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救国の条件  作者: 森戸玲有
第4章
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第4章 ⑥

「……ミヤカ。何か感じるか?」


 地下に行きたいと言ったミヤカの訴えに、すぐに同調したリカルトは、地下に続く階段を教父から聞いて見つけ出してくれた。

 教父でも滅多に行かないと話していた地下の礼拝堂に、ミヤカとリカルトは、一歩降りるごとに軋む木製の階段を使って、ゆっくりと降りて行く。


「うーん。巫女姫が地下に行けば分かると言っていたけれど……。何とも」


 先に地下に下って、手を差し出しているリカルトの手を握り、ミヤカは洞窟の中にあるような地下道を進んだ。

 足元は、ごつごつした石そのもので、大理石を敷き詰めている地上とは、がらりと(おもむき)が異なっていた。

 蝋燭もない道を進むのは、不安だったが、箒の先端についている神珠が淡く発光を始め、蝋燭代わりとなってくれたので、何とか踵の高い靴でも、転ばずに進むことができた。


「どうやら、間違いないみたいだな……?」

「そのようだね」


 リカルトの確信に満ちた問いかけに、ミヤカも深くうなずいた。


(当たりだな……) 


 体の奥底が熱い。

 鼓動が高鳴っていく。

 早く早く……と、誰かの声がするようだった。

 ドレスの裾に注意をしつつ、不本意ながらリカルトに寄りかかるようにして、ようやくたどり着いた大教堂の最深部は、思った以上に殺風景だった。


「ここが礼拝堂……?」


 リーラ教の象徴である薔薇の紋章が、祭壇の真ん中に彫刻されているが、ただそれだけだ。

 広大な空間はがらんと静まり返っていて、木製の長椅子がいくつか並んでいる程度だった。


「とりあえず、それっぽいところを探して……」


 ――が、リカルトの言葉は一旦、そこで途切れた。


「誰だ!?」

「げっ」


 明かりを灯すまでもなく、その正体を知ったミヤカは前に乗り出したリカルトとは対照的に、大きく一歩退いた。

 何で、この人がここにいるのだろうか……。


「叔父さん?」

「待っていたよ。ミヤカ」


 シモンは、手にしていた燭台に蝋燭の灯を移して、薄暗い空間の中で、自らの存在を際立たせていた。

 もはや、給仕のシノンがミヤカの叔父であるのは、周知の事実なのに、女装を解かないのは趣味になってしまったからなのか……。


「遅かったな、このままお前が来なかったら、どうしようかと考えていたところだったんだ。こんな狭いところに、男が三人なんて耐えられないだろう?」

「男……三人?」


 シモンの隣から、一歩前に踏み出した男の顔に、ミヤカは目を大きく見開いた。


「…………貴方は!」

「ルーセン!?」


 ミヤカより激しくリカルトが反応した。

 祝賀会とあって、帯刀していないリカルトは気色ばむことしかできない。

 いや、剣があったとしても、彼は何もできなかっただろう。

 ルーセンは、レナートを盾にして、こちらと対峙していたのだ。


「兄様……一体、どうして!?」

「リカルト、すまない。大教統に地下の施設が一番古いって話を聞いて、行ってみようと思ったんだ。途中まで従者も付いてはいたんだけど。なぜか捕まってしまって」


 苦笑しているレナートが仰々しい外套の下から、両手を挙げて降参の姿勢を見せている。

 首筋に剣の鋭い切っ先があった。


「お久しぶりです。ミヤカさん」

「…………そんなに久しくもないですよ」


 リカルト、レナート共に、図書館のことは知らせていない。

 ミヤカが倒れた日のことを言っているのだと思っているようだった。


(失敗したな……)


 こんなことなら、図書館で会った時、ちゃんとルーセンを捕えておけば良かったのだ。


(それにしたって、おかしい……)


 ルーセンには彼なりの目的があったのではないか?


(どうして、この人叔父さんに協力しているんだろう?)


 もしかしたら、ミヤカがルーセンと図書館で会った時より前にから、二人で手を組んでいたのかもしれない。


「叔父さん、これじゃ、良くて死刑。悪くても死刑だよね?」

「お前には、神珠の力があるだろうが?」

「神事が終わったら、どうするの?」

「終わらせなければいい。いや、いずれ終わらせるにしても、せっかく国王を生け捕りにしたんだ。こちらの言うことは聞いてもらおうじゃないか!」

「巫女姫は? 叔父さんの中にいるんでしょう。彼女がそんなこと……」

「彼女はわたしのやることに、目をつむってくれたよ。とりあえず、期限までに封印をしてくれたら良いそうだ」

「……どうして、そうなるのかな」


 彼女なら叔父の暴走を止めてくれるかもしれないと、一縷の望みを抱いていたのだが……。


「……ミヤカ。ここのところずっとお前に無視をされて、わたしはお前の気持ちを思い知ったんだ。だから、もう二度と、お前をわたしの思い通りに動かそうとはしないつもりだ。しかし……な! こんな機会、二度とないのだ。ルミア神国の名誉を復活させ、お前をリカルト王子の正妃にする。誓約書もちゃんと用意してきた。それがお前の願いならば、わたしは絶対に実現させてやるからな!」

「…………何を愚かなことを」


 いつ、ミヤカがそんな願いを、シモンに告げたのだ。

……それに、ルミア神国の再興から、生活の保障とは……。ずいぶん、話が小さくなったものだ。

 とても、この国で一番偉い人に剣の切っ先を突き付けて、迫る主張ではない。

 ……しかし。


「何だ。そういうことなら、今、ここで兄様を使って脅迫しなくとも、俺に直接言ってくれれば良かったんだ。叔父さん……」

「はっ?」


 やけに落ち着きはらっているリカルトが逆に怖かった。

 シモンが言っていることを理解できていないのではないかと、本気で心配しているミヤカを無視して、勝ち誇ったかのように会心の笑みを浮かべている。


「リカルト王子、一体何を?」


 その澄みきった笑顔が気持ち悪いと、突っ込む余裕すらなかった。

 リカルトは、きっぱりはっきりと声高に言い放ったのだった。


「いいよ。その条件、すべて飲もう」

「はいっ?」


 ミヤカの頭が追いつかない。

 そして、それはレナートも同様のようだった。

 剣を突き付けられているというのに、ぽかんと大口を開いたまま唖然としている。


「ここまで来たら、もういいだろう? レナート兄様」

「…………そりゃあ、別にこの状態で、わたしが反対も何も言える状況でもないけれど」

「じゃあ、決まりだな」


 ……何が?

 猛烈に問いかけたい。

 けれど、ミヤカも動揺の余り、口をぱくぱくさせることしかできない。


(この人、本当の本当に事の重大さを理解しているの?)


 シモンもルーセンも拍子抜けをしている。

 そんな中で、リカルトだけが一人無邪気だった。


「何だ。どうしたんだよ。ミヤカ? 最初にその条件を飲んだのは、俺たちの方だろう。口約束が嫌だというのなら、誓約書でも書いて、ちゃんと婚姻を結べば良い。盛大に式を挙げたいって言うなら、それも良いだろう。ルミア神国の王家筋の血を引いているからこそ、結婚のしがいもあると思うんだ。俺と結婚すれば、多少偏見の目も薄れるはずだ」

「あのね、リカルト王子」


 ミヤカは、ようやく口を開くまで我に返ることが出来た。


「さっきから変だよ。言ったでしょう。そんなことを軽々しく言うと、後で後悔するのは貴方の方だって……」

「軽々しくだって? 軽々しく言って来たのはお前の方じゃないか?」

「それにしたってね、やむにやまれずな調子で引き受けなくったっていいよ。わたしだって、言い出した手前、ちゃんと神事は、やるつもりはあるんだから……」

「何だと? 結婚してやるって言っているのに、その態度は何だ!?」


 なんで、この人は怒声を上げるのか……。

 おかしい。

 とにかく、すべてがおかしい。

 助けを求めるように、ミヤカがレナートに目を向けると、慌てた様子で間に入ってくれた。 


「いや、うん、分かった。二人の言いたいことはね。でも、とりあえず今はその話は少し置いておこうか……」

「しかし、兄様?」

「あのな、リカルト。ミヤカちゃんだって、わたしが脅されているから、リカルトが自分との結婚を了承したんだって思ったら、良い気がしないだろう? こういう大切なことはだな、ちゃんと対等な関係の上で、きっちりと適切な機会を設けて言うべきことなんだぞ。リカルト。分かるか?」

「そう……いうものなのか?」

「そういうものだ。だから、まず最初にだな……」


 言いながら、レナートは自分に突き付けられている刃から、すっと上体を屈めて、ルーセンに肘鉄を食らわせた。

 するりとルーセンの腕の中から逃れてしまう。ただのひょろっとした頼りない王様ではなかったらしい。鮮やかな身のこなしだった。


「ほら、これで鎖が外れただろう。わたしだってな。ちゃんと、体は鍛えているんだよ……って? あれ?」


 笑声を上げていたレナートの目が真剣になった。

 剣は落としたものの、少しよろけた程度で、ルーセンには何の痛手にはなっていなかったらしい。


「うわっ。利いてない?」

「ぴんぴんしているぞ。兄様」

「とっ……とりあえず、ミヤカちゃん、逃げろ!」

「ちょっと! そんな……!?」


 逃げろと言われた意味が分からなかったミヤカだが、直後にその意味を察した。

 ルーセンの掌から、あっという間に、ミヤカのもとに、閃光が飛んでくる。

 長話をシモンと繰り広げていた隙に、密かに呪文詠唱をしていたのだろう。

 城内では使えない魔術も、大教堂では大いに使えるのだ。


(……この男、本当に魔術師なんだ?)


 感心している暇はなかった。


「ミヤカっ!!」


 とっさに、自分を庇おうとしているリカルトを力一杯跳ね飛ばして、ミヤカは箒を前にかざした。

 神珠の前で閃光が真っ二つに割れ、礼拝堂の壁をえぐる。何とか避けられたみたいだ。


「…………危なかった」


 息を乱すミヤカのもとに、シモンが駆け寄ってくる。


「大丈夫か。ミヤカ?」

「いや、叔父さん……。ぼろぼろだからね。力使うと本当に身体がやられるんだからね」

「くそっ」


 今にもふらふらで倒れそうなミヤカの上体を、シモンががっしりと支えた。


「おい、ルーセン、話が違うぞ! ルミア神国の血を引く人間として、一緒にサンマレラ王国に立ち向かおうと話していたじゃないか!?」

「何。それ……?」


 また訳の分からないことを口走っている。

 しかし、そんなシモンに対して、ルーセンは真面目に答えるのだった。


「ええ、そのつもりです。だから、ミヤカさんに今一度自分の身体のことを思い知らせてやろうかと思ったのです。ぶっ倒れてしまったら、神事もできないじゃないですか」


 なんと過激な発想だろう。

 荒療治も(はなは)だしい。


「……おい、それはどういう意味なんだ。ルーセン?」


 リカルトが敏感に反応を示した。

 どうして、こんな時だけ彼は鋭いのか……。


「ミヤカの身体のことって、俺は知らないぞ」

「王子……」

「とてつもなく、嫌な予感がするんだが、どういう意味か教えろよ。ミヤカ」

「別に、大したことではないよ」 

「たいしたことないのなら、ちゃんと話したらどうだ?」


(ああ言えば、こう言う……)


 リカルトは、どうしてもそれを知りたいらしい。


「ルーセン。白状しろ!」

「うっ……」


 ミヤカでは埒が明かないと感じたのだろう。

 魔術を発動させる隙を与えずに、一瞬でルーセンを取り抑えたリカルトは、ぎりぎりと腕に力を込めてその首を圧迫した。


「本当に気づいていないなんてな。なんて、馬鹿で鈍感な王子なんだ」

「なんだと?」

「ルーセン!」


 ミヤカの制止は、彼にとって何の効力もなかった。

 ルーセンは待っていたとばかりに、あっさりと告げる。


「どうして、この娘の言うことを鵜呑みにしているのか……。ルミア神国の巫女姫とは、カネリヤ山の噴火を鎮めて、人柱になることを指す。神珠は巫女姫の生命力を使って、未知なる力を発揮するのですよ。多大な力を使えば、当然、命と引き換えとなる」

「人……柱? カネリヤ山の…………?」

「ちょっと、ルーセン、人柱は大げさだよ。死なないって、巫女姫も言っているんだから」

『そうよ。危なくなったら、神珠から手を放せばいいのよ。いいわね?』

「イリア!?」


 突然、介入してきたイリアに、ミヤカは目を剥いた。

 だが、巫女姫の乱入もリカルトにとっては、どうでも良いことだったらしい。

 あくまでも、彼がこだわっているのは、衝撃的な言葉の方であった。


「…………て、安全もなにもねえだろ! ものすごく危険なことじゃないか!?」


(まずい……)


 リカルトが怒っている。

 彼の全身から湯気が出ているような幻覚まで見えてしまった。

 そういう重要なことを知らされていなかったことに、腹を立てているのだ。


「……えーっと、今の話から察するに、ミヤカちゃんが神珠を使うと、生命が削られるって、そういうこ……」

「中止だ。今すぐ!!」


 皆まで聞かずに、リカルトはルーセンを乱暴に放り投げて、ミヤカの方にずかずかとやって来た。

 逃すまいと、がっしりと手を掴む。


「とにかく、場所自体はここだって分かったんだ。ここの更に地下ってことだろう? 今日のところは引き上げよう。またここに来る手は考える!」

「ちょっ、ちょっ……ちょっと?」


 リカルトはこのまま、みんなを放置したまま、本気で退場するつもりのようだった。


「王子……。さすがに、これは不味いよ」

「うるせえ」


 心構えもないままに睨まれると、根が小心者のミヤカは萎縮してしまう。

 大股に前を歩いていたリカルトだったが、しかし……。


「そこで何をしている!?」


 雷のような怒声に、今度こそぴたりと足を止めたのだった。



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