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6話 悪役令嬢は名付ける

 ……あれ、此処は?


 アイリスは気付けば一面が真っ暗闇の世界に一人立っていた。

 アイリスの容姿は前世に最期を迎えたあの時の様な妖艶な美女の姿に成長している。



「寂しい」



 ふいに幼い少女の声がアイリスの耳を掠めた。アイリスは声の聞こえた方へと身体を向ける。



 …わた、くし?


 そこには、自らを抱き抱える様に蹲った幼いアイリスがいた。

 幼いアイリスは徐に顔を上げるとアイリスを見て口を開いた。


「皆大嫌いよ。お母様もお父様もお兄様もアーサー様もルーシーという女も皆みんな嫌い。


 貴方もそうでしょ?」


 ……えぇ。

 そうですわね。


「ねぇ」


 ひゃっ!?


 幼いアイリスは何時の間にかアイリスの目先に立っていた。アイリスは思わず声を上げて仰け反った。


「ずぅーーーーとっ、此処に居ましょ。

 あんな下らない場所息苦しいだけだわ」


 幼いアイリスはアイリスの腰の後ろに両腕を回し抱き着くと、上目遣いにアイリスを見上げた。


「皆詰まらないもの。此処に閉じこもって居ましょうよ。もう、誰とも関わらなくて良い様に」


 ……それもいいかもしれないわね。

 でも、わたくしそろそろ戻らなくてわならないわ。


「駄目」


 ……っ!

 い、痛いわ!!


 アイリスの細く括れた腰に回された腕がアイリスをきつく締め上げる。幼いアイリスはアイリスの腹部に顔を埋めると、掠れた声で呟く。


「ねぇ、駄目よ…」


 幼いアイリスの左胸から赤黒い液体が溢れ出てきた。溢れ出た液体は幼いアイリスに抱き着かれているアイリスにも付着し、そして地面を赤く染めていく。


「駄目、駄目、駄目、駄目!!」


 なっ、もう一体何なんですのよ!!


 アイリスは自らを強く束縛する幼い自分を引き離そうとその肩を掴んだ手に力を込めた。


 幼いアイリスは簡単に引き剥がれた。

 突き放された勢いのままに地面に尻餅をついた幼いアイリスの顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。その顔は捨てられた犬の様な、怯えと恐怖で酷く歪められている。


「嫌!嫌!嫌っ!!

 もう一人は嫌なの!!!行かないでっ!!!!」



「――わんっ!!」


 仔犬の鳴き声にアイリスは閉ざしていた目をはっと見開いた。

 アイリスは慣れ親しんだ自室のベッドに小さな身体を沈めていた。顔の真上には昨日助けた仔犬が顔を覗かせている。


「くぅん…」


 仔犬は眉尻を下げ心配そうにアイリスを覗き込む。アイリスは酷く汗をかいて、魘されていたようだ。


「…大丈夫よ」


 アイリスは起き上がると仔犬の頭を優しく撫でた。仔犬は気持ちの良さそうに目を細める。


 何だか、凄く嫌な夢を見ていたみたいだけど……何だったかしら。

 …うーん、思い出せないわ。


 コンコン


 アイリスが少しの間うーんと唸り声を上げていると、扉がノックされた。


「おはようございます、ハンナでございます。朝の御支度に参りました。お目覚めですか」

「えぇ、ご苦労様。ちょうど今起きた所よ。

 入ってちょうだい」


 侍女ハンナは入室すると、窓のカーテンを開け始めた。アイリスはカーテンを開けていくハンナをぼんやりと眺めながら、もう一度記憶を辿ったが、遂に思い出す事は出来なかった。




 _______________



 支度を終え、一人ぼっちの味気の無い朝食を摂ると、貴族として必要な基礎をそれぞれの科目専門の家庭教師に学ぶ。

 勿論、アイリスからすれば欠伸が出てしまう程に退屈で当たり前の事ばかりなのだが、「前世の記憶が有るので分かります」と言える訳もなく、アイリスは大人しく授業を受けている。

 勉学が終われば、午後からは自由時間である。まだ、三歳の為、みっちりと予定を組まれないのだ。


 午後、普段ならば屋敷の敷地内で好き勝手している所なのだが、今日のアイリスは自室にいた。


 部屋には、アイリスと仔犬の一人と一匹だけが居た。部屋の外にはハンナや数人の侍女達が控えては居るが、アイリスの許可を得るか緊急時でなければ勝手に入室する事はない。


 アイリスは目の前の仔犬を凝視していた。仔犬は、白銀のモフモフ、フワフワの毛並みに赤眼をしている。尖った耳は幼さ故か少し垂れていて、それがまた途轍も無く可愛らしい。


 仔犬の怪我を治したあの時、アイリスは仔犬を森へ返そうとしたのだが、仔犬はアイリスにベッタリとくっ付いて離れようとしなかったので、アイリスは無理に森に放り出す事も出来ず、子犬が自ら森に帰るその時まで子犬の面倒を見てあげる事にしたのだ。


 アイリスは仔犬をまじまじと見つめながら頭を悩ませた。


「貴方、何て呼べばいいの?」

「わんっ!」

「わたくし、生憎人間の言語しか分かりませんわ」


 むーっと唸りながら仔犬の名前を考えるアイリスを前に仔犬は、実に楽しそうにそのまん丸な目を輝かせている。アイリスはその真っ赤な瞳を見ていると、ふいに思い浮かんだ言葉を口にする。


「『カーディナル』。

 …異国の言葉で「真紅」という意味よ。

 貴方のその吸い込まれそうな程美しい赤眼に因んでみたんだけど…どうかしら?

 それに赤はわたくしとお揃いよ。――ほら」


 そう言ってアイリスは自らの髪をするりと掬い上げた。


「わんっ!!」


 仔犬は了解する様に元気よくひと鳴きした。

 仔犬、カーディナルは余程に嬉しかったのかアイリスに飛び付くと、アイリスの顔をペロペロと舐め始めた。


「なっ!ちょ、と待って…く、擽ったいわ!」


 そう言いつつも、アイリスは嫌な気はしていなかった。


 ……擽ったいけど、何だか凄く暖かい。


「ふふ、カーディナル宜しくね」

「わんっ!」

閲覧有難うございます!

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