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17話 悪役令嬢の傷

以前の話をそれぞれ訂正しましたが、大きく内容は変わっていないのでそのままお読み頂けます。

 アイリス一行を乗せた馬車は緩やかに速度を落として邸宅の玄関前に停車した。


 アイリスはあれから目を覚ましたカーディナルと馬車を降りると、後から降りてきたチャールズに付いて玄関口へと向かった。


 扉の傍らに控える使用人二人が「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様」と頭を下げてから、扉を開ける。チャールズに連なり屋敷に入った。そこではいつものように使用人達が並んでおり、厳かに主人を出迎えた。使用人一同を代表して老齢の執事長セバスチャンがチャールズとアイリスに声をかける。


「お帰りなさいませ、公爵様、お嬢様。

  お嬢様、ご無事で何よりでございます」


  チャールズが「ああ」と小さく返事をした後にアイリスも返事をする。


「ええ、迷惑をかけたわ」

「迷惑などと滅相もございません。このセバスチャンを含め使用人一同、お嬢様をお守り出来なかったこと後悔してもしきれません。どうぞ罰をお与えください」


  そう言ったセバスチャンを筆頭に使用人一同が洗礼された動作で深く頭を下げる。その様子に、アイリスは少し驚きながら答える。


「今回の件はわたくしの身勝手な行動による自業自得ですわ。罰を与えられるべきはわたくしであって貴方達では無いわ」

「お嬢様…」


  セバスチャンが眉を下げて呟くが、アイリスは気にせず未だアイリスとセバスチャンのやり取りを傍観していたチャールズに話しかける。


「お父様、わたくしは此処で失礼致します。

 此の度はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

「ああ」


 アイリスはチャールズに会釈すると目的の人物の元へ向かう為、足を踏み出す。そんなアイリスの後をカーディナルと使用人の列から抜けてきたハンナがついて行く。


 お兄様の様子を見に行かなくては。軽傷だったとは言え、あんなことがあったのだから。

 今世のお兄様は本当に落ち着きが無いから困りますわ。


 静かに溜息をついたところで、アイリスは呼び止められた。


「アイリス」


 目前の人物に目を向ける。


「…お母様」


 アイリスはキャサリンを見遣り、血の気が引くような恐怖を覚えた。

 キャサリンの顔はアイリスが前世の頃によく見てきた怒りを体現していた。


 キャサリンはカツカツとヒールの音を立てながらアイリスに近付いて行く。アイリスはまるで、蛇に睨まれた蛙とでも言う様に身体を硬直させた。


 キャサリンの気迫に耐えかね、目を伏せる。が、キャサリンを視界から外したとしても、キャサリンの足音は着々とアイリスに近づいて行き、遂にはアイリスの視界にキャサリンの足元が写し出された。


「…あ、お母様、申し訳――!?」


 アイリスは何が起こったのか理解出来ず、ただ茫然と立ち尽くした。


 アイリスの身体を包み込んだ温もりは、じわじわとアイリスの身体へと温度を分けていく。


 自身の身体が心地の良い温度に包まれている事で、漸くアイリスは自身の現状を理解した。だが、飽く迄も状況を理解しただけに過ぎず、キャサリンがどうしてこんな事をしているのかまるで見当も付かない。


 アイリスは混乱で真っ白になった頭を何とか動かし言葉を紡ぐ。


「お母様、何をしているのですか…?」


 アイリスが精一杯吐き出した音は僅かに震えていた。


「貴女を抱き締めているのよ」


 そう言いながら、キャサリンは腕の力を強めた。


 今、アイリスは母に抱き締められている。

 母がわざわざ幼い自身の身長に合わせて深く腰を折り、自身を抱き締めている。傍から見れば、それはきっと微笑ましいものなのだろう。

 だが、アイリスにしてみれば、想像もつかない事だった。母親がどうしてそんな事をするのか、分からない。


「何故?」

「理由が必要かしら?

  母が子を抱き締めるのは普通でしょう」


 普通?


 アイリスはキャサリンの腕からするりと抜け出した。キャサリンは一瞬目を見開いてから、自嘲気味に顔を歪めると前かがみになっている姿勢を戻した。


 アイリスは怒りを感じていた。


 …普通なら、普通ならばどうして。

 どうして、前世でこうしてくれなかったのですかっ…!!


  アイリスは手のひらを強く握り込む。その場で俯き周りから顔を隠した。きっと情けない表情をしているであろう顔を誰にも見られないためである。


「アイリス!!」


 また、自身の名前が呼ばれた。

 アイリスは声の聞こえた方へと視線を移す。そこには、肩を上下し息を乱したセドリックがいた。その腕には包帯が巻かれている。セドリックはアイリスの近くまで駆け寄ると、勢い良く頭を下げた。


「ごめんっ!!!ごめんアイリス!!!僕のせいで…」


 アイリスは感情の整理がつかぬままセドリックへと向き直る。


「お兄様、顔を上げてください。この通り、わたくしは大丈夫ですわ」

「…アイリス、ごめん、ごめん本当に…ごめん」


 セドリックは頭を上げようとせず、服の裾を握り締めながら何度も謝罪を繰り返した。下げられた兄の頭を見下ろしながらアイリスは口を開く。


「お兄様」


  妹のどこか圧を感じる声に、セドリックはビクッと肩を跳ねさせて顔を上げた。セドリックの瞳からはボロボロと雫が溢れており、顔は涙でぐちゃぐちゃだった。そんなセドリックをアイリスはしっかりと見据える。


「そう思うならば、もうあのような無茶はしないと約束して下さいませ」


  セドリックはグッと下唇を噛み締めてから、大きく頷いた。


「約束だ…!!僕はもう絶対にアイリスを傷つけない!!!」

「…!!」


  強い意志のこもった瞳で見つめてくるセドリックに、アイリスは体を硬直させた。


  わたくしを傷つけない…?

  “傷つけない”?


  簡単な言葉である筈なのに、アイリスはセドリックの口から出たその言葉の意味が自分の知っているものではないように思えた。あの兄が、アイリスにそんな言葉をかける訳が無いのだ。


  早鐘を打つ自身の心臓の音が鮮明に聞こえてくる。徐々に息が苦しくなる。


  目の前のセドリックがアイリスの異常な様子に首を傾げた。


「大丈夫か?」


  目前へと伸ばされてくる幼い手が、今から自身を傷つけんと迫ってくるようでアイリスは「いやッ!!」とその手を拒絶した。幼い手はアイリスに触れる寸前で驚いたように引っ込んだ。


  怖い。


  アイリスの様子に驚いたように目を丸くしているキャサリンを見上げる。怒った母の顔が脳裏を巡り、アイリスは後退る。


  怖い。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


  気遣わしげにアイリスに声をかけたハンナを見上げる。その顔がアイリスにはまるで能面のように無機質なものに見えた。


  怖い。


  アイリスは手先が震え出すのを感じた。


  怖い、怖い、怖い、こわ――「わん!!!」


  悪夢から覚めたようにアイリスは目をぱちりと見開いた。動悸が乱れた呼吸が震える手先が止む。


  綺麗な紅い瞳がアイリスを見つめる。「大丈夫」と言われているような、そんな気がした。


  アイリスは気の晴れた笑みを浮かべた。


「大丈夫ですわ」


  その言葉は、セドリックでもハンナでも無く、自身に言っているようであった。

閲覧有難うございます。


約2年ぶりの更新となってしまい、当時楽しみにして頂いていた読者様には多大なご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません。

これからも更新は遅くなってしまいますが、地道に執筆していこうと考えています。

不甲斐ない作者ではありますが、何卒よろしくお願い致します。

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