【第一章】その1
虹色の光の中に包まれていたような気がした……
この感覚は何だろう?…
現実と夢の間…
朦朧としながらも意識が有るのに体が全く動かせない…
よく疲れた時や、浅い睡眠状態の時に起こる金縛りみたいな感覚……
……「あいさん…あいさん…」
誰かが私を呼ぶ声がした。
私は寝ているのか?
「あいさん!大丈夫ですか?目を開けて下さい」
ボーっとする意識の中、目を開けた。
最初は霞んでいたが、焦点が合うと青空と木々の茂りがみえた。
ここは何所だ?家の中では無い。外だよな…
「ミョー!良かった。あいさん。気付かれましたか」
「ここは?…」
上体を起こすと、短い丈の草むらの中に寝ていたのが分かった。
目の前にどこかで見た少女が浮かんでいる。どこで見たっけ?
「ここはゲームの中の世界です。初めまして『あい』さん。アタシはこの世界のルールや進行を説明する、道先案内人の『ナヴィ』と言う斑猫の妖精です」
「斑猫?…」
斑猫…確か別名〝道おしえ〟とか〝道しるべ〟とか言う甲虫だ。
玉虫みたいに虹色に輝く外殻が綺麗で、水辺が有る林道とかにいるとか…
子供の頃、図鑑を見て憧れて探し回ったことが有るが、出会ったことは無い。数が減って滅多に見られないらしい。
そうか…この少女は斑猫の妖精か……
「このゲームはアタシとこの〝スタートの森〟で出会う所から始まります。つまりナヴィは案内役でも有り、最初の仲間でも有ります。この世界に君臨する、悪い魔王達を退治することで世界を良くしたいと言う意見が合致したアタシ達は、仲間やアイテムを集めながら冒険の旅へと今から向かいます」
丸顔の少し猫っぽい顔の美少女が微笑みながら言った。
50センチほどの体を、背中の透明な翅で宙に浮かせている。
うん。間違いなく妖精だ。
ビロード状に艶の有る衣装は、触角付き帽子もブーツも含めて青をベースに赤、緑、橙と規則的に所々輝いており、スカートには白い斑模様が入っている。
持っている杖の先は、クワガタの角みたいなのがX状に交差しており一風変わっていた。斑猫の大顎を模っているのだろうか…
そういえば編み込んだ左右の髪も、胸元でX状に交差している。
うん。やっと意識がしっかりしてきたぞ…
「そうか…私はこれから妖精と一緒に魔王を倒しに……ん?ん?ん?んんんんんん?何だ!?これはぁぁぁああ!!!!」
何だ!この素晴らしい肉の触感は!
じゃ無かった…何で私に胸が有る???
てか、どういうことだ?あれ?私は何者だ?
女剣士『あい』?
そんな名前だったけ?
いや私、剣士じゃなくてフリーターじゃ無かったか?
「落ち着いて下さい、あいさん。混乱する気持ちは分かります。これから事情を説明致します」
「た、た、た、頼む。理解がまったく出来ない!」
「このゲームの開発者のお婆ちゃんは口寄せ巫女です」
「?」
「お婆ちゃんはあの世とこの世を結ぶ道を作る事が出来るんです。あの世から道を通して亡くなった方の魂を呼び寄せては自分を依り代にし、亡くなった方の魂を自分に憑依させるのが得意なんですよ」
「はぁ?…」
「イタコとも言いますね。そしてその孫の開発者にも、その能力は受け継がれました」
「えっ?」
「但し、お婆ちゃんの能力とは少し違い、現実世界と想像世界を結ぶ道を創る能力を授かったのです。つまり魂をゲームの中に呼び寄せることなどが可能です」
「ま…まさか…ここ…電脳世界?」
「そう考えて貰っても結構です。とある理由で、あいさんの魂は開発者の能力で、この世界に入ってもらいました。今、あいさんの魂はゲームのキャラクターを依り代にして結び付いた〝半キャラ〟状態です」
「嘘だろぉぉぉ!わ、わ、私、魂抜けて死んだのかよ!!!」
「安心して下さい。あいさんの本体は現実世界で気絶したような状態で生きてます。心臓も動いてるし、息もしています。例えるなら魂が抜けた幽体離脱の状態です」
「悪い!今すぐ戻してくれ!ゲームのキャンセル料払ってもいいから!」
「ごめんなさい…それが出来ないんです…」
「何で!!」
「一度入道を通ったら魔王を倒してエンディングまで行かないと、現実世界には戻れないんです…」
「そんな…じゅあ、もし、途中で魔物に殺されたらどうすんだ。現実世界の本体も死ぬのか?」
「それは大丈夫です。ゲーム内で死んだらリセットされて、このスタートの森に戻ってきます。一から冒険をやり直すだけです」
「んな、もし、何回もやられたら、何回も死ぬような痛みを受けろってか?」
「それも大丈夫です。魂だけの状態だからそんなに痛みは有りません。試しにそこの大きな石をつま先に落としてみて下さい」
言われて足元の石を両手で持ち上げ、自分のつま先に落としたが…
「痛ぁぁっっっ??!!普通に痛いじゃないか!!おい!お前、今『あれ?』って顔したよな?したよなぁ!!」
「ちょ、ちょっとだけ痛いかもしれません。でもリセットで生き返れますから…」
「本当に大丈夫かぁ!!まてよ…もし魔王倒すのに何カ月も掛かったらどうなる?私は確か独り暮らしだぞ。いくら今、息をしていても何カ月も飲まず食わずの状態なら本体死ぬんじゃないのか?」
「ご安心を。この世界と現実世界は時の流れが違います」
「どういうこと?」
「時と言うのは曖昧なもので、次元や世界によって異なります。この世界の1年は現実世界の1秒に相当するんです。だからココで百年過ごしても現実世界では2分程しか経っていないことになります」
「本当に?後でやっぱり間違ってましたとか言わない?ちゃんと現実世界に戻れたら『はぁ~、何か長い夢を見てたような気がするな~』って〝夢落ち〟パターンに成るんだよね?」
「はい。そうです。魂がこの世界に居る間に現実世界で火事がおこったり、殺人犯が入って来て背中刺したり、そんな不幸がたまたま起これば別ですが、あいさんの本体が遺体にならない限りゲームクリアをしたら無事戻れます」
「不安になるようなこと言うなよ!!私、玄関の鍵ちゃんと掛けたっけ?だいたい、ゲームの中に魂が引きずり込まれる危険性有るなら、最初に解るようにしとけよ!準備って物があるだろうが!!」
「注意事項に一応全部書いて有りますが…あいさん大人だから、ちゃんと注意事項を読んで承諾しましたよね…」
えっ?書いて有ったの?
すいません。読んで無いです…私、読まない派なんで…
「よ、読んだけど冗談だと思ってたんだよ!まさか本当に魂が引きずり込まれるなんて…」
「ちゃんと『これは冗談ではありません』って書いてありましたが…あいさん本当に注意事項を全部読みましたか?…」
「あっ!…そ、そうだったような…何だよその疑いの眼差しは…と、とりあえずだな、魔王倒してエンディング迎えればいいんだよな!」
「はい!たぶん、それしか元の世界に戻る方法は有りません。アタシは道を作る術、妖精道術が使えます。この術であいさんの冒険のお手伝いを致します」
「クソ!何か解らんがとりあえずやってやるよ!!」
私の半強制的な冒険の道は、こうして第一歩を踏み出した。