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第18話 悪役令嬢と兄

「今日はここまでに致しましょうか。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」


  “魔法学”の本を閉じ、アイリスは部屋を出ていく。

  あの騒動以降、アイリスには魔法の授業が追加された。本来は“魔力測定”後から受ける授業だが、アイリスは逸早く魔法に対する知識をつけた方がいいということになり、二年早く教師がつけられた。


「わん!」


  部屋から出た先でカーディナルがアイリスを出迎えた。


「カーディナル!!今日も待っていたの?」


  アイリスは扉の側で座るカーディナルの頭を撫でながら嬉しそうに頬を緩ませた。


  あの騒動から変わったことが幾つかある。

  まずは魔法の授業が追加されたこと。そして、カーディナルが以前よりアイリスについてまわるようになったことだ。


「今日は天気がいいから庭で日向ぼっこでもしましょ」


  アイリスの言葉にカーディナルは尻尾をブンブンと振って喜んだ。


「ねぇ、そこの貴方。この本をハンナに渡しておいて頂戴」


  アイリスは廊下の角からこちらを覗き見ていた侍女に声をかけた。すると、侍女はバレていると思っていなかったのか一瞬硬直した後、すぐにこちらに駆け寄って「かしこまりました」と、アイリスから本を受け取った。







「アイリス!!」


  かけられた無邪気な声に対して、アイリスは顔を顰めた。庭でカーディナルと戯れるアイリスの元に現れたのは、笑みを浮かべたセドリックである。


「また、犬と遊んでいるのか?」

「犬ではなく、カーディナルです」


  訂正するアイリスに、「犬は犬だろ」と言い返しつつ、セドリックはカーディナルの傍にしゃがみこみ、その頭を撫でた。


  ここ最近のセドリックはこんな調子である。


  部屋でくつろいでいる時も、庭で散歩している時も、図書室で本を読んでいる時も、食事中も、木の上にいても、アイリスがどこで何をしていようが、セドリックが現れる。


  これも、“あの騒動から変わったこと”の一つだ。


  アイリスは心底訝しげに、セドリックを見つめる。


  これは、お兄様の皮を被った普通の子供…。いや、もしかするとお兄様が何者かの魔法によって操られている可能性も…!!

 

「お兄様、少し失礼しますわ」


  そう言ってアイリスは、セドリックの手を取る。セドリックは「何だ?」と言いながらも、身を任せていた。


  お兄様以外の魔力は感じられない。ということは、今のお兄様は正常っ…。


  アイリスはセドリックの手を離し、セドリックに奪われているカーディナルを引き寄せる。


「…勉強はいいのですか?」


  窺うように問われた言葉に、セドリックはなんて事のないように答えた。


「ああ、焦ってやっても良い事ないからな」

「!!」


  あ、あのお兄様が…。


  驚愕のあまりぽかんと口を開けて固まるアイリスに、セドリックは眉間を寄せた。


「お前はいつも僕を信じられないって顔で見るよな。一体僕をなんだと思ってるんだ?」


  お父様大好き堅物人間…?


「おい!今なんか心外なこと思ってるだろ!!」

「いいえ」


  セドリックはあからさまに目を逸らしたアイリスを疑わしげに見てから、ため息をついた。


「…確かに、前までの僕だったら勉強じゃないことに時間を使うなんて有り得なかっただろうけど――」


  視線を落としながら、不自然に言葉を区切ったセドリックは、何故か少し赤面して、弱々しく呟いた。


「……お前ともっと一緒にいたいと思ったんだ」


  これまででも十分に可笑しかった兄だったが、今回ばかりはあまりに自身の知る兄からかけ離れていて、アイリスは呆然とセドリックを見つめた。そんなアイリスを置いてけぼりに、セドリックは話を続けた。


「自分でもこの感情が何なのか、よく分からない。だけど、アイリスといると…、温かいんだ」


  そう言って、胸に手を置きながらセドリックは小さく微笑んだ。


 “あぁ”とアイリスは、自身の膝に頭を預けて居眠りをするカーディナルを見遣りながら思った。


  わたくしにも分かりますわ。

  “それ”がどんなに心地よいものか…。


  そっと、カーディナルの頭を撫でつける。


「最近知ったんだ」


  セドリックの真面目な声音に、アイリスはセドリックを見た。セドリックは真っ直ぐな眼差しでアイリスを見つめていた。


「家族と会うことに、理由は必要ないんだって。

  だから僕も、理由が無くてもアイリスに会いに来たい!!」

「!!」


  眩しいまでに純粋な気持ちを自身にぶつけてくるセドリックと、大嫌いなある少女が重なり、アイリスは目を見開いた。


「…迷惑か?」


  反応のないアイリスの様子に、セドリックが不安げに窺う。セドリックの純粋な眼差しに耐えきれず、アイリスは俯いた。


  ……こちらの気持ちなどお構い無しに、キラキラと鬱陶しい程に瞳を輝かせて、好き放題に言いたいことを言って――


「身勝手ですわ」


  ボソリと、セドリックにも届かない呟きを漏らす。


  あぁもう!!

  嫌な顔を思い出してしまったせいで、腹が立ってきましたわ!!


  アイリスは顔を上げ、淑女の面を捨てて、セドリックを睨みつけた。アイリスの気迫にセドリックはビクリと体を強ばらせた。


「今更そんなことを言われても、腹が立ちますわ!!!!

  …今までわたくしのことなど、気にも留めなかったじゃないですか!!?


  “家族と会うことに理由は必要ない”…?そんなこと、わたくしだってとっくに知っていましたわよ!!!」


  歩み寄ろうとしたわたくしを、冷たくあしらった貴方がっ…、どうしてそれを言えますの……!!


  泣きそうな顔で睨みつけてくるアイリスに、セドリックは場違いにも笑みを浮かべた。自身の渾身の訴えを笑われたのだと、アイリスは愕然とした。


「やっと、見せてくれた」

「……え?」


  意味の分からない言葉にアイリスは、訝しげにセドリックを見る。


「ずっと、避けられてる気がしてたから。ようやく本当のアイリスと会えたみたいで嬉しい。本当は笑顔のアイリスが見たいけど、今は“怒り”でもいいぞ。

  だから、もっとアイリスの本音を聞かせてくれ!!」


  満面の笑みを浮かべるセドリックに、アイリスは目を細めた。


  眩しい。


  こんなのお兄様じゃありませんわ。

  お兄様はこんな風に笑わなかった。


  純粋無垢な笑顔でわたくしを苛立たせるのは、いつだって……。


  ああ本当に、貴女は今でもわたくしを苦しめるのね。…貴女を思い出すと、わたくしは冷静ではいられないみたいだわ。













「……寂しかったの」


  アイリスの口から、ポツリと漏れだした言葉は“怒り”でも無い、弱々しい吐露だった。


「苦しかったの。辛かったの。

  どうして誰もわたくしを見てくれなかったの?わたくしの何がいけなかったの?だって、わたくし沢山頑張った、頑張ったのよ…。そうすれば、気づいてくれると思ったの。もっと笑いかけてくれると思ったの」


  アイリスの目尻から一筋の涙が伝い落ちた。


「愛してくれると思ったの」


  アイリスの潤んだ瞳は宝石のように煌めいていた。零れ出し決壊してしまった涙が止めどなく流れ出した。降り注ぐ涙によって目を覚ましたカーディナルが、アイリスの様子に気づきその涙を舐めとった。


  歳相応に涙を流す妹を、セドリックはカーディナルが間にいることも気にせず抱きしめた。


「わぅ?」


  カーディナルが戸惑った声を漏らしたが、悲しくも誰の気にも留まらなかった。


「なんで、なんで全部過去の事みたいに言うんだよ…!!そんな諦めた顔するなよ!!!


  これからは僕がお前を見ていてやるし、頑張った事にも沢山気づくし、嫌という程笑いかけてやる!!!

 “愛”っていうのは僕にはまだ分からないけど、それでも僕が愛してやる!!!!」

「!!!」


  こんなにも力強く抱きしめられたのは初めてだった。こんなに感情をぶつけられたのも、温かい言葉をかけられたのも初めてだった。


  ボロボロと涙が溢れ出す。涙による鼻水が垂れてきて、生理的にしゃっくりも出てくる。「うぅ」と情けない声が喉から勝手に漏れだした。


「なぁ、アイリス。

  “家族”も“愛”も、二人で一緒に知っていこう」


  優しくかけられたその言葉に、アイリスは淑女らしからぬぐしゃぐしゃの顔で頷いた。




 ──────



  一部始終を目撃していた使用人一同感涙。

閲覧ありがとうございます。


お久しぶりです!

更新が遅くなり申し訳ございません。


今回はほのぼの展開にしたいと思っていたのに、いつの間にかシリアス気味になっていました…。

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