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救国の条件  作者: 森戸玲有
第1章
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第1章 ④

「それは、災難だったね……」


 第二王子のクラウトは、眉間にしわを寄せて薬湯を飲み下しながら、リカルトの話に、程よく相槌を打ってくれた。

 長閑な昼下がり。

 陽光が燦々と降り注ぎ、手に届くほど間近に見えるカネリヤ山は、今日も美しかった。

 湯気がたちのぼる温かなお茶がささくれ立ったリカルトの心に、ほっこりとした落ち着きを呼び込んでくれる。

 クラウトが住んでいる離宮の庭に設けられたテラス席は、昔から、リカルトの癒しの場だった。

 リカルトより、二つ年上のクラウトは、穏やかで博識で、優しい。

 つい、その温かさに甘えて、話し方もぞんざいになってしまうのだ。


「本当に、災難もいいところなんですよ。人の額にハゲとかデカデカと書きやがって、しかも特製の消えないインクなんぞを使ったものだから、なかなか落ちなくて……。毎日、皮膚が切れるくらい顔を洗って、やっとここまで薄くさせたんです」

「そりゃあ、ひどい。最近の子供でも、絶対にやらない悪戯だね」

「……ったく、口約束なら、何だって言えるから、あいつの弱点を探し当てるまで、時間稼ぎしておけって……。レナート兄様も適当なことを言ってくれるし」

「だけど、実際その子は、呪文詠唱もなしに物をすっ飛ばしているんだろう? そもそも、この城は魔術を無効にする退魔石を所々に使って作られている。そんな中で、未知なる力を発揮したってことは、僕たちも知らない魔力である可能性が高いと思うよ」

「それは、そうかもしれませんけど……」


 サンマレラ王国には「魔術」が伝わっている。

 国教のリーラ教にとって「魔術」は異端の存在で、弾圧すべき対象だったが、サンマレラ王国の歴代国王は黙認をしていた。長い呪文詠唱の後に、簡単な念動力を発動する程度のささやかなものではるあが、たまに目撃するので、リカルトは多少の免疫も持っているのだ。


「……リカルト。僕も、ルミア神国の特殊な信仰については、書物で読んだことがあるんだ。ルミア神国は、元々自然信仰の国で、神が沢山いるんだよ。その神の末裔がルミア神国の王だったらしい。荒ぶる神を鎮め、神宝を護ることが王家の使命だったそうだ。その神宝を狙って、サンマレラが侵攻したって話も聞いたこともある」

「……神の末裔があの女っていうのもな」


 リカルトもルミア神国に造詣の深い学者たちから、そんな話を聞いてはいた。

 クラウトの見解同様、どの有識者も四百年に一度の天変地異と、ルミア神国の信仰に何らかの繋がりがあるということは認めるのだ。


 ……だが、それが具体的にどういうことなのか、分からない。


 おそらく、三百年前に、ルミア神国をサンマレラ王国が乗っ取った時に、焚書(ふんしょ)となったか、当時の神官が持ち逃げしたのではないかということだった。


「だって、あいつ、ルミア神国の直系を名乗っているだけで、黒髪黒目の外見以外、証拠なんて何もないんですよ。魔界の入口とやらも、相当怪しいものだと思いますよ」


 怒り任せに、熱い茶を一気飲みしたリカルトは、ティーカップを円卓の上に乱暴に戻した。瞬間、ミヤカが見せた異能が脳裏によみがえる。

 一体、どういう手品を使ったら、ティーカップを宙に浮かせることができるのか?


(まさか、同級生が得体の知れない能力者になって、復讐を企ててくるなんて……)


 最悪だ。

 一気に、国家規模の話から、痴情のもつれに格下げされてしまった。

 そもそも、リカルトは、痴情がもつれるほど、ミヤカと接した記憶もないのだ。


「リカルト、どうせなら、その結婚、僕が変わってあげようか?」

「はっ?」

「だって、彼女は王子なら誰でもいいって言っていたんだろう。……それなら」


 ……だが、それから続けて言葉を発することができずに、クラウトは肩を震わせて咳き込んだ。

 横に緩く結っていた髪が激しく揺れ、羽織っていたガウンがずれ落ちる。


「兄様!?」


 リカルトが慌てて駆け寄ろうとしたが、傍らにいた若い従者が慌ててクラウトに駆け寄り、ガウンを掛け直した。

 クラウトは大丈夫と笑顔で周囲に訴えて、呼吸を整えながら、ゆっくりと口を開いた。


「……いや、だってさ、お前はまだ若いし、学校だって通っている。学生の身分で、結婚ごっこをしている暇もないだろう?」

「えっと……まあ……それは、その通りですけど……」


 リカルトは、聖チェスタ学園を卒業してから、サンマレラ王国の最高学府エレンナ王立院に通っている。幸い今は休暇中で、レナートの呼び出しにも応じることが出来たが、そのうち長期休暇も終わる。学生の身分で、結婚なんてとんでもない話だった。


「ほら、僕は虚弱で、腹芸は得意な方だろう。公務だって、活発なお前と違って、王宮図書館と宝物庫の番人をやっている程度だからね。もしも、お前が望むのなら……?」

「しかし……」

「それにね、僕自身、彼女には興味があるんだ」

「興味?」

「もし、本当にルミア神国の人間ならば、僕の知らない治療法も知っているかもしれない」

「……兄様」


 クラウトは、そこまで自分を追い詰めているのか……。

 生まれつき身体の弱いクラウトは、ほぼ毎日、微熱が続いていて、倦怠感が取れないらしい。リカルトも、医者や薬を探してはいるが、一向に回復の兆しはなかった。


(何かに、縋りたい気持ちは分かるけれど……)


「それは無理ですよ。あれは毒のような女です。治療より先に、殺され兼ねませんから」

「そうかな」


 いつもの笑顔を少し曇らせたクラウトは、背後に視線を向けた。


「最近は民間療法にはまっていてね。この国だけではなく、大陸の魔術なども試しているんだよ。……この彼も、大陸系の魔術師なんだ」

「リカルト殿下。ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ありません。わたしはルーセンと申します」


 気配なく前に出たのは、今しがたクラウトのガウンを掛け直した若い男だった。

 いつもの従者ではないと思ってはいたが……。


(確かに……)


魔術師のような格好をしている。

 薄茶の短髪に、琥珀色の瞳。漆黒のローブを羽織っている。

 怪しいこと極まりない容姿なのに、リカルトは今までこの男のことをちゃんと見ていなかったようだ。

 一瞬、気配を消していたのかと勘ぐったが、何てことはない。

 リカルト自身、自分の鈍感さには、身に覚えがあった。


「わたしは、以前、サンクリスト王国で術師をしておりました。こちらに流れてきたところを、クラウト殿下にお招きいただきまして……」

「サンクリスト王国……ねえ」


 三百年前、サンクリスト王国の王弟が兄王の粛清を恐れて兵を連れて出奔(しゅっぽん)し、ルミア神国を制圧して、自らを国王としたのがサンマレラ王国の起源である。

 差し当たって、サンクリスト王国と敵対している訳ではないが、仲良くないのも現状だ。

 大陸系と聞くと良い気持ちはしないが、その分、クラウトが藁をもすがる気持ちでいることも伝わってくる。事実、魔術関係に関しては、サンクリスト王国の方が進んでいるという話も聞いていた。


「わたしも、その娘には興味があります。わたしなりに調べてみましょう」

「じゃあ、頼んだ。あくまで、兄様優先でお前の出来る範囲で構わないから……」

「承知いたしました」

「さて……と! 俺は、これからあの女と戦ってきますよ」


 わがままな自称「妻」のミヤカは、日に一度は顔を出すように条件をつけてきた。

 律儀にそれを守る必要もないのだろうが、破る理由もないので、とりあえずリカルトは彼女のままごとに付き合っている形となっていた。

 まったくもって、気が進まないのだが……。


「あっ、待って! リカルト」


 音を立てて、椅子から立ち上がったリカルトを、クラウトが慌てて呼び止めた。

 そして、ガウンのポケットから、白い包み紙を取り出し、リカルトに握らせる。


「何です、これ?」

「シガル茶だよ。飲むと元気になるんだ。僕も毎日飲んでるんだ。疲れたら、飲むといい」

「有難うございます」

「それから、リカルト……」


 今までの笑顔から一転して、深刻な面持ちで、クラウトが身を乗り出してきた。


「兄様が上手く収めてくれるだろうけど、くれぐれもお隣には、バレないよう、慎重にね」


 王城の隣には、国教でもあるリーラ教の総本山が構えている。

 リーラ教は、国内に存在している魔術でさえも、毛嫌いしているのだ。

 ミヤカの存在が耳に入ってしまったら、どんなちょっかいを出してくるか分からない。

 それに、城内には、長兄レナートより厄介な相手が、存在しているのだ。

 面倒事が山積している。

 心の底から、早くケリをつけてしまいたかった。


(しかし……。一体どうしたら?) 


 リカルトには、ミヤカ=ファーデラの考えがまったく理解できない。


 ――学生時代、隅っこの席で、一人静かに授業を受けていた茶髪の女の子がいた。

 前髪は目にかかるほど長く、いつも地味な格好で、空気のように存在感がなかった。


 ミヤカのことを、知らなかったわけではないし、忘れてしまったわけでもない。


 …………ただ、分からなかっただけなのだ。


 城に乗り込まれるほど、恨まれるようなことをしたなんて、絶対に有り得ない。


「思い当たらないからなあ……」


 それを態度に出すことが、ミヤカを地味に傷つけていることなんて、リカルトには想像もつかないのだった。


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