悟して叫んだ。
「風道!!!…ゥッ」
少し涙目のナヴィの杖から白、黄、赤の光が伸びると、いきなり〝ゴゥォォォー〟という音と共に突風が起こった。
風の道は理不尽なまでに臭い親父臭と共に相手目掛けて突進して、カメムシにぶち当たる。
少しだけ堪えていたカメムシの妖精だが、なすすべ無く吹き飛ばされてガス灯に背中から衝突した。
ガス灯が無ければ地面に落ちてたろうに、おしい!
其れでもかなりのダメージを受けたのか、フラフラしながら戻ってきた。
しかし…こんな技使うなら前もって言え。観衆の綺麗なお姉さん達のスカートも捲れ上がってたのに、見逃したではないか。
「惜しかったなナヴィ。でも相手はもう虫の息だ。ほら、勝手に落ちそうだぜ」
「ミョミョ。虎は兎を倒すのも全力を尽くすと言います。次は大技を出して必ず決めます」
それ、たぶん獅子だ。
「ターン!赤、トータス!ファイト!」
フラフラのカメムシは、目も虚ろに杖を力無く回す。
「酒臭!!」
声が掠れてきたカメムシの杖から乳白色の霧が出てきた。
ん?これは酒の匂いか?
さっきの親父臭に比べたらこんなのって……えっ?!おい、ナヴィ?
「な、な、ナヴィ…お、おしゃけのにほいには弱いんでしゅ…ミョ~」
「ナヴィ!!!」
ろれつが回らず、倒れ堕ちそうになったナヴィを私は思わず抱えてしまった。
「青、ナヴィ反則負け!勝者赤、トータス!」
しまった!私がナヴィに触れても負けだった。
観衆から大ブーイングが起こり、何もそこまで…って思ったが前を見て理由が解った。
前のターンのダメージが残っていたカメムシの妖精は、目を回しながら既に力尽きて地面に伏せており、青眼の少年に介抱されていたのだ。
私がナヴィに触れなければ勝者はナヴィだった……
「すまない。ナヴィ…私が余計な事しなければ…」
「あいさん…ナヴィが地面に落ち無いように、支えてくれたんですね…」
「ああ…そのせいで負けちまった…全部私のせいだ」
「うれしいです……ミョミョ」
酔ったままなのか、なぜかナヴィは負けたのに微笑んでいた。