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救国の条件  作者: 森戸玲有
第5章
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第5章 ⑤

(…………まさか、こんな形で展開が早まるとは)


 レナートから告げられた現実は、リカルトの焦燥感に追い打ちをかけるものだった。

 急がなくていい。ゆっくりミヤカを口説いて、結婚という形で巫女姫を辞めさせようと考えていた。

神具だって、いずれ遠い未来に回収できればいいと思っていた。


(それが。すべて狂ってしまった)


ミヤカには、巫女姫でいてもらう……と、冷たい声で命じたレナートに、リカルトが逆らうことなんてできなかった。

緊急事態なのだから、どうしようもないことだと、リカルトだって頭の中では分かっている。


――それでも。

指をくわえて見過ごすことなんてできやしなかった。


「どうしたんだい? リカルト、浮かない顔をして」


日差しをたっぷり受けて、燦々と青葉の中に設けられた一席。

そこに、まるで何もなかったかのように、優しい微笑を湛えて、クラウトは座っていた。

背景には、白煙を上げているカネリヤ山の姿がある。

リカルトの用件が何なのか、クラウトが分からないはずがないのだ。


「なんでも噂によると、毎日のようにミヤカさんを口説いているみたいだね。今日もフラれたのかな? でも、記憶喪失の彼女をいきなり襲うのは、どうかと思うよ」

「…………何で、クラウト兄様まで」


リカルトはがくりと肩を落とした。

それは、レナートとノエルにも散々冷やかされたリカルトの失態である。

しかも、先ほども同じことを繰り返そうとしていたなんて知られたら、更に揶揄されることは必至だった。


「俺は別に襲ったわけじゃありませんよ。……素直じゃない。あいつが悪いんだ」

「その主張は、若いうちにしか活きないからね。何にしても、彼女が素直になれないのは、相手がお前だからだよ」

「それ……レナート兄様にも同じことを言われました」

「……だろうね。ミヤカさんほど分かりやすい子もいないよ」

「まさかっ!?」

「お前が鈍すぎるんだ」

「俺が?」


リカルトが顔を曇らせる。

それを楽しそうに、クラウトが目を細めた。

いつもと変わらない、長閑な一時。

埋没してしまいそうな日常に、リカルトは我に戻って、頭を振った。

今は時間がない。一刻を争う時なのだ。


「クラウト兄様」

「何だい?」


 リカルトは、クラウトの肩越しに見えるカネリヤ山に視線を合わせ、感情を抑制しながら問いかけた。


「俺が浮かない顔をしていた理由は、ミヤカのことだけじゃありませんよ」

「へえ?」

「兄様は、ご存知でしょう?」

「おおよそは……ね」


 一瞬でクラウトは、顔つきをがらりと変えた。

 リカルトの知らない酷薄な表情に、息を飲む。


「先ほど、レナート兄様と会ってきました。兄様は神事の後、カネリヤ山の調査をしていたそうですが、二日前から、噴火の兆候があったそうです。それでも、まだ分からないとずっと様子を見ていたそうですが……。今日、あの煙で決定的となってしまったそうです」

「王城は安全そうだけどね。兄上と姉上のことだ。国民に避難はさせているのだろう?」

「それは、もう……。すでに避難の準備はさせていますけど、火山が噴火した場合、被害がどの程度になるのか、過去の文献がないので、まったく想像がつかないのです」

「そう……。まあ、そうだよね。大昔、噴火した記録があっても、三百年より前のルミア神国の資料はほとんど散逸してしまっている。今からじゃ、手の打ちようがないよね。とりあえず、もう一度ミヤカさんに頑張ってもらうしかないんでしょう? なんだ、彼女を襲う必要がなくなってしまったね。リカルト」

「……俺は、今でも反対ですよ」

「お前らしいな」


他人事のように、突き放す。

クラウトはいつも笑顔だけど、その言葉に感情はこもっていなかった。


(俺が……悪いんだ)


リカルトは気づかないふりをしていただけだ。

親を亡くした三兄弟の絆は強いと勘違いしていた。

…………けれど。

この人は、昔からそういう性格をしていたのだ。


「それで、お前は僕に言いたいことがあるんだろう?」

「…………俺は、神珠以外の神具を手に入れたいんです」

「それはまた、どうして?」

「噴火が起きるのが神珠の力が不足しているせいならば、違う神具の力で補うことができるかもしれないでしょう?」

「……根拠のない話だな。かえって危険になったら、どうするの?」

「兄様だって興味を持っていたのでしょう。だから、ルーセンを傍に置いたんじゃないんですか?」


 リカルトの静かな問いかけに、クラウトのこめかみがぴくりと震えた。


「俺は究極の鈍感ですけど、今回だけは大勢の……ミヤカの命も懸かっている。頭を使いました。…………ルーセンが俺とレナート兄様に毒茶を渡したのは、クラウト兄様を一時でも、犯人に仕立て上げ、注意をそらすためだったのでしょう?」

「何のために?」

「クラウト兄様が管理している宝物庫に、神珠以外の「神具」がありますよね?」


 リカルトが断言すると、クラウトは陽気に拍手を送った。


「素晴らしいじゃないか。リカルト……。レナート兄上の入れ知恵でなかったら、お前の成長を祝ってあげたいくらいだな」

「今回ばかりは、入れ知恵じゃありませんよ。好奇心の強いクラウト兄様がずっと沈黙しているのが不自然でした。きっと、神具の場所を知っているのだろうと思ってはいました」

「なるほど、その程度の材料で都合良く考えた結果がそれだったわけだ。まあいいか。今回、お前が珍しく頑張って頭を働かせたことに敬意を表して、少し教えてあげるよ。僕は、その神具の存在をよく知っている。だって、宝物の由来を知ることは、僕にとって唯一の暇潰しだったからね」


 クラウトは、(むせ)そうになったところを、ぬるくなった茶を一口飲んで堪えた。


「サンマレラの王が大陸から持ち込んだ神具は、長い間宝物庫で埋もれていたんだ。僕は好奇心でその神具を試してみたけれど、何も起こらなかったよ。本物かどうかも怪しいと思っていたけど、ルーセンが僕のところに来たのは、それを盗むためだったって聞いてね」

「盗めと命じられた? ルーセンが?」


リカルトは、眉間に皺を寄せた。そんなことまで、ちゃんと考えてはいなかった。


「そこまでは、推理していなかったみたいだね。あの毒茶事件の後、僕にはルーセンの考えがすぐに分かったんだよ。彼の主人が神具にご執心だということにも気づいた。ルーセンは大騒ぎすることで、神珠が存在していることを主人に訴えていたんだ」

「……あいつの主人って、一体……?」

「世界征服でも企んでいるような……おかしな主人なのかなって、僕は思っていたんだけどね、ルーセンは、主人のことを信じたいって言うんだ。子供の頃からの付き合いだから、簡単に見限ることができないってね。だったら、試してみないかって、話になった訳だよ」

「…………待って下さい。クラウト兄様。でも、神珠はミヤカが使ってしまいましたよ」

「そうだね。さすがに、僕もそれには驚いたよ。ルーセンも困惑していたんじゃないかな。主人が本当に純粋な理由で神具を欲していたとしたら、自分は悪いことをしてしまったと懺悔もしていたかな。…………だから、主人のところに、つい最近返してあげたんだげと」


 リカルトは目を瞠った。


 ――今、何と言った。


「ルーセンを、その主人とやらに返してしまったんですか?」

「ああ、返したね。その方が面白そうだから……」

「一体、何が面白いんですか?」

「僕の見立てでは、ルーセンの主人は、純粋に神具を欲しているようには見えなかった。健康をとりもどすために、先に神珠を奪うから、僕の知っている神具を捧げろって、そんなことを平気で言う男だからね」

「クラウト兄様は、その交渉を断ったのですか?」

「さあね。……どうだろう?」


クラウトは片手で頬杖をつきながら、面倒臭そうに口を開いた。


「お前は神具を寄越せと言ったね? 今まで、ずっと長い間、その存在すら、レナート兄上にもお前にも黙っていたのに、素直に僕がそれを差しだすと思うのかい?」

「差し出してもらわないと、皆が困るんです」

「僕には、関係のないことじゃないか」


リカルトは、椅子から立ち上がって、座ったままのクラウトを威嚇した。

剣を抜くつもりはない。兄を切りつけるなんて、ごめんだ。

だけど、希望があるのなら、それに賭けたい。

たった、それだけのことなのに、どうして上手くいかないのだろう……。


「リカルト。姉さまが言っていた侍女の証言だけは、嘘じゃないよ。僕はお前とレナート兄様が羨ましかった。特に、リカルト。お前はいつだって、正しくて……。その真っ直ぐな目を見るのが僕は大嫌いだった」


 ――嫌い。

 もしも、ミヤカと出会ってなかったら、どん底に落ちてしまいそうな一言だった。

 だけど、今なら少しだけ笑うこともできる。


「…………似たような台詞を、以前ミヤカにも言われました」

「へえ。やっぱり、彼女、僕と同じような性格をしているみたいだね。リカルトじゃなくて、僕を想ってくれたら、良かったのに……」

「俺は、あいつを失いたくありません」

「最初、あんなに毛嫌いしていたのに? 今更じゃないか」

「今更ですけど、どうにかしたいんです」


やはり、力ずくでないと駄目なのか。

でも、それをしてしまったら、二度と兄弟に戻ることなどできないだろう。

――と、そこに


「いい加減にしろ。バカ王子!」


血相を変えて、スカートをたくし上げて走ってくる。

背の高い人影は……


「……えっ、貴方は?」

「ミヤカの叔父さん」


クラウトがそのあまりの速さに、目を丸くしている。

なぜか女装で落ち着いてしまっているのは、やはり思考がぶっ飛んだ方に向かっているからだろうか?


「あんた、一体どうやって、ここまで来たんだ?」

「どうやってって、リカルト王子を迎えに来たって、言ったら、離宮までならって、通してくれだぞ!」

「そうか……って? おい?」


小さくうなずいているリカルトの前を通過して行ったシモンは、クラウトの前で立ち止まると、その肩をがっしりと掴んだ。


「一言だけ言わせろ。ミヤカとあんたは一緒なんかじゃない!」

「聞こえてたのか……」


リカルトは、頭を抱えた。どれだけ優れた聴力を持っているのか……。


「おい、叔父さん」


止めようとしたものの、シモンの暴走は止まらなかった。


「お前みたいなクズ、一生こんなところで、人を羨んで、妬んで、うじうじしていれば良いじゃないか……」

「……クズだって? 僕が?」

「ははははっ! そうだ。ミヤカは強情で素直じゃないが、リカルト王子を本当に困らせるようなことはしなかったはずだ。ずっと、憧れていたって言っていたんだからな!」

「…………それは違うな。叔父さん」

「何が違うんだ。あんたもクズ呼ばわりされたいのか!?」


半ば、後先考えない傍若無人な言動に、リカルトもクラウトも呆気にとられるしかない。


「これはすべて本当のことだ。記憶喪失の原因は分からないが、でも、ミヤカがあんたを特別に想っていたのは確かなんだよ。腹が立つことになっ!」


シモンは、今度はリカルトの腕をつかんで叫んだ。


「できれば、こんなこと、わたしの口から言いたくなかったが……。あんたがあまりにも鈍感で、意気地がなくて、決断力のない仕様がない男だからな。黙っちゃいられなかった」

「…………散々な言われようだな」


 ある意味、嫌いよりも、精神をえぐられる評価だった。

 しかも、言いたくなかった割に、シモンの口は滑らかに回った。


「学生の頃、リカルト王子はミヤカにとって救世主だったんだと!」

「はっ? 俺が? まさか……。俺はあいつを救ったことなんて、一度もない」

「ばーーーーか! それでも、ミヤカにとって、あんたは心の支えだった。友達になりたくても遠くて、遠くにいるとかと思うと、手の届く距離にいる……。ルミア神国の血が色濃いせいで、学校で虐げられていたミヤカにって、当時、黒髪だったあんたは、希望の星だった。あんたの存在があの頃のミヤカを救っていたんだ。あんたのことを「りっちゃん」って友達が呼んでいるのを見て羨ましかったって、巫女姫に言っていたしな」

「……りっちゃん?」


そういえば、学生時代、友人たちが面白半分に、リカルトのことを「りっちゃん」と揶揄して呼んでいたような気がする。


(あれ、ミヤカは聞いていたのか……)


「何だよ。それ……」


そんなこと、リカルトは知らない。

知っていたら、問答無用で好きなようにしろと言っていたはずだ。

名前の呼び方なんて、どうだって良いじゃないか。

たった、その程度のことなのに。


――どうして、もっと早く。


「呼べばいいだろうが!! 馬鹿がっ!!」


全身全霊を込めて、リカルトは叫んだ。

何としてでも、ミヤカを救う。それしかない。


「シモンさん、あんたがここに来たってことは、何かあったってことなんだろう?」

「…………あーーー、それ、あったみたいだね」

「兄様?」


シモンより先に、断言したクラウトは、手中に落ちて来た白い小鳥をじっと眺めていた。


「この魔術……ルーセンの緊急合図だ」

「何だってっ!!」


リカルトはクラウトの胸倉を掴んで、低い声で訴えた。


「…………いいから……神具を俺に下さい」


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