14 サキュバスは夜這いがしたい
石垣の提案から愛川は悩み、一つの行動を起こした。
「どうしようか迷ったけど、やっぱり行動した方がいい気もするし……」
愛川は思考の末に柄池を誘惑しに行くことに決めた。
その愛川は今、宿へと戻る道を歩む、人間の姿で。
石垣の柄池を好きになる人がどんどん増えるという言葉、それに愛川自身は心の中で同意していた。
なにせ、柄池は元の世界で妖怪の女性からも誘惑されていた。
今の世界ではどうか分からないが、元の世界では妖怪も存在し、人間の姿に化けることもあるのだ。
誘惑の具体例としては、女性の天狗に誘惑もされて、雪女からは押し倒されて求められそうになったこともある。
そんなことがあって、内心で愛川はサキュバスらしさを出していくか戸惑ってもいたのだ。
「本当は誘惑せずに柄池君との距離を縮めるって決めていたけど、このまま何もしないと誰かにとられるかもしれないから……うん、この選択で間違いないはず!」
その戸惑いを愛川は拭うかのように、この選択で正解と言葉を出す。
移動していた愛川は宿に着いて、柄池と自身の寝る部屋へと入る。
当の彼は寝ていて、ライオロスは光玉のままで部屋を飛んでいた。
「どうでしたか、愛川殿? この世界の夜風は元の世界と違いましたか?」
「変わらないわね。ある意味、元の世界に戻った感じだし、安心はしたわね」
「そうでしたか」
愛川はちょっとした冗談を受けて笑いつつ話して、ライオロスはそうかと話す。
石垣はライオロスへと言葉をかける。
「ライオロスさん、ちょっと部屋の外の見回りお願え出来るか? でえじょうぶかもしんねえけど、救済者様に何かあったら、とんでもねえしな」
「よし、了解しました。私は寝ることもなくなったので、夜の見回りはお任せを」
「あんがとな、頼むだ」
ライオロスは見張りを受けて、石垣は礼を言葉にする。
肉体がなくなった今では寝る必要もないのは納得がいった。
光玉のままライオロスはドアへ向かって、そのままドアをすり抜けて出ていった。
すり抜けられることに少し驚くも、そこは言葉にしないでおく。
「うまくいったべな。これで……」
「誘惑できるわね。今回は簡単に、だけど」
石垣と愛川は顔を見合わせて話し合う。
今回はいきなり誘惑はレベルが高いため、寝ている柄池にキスをするということを目標としていた。
ライオロスはいても問題はないかもしれないが、一応ということで席を外してもらった。
愛川は早速、寝ている柄池の上の位置に自分も上がる。
ちょうど自身は彼と向き合う形で四つん這いの姿勢を取った。
「き、緊張してきた……」
「がんばるだ。がんばるだ」
「よ、よーし……奪っちゃうぞー」
傍らからの石垣の応援の中で愛川は奮起する。
しかし、愛川は柄池を見ているだけであった。
「どうしただか?」
石垣はその様子を見て疑問を投げるも、愛川は黙っていた。
「ダメ……出来ない……」
「ええ……どうしてだかあ?」
「やっぱり、心の準備がうまくいってなくて……」
「……驚いただ、サキュバスがキスもできねえなんて」
「サキュバスなの! 私はサキュバスなのよ!」
石垣の唖然とした様子に、愛川はサキュバスだと言葉でも強調する。
彼からの疑いも含めた驚きは胸が痛くなる。
「あの時のゴブサキュバスもキスはしてくれてだよ?」
「あー、それは言わないで! 妙な感じの負けた感があるから!」
「んだったら、もう一回挑んでみるべや。チャンスはまだあっから」
愛川はゴブサキュバスと比較を止めるように言うと、石垣はもう一回やってみるよう促す。
柄池から顔をそらしていた愛川はもう一度彼の顔を見る。
が、それでも愛川と彼の顔の距離は縮まることはなかった。
「キスってこんなにハードルが高いとは……」
「おらもこんなことになるとは思わなかっただ……」
「きょ、今日のところはこれぐらいにしておきましょ」
愛川は柄池の上から離れて、柄池からも距離を置いた。
その様子を石垣は何とも言えない表情で見ている。
まだ、サキュバスであることを疑っているのかもしれない。
「ま、まあ……これからまたチャンスはあるはずだと思うし、次頑張ってみるといいと思うだ」
「そう、そうね。次ならうまくいくはずだし……」
「ん、部屋の外が騒がしくねえだか?」
愛川は次に期待をもって話すと、石垣は外から聞こえると話し始めた。
確かに足音が部屋の外から聞こえている。
「足音ね。しかも急いでいる感じの」
「おらはビンに戻るべ」
愛川は外からの音を足音と判断すると、すぐさま石垣はビンの中へ戻っていった。
そしてすぐに、部屋から光玉が部屋の壁を通過して入ってくる。
「大変だ! 宿にモンスターが出たと騒ぎになっているぞ!」
「え? こんな時に!?」
部屋に入ったライオロスが慌てて警告すると、愛川は驚く。
その中で妙な違和感もあった。
石垣がライオロスに話を持ち掛ける。
「えっと……そのモンスターの姿は、もしかして光っていて玉の形だか?」
「……確か、そう言っていましたな。光っていて玉の形で……」
ビンから石垣が質問すると、ライオロスは騒がれている姿を答える。
愛川の目の前にはその光っていて玉の形が浮く。
沈黙が流れていた。
「あ、私でした、それ」
「あんたかい!」
ライオロスは自分の姿を認識して、愛川は突っ込みを入れた。
宿に入る時、彼は光玉のまま受け入れられたが、見てない客もいてその人が慌てたのだろう。
「っと、騒がせているわけだし、私が謝りに行った方がいいかも」
「申し訳ありません。私も同行します。きっとその方が和解も早いはずですので」
騒ぎになっているなら、謝りに行くべきと愛川は判断して、ライオロスも同行することになる。
それから、騒いでいる人に愛川たちは事情を説明して、騒ぎは落ち着いたのであった。




