3話 悪役令嬢は諦念する
いつの間にかアーサーは子爵令嬢ルーシー・バラードに好意を抱いていた。
アイリスは胸の奥底から沸々と溢れ出てくる負の感情に気づいた。
だが、その感情を押し殺し無理やり蓋をした。見て見ぬふりをした。
アーサーとルーシーの仲睦まじい姿等見たくなかったアイリスは、アーサーとルーシーを避け、より一層勉学に励んだ。アーサーの為にと努力してきた勉学を逃げ道にして、アイリスは逃げ出したのだ。
きっとあれはそんなアイリスへの罰だったのだろう。
アイリスは図書室に借りていた本を返す為中庭横の廊下を仲の良い数名の令嬢と歩いていた。すると、その令嬢の一人が足を止めた。
「まぁ!!」
足を止めた令嬢が中庭に目をやり怒気を含んだ声を上げた。アイリスも何事かと中庭に目を向けると、そこにはアーサーとルーシーがベンチで並び座って、楽しげに会話していた。
アイリスは目の当たりにしてしまった。
アーサーが自分にすら向けたことのない笑みをルーシーに向けている所を。
その笑みはルーシーを優しく包み込むようで、愛おしそうに目を細めて微笑んでいた。それはそれは、幸せそうに。
……溢れ出す。
蓋をしたはずの感情が、見ない様にしていた感情が、勢いよくアイリスの中に広がっていく。
ドロドロとした感情がアイリスを覆う。
視界を黒く染めていく。
アイリスは暴走した感情を、今回ばかりは押し殺す事が出来なかった。
感情のままに日々ルーシーに嫌がらせをした。
ルーシー・バラードはハニーピンクの髪にアメシストの瞳をした可愛らしい容姿だった。
だが強い光を瞳に宿し、正義感が強く芯の通った方だった。
そんなルーシーはアイリスの嫌がらせをアーサーに告げ口する事もせずただ一人で反抗していた。
きっと何処までも心優しく強いルーシーは嫌がらせの度にアーサーへの尊敬や愛を口にするアイリスを憎みきれずアーサーに告げる事をしなかったのだろう。
だが、そんなルーシーの優しさは盲目になってしまったアイリスの矜持を傷つけ、逆撫でしてしまった。
アイリスのルーシーへの嫌がらせはエスカレートし、アイリスは段々と犯罪紛いの様な事までやり始めた。
アイリスは自身が醜く歪む姿に嘆くも暴走する感情が止まる事は無かった。
流石に、アーサーの耳にも届いたのだろう。
アーサーはアイリスに何度も注意を促し、苦言を呈した。
だが、最終的にアイリスは暴走する己の黒い感情を止める事が出来無かった。
周りが見えなくなり収集のつかない所まで来ても尚、目を覚ますことのなかったアイリスにきっと、周りは、両親や兄は、アーサーは、陛下は、失望したのだろう。
だから、婚約を破棄されたのだろう。
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天蓋付きの豪奢なベッドの真ん中に眠る真っ赤な髪の美しい女性は眉間に皺を寄せ魘されていた。
「…ぅ……」
真っ赤な髪の女性、アイリスは僅かに唸り声を上げた。
「……ッ…はっ!」
アイリスは大きく目を見開き目覚めた。
身体を起こし、少しの間停止していた彼女はようやく状況を理解した様に小さく吐息を漏らした。そして周りを見渡した。
「…わたくしの部屋」
アイリスは王宮の客間でアーサーに婚約破棄を告げられ倒れてしまった。そして、公爵家にある自室に運び込まれたのである。
アイリスのその瞳からは光が消え、もう生気を感じさせるものはなかった。本当に人形の様であった。
アイリスはベットからのろりと抜け出すと、覚束無い足取りで部屋のある場所に向かって歩く。
目的の場所にたどり着いたアイリスは歩みを止めた。
そこにはアイリスの私物である小ぶりな剣が立て掛けられていた。
アイリスはその剣に手を伸ばした。
剣を手にしたアイリスは徐に剣の鞘を抜くと、鞘を地面に落とした。剣を両手で握り締めると剣先を自身の方へと向ける。剣先はアイリスの左胸へと移動され、そこで固定された。
もう、沢山ですわ。
剣の先がアイリスの左胸に突き立てられる。
アイリスの髪と同色の液体がアイリス自身から飛び散り溢れ出した。
――アイリス・プライレス。彼女は自らの手でその儚い生涯に幕を下ろしたのだった。
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