【第一章】その2
幼い頃に虹色に輝くその虫と出会いました。捕まりそうで捕まらないその虫をどこまでも追い掛けて、追い掛けて道に迷った思い出が有ります。
そんなお話しです。
私の名前は『あい』。
見た目は女だが勿論男だ。
名前も女っぽいが、これには深い訳が有る。
一般論的に名前を付ける作業は億劫なので単純に『ああああ』と付ける人が多いが、私はそんな愚かな事はしない。
『ああああ』と付けると十中八九『ふざけないで真面目に付けて下さい』と、返されるからだ。下手をすればお怒りの罰まで受けてしまう。
だから私は一文字だけ動かして『あい』と付ける。
オンラインで複数参加型だと『あい』って名前は必ず『その名前はすでに使われています』って、なるので『あい』の後ろに適当な数字を入れる事になるが、今回はマルチプレーじゃ無いからすんなり『あい』で登録された。
そう…私は男だが女剣士『あい』。
これからこの世界を冒険しながら仲間やアイテムを集め、魔王を倒してエンディングを迎えたら……
「本当に現実世界に戻れるんだろうな!!」
「ミョー!きっと大丈夫です」
「〝ミョー!〟じゃねーよ!だいたい何だよ、この露出の多い服は!こんなので闘えってか?」
「自分が最初に選んだくせに…」
……そうだった。
第三者目線で存分に楽しむ予定だったからな…
まさか自分で着るとは1ナノも思わなかったわ。
「しっかし…ミニスカートって下からスースー風来るし、何かすげー無防備なんだな…内股に成る気持ちがよく分かるわ」
「衣装チェンジはできますよ。金貨が必要ですが」
「金貨はどうやって手に入るんだ?」
「ギルドに入社してお給料をもらうか、もしくは魔物を倒して手に入れるかですね」
「魔物退治か…」
「ミョー!ちょうど出ました。あの怪物〝毒ラッコ〟を倒すと金貨が手に入ります」
「毒ラッコ?」
指された方角を見ると大樹の上の方から、ゆるキャラネズミみたいな奴が滑空しながらこっちに向かってきた。
さほど大きくは無いが…毒か…
「奴は毒を持っているのか?どうやって攻撃すればいい?」
「毒は無いです。毒ラッコは尻尾から針を飛ばすムササビです」
「……アイツの名前、〝針ムササビ〟でよくないか?」
「気を付けて下さい。大量に針を飛ばすから結構痛いですよ」
「えっ?!うそ!まだ私、剣も盾も無い!どうやって躱せばいい?」
「先に攻撃しましょう。〝あんた何か大嫌い〟って言って平手打ちして下さい」
「はぁ?それ言わないといけないの?」
「技の名前です。〝あんた何か大嫌い〟って技です」
「技の名前って〝OO拳〟とか〝OOアタック〟とか、もっとカッコいいもの何ですけど…言わずにぶん殴っちゃダメ?」
「ゲーム内の規則です。言わないと効果が無いですよ」
「わかった、わかった…言いますよ!」
仕方なく近づいてきたムササビ…毒ラッコの頬に目掛けて思いっ切り平手打ちをかました。
「〝あ、あんた何か大嫌い〟…」
私の少し赤面しながらのビンタを食らったムササビは「キュキュッー」と可愛らしい鳴き声をあげながら地面に落ちて、暫くはビクビクしていたが、やがて動かなくなった。
「やりました!倒しましたよ!」
「よし!これで金貨が手に入るんだな!」
「はい。この毒ラッコが年老いて働けなくなった御両親ラッコの為にセッセッと真面目に汗水流して溜め込んだ、仕送り用の金貨を奪えます!」
「はい?」
「ミョー!10金貨有るみたいですよ!スゴイ!」
「………」
「そのお腹のポッケに金貨が入っています。さぁ!どうぞ奪って下さい」
「いや…あの…スッゴく良心が痛むんですけど…」
「ミョ?!良心と両親をかけましたか?」
「違う違う。そんなの意識して無い。あのさぁ…コイツ、このムササビ、最初に出て来たから一番弱い雑魚モンスターなんだろ?何でそんな善良設定してあるの?」
「あ、はい。ラッコが金貨を持ってるのって、普通おかしいから何か理由付けが必要だと、このゲームの開発者が考えたんだと思います」
「いや、だからさぁ…それならせめて、このラッコが光り物が好きで、旅人を襲っては金貨を奪って溜め込んでるとかにしてよ。悪いモンスターじゃ無ければ倒しても罪悪感で後味悪いじゃん」
「フミョー!なるほど!そうですね!う~ん…なら、どうしますか?お腹の金貨は奪っても奪わなくても、もう御両親ラッコの元には届きませんが…」
「一応貰っておくよ。まぁゲームの中の世界だからと割り切れるしな…」
倒れているラッコの腹を触ると本当にポケットが有った。
生温かいポケットに手を突っ込み、金貨を取り出す。
「しかし、何でラッコのお腹にポッケが付いてんだ?。カンガルーじゃ有るまいし…ラッコのポッケは脇の下だろ」
「毒ラッコはムササビですよ」
「あーそうでしたねっ!!」
本当に何なんだこの世界は?
設定クソ過ぎるだろ。呆れの溜め息が出るわ……
リアル感有り過ぎる背景の綺麗さ。
細部まで凝ってある服のデザインセンス。
今、隣に居る妖精キャラの可愛さ。
そして、期待感溢れるゲームタイトル。
すべてに騙された。中身がこんなクソゲーとは…
「どうしました?金貨見つめたままですが…何か気になりますか?」
「いや……」
私は奪った金貨を手にしていた。
しっかりした重みが有る。ちゃんと質感が伝わり、太陽の光を当てると眩しい位に輝く。デザインもしっかりした本物の金貨だ。
そう…金貨だけじゃ無い…
金貨から目を離して、ゆっくり辺り一帯を見渡した。
ブナやナラ、シダやツタにブルーベリーにスズラン……
廻りを隙間なく植物達に囲まれている。一面鮮やかな緑の森の中だ。意識すると木々や草花の香りが漂ってくる。
足元の土の感触。近くで流れる小川のせせらぎ。私の胸のやわらかさ…全部がリアルだ。
ここは本当にゲームの中か?
「ミョミョ。まずは街まで案内致します。付いて来て下さい」
「ああ…けど、どうやって行くんだ?こんな草木が生い茂った場所から道も無いのに迷わず行けるのか?」
「言った筈ですよ。アタシは道を作る術を使えるって」
「道を作る?」
妖精は持っている杖をバトンのようにクルクル回してから、右手で草むらの一点を指した。
「一般道!!」
そう叫ぶと、杖から赤色と青色の光りが放たれた。
光は前方の草木に当たり、光が当たった場所が風も無いのに動きはじめる。
草木は左右にかき分けるように移動して、そこに広場が出来た…
いや、広場は奥へ奥へと延びる!延びる!更に延びる!!
大きな樹木までも横に動かし、どんどん障害物をかき分けて進んで行く…
除草剤を一直線に撒いていたかのように、真っ直ぐにそこだけ植物が消えた…
そう、確かにこれは道だ!道が出来た!!
道は更にどんどんどんどん伸びて行き、先はもう肉眼では確認できない。
まるで陸上版のモーゼの海割りだ。
「さぁ!行きましょう!一本道なので迷うことは有りませんよ」
そう言って道を作った妖精は、空中から地面に降りるとピョンピョンと兎のように飛び跳ねながら道を進み出した。
やっぱり現実では無い…
こんなことが出来る上に、羽根が生えて飛び回る人間なんて居るわけないし、さっきのラッ…ムササビも有り得ない形状だった。
だいたい私が女になっている。
私の名前は『あい』。
だが、本当の名前は…………
ダメだ!思い出せない。
私は確かに男だったはずだ。なぜ女の姿でこの世界に居る?
そうだ…私は確か、部屋でフリーゲームをしようとパソコンを開き……
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