別の世界のお話
真夜中の歩道には自分の靴音しか響く物は無く、静けさはこの辺りが年々過疎ってることを心許なく伝えてくれている。
こんな田舎しか住む所を確保できない自分の不甲斐なさを嘆きながら、俺は家路へと向かっていた。
今日も朝から年下の正社員に仕事のミスで怒られ、さっきは親から電話で「お前は何時になったらちゃんと就職するんだ」と、怒られて、すっかり気分は滅入っていた。
「就職か…」
無意識で呟いていた。
もうチャンスは無いのは分かっている。
それでも自分で決めた道だ。納得が行くまでは現状を続けたい。
他人にどう思われようとも。寂しい未来が待ち受けてようとも。折角この世に生まれて来たんだ。自分にしかできない何かを作って、自分が生きた証にしたい。
けど…悲しいが自分の才能の器は、明らかに底が透けて見えている…
―ピロリーン―
メールの通知音が鳴り、懐から携帯を取り出した。
学生時代から交流が続いている後輩からだ。
メールで返すのは面倒なので、歩きながらTELをした。
「チィース、パイセーン。生きてます?」
「ギリギリな。何だよ、こんな時間に?」
「今、家スッか?」
「もう我が廃墟に着くとこだが」
「ゲームやりませんか?新しいシューティングゲーム」
「う~ん…いや、止めとくわ。この間のゲームで三万課金して懲りた」
「パイセン三万も課金してたんスか?相変わらず凝り性ですね」
電話越しから笑い声が聞こえる。
確かに半月で三万も課金した自分の馬鹿さ加減には笑える。
下手なくせに一度のめり込むとトコトンやる性分は昔からだ。
「今度見つけたゲーム、メチャ面白いスよ。敵をバッタバッタ倒して爽快感満点ですから」
「俺も今日は色々有ってストレス溜まりまくりだし、ゲームをする事には正直やぶさかでは無いのだが、又大金つぎ込みそうなのは止めとくわ。なんか同人ゲームとか無課金ので面白いの無いか?」
「同人ゲームですか?マイナーなのはやらないので知らないですね…何か素人が創るゲームって、世界観が分かりづらくて中々入り込めないんスよね…」
「そうか…ちょっと自分で探してみるか」
「パイセーン…ずばりエロゲーする気でしょ!」
「うむ。否定はせぬ。前に動画でゲーム実況見てたら、エロ込みの面白そうなロールプレイングゲーム有ったんだよな。それ探してやってみるわ」
「面白かったら自分もやってみたいので、報告下さいよ」
「おう。じゃ、悪いがまたな!」
電話を切った時には、すでにアパートの自分の部屋の前に立っており、俺は鍵を開けて中に入った。
部屋に入ると独身男特有の男臭さや汗の匂い、カビの匂いに台所の生ゴミの匂いも加わって、匂いが混沌としている。
部屋の灯りを点けると、小説や漫画本が所狭しと散らかっていた。勿論エロ雑誌も。
数年は女性がこの部屋に出入りして無いのが、誰が見ても一目で分かる状態だ。よっぽど無精な女性なら話は別だが…
「明日は休みだし、明け方までやるか…」
正直言うと後輩と一緒にゲームするのは鬱陶しかった。
他人と何かしら絡むのは面倒くさい。だから就職せず、一人で静かに出来る仕事がしたいという面が有るのも確かだ。
特に今日は一人で居たい。
一息付いてからパソコンを付けて、現実逃避の準備にかかる。
ゲームの解説者を目指してるわけじゃ無いんだから、限りなく無駄な時間をこれから浪費するわけだ。
自分が成りたい職種、本当にやりたい事が有るなら其方に時間を割けよな…我ながら本当に愚かだと思う。
「いや、これから行うゲームの中から次の作品のヒントを得るんだ。そう、これは勉強。俺はそんな愚か者では無い」
自分に優しい言い訳をしながら動画サイトを見てたが、この間の面白そうなゲームが見つからない。
「何てタイトルだったけ?忘れたな…」
仕方なくフリーゲームのサイトを開き、ロールプレイングゲームを検索して探してみる。
中々見つからず、何か色んなタイトル見てるだけで面白くなり、ずっとスクロールしていたら、ひとつのゲームタイトルに目が止まった。
《大人のフェアリーランド》
何て分かりやすいタイトルだ。これは間違いないなくスケベなロールプレイングゲームだろう。これでスケベ無かったら金返せだよな。無課金みたいだけど。
さっさく紹介ページを見てみることにしよう。
『このゲームは大人のロールプレイングゲームです。18歳未満の方はご遠慮下さい』
紹介画面には森の中に続く大きな道に、杖を翳して笑いながらウインクしている、鮮やかな原色の服を着た女の子が映し出されていた。
羽が生えているから妖精か?とりあえず可愛らしい。
この子が裸になるのかな?
…しかし見事なまでの綺麗な絵だ。
女の子や森に、吸い込まれるように見とれてしまう。
『色々な道を作って歩みながら魔王を倒す内容です。まだ開発中の為、所要時間は未定です』
色々な道を作って歩む?何だろう?道を開拓しながら冒険するのかな?
それも面白そうじゃないか。神ゲーの予感がする。
探していたお目当てのじゃ無いが、このゲームをプレイしよう。
評価やお気に入りの数が0なのは、まだ開発中のテスト段階の為か?
アクセス数も殆ど無いし、出来たてホヤホヤのゲーム何だろう。
コメントも無いから、ここは俺がイチコメを入れてあげようではないか。
『中々面白そうなゲームじゃないか。ものすごく良きセンスを感じるぞ。期待してやらしてもらうよ』
ちょっと上から目線かな?只でさせて貰うのに。
まぁいいや、ダウンロードだ。
暫くパソコンは転送タイムに入り、数分後に完了した。
ゲームを開くとまず七色のグラフィックと共に葉っぱの一枚一枚までディテールに拘った、写真のような森の風景が画面に現れた。
すぐに森の奥から一本の道が伸びてきて、タイトルの〝大人のフェアリーランド〟のロゴが素晴らしいエフェクトで登場。
まるで商業用ゲームだ。
「これ、まさか独りで作ってないよな…プロでも数人がかりだろうに…」
画面が切りかわり、18歳以上かを聞いてきたのでハイを押す。
そして『注意事項は必ずよく読んで、承諾ボタンを押してからお進み下さい』と出た。邪魔くさいので読まずに承諾した。
次に名前付け。これはいつも通り適当に『あい』にした。
いよいよキャラ選びに入る。
剣士か格闘家を選べるみたいで、それぞれに男女のアバターが用意されている。
なるほど。少し大人っぽいので、この選んだ主人公のキャラ達がモンスターと戦って裸にされたりするのだな。ならば当然女アバターを選ぼう。
ショートカットの剣士とポニーテールの格闘家と悩んだが剣士にした。
次は……ん?服装選びか…
三十種類位の衣装から好きなの選べるみたいだ。
靴やグローブや帽子なども種類が多く、それぞれが細やかにデザインされている。ベルトのバックル一つとっても唐草模様の彫刻がされており、開発者の腕前には感心する。
定番のセーラー服やメイド服は無いが、色んな国の剣士をモチーフにした衣装がずらりと有り、目移りするばかりだ。
最後の方に出てきた赤と黒のツートンカラーの高貴な衣装に、マント、ロングブーツ、ヘッドピースを付けた中世ヨーロッパの女騎士みたいなのが、俺の嗜好ポイントにずっぽり嵌まったので決定ボタンを押した。
闘うにはこの超ミニスカート不向きだが、下着が丸見えになるので、それだけセクシーショットが楽しめるってわけだ。
「しっかし良く出来てんな…ゲームクリエイターの世界はよく知らないが、これ絶対セミプロチームの仕事だろ。完成したら商品として売るのかな?俺が最初の被験者になるのかもしれないよな…」
準備が整い、いよいよゲーム開始だ。ワクワクしてきた。
スタートボタンを押し、ローディングが始まる。
画面は赤、青、黄、緑、紫、橙、白の七色の光りが画面中央に向かって走り続け出した。
見つめていると吸い込まれる感覚に又、襲われた。
光りが集まって行く中央から〝roading…〟の文字が点滅しながら現れ出す。
何か違和感を感じた……
ボーっとしながら点滅を見つめていて、やっと違和感に気付いた。
あれ?…
〝roading〟?…
〝L〟じゃなくて〝R〟?スペル間違い?…
そう頭の片隅に思いながら……意識が遠退いて行く………
薄れる意識の中、遠くで女性の声が聞こえた気がした………
「アタシは道先案内人のナヴィ…斑猫の妖精……」