ちょっとだけオチのある短編集(ここを押したら短編集一覧に飛びます)
いいとこドリップ
マサオ氏は知能が優れた天才博士だったが、誰よりも劣等感に苛まれていた。
他人よりも生き方が不器用だと思い、自分の悪いところばかりが見えていた。他人の誰もが自分より優れていると思っていた。
そんなマサオ氏はある日、とある機械を発明した。
その機械をマサオ氏は『いいとこドリップ』と名付けた。
この『いいとこドリップ』という機械は、他人のいいところを搾り取り、雫として具現化させることができる。そしてその雫を飲むことで他人のいいところを自分に取り込めることができる、という機械だった。
ただし、搾り取られた人はいいところが奪われ、綺麗になくなってしまうという反面も持ち合わせていた。
「そうだな、まずはコミュニケーション能力の高い私の弟からいいところを奪うとするか」
マサオ氏はつぶやく。
そして早速その発明した機械を使ってみることにした。
弟を研究室に呼び、機械を腕にはめさせる。
「兄さんの研究に携わることができるなんて光栄だよ」
弟は持ち前のコミュニケーション能力を発揮し、兄相手にやんわりと笑顔を見せた。
そして機械は作動。腕にはめられた機械は伸縮を繰り返し、やがて一滴の雫を搾り出す。
その雫を確認したマサオ氏は、「もう機械を外してもいいぞ」と、弟に伝えた。
しかし弟は、「兄さん、僕、どうしたらいいかわからないや」などとつぶやくばかり。さらには目から大粒の雫を流し始めた。それはとてもコミュニケーションが取れる状態ではなかった。
このときマサオ氏は、機械がきちんと作動したことを確信した。
そうして悪いと思いながらも弟から機械を外し、すぐさま搾り取った雫を飲んだ。
「ふむ。特に変化は見られないな」
マサオ氏は初めそう思っていたが、次の瞬間、この機械を街の中心で使ってみようと考え出した。
それは、これまで不器用な生き方しかできなかったマサオ氏がとても考えつくことではない発想だった。
そしてその発想を生み出したマサオ氏はいてもたってもいられなくなり、機械を持ち街へと繰り出した。
街に出たマサオ氏は歩いている人に向けて大声で叫ぶ。
「皆さん、ここに人のいいところを搾り取ることのできる機械があります。この機械を使えば他人の優れた力を自分に取り込むことができます。どうですか皆さん、この機械を試してみたくはありませんか」
流暢な言葉でぺらぺらとマサオ氏はしゃべり、機械を使ってみないかと促す。
しかし、他人からしてみたらその機械は怪しいにもほどがある。
それから誰も近付かない時間が続いたが、しばらくしたところで、他の誰よりもやさしい心を持った一人の老婆が名乗り出た。
「おばあさん、ありがとうございます」
「誰も寄り付かなくて可哀想だったからねえ。私でよければ手伝ってやるさ」
こうしてマサオ氏の口車に乗せられた老婆はその機械を腕にはめて、雫を搾り取られた。
マサオ氏は雫を確認した途端、ごくりと飲み込み喉に通す。そしてこう口にした。
「おばあさん、ありがとうございました。もう機械を外して大丈夫ですよ。それよりも、雫を搾り取られたから喉が乾いたでしょう。お礼も兼ねて、僕の雫を飲んでくださいな」
そう、マサオ氏は雫を飲んだその瞬間に、誰よりもやさしくなっていたのだ。
マサオ氏は老婆から機械を外し、自らの腕に機械を取り付ける。そして作動させ、一滴の雫を搾り取った。
その雫は、弟から搾り取ったコミュニケーション能力と、老婆のやさしさ、そしてマサオ氏のいいところであった知能が混ざり合ったものだった。
しかし、やさしさをなくしたおばあさんはその雫を飲むことはない。それどころか、「なんだいこの胡散臭い機械は。こんなものすぐになくしたほうがマシさ」と言い、機械を壊したのだ。その時、搾り取った雫も地面へと零れていった。
こうしてコミュニケーション能力、やさしさ、知能をなくした天才は、どうしたらいいかもわからず、ただただ目から大粒の雫を滴らせるのだった。