14話 悪役令嬢の凶夢
プライレス公爵一家が生活する王都プライレス家別邸。
領地の本邸程に壮大なものでは無いが、その様は思わず驚嘆を漏らす程に壮観である。
そんな、豪邸を移動するのに、四歳児の身体は余りにも幼い。
歩いての移動ならばいざ知らず、全速力での移動など、身体には負担でしかないだろう。
アイリスは、はぁはぁと大きく息を乱し、長く広い廊下を駆け抜けると、階段を駆け下りて行く。
公爵令嬢であるアイリスが着衣しているドレスは走るに相応しくない。その為、アイリスはドレスの裾を待ち上げて走っている。
アイリスが漸く屋敷の外に出ると、降り注ぐ雨が容赦なくアイリスを濡らし、そのドレスは水分を含み重さを増していく。
アイリスが庭園を突っ切って行くと、空気中の魔力の原因を調査中の使用人達がいた。
使用人達は、全速で走り抜けるアイリスを目に止めギョッと目を見開かせる。
「お嬢様!!何処へ行かれるのですか!?
直ちに屋敷へお戻りください!!」
「お嬢様!?何処へ!!!」
普段であれば、アイリスの奇行を止めようとはせず、陰から見守る使用人達だが、この状況ではそうもいかない。
使用人達は慌ててアイリスを追うが、少しばかり遠くにいるアイリスは、見向きもせず一直線に庭園を突き進んで行く。
しかし、それも仕方がない。
アイリスは尋常では無い程に焦燥していた。
ただ、セドリックの魔力が辺りに漂っているだけならば、アイリスはこれ程までに取り乱しては居ない。
問題なのは、セドリックが今まさに魔法を発動しようとしている事だ。
アイリスは眉間を寄せる。
よりにもよって、この雨の中、雷属性の魔法を発動しようだなんて…。
冗談でも笑えませんわ!お兄様は死にたいのかしら!
それに、雷属性の魔法は不安定でかなりコントロールが難しい、魔法ですのに…。
本来、雷属性を含む全ての魔法は術者に危害が加わることは無いが、状況や場合によっては一概には言えない。
雷属性の場合、術者が濡れたままだったり、水に囲まれた状態で魔法を発動すれば術者にも感電するケースがある。
術者への影響は状況によって、少しビリビリするだけというものから最悪死に至る場合もあるのだ。
アイリスは薄暗い森の中を迷わず突っ走る。
セドリックの今いる場所など、一つしかないのだ。
雨でぬかるんだ土がアイリスの美しいドレスを土色に染め上げる。だが、アイリスは自身が泥まみれである事にも顧みず、走る。
少し進んだところで、目的の場所はもう間近だった。
近頃、アイリスがセドリックに魔法を教えている場所。森の中でも少し開けた、練習には持ってこいの場所。
そして、アイリスは様やっと、セドリックの姿をその目に捉えた。
セドリックは、何時ものその場所の中央で両腕を前へと伸ばしている。
アイリスは急ぎ、セドリックに声を掛けようと口を開く。
が、次の瞬間。
セドリックの手元が光を放つ。
それと同時に、周囲の空気が一斉にビリビリと電気を含み、アイリスの肌を痺れさせた。
「…っうぐ、あああぁ!!!」
セドリックの叫び声が辺りに響き渡る。
「お兄様っ!!!」
アイリスは、すぐさまセドリックの元へと駆け寄った。
セドリックの側はアイリスの幼い身体を強く痺れさせる。
未だ、セドリックの両手の平からはビリビリと光が放たれていた。
間に合わなかった。
なら、せめて…。
アイリスは、痺れ震える身体を動かして、セドリックへと手を翳した。
雷耐性、魔法ダメージ減少、魔法防御力上昇、魔力回復…。
アイリスが胸中でそう唱え終わると、セドリックを蒼白の光が包み込んだ。
と、そこで辺り一面が閃光に包まれた。
——パキィン。
熱く、鋭い激痛が容赦なく身体を襲う中、何かの砕ける音がアイリスの耳に酷く残った。
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「止めて下さい!!
アイリス様!どうしてこんな事をっ!!」
煩いわ!
全ては貴女のせいでしょ!!
「アイリス様。もう、このような事お止めになって」
「そうですわ!このようなやり方、アイリス様らしくないです」
わたくしの事は放っておいて頂戴。
「アイリス。近頃、ルーシー嬢を酷く苛めていると聞いたよ。
分かってる?君は、僕の婚約者。つまりは王妃になるんだ。もっと自覚を持ってくれ」
ルーシー様を庇うのですか?
あの方は、わたくしから貴方様を奪おうとしているのに。
「おい、何をしようと勝手だが、家名に傷を付けるような行為はやめろ。
…お前はもっと賢いと思っていた」
お兄様…。
わたくしだって、そんな事分かっていますわ。そう、分かっていますのに…。
「アイリス、最近よく貴女の醜聞を耳にするわ。一体どうしたと言うの?
馬鹿な事をするのも程々になさい」
…お母様、申し訳ございません。
「アイリス。お前は何をしているのだ」
お父様、…お許しください。
この愚かな娘をお許しください。
「君を愛した事など、これまで一度たりともありはしない」
どうして、ならどうして、わたくしに優しく為さったのですか。
それならば、笑いかけたりなどしないで頂きたかった。
…一層の事、冷たく突き放して下されば良かったですのに。
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