4話 悪役令嬢は決意する
温かい。
とても暖かくて優しくて落ち着く。
でも何だか目が開かないの。
ここはどこなの?
…ううん。
もうそんな事どうでもいいじゃない。
こんなに心地の良い所にいるのよ。
ずっと此処にいましょう。
わぁ!何?
とても強い力で押されるわ。
「…ァ…リス、…アイリス!!」
え!?
……誰かが呼んでるみたい。
行かなくては。
何だか行かなくてはいけない気がしますわ。
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「おぎゃあああっ、おぎゃああああっ」
「奥様!おめでとうございます!!
元気な女児でございます!」
生まれたばかりの新生児を抱えた年配の女性は、その誕生に祝福を送った。年配の女性は目に涙を滲ませて、新生児をその母親に手渡した。母親は年配の女性に対してお礼を言い新生児を受け取るとその腕で優しく包み込んだ。
「アイリス」
「ほぎゃぁ」
母親は新生児に慈愛の眼差しを向け呟く。それに返事を返す様にアイリスと呼ばれた新生児は声を上げた。
今日、暖かな日差しに包まれてアイリス・プライレスは誕生した。
……。
…………?
………………ちょ、ちょっと!?
ちょっと!待ってくださいな!!
え?わたくし確かにこの手で自害したはずですわ!
忘れる訳がありませんっ!
心の臓に突き立てた刃の冷えた感覚、異物感、一斉に血が抜け冷たくなる自身の身体。そして、あの尋常ではない激痛…。
今でもくっきりはっきり生々しく覚えてますわよ。
…それに、あの時の絶望も。
…………。
………ああもう!!やめですわ。馬鹿らしい。
それより一体これはどういう事なのかしら?
わたくし赤子になってしまったの?
…というより、生まれた、のよね。
アイリス・プライレスとして。もう一度。
……また。
また、あの様な下らない人生を送れと言うのかしら?
こっちはあんなのもう沢山よ…!!
これが神の悪戯とでも言うなら悪質にも程があるわ!なんて残酷でタチの悪い事!
……?
あら?なんだか眠たくなってきましたわ。
生まれたばかりだからなのか目があまり見えないけれど何だか誰かにあやされているのかしら?
凄く心地良くて眠たい、わ…。
…………。
わたくしはそのままその微睡みに身体を預け眠りに落ちてしまった。
――あれから一週間程。
わたくしは考えに考えましたわ。
混沌としていた思考も徐々にまとまってきましたの。ずっと考えている内に段々この状況にも少し慣れてきましたわ。
だから思いました。
もう一度同じ様に生きろなんて誰も言ってませんし、聞いてませんわ。と
……だから今度は。今度こそは、
好き勝手に生きたいのですわ!
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豪奢な部屋には母親であろう人物が乳児、アイリスを寝かしつけていた。
「奥様、そのような事私共がやります故どうかごゆっくりなさいませ」
「何を言っているの?
子供の世話を母がするのは当たり前の事よ。気持ちは有難いけれど何度も言わせないで頂戴」
「…っ、失礼致しました」
そういった侍女は気遣わし気に眉を下げて子を寝かしつける女性を眺めた。
女性、キャサリン・プライレスの端正な顔には疲労がみられ、その美しいアメジストの瞳の下には隈が出来ている。
それもそのはず。アイリスは普段こそ大人しいのだが、何故か毎回排泄する度に直ぐに泣き出し、布おむつを替えようとすると非常に、非常ぉ〜に暴れ回るのである。
これにはキャサリンも、侍女も難渋させられているのだ。
アイリスを寝かしつけたキャサリンは、アイリスのベビーベッドの隣に置かれたシングルのソファーに深く腰を下ろしたまま眠りについてしまった。
先程眠ったはずのアイリスは自身の母親であるキャサリンを見つめた。
……お母様が自ら子育てに励んでおられたなんて。
…でも、知ってますのよ。お母様が冷たくなる事を。笑いかけてすらくれなくなる事も会話もない仲になる事も。知っていますわ。
そんな先の事より、わたくしは今――
絶体絶命の危機に立たされていますわっ…!
2度目の生を受けてからというもの、何度も何度も何度も何度も!わたくしを羞恥に晒し辱めた不届き者が今まさに!また迫ってきているのですわ…!!まずいのですわ!!!
だって、あれ……。まるで、まるで…。
まるでお漏らしではありませんか!!!!
……………あ。
…………。
くっ。何でわたくしがこの様な屈辱を…!
気持ちよさそうに寝ているお母様には悪いですが、ここは起こさせてもらいますわ!!
こちらは気持ち悪くて仕方ないのよ!はやく綺麗なものに取り替えて貰わなくてわ。
「…おぎゃあああああっ!!!」
「…ぅ、…はっ!?…アイリスどうしたの?」
「おぎゃぁぁぁ!!」
お母様はわたくしを抱き上げてあやし始める。
お母様違いますわ。はやく気づいて下さいな。気持ち悪くて仕方が無いのですわ。
「おぎゃぁぁぁああああ!!!!!」
お母様はようやく気づいたようで、布おむつを確認し、わたくしを1度ベットに戻した。
お母様がわたくしの布おむつに手をかける。
…ッ、これもかなりの屈辱なのですわっ。
他人に脱がされ下半身を露呈させられるなんて…!
布おむつは替えていただきますけれど、この羞恥を紛らわすためにも少しばかし暴れさせて貰いますわ。
だって、わたくし好き勝手に生きると決めたのですもの。
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