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閑話3 兄は暴走する

「坊っちゃま、魔導の教師が明日からお越しになられるそうです」


  自室で勉強していた僕に専属の侍女はそう告げた。その言葉は、二週間前の僕が待ち望んでいたものだった。


「そうか。心得ておく」


  あれほど待ち望んでいたのに、今は手放しで喜べなかった。


  なら、“秘密の特訓”はもうすぐ終わりなのか…。


  何故こんなに暗い気持ちになるのか分からないが、出来ることなら味わいたくない感情だ。


  僕は椅子から立ち上がり、扉へ向かう。


「どちらへ?」


  侍女がすかさず後をついてくるのを振り返って制止する。


「アイリスのところに行くから、お前はついてこなくていい」


  そう言うと、侍女は「かしこまりました」と頭を下げた。僕はその場に留まった侍女を一瞥して、アイリスの部屋に向かう。


  教師がいるのにわざわざアイリスに教えて貰う必要は無い。そう思うと、少しでも長く“秘密の特訓”がしたかった。


  アイリスの部屋は僕の部屋と同じ階にあるが、この無駄に広い屋敷では例え同じ階でも自ら赴かなければすれ違うことも少ない。僕が勉強で自室に籠りがちだったとはいえ、今まで全く会うことがなかったのはそのせいだ。


  ここ一週間で、僕は下級の初歩的な魔法を難無く使えるようになった。一週間前はかなり狼狽えたが、僕はちゃんと魔法が使えた。それにアイリスが言うには僕の習得の速度はかなり早いようで、アイリスは僕が魔法を習得する度に「流石お兄様ですわ」と笑った。それが少しだけ嬉しい。


  いつの間にか、僕にとってこの“秘密の特訓”が日々の楽しみになっていた。






「お兄様、今日は行きません」



「えっ!なんでだよ」


  予想外の言葉に驚愕する僕をアイリスは無表情で見つめて口を開く。


「毎日お兄様に付き合わされて、もううんざりですわ」


  うんざり……?でも、もうこの特訓も終わりになるかもしれないのに。


「何言ってんだよ!!

 やっと、いつもより難しい魔法を教えてくれるんだろ!?」


  そうだ。もっと優秀になって僕はお父様に認めて貰わなくてはならないんだ。


  声を荒らげた僕に、アイリスは呆れたような眼差しを向けた。


「何も、これから一生教えないとは言ってませんわ。ただ、こう毎日毎日お教えするのはわたくしも疲れます。それに…」


  アイリスの視線が窓の方に向いたのに釣られて、疑問に思いながらも僕も窓の方を見た。


「見て下さい、この空模様。

 きっと、もう少しすれば雨が降ってきますわ。ですから、今日はわたくし外に出たくありません。それに、お兄様今日ぐらい体をお休めになられては?」


  確かに、空はどんよりと曇っていた。


「……しかし、僕は…」


  休んでいる暇など…。


「お兄様。とにかく今日は嫌です。もう、出て行ってください」


  そこまで言われてはどうしようもない。モヤモヤとした感情のまま僕は引き下がった。


 アイリスの部屋を出て、いつもの特訓場所へと向かう。庭の途中で気配を薄くする魔法を自身に施すことも忘れない。この魔法は中級魔法だが、アイリスが“秘密の特訓”がバレないようにと教えてくれた。


  アイリスが言うには、「使用人がいつどこからこちらを見ているか分かりませんから、くれぐれも慎重にお願いしますわ」との事だ。


  そこまでしなくても…と、思ったがどうしてもと言うから従っている。


  中級魔法ともならば適切に魔力を練るのに時間がかかり、僕は庭木の陰に身を隠し、右手を胸に置いてゆっくりと魔力を練った。アイリスなら気づかないくらい一瞬で魔法を発動させるが今の僕にはまだ難しかった。


  漸く魔力を練り終わり魔法が発動する。胸に置いた手のひらから光が放たれ、すぐに収縮した。そして、僕は辺りを警戒しながらも森に入った。一週間前はあんなに気味が悪いかったここも、今ではなんとも思わなくなった。


  もういい。アイリスがいなくても僕は一人で出来る。


  不貞腐れたまま、見慣れた場所に着くと僕は早速魔法の特訓を開始した。




 ──────



  今まで教わった魔法を復習していたら、いつの間か雨が降り始めていた。


「……雨」


『見て下さい、この空模様。きっと、もう少しすれば雨が降ってきますわ』


「降ってきた」


  空を仰ぐと、雨粒が顔に当たって僕の顔を濡らしていく。


  そろそろ帰らなくては。


  そう思った時、ふとアイリスの言葉を思い出した。


  『もううんざりですわ』


  僕との特訓を本当はずっとうんざりだと思っていたのだろうか。…僕は少し楽しかったのに。


  なんだかこのまま帰るのが無性に悔しくなった。そこで、あることを思いつく。


  昨日の特訓で説明だけ聞いた新しい魔法。それが僕一人で出来れば、アイリスはきっと驚くはずだ。ちゃんと心から「流石お兄様ですわ」と笑うかもしれない。


  もう少しだけ、帰る前に試してみよう。


  既に激しく降りつける雨の中、僕は手のひらを前に出し、目を瞑った。


『雷属性の魔法は、いちばん簡単なものでも中級魔法に定められていますの。それ程難しくて、精密な魔力操作が必要になりますわ』


  昨日のアイリスの言葉を思い出す。


『やって頂くのは『放電』といって、言葉通り魔力を電気に変えて放出する魔法ですが、雷属性は意外とイメージしにくいのでコツを掴むまでは大変なんです。日常で雷の性質を体感することなんて中々ありませんもの。けどイメージさえ掴めれば、お兄様なら案外すんなりと出来るかも知れませんわね』


  雷のイメージ。


  脳裏で雷を想像しながら、魔力を練る。十分に練って…、そして放出する!!


  閉じていた目を開いて前を見据える。


「あれ……?」


  手のひらから出てきたのは、雷みたいなただの光だった。雷まがいの閃光はあっという間に空中で霧散した。


  それから何度か試してみたが、やはりただの光が出現するだけだった。


  何がいけないんだ?


  僕は顎に手を当てて考える。


  どんなに想像しても、雷の見た目をしたただの光になる。


  そう、見た目だけは雷なんだ。見た目は想像通りのものが出来ているから、僕は結構惜しいところにいるんじゃないか?


「……ん〜〜」


  唸り声を上げて思考する。


『日常で雷の性質を体感することなんて中々ありませんもの』


「性質…、雷の性質…」


  ビリビリした感じだよな…?


  ふと、今日の出来事を思い出した。

  アイリスの腕を引っ張った時、電流が走ったみたいにビリッとして、その後も手が痺れていた。静電気かと思ったが、それにしては痛かった。


  電流、痺れる……。


「…よし!」


  手のひらを前に出して、慎重に、丁寧に魔力を練った。


  今度こそ!!


  手のひらから強い光が放たれる。


  出来――


「あああぁ!!!」


  自身の口から情けない叫び声が出る。


  なん、だこれ。


  神経を逆撫でするような痛みが走る。体が麻痺して思うように動かない。止めなきゃいけないのに、魔力を上手く制御出来ない。


  魔法は術者には効かないはずなのに。なんで。


  凄まじいスピードで魔力を消費していく。


 早く、早く止めなくては…!!頭では分かってるのに!!




「え…」


 痛みが、麻痺した体が、急激な魔力消費により脱力していく体が、嘘のように楽になった。


  辺りが閃光に飲まれる寸前、横目に映ったのはルビーのような赤だった。

閲覧有難うございます。

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