【第一章】その3
「ミョ~♪ミョッミョッミョ~♪」
道行く私の前を斑猫の妖精ナヴィが、スキャットしながら兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねて前を行く。
まるでケンパでもするかのように、右に左に随分楽しそうな道案内だ。
2メートル程ジャンプしているように見えるが、実際は翅を使って飛んでるのだろう。
私は歩いてるので飛び跳ねるナヴィとはすぐに距離が開くが、20メートル以上距離が開くとナヴィは立ち止まり、こちらを向くと犬歯がみえる程の笑顔で手招きをしながら私が近づくのを待っていてくれる。
体を横に曲げ、頬の横に手のひらを当てながら〝おいでおいで〟をする姿は愛嬌たっぷりで、何か凄くホッコリしてしまう。
私が近づいて二人の間の距離が2メートル程になると再びぴょんぴょん飛び跳ねて前を進み、間隔が開くと再び立ち止まり縮まるまで笑顔で待っていてくれる。
さっきから道中ずっとこの繰り返しである。
一見、日曜日に小さな子供の相手をしているお父さんの光景だ。
「なぁナヴィ。街まであとどれ位かかる?」
「あと30分位です。もう見えて来ますよ」
スタートの森を抜け、今はヘザーと岩しか無い広大な荒れ地の丘を歩いている。
荒れ地と言っても薄紫の小花を沢山付けたヘザーが、一面に咲き誇っているので素晴らしい景色だ。
ヘザーの丘の向こうにレンガ作りの民家がチラホラ見えてきた。ナヴィの言った通り、街は近い。
「何か疲れてきた。お腹も空いてきたし…」
「HPが減ってきてるんですよ。動いたらHPが削られて行きます」
「どうすれば回復するんだ?」
「食事をすれば回復します。街に付けば食事する所は沢山有ります。食事には勿論金貨や銀貨が必要ですが」
「金か…」
私は現在、さっき毒ラッコと言う名の針ムササビを倒して得た10金貨と、最初から財布に入っていた50銀貨の所持金が手元に有る。
この世界は金貨と銀貨しか通貨は無く、1金貨は100銀貨相当らしい。
「1金貨は日本円にしてお幾ら万円?」
「現実世界の金相場と同じとお考え下さい」
幾らくらいだ?金相場って縁が無いけど、結構変動が激しいんじゃないのか?
まぁ1グラム五千円くらいと考えて、この小さな金貨が10グラムとしたならば1枚五万円かな…なら10枚有るから所持金は現在五十万くらいか…
「ナヴィ。街に着いたらまず何から始めたらいい?私の住む所は有るのか?それとも私は冒険家の旅人として宿をとるべきか?」
「あいさんは魔王によって住んでいた村を滅ぼされ、孤独の身になって旅をしていると言う悲しい設定です。まずは仕事と住む所が必要です。ギルドに面接に行って入社して、社宅に入りましょう」
「入社?」
「はい。この世界の冒険者ギルドは一部上場の一流企業です。正社員なら各種保険も入れるし、月々の給与の他、ボーナスも年二回有ります。住宅ローンも組めますよ」
「ギルドって同業者の組合みたいなもんだろ?何で株式システムなんだ?」
「この世界でいう〝ギルド〟は正確には〝株式会社冒険者ギルド〟って企業です。主にモンスター退治する冒険者派遣を国や民間から請け負ってます」
「モンスター退治をする派遣社員に成れってこと?」
「いいえ。正社員です」
「まさか事務職とかするわけじゃ無いよな?」
「もちろんモンスター退治を中心とした外まわりですよ。大物モンスターを倒せばお給料も上がるし、出世もします。30年後にはギルドの社長に成るのも夢では有りません。あっ!社長に成ったら外まわりの仕事は無くなり、事務職中心にはなりますね」
「……出世になんか興味無いです」
「ミョー!現場主義者なんですね。それなら昇格試験を受けずに課長クラスで止めておきましょう。役職者にならなければ定年までずっとモンスター退治出来ますよ」
「いや…その…私そんなに長い時間、この世界に居座る気は毛頭ございませんので…」
「あっ、そうだ!あいさんは女性だから永久就職の道も有りますよ。勿論家事や子育てをしながら魔王を倒す道も有ります。シングルマザーのママさん剣士に成っても、国の援助金がちゃんと出ますから安心して下さい」
「…………」
なぜ私がこの世界で女に成ってるのか思い出した。
最初に女アバターを選んだからだ。
なぜ女アバターを選んだかと言うと、キャラのエロシーンをとても見たかった為だけの、健康な男性諸君なら誰もが納得するとても純粋な動機だ。
そうだ…今の私は本来の容姿では無く、あの時選んだ女アバターの姿だ。
まさか自分の魂がこの女キャラクターに入り込む何て、これっぽっちも想像していなかった。
「なぁナヴィ。私、自分の本名や本当の顔、住んでる住所や職場名とか所々思い出せないんだが…何でなんだ?」
「もし死んで生まれ変わった時に前世の記憶を丸々持っていると、色々と混乱が生じると思いませんか?」
「えっ?」
「たまに前世の記憶が少し残っている方もいますが、ほとんどの方は前世の記憶は有りません。これは死に方によっては復讐に繋がったり、モラルに反する行動をとられる方が居る為です」
「えっ?でも私は死んでこのキャラクターに生まれ変わったわけじゃ無いんだろ?」
「はい。ですが、今あいさんは主人公の女剣士と魂が結ばれています。ですから混乱が生じそうな部分が一部、消えてるんだと思います。魂が元の体に戻れば思い出しますよ」
「ならいいんだけど…でも思い出せそうで思い出せないことが有ると何かモヤモヤするな。あっ、あと今から主人公のキャラクター変更は可能か?」
「ごめんなさい。現状不可能です。最初の主人公キャラ選びの画面に戻るには魔王倒して現実世界に戻り、もう一度オープニングから始めないと…」
悪いが現実世界に戻ったら二度とこのゲームはやりません。
こんな魂を賭けたハードデンジャラスな遊びなんか。
「あいさん、ストップ!」
急に前を飛び跳ねていたナビィが、前方を見すえたまま、空中で立ち止まって私を制した。
「どうした?」
「モンスターです」
「前にいるのか?」
「はい…強いモンスターでは有りませんが、少し厄介です」
「催眠ガスを使って来るとかか?」
「いえ…見れば解るかも…あれ、分かりますか?」
言われて前方を見た。
数メートル先の道の真ん中に、大きな石が置いて有る。
七十センチ位かな…一人で持つには骨が折れそうだ。
まてよ…
あの石、何か質感がおかしい…
色がグレーで何か細かい黒のブツブツが着いてて、一見石っぽいが、硬さが見た目からは感じられない。
しかも今、少しだけ〝プルン〟とゼリーみたいに震えたぞ。
「石だと思って座ると大変な事になります。特に女性には天敵です…」
「奴の正体は?」
「〝エロイムエ、スライム〟」