Story 01
「大変申し訳ございませんでした!!」
そう言って額を地に付くまで伏せる目の前の相手。これは時代劇とかドラマで見る、所謂土下座だ。
その光景に違和感を感じるのは、相手の髪の毛が染めたものとは思えないキラキラとした柔らかそうな金髪だからなのか。それとも相手の背中から作り物とは思えない純白の翼がはえているからか。
「謝って済む問題ではありませんよ」
それとも土下座している相手の頭を容赦なくグリグリと踏み付けている人物がいるからか。
え、何これ、どうなってるの?
目の前の光景について行けず目を逸らす。
とりあえず、状況を整理しよう。右も左も上も下も、真っ白な空間に私は立っていた。立っていた、が正しい表現なのかは分からない。立っている感覚もなければ浮いている感覚もないのだ。奥行きがあるかも分からない、周りが真っ白過ぎて外にいるのか、室内にいるのか、それさえも分からなかった。風景のない、ただただ真っ白な空間に私はいた。
ふと自分を見下ろせば、ウェディングドレスの繊細なレースが視界に入ってきた。
そして自分が結婚式を挙げる直前だったことも、婚約者を会社の後輩に奪われたのも、トラックに撥ねられたという事も思い出した。そしてそれ以降の記憶がない。
と、いうことは、ここはもしかして死後の世界というやつだろうか……?
「はい。お気付きかとは思いますが……安藤新菜さん、貴女はお亡くなりになりました」
土下座をしていた金髪の人物が今度は正座をしていた。
少女とも少年とも見える中性的な顔立ちとふわふわとした柔らかそうな金髪に、アメジストのようなパープルアイ。真っ白な装束の背中にはパタパタと動く白い羽。ここが死後の世界というなら、この人は天使だろうか。
「申し遅れました、私、安藤新菜さんを担当している天使でエイルと申します」
やっぱり天使だった。天使エイルは自己紹介をすると途端に申し訳なさそうに「そ、それでですねぇ」と言葉を続けた。
「実は……貴方は死ぬ予定ではなかったんですぅぅ」
「……はい?」
ごめんなさい!!と再び土下座を始めるエイルには申し訳ないがそれどころではない。えっと、どういうことだろう。本当だったら私は死ななかったってこと?
「そうなんです。説明はこの私が……」
こめかみを押さえながらため息をついたのは先程土下座をしていたエイルの頭をグリグリ踏み付けていた人だ。こちらは美丈夫とも女丈夫ともとれる中性的な顔立ちで、キラキラと輝く長い金髪を右肩から流している。白い装束は足首まで長く体型を隠しているせいで余計に性別の判別が難しい。
「私はこの地球の創造主で、あなた方が神と呼んでいる存在です」
「……」
天使の次は神様の登場。私、本当に死んだんだなぁと呑気に考える余裕はなく、驚きのあまり口を何度もパクパクとさせるしかなかった。
「時間があまりないので手短にご説明しますね。人間は生まれながらにその身に降りかかる幸運と不幸が決まっています。その人の寿命によっても幸不幸の量や質は違いますが、貴女のこれまでの人生不幸が多くありませんでした?」
「は、はい」
「お亡くなりにならなければ、その後の貴女の人生は幸運尽くしの予定だったのです」
「ほ、本当ですか?」
「ちなみに予定では、信号を渡る前に白猫が貴女の前を横切りバランスを崩してしまい転びそうになります。その結果トラックに轢かれる危機を回避でき、おまけに転びそうになった貴方を助けた男性が貴女に一目惚れします。そして偶然にもその後、再会するのです。そこから親交を深め、婚約者に裏切られ心に傷を負った貴女を心身共に支え、いつの間にか男性に恋をし想いを通わせたお二人は結婚をします」
なんの少女漫画ですか、それ。
「その男性は信号を渡る直前に貴女に“危ない”と言ってた人ですよ」
確かに聞こえた気もしなくもない……
「しかもその男性は大企業の次期社長の御曹司で貴女は社長夫人になる予定だったのです」
まさかのシンデレラストーリー!!!
確かに婚約者が裏切ったのは今でも悲しいし泣きたくもなる。だけど後輩の言う通り、子供には父親は必要だと思う。起こってしまった事は仕方がない。どんなに悲しくても、泣きたくても、悔しくても、事実は変わらないのを私は身を持って知っている。彼を追い掛けたのは自分が捨てられたくないからではなく、彼と結婚できない理由を、自分自身を納得させる為に彼の口からきちんと説明が聞きたかったからだ。納得するまでに時間はかかるだろうし、心の傷が癒えるまでどれぐらいかかるかは分からないが、ただ一方的にさようならされるのが嫌だった。
今となっては叶わないことだけど……
「その白猫……私なんですぅぅぅ」
「え!?」
ガバッと顔を上げたエイルは涙を流しながら再び土下座をした。
土下座はもう良いから説明してほしいんですが。
「私が白猫になって貴女の危機を回避し、幸運をもたらす役目を担っていたんです……」
「それがなんであんなことに……?」
「う、うっ……出るタイミングを間違えたんですぅぅぅ!!」
「間違えたぁぁあ!?」
「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁあ!!」
そういえば死ぬ寸前、白猫がこっちを見ていた気がする。朦朧としてたから確かか分からないけど。自分が不幸ホイホイなのは自他共に認める。でも死ぬ理由まで不幸ってどうなの。死亡理由、天使の手違いって本気で笑えない。天使の手違いなら今から生き返るとかアフターフォローとか何かないのかな。
「残念ながら今から生き返る事は出来ません」
「どうしてですか?」
「貴女の体は既に火葬されていて戻るべき器がないからです」
「えぇ!?私さっき死んだんじゃ……」
「死後の世界と現世とは時間軸が違うのです」
「そんな……じゃあ私はどうなるんですか?」
「新菜さん、輪廻転生をご存知ですか?」
生まれ変わる、とかそういう感じだったような。
神様は「そうです」と言った後、視線を私から外した。その視線の先を私も追うと真っ白だった空間に光り輝く小さな川が現れていた。幅はニmぐらいだろうか。ゆったりとした流れで先の見えないところまで川は続いている。その川の上には両手で抱えられるぐらいの大きさの箱舟が等間隔にいくつも浮いていて、箱舟には光の球体が乗っていた。光の球体はりんご程の大きさだろうか、暖かそうな光を放っている。
「あれは輪廻の川です。死後魂はあの箱舟に乗って次の転生先に向かいます。地球だったり、別な世界であったり、生まれ変わる場所は様々ですが転生先に向かいながら、前の人生の記憶は徐々に薄れていき次の人生を迎えます。稀に前の記憶を持ったまま転生する者もいますがね」
「じゃあ、私もあの箱舟に乗るんですか?」
「それが、イレギュラーなことで貴女の転生先が決まってないんです」
「えぇぇ!?」
「あの箱舟は運ぶ魂と転生先が予め決められています。それは約千年先まで決められているのです。貴女も本来なら長寿を全うした後、然るべく転生先に生まれ変わる予定だったのですが……」
チラ、とエイルを見ると分かりやすく体をビクつかせ、もう何度目かも分からない土下座をした。
つまり、あの箱舟に乗れるのはもともと乗る事が決まっている魂で、転生先も決められていると。等間隔に連なる箱舟は千年先まで決まっていて、私が乗る箱舟はない。
で、そうなると私はどうなるのでしょうか?
婚約者の裏切りから、事故死、天使の手違いなど色んなことが一編に起こりさすがに頭が痛い。溜息を吐きつつ額に手を当てようとして気付いた。
自分の手がうっすらと透けていることに。
嫌な予感がして機械仕掛けのようにギギギと顔を上げる。神様は労しそうな眼差しを向けていた。
「……転生先がない場合、どうなるんでしょうか?」
「魂が消滅します」
「消滅!?」
トラックに撥ねられて死んだと思ったら次は消滅!?
死んだ後まで私の不幸ホイホイは発揮されるの!?不幸能力強すぎません?これはもう不幸じゃなくて呪いの域なんじゃ……
「落ち着いて下さい、呪いではありません」
「呪いじゃないならなんですかぁぁ」
透けていく範囲が手から腕へと徐々に範囲が広がっていくのを見ながら、涙ぐみながら神様に訴える。
「このままでは貴女は消滅してしまいます。そこでご提案なのですが……安藤新菜さん、異世界転移してみませんか?」
「異世界転移、ですか……?」
「はい。器がないので現世に生き返る事も、箱舟がないので転生も出来ませんが、転移であれば可能です。こちらの不手際で貴女を死なせてしまったお詫びです」
このまま消滅か、異世界転移かの二択しかないなら迷わず異世界転移を選ぶ。
全く不安がないとは言い切れないが、いや、不安しかないが消滅しないなら何だって良い。
「決まりですね。ではこちらに」
そう言いながら神様はエイルの近くへと案内する。
エイルの足元には円陣に複雑な紋様に、見た事のない文字が黒光りしていた。これは魔法陣というものだろうか。その魔法陣の中央に立つと神様は私から離れていく。
「転移先の創造主には私の方から許可を取ってあるのでご安心下さい。あ、あと……」
差し出したエイルの両手には淡い輝きを放った光の玉がふわふわと浮いていた。
「転移する世界は魔法が存在しています。向こうの人間と貴女では体の構築自体が違うので、魔法を使う事は出来ません。その代わり、向こうの創造主が貴女に加護を与えてくれました」
ふわふわ浮いていた光の玉はエイルの手から離れて私の心臓部分へと入ってきた。
不思議と不快感はなく、じんわりと温かくなったそこをあと少しで完全に透けるであろう手を当てる。
「その加護が向こうの世界で貴女を守ってくれます」
「ありがとう、エイル。ところで質問なんだけど……」
「なんでしょう?」
「私の器は火葬してもうないってことは、今魂だけの存在なんだよね?異世界転移しても私の体ってないんじゃ……」
「ご安心下さい。魂の記憶を頼りに貴女の器を再構築します。ただ問題がありまして……」
「問題?」
「事故直後の記憶だと外傷はそこまでではないんですが、出血量が酷くてですね、転移直後にお亡くなりになってしまいます」
「えぇ!!異世界転移直後に出血死!?」
「お、落ち着いて下さいぃ。ですから、事故直後以外の記憶で器を再構築出来ますので、希望の時期とかありますか?」
「というと?」
「例えば、異世界で勉学に励みたいのであれば幼少期まで体を戻すのもありでしょう。向こうは日本のように治安が良いとは言えないので、転移後に幼女の一人歩きはおすすめできませんが……」
「幼少期に戻すと知能も戻る?」
「いいえ。外見だけで、知能も経験も、記憶も今のままですよ」
「なら十七歳が良いかな」
「十七歳ですか」
「うん。だって体力も一番あった時期だし、お肌も悩み知らずだったし。何より十七歳の時ってバイトと勉強だけの記憶しかなくって……」
「では十七歳で器を再構築しますね」
魔法陣の光が強くなる。エイルも魔法陣から離れると輝きは一層強まった。
「本当は転移先の説明などしたいところですが、その前に貴女が消滅してしまいますのでここでお別れです」
時間がないと言ってた神様の言う通り、私の体は向こうが見えるぐらい透けていた。
魔法陣の光が強くなる中で、不安な顔をしていたのだろう。エイルが安心させる為か穏やかに微笑んでいた。
「大丈夫です。だって貴女は……」
「?」
エイルの言葉は不自然に途切れ、微笑んでいた表情はみるみるうちに青褪めていく。
「どどどどどどうしましょう!!言語スキルがまだ途中でした!!」
「エイル……あなたって人は……」
いやいや、神様呆れてないで何とかして下さい!!
異世界で言葉が通じないって前途多難過ぎて不安です!!
黒光りする魔法陣はやがてひとつの黒い光になり、私を飲み込み始める。
身体全体が何かの強い力で引っ張られ、次第に意識も薄れてきた。
「だ、大丈夫です!!貴女には加護があるので何とかなる筈です!!」
最後の最後に不安にしかならないエイルの言葉を最後に私の意識はそのままフェードアウトした。