7話 悪役令嬢は母と会う
カーディナルに名前を付けてから数日が経過した。今現在、アイリスは庭でカーディナルを膝に抱えてお茶を楽しんでいた。
ああ、何なのこの毛並み、手触り。
癒されるわ。それに、なんて可愛いの。
また、キッチンに忍び込んでカーディナルでも食べられるクッキーでも作ろうかしら。
アイリスはすっかりカーディナルにデレデレであった。
「カーディナル。この後は庭園を散歩しましょ」
「わん!」
一方、アイリスの傍らに控えるハンナはと言うと。
「ああ、お嬢様なんてお可愛いのですかっ!
カーディナル様が来てからデレが強いです。
カーディナル様、ナイスよ!!」
「わんっ!」
カーディナルはハンナの言葉に答えるように鳴いた。
「カーディナルどうかしましたの?
…ああ、さてはもう散歩に行きたいのね」
そう言うと、アイリスは膝に乗っているカーディナルを下ろし椅子から降りた。
アイリスとカーディナルが庭園へと歩を進め始めた所で後方から誰かに呼び止められた。
「アイリス」
その声を聞いたアイリスは反射的に身体を僅かに強ばらせた。だが、直ぐに笑みを作り声の主へと向き直った。
「お母様、御機嫌よう」
「御機嫌よう。
所でその傍らの獣は一体どうしたのかしら?」
「……怪我をしている所を助けて差し上げたの」
「そうね。けれど、それは数日も前の事ではなくて?」
アイリスは作った仮面の下で困惑していた。
アイリスは未だに母、父にカーディナルの事を報告出来ていなかった。父ならば使用人が報告しているかも知れないと思ってはいたがが、母が知っている筈がなかった。それはアイリスの事は勿論、カーディナルやその拾った日にちもだ。
だから、この場を適当にやり過ごして後で正式に報告に上がろうと思った訳だったのだが、アイリスの誤算である。
母、キャサリンは、既にカーディナルの事を既知していたのだ。
「お母様、勝手をしてごめんなさい。
…この子、行く所が無いみたいでしたの。
まだ、小さな仔犬の様だから森に放置なんて出来ないですわ。お母様もそう思いませんか?」
「…あら、そんなに邪険に為さらないで。別にわたくしは反対してませんわよ。アイリスの良いボディーガードになると思うもの。
……ただ、躾がなってないのではなくて?」
アイリスがカーディナルに目を向けると、カーディナルはキャサリンを睨み威嚇していた。
「カーディナル、駄目よ。
此方はわたくしのお母様なの」
「わぅん?」
カーディナルは気遣わし気にアイリスと目を合わせる。カーディナルはアイリスがキャサリンに対して身体を強ばらせた事に気付き、キャサリンを威嚇していたのだ。
アイリスは自分を心配してくれるカーディナルに不意に、表情を緩めた。
「カーディナル、ありがとう」
カーディナルが近くにいるだけで、こんなにも心強くなるなんて。不思議ね。
アイリスはもう一度キャサリンに目を向けた。その瞳は何時もの人形の様な無機質な瞳ではなく、強くキャサリンを見つめた。
「お母様。わたくしはカーディナルと出会ってまだ数日ですが、わたくしにとってカーディナルはもう、とても大切な友達なの。だから、カーディナルを傍に置く事を許して頂けないですか」
キャサリンはアイリスの言葉を静かに聞いていたかと思うと、懐から扇を取り出す。それを広げ、口元を隠した。
「その件にわたくしが最終的な許可を下す事は出来兼ねるわね」
「……そうですか」
「ただ、わたくし個人としては良いと思っているわ」
「え」
「わたくしは元より反対していないと言ったでしょう。
…カーディナル、娘を宜しくお願いしますわね」
キャサリンはカーディナルに目を向けると、そう言った。カーディナルには扇で隠れたその表情がとても優しいものに思えた。
「わんっ!!」
アイリスはキャサリンとカーディナルのやり取りを呆然と見つめていた。
まさか、お母様がお許し下さるなんて…。
「ただし――」
不意にキャサリンに見据えられたアイリスは我に返った。
い、一体何を言われるの…。
「完璧に躾なさい」
「――!!、…はいっ!!」
きつく叱られると身構えていたアイリスは思わずと言った様に返事の語尾を強めていた。
「では、わたくしは失礼するわ」
キャサリンは一言残してアイリス達に背を向け屋敷の通路へと歩き出した。
「お母様、ありがとうございます」
アイリスは遠のくキャサリンの背に深く頭を下げた。
アイリスは常に叱ってばかりだった母が容認してくれた事が無自覚にただただ、嬉しいと感じてるのだった。
「カーディナル、わたくしは厳しいですわよ?覚悟なさい」
カーディナルに向き直り、そう言ったアイリスの表情はとても柔らかなものであった。
「わぅん?」
翌日から地獄の躾が始まるとは知る由もないカーディナルは間抜けな声を漏らして首をこてりと傾げたのだった。
閲覧有難うございます!