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異世界で家政婦はじめました  作者: kiki
1st Chapter
8/20

Inside Story 6.5

2018.4.1 サブタイトルを変更しました。

 

「陛下、お待ち下さい」


 臣下らしく一歩後ろを歩くヴァンは、不機嫌を一切隠そうともせず低い声色で呼び止める。

 私は足を止めることも、振り返ることもせず歩き続けた。

 昔は私の手を引いて歩いてくれたのになぁ、寂しいねぇ。


「陛下……待て、マーヴィス」


 周りに誰もいないことを確認して、ヴァンは臣下の口調から昔の慣れ親しんだそれに変え、私を呼び止めた。そこで初めて歩みを止めて振り返ると、ヴァンは予想通りの表情をしていた。

 眉間にそんな深い皺を寄せて怖い顔してるから子供に泣かれるんだよ。

 失礼なことを考えているのが伝わったのか、ヴァンは目を吊り上げ文句を言おうと口を開きかけて止めた。自身を落ち着かせる為か、一度深い溜め息を吐いてからもう一度口を開く。


「マーヴィス、どういうつもりだ」


「何がー?」


 何のことか分かっていながら、私は聞き返す。私がそう返すと分かっていたのか、ヴァンは表情を変えず言葉を続けた。


「ニーナの事だ」


 その名を聞いて思い出すのは、この世界では珍しい黒曜石のような大きな瞳と同色の髪を持つ少女。



 ーーー普通。



 彼女の第一印象は、まずそれ。

 容姿のことではない。まだあどけなさが残る少女が、たった一人で全く知らない世界に、突然丸腰でやって来たのだ。しかも驚いたことに魔力も属性もない。魔力と属性で成り立っているこの世界で、彼女が生きていくには厳しすぎる。

 だからもっと悲観に暮れていると思ったら、予想外にも()()だったのだ。私を見て緊張はしていたが、泣き喚いたり助けを乞いたりはしなかった。もし同年代の箱入りの御令嬢が彼女と同じ状況に陥ったのであれば、どうなるのかは容易に想像がつく。

 もしかして自分の置かれている状況を理解していないのでは?とも思ったが、そうではなかった。彼女は既に現実を理解し、受け入れていたのだ。そしてどう生きていくべきか、前向きに考えている。そうでなければ彼女にとって厳し過ぎる現実に絶望して、とっくに()()()()()だろう。


 面白い、と思った。

 彼女に会うまでは異界人(いかいびと)をどう扱えば自分にとって、そして(ヴェルフェイム)にとって有利か、駒として算段をつけていたが見方が変わった。彼女がこの世界でどう生きていくのか、興味が湧いたのだ。


 それに、話してみると彼女が聡いということも分かった。

 全てを話さなくても、私が何を望んでいるのか察する事も出来る。彼女が人畜無害だというのはシュロイズからの帰城報告と共に受けた異界人(ニーナ)の話で分かっていたし、実際話してみて納得もした。

 けれども私は一国の主だ。そう易々と初対面の、しかも異界からきたという人間を認め、信用するわけにもいかない。

 だから私は彼女に“時間”を与えたのだ。暗に自らの行いで証明してみせよ、とほのめかした。その意味も彼女は理解しているようだった。


 理解はしても、納得をしていないのが若干一名いるけど……


「聞いているのか、マーヴィス」


「聞いてるよー。ニーナ嬢ってどう見てもヴァンのーーー」


「そういう話をしているんじゃない。何故、魔獣討伐部隊(俺のところ)に寄越した」


「適材適所だと判断したからだよ?」


「どこがだ。俺達が周りからどう見られているか、分からないわけではないだろう?」


「ニーナ嬢にも影響があると?」


「あってもおかしくないと言っているんだ。それに、騎士達(あいつら)は彼女を受け入れない」


「私の知った事ではないねー。それはニーナ嬢が自分でどうにかするべきことだよ」


 私が彼女にしてあげられることは、衣食住と給金の保障だけだ。それ以上はしてあげられない。

 異国の平民(という設定)に王が肩入れしたら、感の良い貴族らは素性を探るだろう。そうなったら彼女が狙われるのは時間の問題になる。未だに虎視眈々と王位を狙っている(はえ)共もいるし、敵国に知られれば躍起になって彼女を手に入れようとするだろう。精霊が心を許した人間を利用しない手はない、と考えるのが妥当だ。私は利益よりも、彼女がこの先どうなるのか、自身の好奇心が勝ったに過ぎない。


 だから彼女には、彼女を守る()が必要なのだ。


「これは牽制でもあるんだよ。ニーナ嬢に手を出せば、魔獣討伐部隊と()()殿()()を敵に回す事になるってね」


「……俺はもう王族ではない」


「私の兄であることには変わりないでしょ。それともあの日の約束を反故にする気ー?」


 こう言えばヴァンが何も言えなくなるのを分かってて、卑怯な私は口にする。

 案の定ヴァンは口を一文字に結び、眉間の皺を更に増やしていた。その顔は怒っているのではない。葛藤しているんだろう。

 ニーナ嬢のこと、魔獣討伐部隊の騎士達のこと、私のこと。どれも譲れなくて、全て守ろうとする。真面目なのは美点だけど、真面目過ぎるのは自分の首を絞めるだけだ。私みたいに少し狡賢く生きれば良いのに。

 弟からのお願いではなく、王命だと割り切ればヴァンも楽になる。ニーナ嬢の事は仕事だと、私から命令されたからだと折り合いを付ければこんなに悩まなくても済むのに。

 でもそれを言ったら今度こそ本気で怒られそうだから言わないけど。


「そもそもねー、ニーナ嬢は覚悟を決めてるんだよ?幼気(いたいけ)な少女が全く知らない処で、何もないゼロの状態で始めようとしてるのに、ヴァンが覚悟を決めなくてどうすんの」


「覚悟がないわけでは……」


「じゃあなにさ?特別手当でも上乗せすれば良いの?それとも休暇?悪いけど休暇は当分無理だよ!!来月に視察名目で愛する奥さんと可愛い子供達と旅行するんだから!!羨ましいだろう!!」


「特別手当も休暇もいらん。惚気と自慢はもっといらん」


 眉間の皺は消え、代わりに冷ややかな視線を私に向けるヴァンは深い溜め息を吐く。そしてポツリと零した。


「誰も傷付かず、傷付けずに済む方法はないのか……」


「……馬鹿だなぁ」


 本当にヴァンは真面目過ぎる。

 自分の事はそっちのけで相手の事を相手以上に理解して、分かり合い、そして寄り添おうとする。その両手に抱えきれないものを既に持っているのに、捨て置く事をしない。馬鹿がつく程のお人好し。顔面怖いくせに。


「馬鹿だなぁ……」


「何故2回言った」


「まだ何も始まってないのに、仮定の話をしてもしょうがないでしょ。それともニーナ嬢が簡単に折られるような子だとでも思ってるの?」


「いや、彼女は芯のある強い女性だ」


「私も同意だね。それに家政婦をやると決めたニーナ嬢の気持ちを優先してあげるべきじゃない?」


「そう、だな……」


 歯切れ悪くも、ヴァンは漸く頷いてくれた。

 正しくはニーナ嬢が“家政婦をやる”としか言えない状況を私が作ったのだけど。最終的に決めたのは彼女だし、などと自分の事は棚に上げる。


「問題は起きないに越したことはないけど、なんて言ったって魔獣討伐部隊だからね。最小限にすることは出来ても、ゼロには出来ないよ。その為に私やヴァンがいるんだからね」


「分かっている」


「頼んだよー」


 そう言ったところで、第零隊騎士館寮の窓から護衛騎士達がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 懐中時計を見れば貴族達(たぬきじじいども)の面倒な面会が終わる予定の時刻。うん、タイミングばっちりだね。


「あ、そうそう。これ、今後のニーナ嬢に関する書状だから読んでおいてね」


「御意」


 懐から筒状にした書状を出してヴァンに渡す。

 護衛騎士達が近くまで来ているのを横目で確認して、ヴァンは臣下の口調へと戻した。


「ヴァン」


 護衛騎士達が私のもとに来るまでに、言っておきたいことがあった。この世にたった1人の肉親である兄を、真正面から見据える。

 急に真面目な顔をした私に、ヴァンも身構えた。


「追加報告を受けて私は思ったんだ」


「何をでしょう?」


「彼女はこの国にとっては恩恵であり、脅威だ」


「分かっております」


「精霊が彼女にどこまで干渉するか未知数であるからこそ、細やかな定例会の実施を私は所望する」


「……細やかなとは具体的に如何ほどですか?」


「1週間、いや、3日に1度、ヴァンの執務室で「俺の執務室をサボりの口実に使わないで下さい」


 話を最後まで聞かず、ヴァンはピシャリと言い捨て据わった目を私に向ける。「だから言いたくなかったんだ」とヴァンは何やらぼやいていた。


「けちー」


「26歳妻子持ちが口を尖らすな気持ち悪い」


 仏頂面で半眼になったヴァンが、私にだけ聞こえるように小声で毒を吐く。

 そう言いつつも、ヴァンの執務室には私が好む飲料や甘味が常に用意されている。「サボるな」「勝手に入るな」とか口煩く言うけど、ヴァンは今まで一度も「来るな」と言った事はない。まぁ、もし来るなと言われても私は入り浸るけど。


「護衛騎士達がお待ちのようなので、ここで失礼致します」


「はいはい、じゃあねー」


 仏頂面のままヴァンは騎士の礼をすると、さっと踵を返した。

 幼い頃と変わらない、兄の見慣れた大きな背中を見送り、護衛騎士達に向き直る。そこにいるはずのない騎士と目が合い思わず「げっ」と声が漏れた。


「げ、とはなんですか」


「なんでカインがここにいるの?」


 ロイヤルブルーの近衛騎士団の騎士服に身を包んだ、私の側近であるカインが額に青筋を立てて仁王立ちしていた。


 カインは私とヴァンの幼馴染で、ヴァン同様私に容赦のない人物の1人だ。奴は私の事を良く熟知している。だからカインが私の護衛から外れた隙を狙ってヴァンの所に来たのに。


「俺の可愛い部下が“陛下が脱走した”と泣き付いて来ましてね。大事な会議中でしたが馳せ参じた次第でございます」


「何もそんなに急がなくても良かったのにー」


「何か言いましたか?」


「別にー」


「では戻りますよ。ブランチャード公爵がお待ちです」


「もう面会の時間は過ぎたでしょ!?」


「陛下と面会のお約束をしているとおっしゃっておりましたので、そのままお待ち頂くようお願いしてあります」


「ねぇ、それワザとだよね? 私があのおっさん嫌いなの知ってるよね」


「さて、何のことでしょう」


「あのおっさん、自分の娘を私の側妃にって煩いんだよ。私は正妃(ラナ)1人だけで良いって何回も言ってるのに」


「ブランチャード公爵の息女と言えば、先月13歳になられたばかりでは?」


「そうだよ。私に少女愛(ロリコン)の趣味はないんだけど」


「それはご自分で公爵に伝えて下さい」


 カイン、それは諦めて公爵に会いに行けって言っているね。そうなんだね。

 公爵との面会を想像するとどうにも気力が削がれるが、どうやらカインは私を逃がす気はないらしく、仕方なく足を王城へと向ける。


 私の一歩後ろをカインが、その後ろに護衛騎士達が続く。


「それで、何でまた急にヴァンの所へ?」


「ヴァンが珍しい()()を拾ってきたっていうから見に行ってきたんだよ」


「珍しいもの、ですか?」


「うん。黒い毛並みに黒い目なんだけどね、拾って来たのはヴァンなのに引き取れないなんて言うんだよー」


「ヴァンの言いたいことも分かりますがね。魔獣討伐部隊は1番安全でもありますが、1番危険とも言えます」


「そうなんだよねー。ヴァンもそれを懸念していたけど、見付けて拾ってきたのはヴァンなんだよ?だから責任もって面倒見てねって言ってきたところ」


「妥当な判断だと思います。ところで、珍しいとは何の動物を拾ってきたのですか?」


「見れば分かるよー」


 カインに振り返り、ニヤリと笑う。

 何故教えてくれないんだと、うろんな目つきで私をジロっと見てくるが何も答えず歩く足を進めた。カインの余計な気遣いのせいで、今から小一時間ほど公爵の面倒な話に付き合わなければいけないのだ。これぐらいの仕返しは甘んじて受けてもらおう。

 ニーナ嬢と会った時のカインの反応を想像すると、それだけで溜飲が下がる思いがした。



 ーーーーあぁ、本当にこれからが楽しみだよ。ニーナ嬢。





【近衛騎士の受難】

マーヴィスの護衛任務終了後、騎士館の一室して。


「どうしたエル、顔色悪いぞ」

「カイン団長、俺……解雇されるんでしょうか?」

「急にどうした?」

「へ、陛下を見失ってしまった挙句、見付けられませんでした!!近衛騎士としてあるまじき事!!かくなる上はこのサミエル・ダミット、責任をもって……!!」

「落ち着けエル。近衛になって今回初めて陛下の護衛任務に当たったおまえには、事前に説明すべきだったな。陛下の脱走(サボり)は今に始まったことじゃない。あれは発作だ。病気だと思え」

「病気、ですか?」

「そうだ。規則性なんぞない。陛下の脱走欲求は突然やってくるから未然に防ぐことはほぼ不可能だ。隠れ先はヴァンの執務室か正妃様のお部屋、他にもいくつかあるが、主にこの2箇所だな。見付けたとしても今度は籠城するから、その場合は陛下の好物で釣っ、げふんげふん、好物で誘うんだ」

「(今釣るって言った?)陛下の好物とは?」

「陛下はタフィーやヌガーといったナッツやアーモンドが入った甘味を好む。甘味が結構甘いものだから、飲み物はダージリンを好むな」

「そ、それでも執務に戻られなかった場合、どうしたらいいのですか?」

「……魔法の言葉を使う」

「呪文ですか!?」

「あぁ、だが、諸刃の剣でもある。エル、それでも使う覚悟があるか?」

「はい!! もう二度と、ヘマはしたくないんです!!」

「良い覚悟だ。ではおまえに魔法の言葉を授ける」

「ありがとうございます!!」

「陛下が執務に戻ろうとしない時の最終手段として、こう言うんだ“正妃様にご報告します(言い付けるぞ)”と」

「…………」

「陛下は正妃様に甘くて弱い。そして怒られる事を最も恐れている。故にこの言葉は効果てきめんだ」

「そ、それは分かりましたけど、こちらが被る危険というのは……?」

「陛下は正妃様に叱責を受けた後、ご機嫌をとるために甘やかす。でろっでろに甘やかす。それはもう聞いてるこっちが口から砂糖が溢れ出るほどにな。俺達近衛騎士が近くに居ようとも関係なしにだ」

「…………」

23歳独身恋人なし(おまえ)に耐えられるのか?」

「……た、耐えてみせますっ」

「涙目になりながら言われてもな」


近衛騎士の受難は続く……

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