10話 悪役令嬢は兄に頼まれる
「やっと捕まえた」
少年はそう言って幼い少女の腕を引っ張ると少女を壁へと追いやった。少女は突然の事に何が起こったのかと目を丸くした。が、直ぐに冷静を取り戻し少年を見つめた。
「一体どういうつもりですか?お兄様」
少女、アイリスは兄であるセドリックに淡々とした口調で問い掛けた。それに対してセドリックは眉間を寄せると不機嫌に口を開いた。
「それは此方のセリフだ。何故そんなに僕を避けるんだよ」
「まぁ。避けてなどいませんわ」
アイリスは口元に手を当て態とらしく驚いた素振りをした。そんなアイリスの様子にセドリックは更に眉間の皺を深めた。
「それで、お兄様がわたくしに何の御用でしょうか?」
アイリスが用件を促すと、セドリックはアイリスから顔を背け、バツが悪そうにごにょごにょと口を開いた。
「…いや、その…ま…………んだ」
「?
何と仰ったのですか」
「ま……えて………いんだ」
「あの…お兄様?」
アイリスは訝しげにセドリックを見つめた。セドリックは顔を背けたまま僅かに頬を赤らめた。
「…だからっ、魔法を教えて欲しいっ!!!」
「…………へ?」
「「……………」」
アイリスはその場で硬直した。そしてセドリックは先程よりも更に顔を紅潮させ黙り込んだ。
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皆様ご機嫌よう。わたくし、アイリスはもう四歳ですわ!
それから、カーディナルはと言うと、この一年程の厳しい躾でなかなか立派になったのよ?
…というより、何ですの?その…大きくなりましたわね。一年前はわたくしの腕に収まるサイズだったけれど、今は中型犬といった所じゃないかしら?雰囲気も心做しかかっこ良くなった様に思うわ。垂れていた尖った耳が立ったからかもね。
まあ、どんなに大きくなろうとカーディナルは可愛いのですけれどね!!
モフモフ、フサフサ、フワフワは健在ですわ!!
でも、残念。
今日は、カーディナルが居ないのですわ…。
カーディナルは専門の方の教育を受けているの。だから、わたくしは今一人ぼっちですの…。
カーディナル早く帰ってこないかしら…。
…………。
…あら、何故今こんな事を言っているのかって?
……いえ、ね。わたくしはカーディナルの事を考えているだけで、例えどんなに不可解な事が起きようとも、心が安らぎますのよ。ええ、どんな不可解な事が起きようとも…ね。ああ、早くカーディナルに会いたいわ。
アイリスはその場で遠い目した。アイリスの頭の中はカーディナルでいっぱいであった。そんな幸せに浸るアイリスであったが、不意に呼び戻された。
「…リス…、ア…リス、…おいっ聞いていたのか?」
アイリスは目の前に居る人物、セドリックを見た。セドリックはチャールズに似ている。そのサラサラの髪は淡青色で瞳はターコイズブルー。前世のセドリックは、態度までチャールズにそっくりで常に無表情で冷然としていた。どんな時でもただ、チャールズに認めて貰う事、追いつく事しか頭に無かった。そんなセドリックは妹であるアイリスを目に映す事も無く、況してや話しかける事など無かった。その為、アイリス自身もセドリックに関して知っている事は少ない。
「何故黙っているんだ」
セドリックはまだ僅かに赤面していた。六歳であるセドリックはまだ前世の様な無表情では無く、ごく普通に感情を露わにしている。そんなセドリックをアイリスは呆然と見つめた。
「な、何だよっ」
セドリックに関して何も知らないアイリスでも、分かる事はある。
こんなの可笑しいですわ。
前世の丁度今と同じ年の頃に一度アイリスはセドリックに話しかけた事があった。
『お兄様、解らない問題があるの。教えて下さい』
父も怖い、母も怖い、そんなアイリスにとって兄は唯一仲良くなれるかも知れない最後の望みだった。今まで会った事の無かった兄に少しの不安を抱きつつも期待をしていた。だから、勇気を出して会いに行ったのだ。だが、その勇気も期待も望みも簡単に踏み躙られた。
『僕は忙しいんだ。話し掛けないでくれないか』
セドリックの余りにも冷めた返事に当時のアイリスは酷く傷ついた。
あのお兄様がわたくしに会う為に態々探し回る何て本当に可笑しな話ですわ。
そう、ここ数日アイリスはセドリックを避け続けていた。
ハンナからセドリックがアイリスに会いたがっていると言う話を聞いた時、アイリスは思わず鳥肌を立てた。前世であんなにも自分に無関心だった兄がいきなり自分に会いたい等、一体何をされるのかと、恐怖でしか無い。
まあ、捕まってしまいましたけれどね。
それにしても、教えて欲しい…ね。今思えばお兄様らしいですわね。
“上級魔法を使える妹”
今世のわたくしはお兄様にとって利用価値がある。お兄様は少しでもお父様に近づけるならば妹だって、利用する方でしたわ。
まあ、でも断る理由も特に無いですわね。
アイリスはセドリックに作った笑みを向けた。
「お兄様、わたくし等で良いのでしたら何時でもお教え致しますわ」
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夜、アイリスの自室
もふもふもふもふもふもふもふもふもふ……。
「カーディナル、寂しかったのよっ!」
アイリスは頬を膨らませながらもカーディナルに抱きつく。
カーディナルはそんなアイリスを宥める様に
身を委ねる。
「ああぁ〜癒されますわ」
大きくなったカーディナルはもふり甲斐がありますのっ!
もふもふもふもふもふもふもふもふもふ……。
幸せ…。
もふもふもふもふもふもふもふもふ…。
もふもふもふもふ……もふ。
もふ…。
…。
「――すぅ」
「…わぅん?」
アイリスはカーディナルの上に覆い被さる様にして穏やかな寝息を立てた。それに気付いたカーディナルはアイリスから抜け出ると、ベッドから引っ張ってきた毛布をソファーの上で寝入ってしまったアイリスに被せた。公爵令嬢であるアイリスがソファーで寝てしまう等以ての外であるが、そんな事を知る由もないカーディナルはアイリスの眠るソファーの真横の床で丸まり目を閉じたのだった。
閲覧有難うございます!
中々、投稿が出来ずに申し訳ないです…。