10:サクラとセントラルシティ(1)
暦を495年に変更しました。
歴史ある国にしては少々浅い気がしましたので。
統一歴495年12月31日
今日から明日にかけては、新年の祝賀祭のために建国記念日の次に最も王都が暑くなる期間だ。普段は王宮の方に一般市民が立ち入ることはできないが、国王陛下の演説のために、庭園までは立ち入ることが許される。その為に、セントラルシティに王都の東西南北の街や他の都市からの人が集中し、行商人もやって来るため、この国の辺境地の特産品が手に入らないこともない。先日、ベアーズの件で怖い思いをさせたサクラに対し、謝罪と言っては言葉が悪いが何かしたいことはないかと聴いたら、
「セントラルシティの祝賀祭に行きたい」と言われ、たまには二人で、出かけるのも良いだろうと思った。せっかくセントラルシティに行くのだから、サクラには着飾って欲しいなぁと、思った俺は母さんのお古からサクラに合うものを見繕ってもらっていた。
「サクラ!早くしないと、いいもの取られてしまうよ。」
「もう少し待ってて。」
「少しは女の子のことを待ってあげられないと、嫌われるわよ!」
そりゃないぜ、母さん。女を待たせるのも駄目で、急かすのも駄目だなんて。まぁそんなことを口と顔に出すほど俺はバカじゃない。
「お待たせ。どうかしら?」
「母さんのお古だけど、着飾ったほうが断然いいよ。」
部屋の中から出てきた彼女は玄関で待っていた俺の目の前で一回転してくれた。もともと顔立ちは良くて、髪もしっかりとをといでいるため申し分ない。流石は母さん、上手くサクラの長所を引き出している。
「それじゃあ、行こうか?」
「うん!」
そう言いった彼女の手をそっと握ってあげる。最初は驚いた様子で俺の方を見てきたが、最後には優しく握り返してくれた。どれだけの観光客でごった返していても、これならはぐれることはないだろう。雪の降るなか、俺達はセントラルシティに向けて歩いていた。
そうこうしているうちに検問所に通りかかった。やはりと言うべきか馬車がぎょうさん列をついていた。幸い歩行者に通用口が設けられており、俺達はそちらに向かった。ふつう孤児がこの検問所をくぐることは不可能だが、今回はフォッカーさんが、先日の件の賞金のかわりに特別に許してくれた。
「ご無沙汰してます。フォッカーさん。」
「おう坊主、元気そうだな。隣にいる嬢ちゃんがサクラちゃんか?」
「はい。小隊長さん、その節は大変お世話になりました。」
「礼には及ばねえよ。俺達はただ、坊主にはできない法的制裁を与えてやっただけだから。」
「それじゃあ、また。」
「おうよ!」
フォッカーさん曰く、市民にとっては楽しみな日でも、衛兵にしてみれば休日出勤している感覚だそうだ。まぁ、そのお陰で祝賀祭を開催できているのだが。検問所までの道は積もった雪のうえに馬車の轍と足跡が残っていたが、検問所を越え屋敷街に入るとしっかり除雪がされており、歩く負担が軽減された。セントラルシティへの門をくぐると、いつにもまして熱気で溢れかえっていた。
「うわぁ!きれい!」
生まれてこのかた普通なら立ち入ることができないセントラルシティに足を踏み入れたことのできた彼女にしてみれば、初のセントラルシティでそのような感想を述べてしまうのは無理もない。そのうえ祭りの真っ最中のため、数多くの屋台や出店がならんでいる。
「ここでこんなに驚いてたら、この先もっと大変なことになるよ。」
「多分、一人で来てたらこの熱気に当てられて、どうすることも出来ないと思うよ。だけど、今日は貴方がリードしてくれるから大丈夫。」
なんだよそれ。そんなこと言われたら、こっちから脅かせないじゃんか。せっかく色々と計画してたのに。まぁ何が起こるかわかっててもあれには驚くだろうけど。
それから俺達は王宮の回りの道を一周するように、色んな物を見てまわった。王都では米が主食だが、西部で主食とされている小麦で出来たパンと言うものをたべてみた。また北部では燃料の安定化を図るために、炭というものを使っているらしく、それと共に移動式のかまど、七輪というものも売られていた。色々と珍しい物を見てまわった俺達は、セントラルシティで庶民向けの服を財布にやさしい価格で販売していることで有名な呉服屋にきていた。
「本当に良いの?」
「外出時に着て行けるの宿屋の制服しかないだろ。遠慮しないでいいよ。」
「それなら、遠慮なんてしないからね。」
口ではそう言うことにしといたが、まぁなんだ、サクラへのプレゼントを買う口実が欲しかっただけだ。サクラがある程度の候補を絞ってくるのを見守っていた俺は、不意に一人の女性と目があった。それにしても何でこんなところにあいつがいるのだろうか?
「あら、カイト。久しぶりね。」
「何でこんなところに君がいるの?ステラ。」
そう、俺と目があってしまった女性とは、ステラの事だ。
「何でって、服を買いによ!」
「そうじゃなくて、何で庶民服売り場にいるのかってこと。」
「ストレージの中には沢山の服を詰め込んであるのだけど、どの服も一流の職人が仕立てた高級品だから、そんな服で街中なんか歩くと肩が凝るのよ。」
なんだ、そういうことか。
「贅沢なお悩みですね。」
「なによそれ。」
「ねぇカイト、どの服が良いかな?って誰よその娘。女の子と買い物している時に、他の女と仲良くしてるなんて?」
うわっ!何その笑顔、凄く怖いんですけど。それに普通は知り合いに会ったら声かけるだろ。
「ねぇサクラ、君を助け出すのを勝手にだけど手伝ってくれた人に向かって、他の女呼ばわりは、すこしひどくない?」
「えっ!?全然似てないけど。」
「今はフードを外しているから分かんないだろうけど、マントに付いているフードをかぶると、・・・ほらね。」
「本当だ。その節は大変お世話になりました。今の態度はごめんなさい。」
ちゃんと自分の非を認めてしっかり謝れるなんて、さすが宿屋で住み込みをしてるだけの事はある。
「それで、さっきの答えだけど、黒いニットのセーターなんてどうかな?冬用しか選んできてないけど、一年中使える物もいいんじゃない?さすがに夏用は売ってないだろうけど。」
「それもそうね。今度は試着もしたいからカーテンの前で見張っててね。」
「あぁ、わかったよ。すぐにいく。」
「それにしても貴方に恋人がいたなんて、ちょっと驚いたわ。」
「サクラは恋人なんて大それた存在じゃなくて、ただの家族それ以外のなんでもないさ。」
「そう言うことにしといてあげるわ。それじゃあ、先に出るわね。」
ステラとわかれた俺は、すぐにサクラの影を追いかけた。それから俺達はあれはこれはと言いながら、結局冬用は黒いニットのセーターとファー付きのコート、それと手袋。一年中使える物は薄手のシャツとショートパンツの計五点、さすがにランジェリーは買っていない。
「カイト、ありがとね!」
「どういたしまして。もったいないから着ないなんて言わないでね。」
「ちゃんと着るわよ。」
それは安心した。普段使い用に買ったのに着ないのは本末転倒だからね。
「そろそろお昼だけど、何がいい?」
「そうね、カイトが前に美味しいって言ってたらーめんを食べてみたい。」
「店主が一人でやってるところって大体今日は休みなはずだけど。まぁ行くだけ行ってみる?」
「それが良い。」
そして俺達は『大和家』にやって来た。以外にも営業しており、少しは混んでいたが二人分の席は空いており待たずに食べることができた。俺は前回とおなじラーメン・大、麺硬め、醤油濃いめ、脂多め、で頼む。サクラはラーメン・並みの全て普通だ。
「美味しい!」
「だろう。シンプルにそのままでも良いけど、胡麻を少し足してみて。他にはニンニクってものがあるけど口が臭くなるからお勧めはしない。」
「うん。わかった。」
だってさ、一緒にいる女の子の口がお昼からずっとニンニク臭いなんて嫌だよ。薄荷飴を舐めて誤魔化すことはできるけど、元を絶つのは難しい。
「「ご馳走さまでした。」」
「はいよー。」
外に出ると、中から店主の声が響いてきた。雪も降る気配もないので今日は本当に過ごしやすい。この調子ならあれが中止になることはないだろう。
「そろそろ、宿を取りに行こう。」
「もう、まだお昼食べたばかりよ。」
「はやく取っておかないと、野宿になるよ。騙されたと思ってついてきて。」
俺がサクラを連れてきたのはセントラルシティの中でも一際目立つホテルだ。隣続きになっている二部屋を見つけることはできず、なんとかツイン一部屋を探しだし、そこに止まることにした。