第4章 ④
「ミヤカ、仕方ないだろう。腹括れよ。これしか手がないんだから」
そんなやりとりをリカルトと交わすのも、すでに数十回は越えていた。
「ミヤカちゃん。国王といえど、大教堂に勝手気ままに入るわけにはいかない。政教分離の世界だ。レ
ナートが頭を下げて頼んでくれたんだ。人の好意は真に受けるべきだろう?」
「ですが、ノエル様……」
「うるさい」
一蹴されてしまった。
言動は男のようなくせに、壮麗な真っ赤なドレスを難なく着こなし、白の羽扇子で涼しげに自分を煽っている。
(悪夢だ……)
ミヤカは、義替え部屋の扉から顔を覗かせただけで、外に出ることすらできなかった。
「この国は、リーラ教の一神教。分かっていますけどね」
「だったら、わたし達の苦労も分かるだろう。リーラ教のお偉方に、怪しまれないように、大教堂に入るには、何かの式典を行うことが一番だ。もし、ルミア神国関連のことと知ったら、烈火のごとく、怒り狂うに決まっている」
「それは……そうだと分かってはいるんです」
(よりにもよって、魔界の入口がリーラ教の総本山にあるなんて……)
総本山は、キアラド大教堂と言うらしい。
つい最近、ミヤカはその名を知ったばかりだった。
無知なことを情けなく感じたが、当然とも言える。
近所の教堂で、冠婚葬祭をすることはあっても、総本山に用のある人間なんて、そうはいないものだ。
(やけにお隣は、物々しいと思っていたけれど……)
大教堂は王城以上に、警備が行き届いていて、王族ですら許可なく入りこむことはできないのだという。
そこでレナートは、在位三周年の祝賀記念会をでっち上げることにした。
近しい人との親睦を深め、これからの決意を神前で行いたいのだと、レナートが熱く大教統に訴え、受理されたのだと、リカルトから熱く語って聞かされたのは、つい先日の話だつた。
(だからって……)
「……いくら何でも、やりすぎだよ」
リカルトは周囲とその情報を共有して、あっという間に対策を講じてしまう、生来の人たらしだ。
「ミヤカ、ここまで来て駄々をこねるな。お前が持ち込んできた問題だろう?」
「でも、そんな目立つ場所に、わざわざルミア神国の容姿そのまんまのわたしが行く必要ないと思う。いずれこの国を救うって言っているんだから、場所だけ確認してもらってね」
「いいから、一刻も早く救ってくれと言っているんだ。君の叔父上がわたし達の手の中にあるということを忘れてもらっちゃ困る」
「…………うっ」
現在、シモンはノエルの監視下にある。いわゆる人質だ。
ミヤカは相変わらず、シモンととは言葉を交わしていない。
シモンは、ミヤカのいない間に図書館にこもって調べものをしているようだったが、何を調べているのか、訊くにきけなかった。
(いっそ、巫女姫が自主的に出て来てくれたらいいんだけど……)
ルーセンの話に対して、事実の裏付けもできていない。
こんな状況で、魔界の入口を命懸けで封じるなんて、準備不足も甚だしい。
やはり、場所だけ確認してもらった方がいいのではないか……。
「……だけどね」
まず何より、一番辛いのが祝賀会だ。
ミヤカは泣きそうになりながら、愚痴った。
「この箒を持っている時点で、目立つことこの上ないんだよ」
もちろん、悪目立ちを避けるため、箒はぐるぐる布で包装し、所々リボンで装飾した。
今は、ただの長い派手な棒と化している。――が、それでも見た目変な物であることは、確かなのだ。
「ほーら、早く!」
「ひっ!」
しびれを切らしたノエルが部屋の隙間から、ミヤカを引っ張り出した。
高い踵の靴で、廊下の赤絨毯を踏んだミヤカはつんのめって転びそうになってしまった。
「おおっ、何だ。卑下することないじゃないか。我ながら、最高の出来だ!」
「わたしが……ですか?」
それは、ノエルの趣味だからだ。
彼女が用意したドレスは、清楚な青一色。
動きやすいよう、コルセットが入っていない分、体型がしっかり分かってしまう露出の多いものだった。特に肩は丸出しの状態だ。しかも、これだけでは質素だからと、裾の部分にふんだんに花の刺繍を求めたために、少女趣味そのもの、いや、まるで花嫁衣裳のようになってしまっている。
(かつらの準備もしてくれなかった……)
このままで似合うと言われてしまい、黒髪のままだ。
絶対に差別されることは必至だ。
(避けられるだけで済めば良いけど……)
ミヤカのみならず、リカルトまで嘲笑の対象になってしまうかもしれないのだ。
(…………逃げたい)
リカルトの鋭い視線が全身に突き刺さるようで痛い。
……こんなことなら、話すんじゃなかった。
猛烈に後悔したところで、今更のことだった。
「どうぞ? リカルト王子。嗤いたければ、嗤えばいい。はははっ」
「もう、お前が嗤ってるよな?」
「嗤うしかないでしょう……。こんな」
ミヤカは腕を組んで、胸元を隠している。
できれば寒々しい肩を隠したかったが、ここまで露出していると、手で覆うことすら難しかった。
涙ぐんだ目で、リカルトを見上げれば、リカルトはリカルトで、肩章のついた白いチュニックと、赤いマントを自然に着こなしている。いつも整えていない髪は、今日はきっかりと纏めていた。
さすが生粋の王子様は違う。
地味な格好でも風格があるのに、王子の正装をしっかり着ていると、同じ人間とは思えないくらい、華やかさが増していた。
「何だよ?」
「別に……」
「いいから、手を出せ」
「なぜ?」
「慣れない靴履いてるんだから、まず転ぶだろう?」
つまり、リカルトと手を繋げということなのか……。
(そんなことをしたら、心臓が止まってしまうよ……)
ミヤカは、素っ気なさを装って、前を歩くノエルにぴったりと着いた。
「大丈夫。わたしは、他の誰かと腕を組ませて頂くから」
「あいにく、わたしは無理だぞ。夫のレナートがいるからな。それに、普通、何処の誰かも知らない女をエスコートする男はいない。大人しくリカルトの言いなりになっておけ」
「姉さまの言う通りだ。面倒な女だな。そういう作法なんだから、諦めろ。早く手を出せ」
「…………なっ」
リカルトがふてくされた顔で、ミヤカの手を浚っていってしまった。
心の底から戸惑うミヤカの背中を、隣にいたノエルがばんと叩く。
「なあ、ミヤカちゃん。君ってさ、よく、そんなので結婚なんて大胆な提案を持ち出してきたよな。だいたい、本気でリカルトと結婚するつもりなら、こんな機会またとないじゃないか。この席で顔を売っておこうとか思わないのか?」
「売れるような顔でもないんですよ」
「ほう? 君は本気でそんなこと思っているのか? わたしはどうにもならない女の子を飾りたてて、貴族間の見せしめにするような趣味はない。君の素材が美しいと思ったから、こうしてじきじきに飾り立ててあげたんだ。リカルトだって、彼女は可愛いと思うだろう?」
「ぜんぜんっ」
「………………」
瞬殺だった。思わず礼を言いたいほど、素早い反応だった。
(分かっているけどね……)
こんなことで、ミヤカは動揺なんてしない。今更のことだ。
――けれど。
前を進むノエルが、衛兵と何かしら話している隙に、いきなりリカルトは強く手を握り返して来た。
「はっ!? ちょっ! 一体、何?」
「しーっ。静かにしろ」
よく分からない恫喝の仕方だ。
目的が分からないだけに、ミヤカは黙るしかない。
「あのなあ、ミヤカ。どうしたんだ。今の言葉なんて真に受けるなよな……。調子狂うだろうが? いつものように、突っ込んでこいよ」
「…………まったく、意味が分からないんだけど?」
本気で首を傾げるミヤカから視線を逸らしたリカルトは、どこの純情少年かと言わんばかりに、顔を赤く染めた。ミヤカにしか聞き取れないような声でぽつりと言う。
「さっきはノエル姉様がいたから、上手く言えなかったけど……。その……とてもよく似合っていると思う。可愛いよ。傷、跡が残らなくて良かったな」
リカルトは、先日毒を打たれたミヤカの腕まで、この短い時間で、しっかりと見ていたらしい。
いつもの鈍感さはどこに……。
(やっぱり、この人……怖い)
末恐ろしい、たらしぶりだ。
彼の天然人たらし術に、ミヤカだけは騙されてはいけないのだ。
…………誰にも優しい、リッカルド君。
むしろ、嫌われる立ち位置にいる方が楽なのだ。
変に期待すると、辛くなるだけだ。
それを、ミヤカは長年の経験で心得ているはずだった。
――なぜ、ミヤカは、リカルトに肝心なことを話さないのか?
ルーセンの問いの答えも、そこにある。
不安なことは、リカルトには話さない。
その方が後々がっかりせずに済む。
ミヤカの経験に裏打ちされた心の防御策にいちいちケチをつけてほしくなかった。
「とっ、ところで、リカルト王子! その祝賀会っていうのは、本当に身内だけなのかな?」
ミヤカは自らを奮い立たせて、わざと大きな声で、リカルトに問いかけた。
「ああ。大教堂のお偉方が退屈しない程度には、人を集めたようだ。まあ、ほぼ内輪向けの会だから、心配するな」
「それなら、良かった……」
いや、良くないだろう。
多分、彼の感覚はミヤカとは違う。言葉半分に聞いておいた方が無難そうだ。
「さあて、こんな厄介なこと、とっとと終わらせて、早く日常に戻らないとな」
「ああ、もちろん! 早く終わらせよう。とっととね!」
リカルトの手を強く掴みそうになっていたミヤカは、慌てて力を緩めた。
「行こう。王子!」
「何だよ。お前、変だぞ?」
いつも変な人間に何を言うのか……。
城に来て、二カ月と少し。
ミヤカは背筋を伸ばして、馬車に乗り込んだ。
一生、足を踏み入れる予定のなかった大教堂は、城の隣と言う割には遠く、鬱蒼とした森を抜けた更にその先の場所に、厳粛な雰囲気を漂わせながら存在していたのだった。




