Story 05
「転移魔法陣?」
翌日、部屋でアン先生と朝食を摂り身支度を済ませた後、ヴァン団長とシュロイズさんが迎えに来てくれた。
私はてっきり馬で王都に向かうものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
砦の地下には、砦から王城内に移動出来る魔法陣があり、それを利用し戻るとのことだ。ちなみに馬で王都に向かった場合、どれぐらいかかるか聞いてみたところ「ニ週間はかかる」と言われてしまった。しかも馬に慣れてない私を乗せて行くとなると、休憩を多く挟まなければならない為、その倍以上はかかるらしい……
王都に向かう選択肢が、“馬に乗って数週間かけて行く”か“転移魔法陣を使って数秒で行く”であれば後者の方が良い。長距離の移動手段が飛行機か新幹線、または車といった安全かつ快適な乗り物しか知らない私に、数週間の馬の旅はかなりハードルが高い。
だが、ここで不安が残る。
「魔力、ない。大丈夫?」
シャワーですら使えなかった魔力のない私が、転移魔法陣を使って移動することが果たして可能なのだろうか?
「その件なんだけどねー」
シュロイズさんはそう言いながら、幅が広い金古美のバングルを私に差し出した。
幅は1.5cmぐらいで、表面は薔薇と葉が美しく彫られ、裏には魔法陣が彫られている。
「それ、新兵に支給する魔道具で、魔力補助の装備品。新兵は実戦経験が浅いから魔力の消費にムラがあって、良く任務の途中で魔力を空にしちゃうんだよね。それを防ぐために事前に自分の魔力を魔力補助の装備品に移して、魔力が尽きる前に補給するんだ」
持ち歩き式の充電器みたい。
「それにヴァンの魔力を入れておいたから、手首に付ければニーナちゃんも一緒に転移出来ると思うんだよね」
「ま、魔法、使える!?」
「うーん。ニーナちゃん自身に魔力があるわけじゃないから、残念だけど使えないと思うなー」
ですよねー。エイルもこの世界の人間と私の体の構築自体が違うから魔法は使えないと言っていたし。
魔法を使えるようになる努力ではなく、魔力を基準に成り立っているこの世界で、魔力のない自分がどうやって生きていくのかを考えていく事の方が重要だろう。
「でも、これを付けていれば感知式魔道具はニーナちゃんでも使えるようになるよ」
「ほんと!?」
「自分の魔力を媒体にするような魔道武器とかは無理だけど、生活に必要な魔道具のほとんどは感知式だからね」
感知式魔道具は、その名の通り魔力を感知した後、蛇口を捻る、スイッチを押すなどのアクションを起こすことによって魔道具が発動するのだそうだ。
だから魔力を持っていない私でも、魔力が込められた魔力補助の装備品を付けていれば感知式魔道具は私ではなく魔力が込められたバングルに反応して使用できる、ということだろう。
利き手の右手首に魔力補助の装備品を嵌めて、試しにサイドテーブルに置いてあったランプを点けてみる。右手でボタンを捻るとアンティーク調の温かみのある光が灯った。
「おぉー!!」
たかがランプが点いただけ。
だけど、魔力のない私がこの世界で生きていく為の術があるんだと、先の見えない未来に一筋の光が差した気がした。
「うん、これなら大丈夫そうだね」
使用後も異常がないか、私と魔力補助の装備品のバングルを確認したシュロイズさんは満足そうに頷く。どちらも特に異常は見られず、私達は荷物を持って地下にある転移魔法陣へと向かった。
転移魔法陣は感知式魔道具と違い、術式を組んだ陣内部にて呪文を唱えると発動し、魔法陣の中にいる人間全員を転移させる上級魔術だ。発動条件は詠唱者が転移魔法陣を発動させるのに十分な魔力を有している事。詠唱者さえ魔力が30あれば、他の者が例え魔力が10だとしても一緒に転移できるのだそうだ。
だから魔力補助の装備品のバングルを付けた私も一緒に王城まで転移できると、移動しながらアン先生が説明してくれた。
転移魔法陣は重厚な扉に守られていて、ヴァン団長が手をかざすと空間に魔法陣が出現し扉へと溶け込んでいった。それが鍵の役割なのか、重厚な扉はゆっくりと開く。
地下特有の匂いに包まれた部屋の床に、直径10メートルほどの淡い光を放つ魔法陣があった。
その魔法陣の中央に立つと、ヴァン団長は全員の顔を見渡す。
「行くぞ」
ヴァン団長が呪文を唱えると、転移魔法陣の放つ光が強くなった。
死後の世界からこちらの世界に来る時と同じく、身体全体が何かの強い力で引っ張れる感覚に思わず目を閉じた。前回と違うのは意識が飛ぶほどではないということだ。はっきりとした意識の中で、2度目の負荷が身体に掛かった。移動中なのだろうか、興味もあったが結局目は閉じたままでいた。
次第に引っ張られる力が弱くなり、地下では感じなかった閉じた瞼越しに照らしてくる光を感じ、目を恐る恐る開ける。
視界に入ってきたのは雑木林。
見上げれば眩しいぐらいの日差しが木と木の合間から降り注いでいる。靴の替えがなく素足だった足の裏にダイレクトに感じる、柔らかい草の感触。そして可愛らしく鳴く鳥たち。
黎明の森とは違う、のどかな森に私はいた。-----1人きりで。
「ヴァン団長……?」
つい先程まで一緒にいた3人の姿が見えない。時間にして僅か数秒の出来事だ。
「シュ、シュロイズさん?」
名前を呼びつつ、辺りを見渡すも人の気配は感じられない。あるのは生い茂った木々だけだ。
「アン先生……?」
それでも、近くにいるかもしれないと期待して、3人の名前を何度も呼んだ。
その声も徐々に小さくなっていく。
「どこ……ここ……」
言葉にすると不安が一気に膨れ上がった。
のどかな森の雰囲気とは裏腹に、私の体は急速に冷えていく。
この世界には、私では到底敵わない魔獣がいる。
魔獣の恐ろしさは異世界転移直後に身を持って知った。魔獣の息遣いや、唸り声は今も鮮明に覚えている。
魔獣以外にも、この世界には私の知らない危険が山ほどあるだろう。自分が無知だからこそ、怖いと思う。危険に対処する術を持たないから。
落ち着け、私……
恐怖で震える手を胸の前で温める様に重ねる。
ギュ、と力強く己の手を握り締めて深呼吸を数回すると、少しは落ち着いてきた。どうしてこうなったのかを考えるのは後からでも良い。それよりも今どうするのかを考えることが大事だ。
転移先は王城内と言っていたが、ここが王城内ではないことは明らかだ。そもそも3人の姿がないことから、3人が何処かに行ったのではなく私だけ転移に失敗した、と考えるのが妥当だろう。恐らく3人は無事に正確な転移先に辿り着いているのではないかと思う。願わくば、いなくなった私に気付いて探してくれますように。
この場に待機してよう。
随分、他力本願な結論だが、はぐれたら“動かない”が鉄則だ。
騎士である彼等を信じて待つしかない。幸い黎明の森の時と違い、陽が登っていて視界は良好。人は暗闇に恐怖を覚えるものだ。明るい、ただそれだけでも私の不安は和らいだ。
体力温存の為、座っていようと日当たりの良さそうな所に腰を下ろした時だった。
『むにいぃぃぃ』
「何!?」
可愛らしい声が聞こえたと思ったら、何か柔らかいものを踏み付けたような感触をお尻から感じた。
腰を上げて、その何かを見てみると、萌黄色の小さな物体がいた。萌黄色のそれは300mlのペットボトル程の大きさをしていて、全体的にぷっくりとした胴体をしている。二頭身の体から小さな手足がちょこんと伸びていて、真ん丸の萌黄色の頭からは小さな葉が1本生えていた。深緑の円らな瞳が私を見上げた時に、それが生き物であることに気付いた。
「ご、ごめん!?大丈夫?」
両手で掬い上げる様に持ち上げると、マシュマロのような柔らかさをした萌黄色の生き物は『にっ!!』と大丈夫だとアピールするかのように小さな両手を握り拳にした。
「痛い、ない?」
そう言いながら人差し指でぷっくりとした頬をさすると、萌黄色の生き物は『にぃぃ』とうっとりしながら気持ち良さそうな声を出した。見た事もない可愛い生き物に、不安も忘れて癒されているとカサカサと近くから音が聞こえてくる。私が身構えた直後、草を揺らして現れたのは両手の中にいる生き物と同じ、複数の萌黄色の生き物だった。
頭が苔で覆われている子もいれば、葉を帽子のように被っている子もいる。様々な子がいたが、どの子も私を円らな新緑の瞳で凝視していた。
私に撫でられてうっとりとしている子を羨ましそうに見つめた後、今度は期待した目で私を見てくる。
尻尾がこの子達にあるならブンブン振っていそうだ。
「お、おいで?」
恐る恐る言ってみると萌黄色の生き物達は、ぱぁぁ!と顔を明るくしたあと、小さい足を一生懸命動かして駆け寄ってきた。数十匹(匹で合っているかは分からないけど)いる萌黄色の生き物は器用に私によじ登り頬づりしてきたり、髪の毛で遊んだり、私が撫でるのを肩に乗って順番待ちしていたりと随分人に慣れている様子だ。
萌黄色の生き物達からは朝露の香りがする。
目を瞑ってマシュマロのような感触と朝露の香りを堪能していると、頭に何かが乗せられた。目を開いて触れてみると、それは花の感触で頭をぐるりと回っている。どうやら花の冠のようで、誰がくれたのだろうと見渡すと蝶が7匹いた。
ただその蝶は私が知っているような蝶ではなく、10cm程の体長の小さな女性の背中から揚羽蝶に似た羽が生えていた。黒と緑色から青色に輝いて見える美しい羽は、見る角度によって微妙に変化し彼女達が羽ばたくと金色の粉が宙に舞う。白に近い薄い水色の体に、釣り目がちな大きな黒い瞳は長い睫に覆われている。黒い髪は多種多様で、ストレートロングの子もいれば、綺麗に編み込んでいる子もいる。女子力の高い彼女達は楽しそうにくすくすと笑っていた。
「妖精……?」
『彼女達は蝶の妖精、パーピー。その萌黄色の子達は森の妖精、ボワ』
私の問いに答えてくれたのは萌黄色の子達でも、蝶の女性達でもなかった。
頭上から聞こえた第三者の声は綺麗なソプラノの穏やかな声。その声に顔を上げると、そこには半分透き通った女性が浮いていた。若葉色の肌に整った顔立ち、そして尖った耳は人ではないことを表している。自身の身長よりも長く真っ直ぐな髪は、足のない彼女がふわふわと浮かぶ度、風で靡いていた。
宙に浮く女性の登場が余程嬉しいのか、蝶の女性パーピーは彼女の周りを飛び回り、萌黄色のボワは小さな両手を高く上げて『にっ!にっ!』と喜びの声を出している。
一方の私はというと、続け様の人外の登場に放心状態だ。
宙に浮く女性は、そんな状態の私でもお構い無しに周りをくるりと優雅に飛び、空中で寝そべると顎の下に拳を当て首を傾げた。
『良い香りのする貴女。お名前は?』
「ニ、ニーナ」
良い香りってどんな香りだろう?と疑問に思いつつも名乗る。
『そう、ニーナというのね。私は風の精霊。人間は私をジンと呼ぶわ』
「ジン?」
『ふふ、本来精霊に名前はないのよ。ジンというのは人間が勝手に呼び始めた呼称、というべきかしら。正直言うと私、ジンと呼ばれるの好きじゃないの』
風の精霊は「だってジンって名前、厳つくない?」と困った顔で言ってくる。私も困った。では、どう呼ぶべきなのか、考えあぐねていると風の精霊は再び私の周りを一周した。ふわりと春風のような穏やかな風が吹く。
『そうだわ。ニーナが私に名前を付けてくれないかしら?』
「私?」
『えぇ。良い香りのする貴女なら、素敵な名を付けてくれそうだもの』
そんな簡単に決めて良いのだろうか。恐らく目の前にいる風の精霊は、この世界に生まれた人間に祝福を授けるという六大精霊ではないかと思う。そんな神レベルな存在に、この世界の人間でもない私なんかが名付けても大丈夫なのだろうか。
不安に思う気持ちとは別に、何故か脳裏に“ブリーズ”という単語が浮かび上がる。日本語ではない、この世界の言葉だ。見たことも聞いたこともないこの世界の言葉が、何故頭に浮かんできたのかは分からない。でも、目の前にいる風の精霊を見ていたら不思議と浮かんできた言葉だった。
「……ブリーズ」
『春風?素敵な名前!!』
気付いたら口に出していたらしい。風の精霊は嬉しそうにブリーズと繰り返し言いながら空中をくるくると飛んでいる。
喜んでくれたのなら、良いのかな……?自分にそう言い聞かせ納得させることにした。
この時の私は“精霊に名を与える”ということの意味を理解していなかった。それに気付くのはまだ少し後のこと。
『ニーナ、ありがとう。素敵な名を与えてくれて』
微笑む風の精霊ブリーズに、まだ片言な話し方の代わりに「喜んで貰えたなら幸いです」の意味合いも込めてにっこりと私も微笑み返す。
転移に失敗して森に1人きりという状況も忘れて、ボワやパーピー達、ブリーズに和んでいると、馬の蹄の音がこちらに近付いてくるのが聞こえた。
『やっと来たわね』
ブリーズはそう言うと、若葉色の透けた両手で私の頬を包み込んだ。人外だからか、体温を感じない手だったが、不思議と嫌だとは思わない。こつん、と額と額を合わせると彼女はターコイズグリーンの瞳を閉じた。
『何か困ったことがあったら私の名を呼んで?雷ほど早くは飛んで来れないけれど、ニーナの為なら何処へだって駆け付けるわ』
どうして、初対面の自分にそこまでしてくれるのか。それを聞く前にブリーズの身体は徐々に風に溶け込んで消えていく。
『ブリーズ、と呼んでね。約束よ、私たちの愛しい愛しい「ニーナっ!!」
ブリーズの声は最後の方は聞こえなかった。
彼女の声を掻き消すかのように重ねられた声が私を呼んだからだ。声がした方に振り向くと、馬に乗ったヴァン団長がいた。
「ヴァン団長!」
「無事か?」
馬から飛び降りたヴァン団長が駆けて来る。彼を良く見てみると、騎士服の所々に葉や枝が付き、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
急いで来てくれたんだろうか?
いなくなって迷惑を掛けたことに罪悪感を感じてしまう以上に、探しに来てくれたことに安堵した。胸を撫で下ろしながら無事だと何回も頷くと、振動で花の冠から花びらがヒラヒラと落ちる。
「妖精……?」
近くまで来たヴァン団長は、私の周りを飛ぶパーピーや、肩に乗っているボワに気付くと目を見開いた。ヴァン団長を見たボワ達は『にににににぃ!!』と何故か焦りだす。地面に掌大の萌黄色の魔法陣が浮かび上がると、ボワ達はそこに向かって雪崩れ込むように一匹残らず入っていった。
パーピーはボワ達と違って焦ったりせず、一匹ずつ私の目尻にキスすると手を振り森の奥へと消えていく。
先程まで賑やかだった場が、急にヴァン団長と私だけになり静寂が訪れた。
「……今のはパーピーとボワか。見るのは子供の時以来だな」
先に口を開いたのはヴァン団長だった。パーピー達が消えていった森の奥を見ながら独り言のように呟くが、静かな空間では彼の声が良く聞こえる。
「何か悪戯されたか?」
「悪戯、ない。みんな、良い子」
髪で遊ばれたり、私の体を滑り台にしてる子もいたが、悪戯と呼ぶものではなかった。
「……妖精は悪戯好きで、滅多に人間の前には現れないものなんだが。パーピーとボワの他に何かいたか?」
「風の精霊」
「なんだと?」
「風の精霊、ジン」
「風の精霊がお前の前に現れて、そう名乗ったのか?」
小さく頷くと信じられないといった表情のヴァン団長に、その風の精霊にブリーズと名付けたことは言い出せなくなった。
なんだろう、この、悪いことは一切していないのに問い詰められている感じ。
「お前には、精霊の言葉が聞こえたんだな?」
「ヴァン団長、聞こえない?」
「聞こえないも何も、精霊は誰もが見る事の出来る存在ではない。魔力や属性力の大きさに関係なく、精霊が気を許した相手のみがその姿を見て、言葉を交わすことが出来る。それも大昔の話のことで、今では最早、伝承や神話の中での夢物語だ」
「えっと……」
つまり、なんだ。精霊を見たり、話したりするのは通常では有り得ないと。そういうことだろうか。私が異界人だから?魔力がないから?理由は何であれ、風の精霊に名を与えた事はますます言い出せなくなった。現にヴァン団長は、眉間に皺を寄せて苦悶といっても良いような表情で黙り込んでいた。
「ヴァン団長……?」
どれくらいそうしていたのか。
一向に彼は動こうとも話そうともしなかったので、心配になって声を掛けると、ハッとして私と目を合わせた。
「この件も陛下に報告しなければいけないと思うと、少々、いや、かなり面倒臭い事をアイツが言いそうでな……」
「??」
「いや、何でもない。それよりも、すまなかった」
今度こそ本気で首を傾げると、ヴァン団長は「転移魔法陣のことだ」と前置きして、私だけ転移に失敗した説明をしてくれた。
魔法陣に問題があったわけではなく、私以外の3人は無事に王城内に転移できた。が、到着したらいるはずの私の姿がなく、ちょっとした騒ぎになったらしい。砦から王都まで馬で2週間。そのルートのどこかにいるのか、それとも全く別な場所に飛ばされたのか。探すにしても広大な大陸の中をどう探すのか。捜索は絶望的と思われたそんな中、ヴァン団長は私の手首に嵌めたバングル、
魔力補助の装備品に込めた自分の魔力を微かに察知したそうだ。その魔力を辿ってみたら、意外にも王城から近い場所に私を発見した。ここは王都に隣接する森で、王城からは馬で1時間ぐらいの距離らしい。
では何故、私だけ転移に失敗したかというと、早い話が人として認識されなかったから、だそうだ。今回使用した転移魔法陣は、陣内部にいる人間全員を転移させる、人専用の転移魔法陣。この世界の人という定義は人間=魔力を有している者のことで、魔力のない私は魔力補助の装備品を付けていたけど、結果としては転移魔法陣は私を人ではないと認識して途中で弾き飛ばした、ということらしい。
転移する時に感じたあの2度目の負荷は、“お前、人間じゃねーだろ”ポイッとされたことによる負荷だったのだ。虚しい……
ちなみに服や装飾品などの物は、魔力を有している人が身に付けていれば一緒に転移できる。だから私も転移する時に誰かと手を繋いだり、とにかく身体の一部に触れていれば一緒に転移できたのだそうだ。正しくは“物として一緒に転移”するだけど。あぁ、虚しい……
「まさか人として認識しないとは……盲点だった」
いえ、もう何も言わないで下さい。
魔法陣相手でも人として認識されなかったのが結構ショックだったのに、改めてヴァン団長に言われると傷口に塩を塗られてるようだ。
私が遠い目をしていると、ヴァン団長の気配が急に近付いたかと思ったら、一瞬のうちに彼に抱きかかえられていた。2度目のお姫様抱っこである。
「なななな!?」
「暴れるな」
「ヴァン団長!!何故!?」
「またいなくなられたら困る」
困るって言われましても、転移魔法陣が私のことポイっとしただけで、私が意図的にいなくなったわけではないですし。歩き出した彼の先を見れば黒い馬がいて、今からそれに乗るのだという事が分かる。だからこそ抱きかかえられている意味が分からない。黎明の森の時のように、身体が痺れているわけでもないのに。
「怪我をしたら治癒魔法はお前には効かない。通常よりも治りに時間が掛かっても良いと言うなら自分で歩け」
「ぅぐ……」
不服そうな顔をしていたら、思い切り睨まれた。
見下ろされながらの睨みは凄みがあり、それはもう恐ろしかった。元々目付きが鋭いからか、見る者を石化するかのような睨みで効果は絶大だ。
それと同時に、彼なりの優しさなのだとも気付いた。私の足は今、黎明の森で負った時の怪我で包帯を巻いている。大げさなものではないし、一人で歩ける程度の怪我だが、靴もなく怪我を負った素足で森を歩くのは危険だと、ヴァン団長は私の足を気にしてくれたようだ。
たとえ、馬までの距離がヴァン団長の足で数歩だったのだとしても、その気遣いが嬉しかった。