閑話1 兄の苦難
いつか父のように素晴らしい人になる。
その為に、まずは父に認めて頂かなくてはならない。
いつからだったか、僕はただ自身の能力を向上することだけを優先するようになった。勉学に剣術、それぞれの家庭教師が僕を秀才だと称えたが、父が僕を見ることは無かった。それどころか、父とはまともに会うこともままならない。
仕方ない。父は多忙な方なのだ。
僕のような未熟な者には構っている暇もないのだろう。
ならばやはり、僕はもっともっと優秀でなくてはならない。父の目に止まるように、認めて頂けるように。
そんな焦燥に駆られながら、精進の日々を過ごしているうちに、僕は六歳になった。
六歳になると“魔力測定”が出来る。そうしたら、魔法を習えるようになる。魔法を学べば、僕はより優秀に近づけるだろう。
それに魔法を使えると思えば、少しだけわくわくした。
触れた透明な魔石が、真っ赤な光を放つ。
集められた同い歳の子供達や連れ添いの大人達が一斉に感嘆の声を上げた。
『素晴らしい』
『流石はプライレス家のご令息』
聞こえてくる賛辞は求める父の言葉ではないのに、ほんの少しだけ嬉しくて、誇らしかった。
良い気分のまま帰宅し、父が帰ってきたらこの事を自ら報告しようと、難しい魔法の本を読みながら父の帰りを待った。
普段ならば寝ている時間。僕は重い瞼を手の甲で擦りながら本を閉じた。そろそろ父が帰ってくるだろうと、ロビーへ向かう。
お父様は褒めてくださるだろうか。
ロビーへたどり着くまでに期待が胸を埋める。早く父に報告したい。その思いに比例して、歩調が早まった。
ようやくロビーにたどり着いた時、既に侍従達が父を出迎えていた。
帰って早々、父は執務室へと向かう。そんな父の後についてセバスチャンが報告事項を告げていく。
父がロビーから出て行く前に僕も早く報告しようと、足を踏み出した時だった。
「それから、今日行われた坊っちゃまの魔力測定の結果はランクAだったようです」
セバスチャンに先を越されてしまった。しかし、そんなことは今はいい。父はなんと言うのだろうと、その場で父の言葉を待った。
「そうか」
それだけだった。
冷水を浴びせられたような気分だった。
僕は自惚れていた。ランクAなどプライレス家の者として当たり前の器量だ。
当たり前のことを褒めて頂こうなどと、おこがましい。
先刻の浮かれた自分を叱咤してやりたかった。
ランクAなだけでは駄目だ。
上級魔法を習得すれば漸く当たり前から外れるだろうか。いや、それじゃ駄目だ。
我が家は魔法に秀でた家系なんだ。
上級魔法を使えるのは当たり前なんじゃないか?どうすれば認められるんだ?
上級魔法よりもっと高度な魔法を習得出来ればいいのか?
分からない。とにかくもっと精進しなくては。
翌日、僕は魔法の本を手に庭に訪れた。
魔法に関する授業が始まるのはまだ二週間も先で、今の僕には待てる訳もない。
本を参考に簡単な魔法からやってみようと試すが、上手く出来なかった。
その次の日も、そのまた次の日も空いた時間を魔法の特訓に費やしたが、上達することは無かった。
「くそっ!!」
怒りに任せて本を地面に投げつけた。
なぜ出来ないんだっ…!!
焦りや苛立ちがぐるぐると感情をかき乱す。
そんな時だった。休憩中なのか楽しげな侍女の会話が聞こえてきた。
「お嬢様って一体どれほどの才をお持ちなのかしら?」
“お嬢様”…。僕の二つ下の妹のことだろう。確かアイリスと言ったか。三歳の時に一度だけあったことがある。その一度もアイリスは寝ていたが、それっきり会っていない。
「それを考え出すと日が沈むわよ。何せお嬢様が持たない才なんて無いんだから」
「それもそうね。お嬢様はあの治癒魔法すらお使いになられるんだもの」
「……!!そ、それは本当か!!?」
思わず侍女達の前に飛び出して聞いてしまった。侍女達は肩を揺らして驚愕したが、瞬時に仕事仕様へと切り替え僕に頭を下げた。
「左様でございます」
「その話、詳しく教えてくれ!」
侍女の話によるとアイリスは一年前、瀕死の犬を治癒魔法で完治させたことがあるらしい。
それが本当なら、才能なんて言葉で片付けていい問題じゃないんじゃないのか?
治癒魔法は努力だけで習得できるような魔法じゃない。魔法の才能ある者が努力してやっとできる魔法だと本で読んだ。三歳児がなんの知識も経験も無しに出来るものじゃない。
それとも、アイリスには才能を凌駕する何かがあるというのか?
じわりと、嫉妬と期待が胸に広がった気がした。
「アイリスに空いている時間を聞いてきてくれ」
会えば何か分かるかもしれない。
──────
「今日も空いている時間はないとの事です」
一体何回目なんだ。
僕専属の侍女から告げられたその言葉は妹からの拒絶だ。
ここ最近の僕の機嫌はすこぶる悪い。
理由は明白。アイリスが僕を避けているからだ。
僕と会うことの何がそんなに嫌なんだよ。
そもそも嫌がられるほど僕とアイリスに接点など無い。
「別に会うぐらい良いだろ…」
思わず小言を呟く。きっと今の僕はとてもぶすくれた顔をしているはずだ。
ちなみに数回拒絶された時点から、僕はタイミングを見計らってアイリスの部屋を訪ねるようにしている。しかし、何故か僕が訪ねた時だけアイリスは都合良く部屋にいない。
そして、妹に会う大本の原因である魔法は相変わらず上手くいかない。
日に日に苛立ちが募っている気がする。
僕は大きな溜息を吐き出してから、自室のソファーから立ち上がった。
「少し散歩に行くから、一人にしてくれ」
「かしこまりました」
うんざりと言った僕とは対照的に、感情というもの感じさせない侍女は淡々と返事をして部屋を出て行った。
いつも思うが、この家の使用人達は冷めすぎじゃないか?有能だから文句はないが。
いやでも、この前の侍女達はむしろ感情的すぎたような…。
「……」
どうでもいいことかと、思考を切り替えて庭へと向かう。
あと少しで庭に出るというところで、廊下の角から小さな人影が出てきた。
その人物と目が合う。
赤い髪に僕と同じ目の色をした女の子。
僕は咄嗟に小さな少女の腕を掴んだ。
「やっと捕まえた」
閲覧有難うございます。




