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救国の条件  作者: 森戸玲有
第1章
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第1章 ①

 三百年前、サンマレラ王国がルミア神国を併呑したのは、どの歴史書にも記されていることで、国民も周知のことだった。

 当時のサンマレラ王国は、武力でルミア神国を屈服させるつもりだったらしいが、抵抗らしい抵抗もなく、あっという間に、ルミア神国はサンマレラ王国に飲みこまれてしまった。

 当初、余りにやる気のなかったルミア神国に、王国側の人間は、皆一様に首を捻っていたそうだが……。 

 何はともあれ、三百年の間に、ルミア人とサンマレラ人は融けこんでいった。

 今では、見た目もほとんど変わらないくらいになっているほどだ。


 ―――だが、ごく稀に、ルミア神国の名を持ち、ルミア人特有の黒髪と黒い瞳を持つ人間が存在している。


 ミヤカが、まさしくそれであった。


 王家の血統だと言い張る叔父のことは信用していなかったが、ルミア神国の血を引いていることは、幼少時から嫌と言うほど認識をさせられていた。

 生まれてから、今まで、この見た目と名前でずっと損をしてきた。


 しかし、今のミヤカにとって、その忌わしき負の遺産が交渉を優位に進める要因となっているらしい。


 ――人生とは、本当に分からないものだった。


「ふふふっ」


 不気味な笑い声を上げながら、皮張りのソファーで寛いでいるフリをしているミヤカは、片手に古めかしい箒を持ちながら、悠然と足を組んだ。

 諸悪の根源そのものの笑みを口の端に浮かべて、居丈高に言い放つ。


「なにも、そんなに難しい要求ではないと思うんだけど……」 


 窓の外には、国の象徴でもある独立峰、カネリヤ山の壮大な夕景がある。

 そして、その夕陽に負けないほどの眩い金髪を振り乱す目前の男こそ、若干、二十五歳でありながら、この国を統べる国王レナートであった。


「いや……しかし」


 レナートはのらりくらり、結論を先送りにしようとしているようだが、援軍が見込めない時間稼ぎなど、意味はない。


「……もう、十分待ちましたよ、陛下。今、ここでご決断を」

「しかし……こんな重大なこと」 

「おや? このまま、わたしが何もせずに、この国が滅んでしまっても良いと?」

「…………そっ! そういうわけでは、ないのだが……。しかし、国を救ってくれるのは、有難いことなのだが、その条件以外に我々が協力できることをしたいというか……」

「サンマレラは、ルミア神国を滅ぼした張本人。その条件以外に、貴方たちに協力なんて求めたくない」


 ミヤカは、付け焼刃で作り上げた脳内台本の台詞を繰り返した。


 ――箒の先端についた神珠しんじゅの力で、魔界の入口を封じる。


 先代、巫女姫のイリアは、何てこともないことのように、ミヤカにそれを依頼してきた。そして、ミヤカは、その嘘のような役目を果たすために、城にまでやって来る羽目となったのだ。


 かつて、ルミア神国の神殿があった城の中に、魔界の入口があるのだと言う。


 たとえ、叔父と対立することになっても、本当は、すぐにすべてを白状し、サンマレラ王国に協力を要請するつもりではいたのだ。



 ――城に訪れた時に、怪しい者だと手荒く追い返されそうにならなければ。


 ――そして、()さえ、ミヤカの存在に気づいたのなら…………。


「………だいたい、国を救うから、用件を飲めなんて、脅迫以外の何物でもないだろ?」


 王の傍らで、そっぽを向いて座っている青年が小さく呟いて、嘲笑した。

 眉目秀麗。金髪碧眼。兄の国王と並んで頭一つ背の高い青年は、それこそ神に等しい容姿をしているのに、近所の悪ガキと同列なくらい、口が悪かった。


「リカルトっ!!」


 国王の手で、おもいっきり頭頂部を殴られた第三王子のリカルトは、渋々ミヤカに向き直った。

 あまりの美しさで、直視できないものの、ミヤカは横目で彼を注意深く窺がっていた。

 きっちり最正装でやって来たレナートとは違い、白いチュニックを清々しいくらい着崩している。 

 嫌々、ここにやって来たのは、明白だった。


(…………やっぱり、反応なし……か。そうだろうね)


 ミヤカと正面に向かい合っても、何ら変化のない第三王子リカルトに、ミヤカは心の底で溜息を零す。けれど、こうなってしまった以上、今更へりくだることもできなかった。


「……さて、どうしますかね?」

「どうもこうもねえよ。いきなり、国が滅びそうで、自分がどうにかしてやるから、条件を飲めなんて、おかしいだろう? 何の根拠があって滅ぶんだよ」

「残念ながら、滅ぶ時っていうのは一瞬ですからね。証拠を提示することは出来ない。だけど、わたしにこの力が授けられたのは、事実ですよ」

「そのふざけた箒のことか?」

「確かに、このふざけた箒が力の源というのは驚きでしたが……」


 埃と汚れを取ったとはいえ、ぼろぼろなのは変わらない。

 その竹箒は、ミヤカの両親が事故で亡くなった時に、住んでいた屋敷から叔父宅に持ってきた代物だった。

 別段、思い入れがあって、持ってきたわけではなく、たまたま先端部に宝石のついているのが珍しいと、叔父が面白がって捨てなかっただけだ。

 所々、枝が取れてしまい、掃除に使うことも出来ない箒は、もはや、怪しい店を演出する骨董品の一部に成り果てていた。

 そんな得体の知れない力が宿っているなんて、信じられるはずがない。


 …………まあ、それは十分にミヤカにも理解できた。


「確かに、お前のその……ふざけた箒の力が凄いってことは、十分に分かったけどな。なんか分からないけど、城の衛兵もみんな吹っ飛ばされたって聞いたし……」

「……だったら、話は早い」

「いや、だけど、その箒がこの国を救うって言うのが分からないんだよ。三百年前、大人しく、ルミア神国がサンマレラに国を譲った理由が魔界に通じている国だから、御せるものなら御してみろって言う挑発だったっていうのも、今更な感じがするし」

「四百年に一度、この地に災いが起こる。わたしは、その対策のために、古のルミア神国の巫女姫に選ばれた人間なんですよ」


 それ以上は、あえて口にしなかった。この場で、ミヤカの弱点を伝えてしまいたくない。

 この神珠がなくなってしまったら、ミヤカは、ただの無力な小娘に戻ってしまうのだ。


(それにしても、血は争えないものだな)


 これでは、叔父のシモンと一緒だ。大真面目に芝居するのは、羞恥心との戦いに等しい。

 本当のミヤカは、決してこんな人間ではない。いつも不必要なくらい、おどおどしている。

 空気のように、存在感のない人間で、子供にまで丁寧語で話しかけるほどの小心者だ。

 今だって手が震えているのを、必死になってドレスの袖の下で隠しているのだ。


(すべて、こいつのせいだ)


 たとえ、ただの八つ当たりだったとしても、そういうことにしなければ、とてもじゃないがやっていられなかった。


「へえ……」


 リカルトは、先日ミヤカが巫女姫から説明を聞いた時と同じように、しらけた顔で言った。


「まあ、それはすごいことだな。素晴らしいことだ。……それで、何?」

「…………あっ、えっと。つまり、今こそ、ルミラ神国とサンマレラ王国の真の融和の時が来たってことなんじゃないか……と」

「……………………はっ?」


 二人同時に首を傾げた兄弟は、しばしの沈黙の後、ミヤカを横目にひそひそ話を始めた。


『レナート兄様。……大丈夫なんですか?』

『何が大丈夫なんだ?』

『こんな見るからに怪しい奴に時間を割いても良いのかって。大陸にも魔術師とかいるでしょう? 頭の沸いた手品師を相手にするくらいなら……』

『馬鹿者……手品でないから、こんなにわたしが困っているんだろう? 昔、父上から、かつてルミア神国には、独自の信仰があったということは聞いたことがあったのだ』

『…………そうはいっても』


 わざとらしいくらい、丸聞こえだ。


(こうなったら、仕方ない)


 ミヤカは箒を高く掲げて、目を閉じた。

 途端に、目の前のティカープとポットが宙に浮き、くるくると円を描き始める。


「なにっ……!?」 


 二人共、飛び交うティーカップとポットから逃げるように腰を浮かせたが、それ以上、ミヤカが攻撃してこないことを察して、再び同時に着座した。


(…………疲れた)


 慣れない力を使うと疲れる。……が、このくらいは見せつけておかないと、信じてもらえないだろう。


「分かったでしょう? でも、これはわたしの力のほんの一部。本気を出せば、この国に大きな災禍を招き、一朝一夕で破滅させることができますけど、陛下はどうします?」

「わ、分かった! 分かったから。ルミアの巫女姫さま!」


 両手を挙げて、降参の姿勢を見せたのは、レナートだった。

 ミヤカの前に差し出すように、リカルトの背中を強く叩く。


「そなたの条件を飲もう!! この不肖の弟を、煮るなり焼くなり好きにして下さい」

「おいっ! ちょっと待って。何なんだよ。それ!!」


 もはや兄に対する礼儀さえも忘れて、怒声を轟かせるリカルトから、視線を逸らしたレナートは、きつく目頭を押さえていた。多分、涙は出ていないはずだ。


「仕方ないだろう、リカルト。お前以外誰がいるんだ。わたしには妻のノエルがいる。次男のクラウトは病弱だし、とても彼女と渡り合うことなんて出来ないだろう」

「あのな! 俺は物じゃないんだ!」

「お前は、大切な兄のクラウトが寿命を縮めてしまっても良いと言うのか!?」

「なにも、そんなことは言ってないでしょう! だけど、俺だって、理想の相手とか、心の準備とか、諸々と……」 

「お前には許嫁も、恋人もいないんだ。王族の三男なんだから、諦めろ」

「はっ? 言いたいこと言いやがって。あんたは理想通りの相手と結婚したじゃねえか!」

「……リカルト、人には宿命というものがある」

「ふざけんなっ!」

「リカルト殿下っ」

「…………げっ」

「申し訳ないね、殿下。もっさり重い黒髪の黒ずくめのお化けみたいな格好した化粧気も、色気もない、ガリガリの女が相手とは、さすがにお辛いことでしょう?」

「……えっと、いや、俺はそんなこと一言も言ってないぞ」

「心の声を代弁してみたんですよ。でも、まあ、約束は約束ですから。わたしはこの国の救世主となるんだから、精々、わたしの機嫌を取って貰わないと」


 ミヤカは淡泊なふりをして、ゆっくりと立ち上がった。

 目の前で、兄弟喧嘩を繰り広げていた二人は、その存在を思い出して、ぎょっとする。

 なるべく狭い部屋で、人払いをするよう注文を出したのは、ミヤカではあるが、こちらが発言するまで、ミヤカの存在を忘れてしまうなんて、ひどい話だ。


(いや、この人が酷いのは、今に始まったことじゃないか……)


 自棄になっているという自覚はあった。

 だが、あの巫女姫イリアを追い払うことも出来ず、怪しげな神珠は、ミヤカの手の中から離れない。


 ――ならば、イリアの頼みを聞いて、城に行くしかない。


 城に行ったら、リカルトに会わざるを得ないことは、分かっていた。

 再会したら、どうしようと思い詰めていたのに、彼はミヤカの存在を完全に忘れている。


(多分、大人しくわたしの素性と巫女姫の存在を告白すれば、リカルト王子は絶対力になってくれるはずなんだよね)


 その自信はある。

 彼は、すぐに城の内部にあるという、魔界の入口を探しだしてくれるだろう。

 ミヤカの厄介な役目は速やかに終わるはずだ。

 ――だけど、それは。


(すごい、ムカつく!)


 ミヤカは、今まさにレナートに掴みかかろうとしていたリカルトに、そっと片手を差し出した。

 美麗な顔に浮かべている表情は、間抜けそのものだった。


 この期に及んでも、ミヤカのことに気づいていないらしい。


「これからよろしく……、わたしの旦那さん」


 一生使わないだろうと思っていた言葉を告げたら、微妙に声が上擦ってしまった。

 多分、そんなミヤカの内心の葛藤なんて、リカルトは絶対に気づいていない。

 その証拠に、彼はおもいっきり嫌そうな顔で、ミヤカを見返して来たのだった。

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