【第一章】その10
「この辺りで休憩しましょうか」
「ああ、そうするか」
ぷよぷよ感が無いか調べてから木陰の石に腰を下ろす。
朝から歩き放しだから喉も渇くし、お腹も減ってきた。
「あっ!しまった!弁当作るの忘れてた!」
「もうお昼にします?」
「ああ、でもこんな森の中じゃお店無いよな…」
「ミョー。お任せを」
そう言ってナヴィは道外れに杖をむける。
「食道!!!」
杖から緑、黄色、赤の光が放たれ、草むらに新しい道が出来る。
道の両端に等間隔で2メートル位の木が3メートル置きに生えてきた。
近づいて、よく見るとリンゴや梨など果物が実っている。
「果物を出す道か?」
「果物だけでは有りません。奥にはアーモンドやクルミ、ハンバーガーやおにぎりの木も有ります」
「ハンバーガーやおにぎりの木?」
「はい。食道はHPの緊急補給用です。栄養がすぐ回るように加工品も加えています」
「へぇー…あれ?このリンゴ、もぎ取れ無いぞ?!」
「ミョー。全部有料になってます。お金入れて下さい」
「有料?」
見ると幹の真ん中にコインを入れる投入口が付いている。
「どれも一個二銀貨です。割高になってます。ミョミョ」
「自動販売機かよ」
銀貨を入れるとリンゴは簡単にもぎ取れた。重みが有って結構うまそうだ。
しかし、一個二銀貨は高いな。やはり弁当必需だな。
「しっかし出ねえなぁ…モンスター」
リンゴを囓りながら眉をひそめて嘆いた。
今朝、出社したらすぐに朝礼が始まり、槍や剣を持った50人位の社員らと共に社長の長い長い無駄話を聞いてからすぐ森に来た。
上司のチンチラの獣人に「新人は外回りして自分で仕事を取ってこい」と、言われたからである。
おう!言われなくても、そうするつもりだったよ。クソッ…チンチラが偉そうに。
「なぁナヴィ?こんなにモンスターは出ないものなのか?」
「そうですね。ギルドが有るから街の近くは余り出ない設定になってます。森の奥に行くとよく出ますが、明るいうちに帰れなくなりますよ」
「お泊まり道具も仕入れないとな…はぁ…やっぱり金が要るか。何をするにも先だつ物は金。現実と変わらないな」
「あいさん!大事な事忘れてますよ!」
「何だよ?」
「フミョー!ナヴィのランチ!」
「やっぱり金か!四銀貨やるから好きなの買ってこいよ」
「ワーイ!」
「ちょっと待った!モンスターが出やすい道を出せるか?」
「出せますよ。何なら食道に上道しますか?」
「うわみち?」
「作った道にもう一つ道を上塗りして、二重効果を与える事です」
「頼む。そうしてくれ」
ナヴィはクルッと杖を回すと、先を地面に当てた。
「出世街道!!」
紫と白の光を道に照らす。回りを見渡したが特に変化は無い。
「出世街道はギルドの営業ポイントの高いモンスターが出やすくなります。倒すとお給料にボーナス金貨が付きますよ」
「ありがてえ。ちょっと待つか」
「ナヴィ、から揚げが食べたいので奥の方へ行きますね。あっちの方しか売ってないので」
そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねて離れていった。結構長いな、この道。
私ももう少しお腹に入れようかと思い、回りを見渡した。
「あれ?」
さっきリンゴをもぎ取った近くに小屋が有る。さっきは無かったぞ。
小屋の前には丸机と椅子が置いて有り、綺麗にレース編みされたテーブルクロスとチェアカバーが掛けられていた。
木の小屋には洒落たサインボードに〝メイドカフェ浣熊軒〟と書かれている。
分かりやすい罠だが乗ってやるか。
椅子に座ると小屋の中から、焦げ茶色のメイド服を着たロブヘアの美女が御盆を持って現れた。
「お帰りなさいませー。ご主人様」
「ああ。ここのお勧めメニューを一つ頼む」
「かしこまりました。ご主人様」
そう言ってお辞儀をして小屋に戻っていった。
あの可愛い美女を倒すのか…ちょっとしのび無いな。
「お待たせ致しました。ご主人様。どうぞ」
戻って来たメイドは、テーブルにオムライスを置いた。ケチャップで〝LOVE〟の文字が書かれている。
「当店自慢の手作りオムライスです。因みにテーブルクロスも私の手作りなんですよ」
「へー器用なんだな…」
「さぁ。冷めないうちに最後の晩餐をお召し上がり下さい。ご主人様」
「最後の晩餐ね…」
見るとオムライスの文字がいつの間にか〝冥土〟という文字に変わっていた。
「あっ!食べる前に服をお脱ぎ下さい。ご主人様」
「服脱ぐの?君も脱ぐならいいけど」
「ご主人様…ここに私の手作りの死に装束が有ります。どうかこれにお着替え下さい」
セクハラ発言は軽く無視され、言っている間にメイド美女の目の下に黒い隈が広がり、顔半分を覆っていった。口には牙を覗かせている。
「ちょうど良かった。美女のままだと倒しにくいからな」
いきなりメイドはテーブルのフォークを手にとり、私に向かって突き刺しにかかった。
椅子から飛び離れ、間一髪で攻撃から逃れる。
少し距離を取り、相手の出方を覗った。
「フミョー!大丈夫ですか?あいさん?」
後ろを見ると顔中ケチャップとマスタードだらけのナヴィが飛んでいた。ホットドック食ってやがったなコイツ。
「三途の川にご案内致します。ご主人様、どうか此方へ」
アライグマみたいな顔になったメイドは、アルミの丸い御盆を人差し指でクルクル回しながら近づいて来る。
まだ獣人より人間っぽくって可愛いから、もう少し化け物染みて欲しいな…てか、モンスターと獣人の区別分かりにくくね。
「奴は何者だ?ナヴィ」
「〝ハンドメイド冥土〟です。メイドに化けて森に入った猟師を襲うアライグマのモンスターです。手先が器用で手作り武器で攻撃してきます」
「おっ!それっぽいモンスターじゃないか。奴の属性は?」
「〝萌え〟です」
「……そうじゃ無い。奴の趣味では無く、属性だ」
「だから〝萌え〟です」
「……だから私が言ってるのは属性だ!水とか火とかゴーストとか有るだろ。〝火属性〟なら炎攻撃が得意で、水が弱点とか言うアレ!私はそう言った敵の特徴を表した属性が知りたいんだ!」
「だからその属性です。この世界のモンスターは〝萌え〟〝セクシー〟〝イケメン〟〝ぶさかわ〟〝ヤバミ〟〝きしょい〟〝エモい〟〝そっくりさん〟〝不思議ちゃん〟〝こまったチン〟の10種のどれかに属しています」
「……………………」
「ミョ?どうしました?」
「〝萌え〟属性の対抗手段は?」
「〝萎え〟です」
「もういいや、とりあえず戦うぞ」
「ミョー!」
属性10種、全部にツッコミを入れようと思ったが、今はそれどころじゃ無い。敵を倒すことに集中だ。属性は聞いても意味が無いことが解っただけでも収穫だ。
「出世街道には逃げ道は付けれません。いざって時に逃げれないので、一度本道に出ますか?」
「逃げる気なんか無いぜ。それよりこの道に再度上道出来るか?」
「ハイ、幾つかできます」
「よしっ!それなら…うわっっ!」
「あいさん!!!」
メイドの持っていた丸型御盆が回転しながら私の腕を掠めた。
「痛っー…」
掠めたところから血が出てる。鋭利な刃物で切られたみたいだ。
御盆はブーメランのように奴の手元に戻っている。よく見ると御盆の縁にはノコギリのような細かなギザギザが付いていた。
「どうですかご主人様?私の手作りハンドスピナーのお味は…」
そう言ってメイドはまるで皿回し芸のように、御盆をたまに上に飛ばしながら、人差し指だけで頭上で器用に回して遊んでいる
「器用だな。大道芸人かユーチューバーになったらどうだ?」
メイドはニコッと笑った。目の回りが黒くても可愛いなコイツ。
「殺人ハンドスピナァーーー!!」
そう言ってまた御盆を遠心力で飛ばしてきた。
首元に飛んできたのを何とか躱したが…すぐに別の影が!
「グワッッ!」
腹にズシッと、重い感触……
〝ガランッ〟と音をたて、腹に当たった物が道に落ちた。金属製の装飾された絵皿だった。
みぞおちに入り、堪らず片膝を付く。
「殺人フリスビー。それも手作りですのよ、ご主人様」
クッソォォォ…可愛い顔してやること凶暴だな。さすがアライグマ。
「あいさん!大丈夫ですか?」
膝を付いた私をナヴィが気づかった。
「ああ、ナヴィ。出して欲しい道が有る。私の合図で出してくれ。いいか……」
私はナヴィに耳打ちした。
「……分かりました。その道は有ります」
「オッケー。頼んだぜ」
「ああっ!あいさん!危ない!」
今度は左右から金属製の皿が回りながら飛んで来た。
色付き皿だから回ると綺麗だな…と、吞気に考えながら難なく躱したが…
「手作り地獄!」
メイドは浮気が発覚した彼氏に投げるかのように、次から次へとヒステリックに皿を回し投げてきた。
畜生が…これじゃ近づけない。
「あいさん!後ろ!」
「何っ!」
〝バキンッ〟って音をたてて、皿は私の背中当たった。忘れてた。皿はブーメランみたいに戻ってくるんだった…
痛みに耐えきれず道に両手を付いてしまった。
アライグマは余裕で御盆を回している。
「さぁ!そろそろ三途の川に逝きましょう、ご主人様。食べやすいように三途の川できっちり体は洗って下さいね」
「調子に乗りやがって…川を渡るのはお前だアライグマ!」