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8話 悪役令嬢は父に会いに行く

 キャサリンと会ったその日の晩。アイリスは無駄に大きな食卓に並ぶ豪勢な夕食を一人、いや一人と一匹で食べていた。


 アイリスはカーディナルを迎えてからここ数日とても幸福である。カーディナルはとても素直で嫌な事は嫌と拒み、此方が良く接すれば同じ様に、いやそれ以上の好意を返してくれる。公爵令嬢であるアイリスは、大体の事は拒まれる事は無い上、向けられる好意は打算的で下心に塗れた偽物ばかりであった。


 そんなアイリスにとって、カーディナルの純粋な好意や偽りのない素の行動は新鮮で嬉しいものだった。


 ーーカーディナルってば機嫌が良いと尻尾をぶんぶんと振るのよ。それに気分が沈むと耳と尻尾も一緒に沈むの。すごく可愛いと思わない?


 と言うように相も変わらずデレデレであるアイリスは、夕食を食べ終えた所だ。


 アイリスは、食べ終えた後の食器を使用人に任せると、カーディナルと共に自室へと戻った。


 自室に戻ったアイリスはソファーに体を預けていた。毛足が長く手触りの良い豪奢な絨毯とじゃれるカーディナルをぼんやりと眺めながら、アイリスは思案する。


 お母様は許して下さったけれど、やはりお父様から許しを頂かない訳にはいかないのよね…。


 アイリスは前に腕を組み、むーっと唸りながら考え込む。そして、諦めた様に込めていた肩の力を抜き溜息を吐き出した。


 アイリスの様子に気づいたカーディナルが気遣わしげにアイリスの傍に寄ってくる。アイリスはカーディナルを抱き上げ自らの膝の上へと移動させると、カーディナルの背を毛並みに沿って撫で始めた。


「わたくし今日お父様に会いに行ってくるわ…」


 アイリスは虚空を眺めながら誰に言うでもなく、ぼそりと決意を声に出した。そうやって音に出して仕舞わないと、自分から父に会いに行く勇気が出そうになかったからだ。


「わん!」

「きゃっ!!」


 先程までアイリスの膝の上で大人しく撫でられていたカーディナルが突然、アイリスに飛び掛り、アイリスの顔をペロペロと舐め始めた。


「ちょ、きゃ!待っ…あはははっくすぐったいわ!もうっカーディナル!!」

「わんっ!!」


 アイリスは擽ったさに思わず令嬢らしからぬ笑い声をあげた。そんなアイリスの様子にカーディナルは満足そうに笑みを浮かべる。


「……カーディナル」


 アイリスはカーディナルの頭をそっと撫でた。


「ありがとう」


 アイリスは先程まで暗く沈んでいたのが、嘘の様に晴れ晴れとした気持ちになった。今はただ、自分を励まそうとしてくれるカーディナルの行動がとても嬉しかったのだ。


 わたくし、カーディナルとずっと一緒に居られるように頑張って来ますわ。


 アイリスは心中で決意を固めた。




 _______________



 国の宰相を務めているアイリスの父は常に多忙である。その為、帰宅は何時も遅い上、帰ってきてからも執務室で数時間程、書類と睨み合っている。



 すぅーー…はぁー


 何時もならばこの時間帯は就寝しているであろうアイリスは父の執務室の扉の前で深く呼吸した。


 まさか、一日にお父様とお母様の両方と会わなければならないなんて…。


 アイリスは僅かばかり項垂れてから、身なりを整え、姿勢を正した。そして、父の執務室の扉を叩く。


「――誰だ」

「夜分遅くに失礼致します。アイリスです」

「……アイリス?一体どうした」

「お父様に折り入ってお話したい事があるのです」

「話…まあ、いいだろう。入りなさい」


 アイリスは自分の身長より少しばかり上にある扉の取手に手をかけると扉を開けた。


「失礼致します、お父様」

「ああ」


 アイリスは入室すると、小さくお辞儀をした。それに対して淡々とした挨拶を返した父、チャールズは淡青色の真っ直ぐな髪に、ターコイズブルーの瞳をしている。その端正な顔は凍りついた様に常に無表情である。それは、家族を、前にしても尚、同じであった。


「それで、話とは何だ」


 チャールズは用件を促すようにアイリスを一瞥してから、執務用のシンプルながらも上品な机の上に散らばる書類に視線を落とした。そんな父にアイリスはそっと口を開いた。


「もうご存知かと思いますが、数日前わたくしは庭園で仔犬を助けました」

「確かに、そんな報告は上がってきているな」


 チャールズは手元の書類に目を向けたまま返答する。


「……お父様。わたくしは、その子犬に、…カーディナルにこれからも傍にいて欲しいと思っています。

 許可を頂けないでしょうか…?」


 アイリスは握る掌に力を込めた。そして、チャールズの返事を静かに待った。



「構わん」


 チャールズはアイリスに目を向けることもなくまるで、大した事では無い様にあっさりと答えた。それに対して、アイリスは目を大きく見開いた。これ程まで簡単に許可を得られるとは思ってもみなかったからだ。


「…あの、よろしいのですか」

「ああ、構わない」


 最初こそ驚いていたアイリスだったが、何時までも書類と向き合ったまま、アイリスと目を合わせる事もなく、淡白な態度のチャールズにアイリスは納得してしまった。


 ーーああ、そうでしたわ。

 この人はわたくしに興味が無いだけですわ。


 普通であれば、前世のアイリスであれば、ここは悲観する所だろう。だが、アイリスは安堵していた。前世から冷然とした態度であった父が今世でもそうである事に。


 そうですわ。お父様がそうあれば、逆に今世のわたくしは気兼ねなく好きに生きる事が出来るのですわ。


 前世の父、チャールズは、アイリスが相当な失敗を犯さない限りはアイリスに干渉して来ることは無かった。それは、今世、好きに生きると決意したアイリスにとっては思わしい事であった。

閲覧有難うございます!


電波の悪い所にいる為投稿が遅れてしまいました…申し訳ございません。

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