第4章 ③
――カネリヤ山?
ミヤカはいても立ってもいられずに、身を乗り出した。
「……でも、おかしい! あの山は今まで、噴火したことなんてないはずです」
「神珠の力によって、千年以上押さえつけられているようですけど、古代にまでルミア神国の資料をさかのぼれば、噴火の事実は確認できます。その程度、想像もつかないなんて」
「確かに、筋は通っているけれど……。どうして、貴方はそんなことを、わたしに教えるんです? 何の得にもならないじゃないですか?」
まるで、ミヤカが資料を調べることを見越した上で、彼は助言者のように、ミヤカの知りたかったことを教えてくれているような気がする。
「それは、もちろん。…………腹が立ったからです」
「はっ?」
ルーセンは淡々と、的確に毒を吐いた。
「復讐だと言って、城まで乗り込んできたくせに、結婚なんて、口約束でどうとなることで手を打ち、何の関係もない毒の件にまで首を突っ込んだあげく、勝手に倒れてしまった。……愚かですよね。そこまでして、サンマレラの王家の何を信じているのか?」
「貴方は、サンマレラを憎んでいる……と?」
「憎んでいますよ。クラウト殿下以外はね。だから、陛下にもリカルト殿下にも毒を飲ませてみたかったのです。あの人たちは、少しくらい、苦しんだらいいんです」
やっぱり、個人的な恨みはあったらしい。
「今でこそ、だいぶ差別はなくなりましたが、ルミア神国の血を引いているというだけで、理不尽な目に遭うことは多々あります。貴方は特にその黒目と黒髪……。どんな目に遭うかくらいは、わたしにだって、想像つきます」
「学生時代は染めていたし、別に、そこまで酷くは……」
薄笑いを浮かべたら、ルーセンの鋭い眼光が飛んできて、ミヤカは息をのんだ。
「なぜ、リカルト王子に話さないのです?」
「別に死ぬと決まったわけでもないでしょう。少し体力を使う程度なら、たいして……」
「心配させたくない? あの頭の悪い王子を幼馴染というだけで、盲目的に信じているのなら、貴方は相当……馬鹿ですね」
ルーセンは、一体何をそんなにムキになっているのか。
(その頭の悪い王子に、いっそ捕えて突き出してやろうか……)
ミヤカが感情にまかせて、箒を握った瞬間…………。
「何が関係ないんだ。ミヤカ?」
「ひいっ!!」
嫌と言うほど、聞きえ覚えのある声がミヤカの背後で響いた。
振り返ると、今日も爽快なリカルトの笑顔がある。
(こんな人に、もしもの話をしたところで……ね?)
ルーセンには是非察して欲しいものだと思いつつ、ミヤカは、とっさにルーセンを隠すように両手を広げてみたのだったが……。
「お前、こんなの読んでいたのかよ?」
「げっ」
リカルトが手に取った本は、たった今までルーセンが読んでいた本だった。
――恋愛詩集。
そんな本が王族専用の図書館にあることが信じられない。
いや、それより何より、ルーセンは一体何処に行ってしまったのか?
「ちょっと待ってよ。わたしは……」
「ああ、それと、ルーセンが脱走したみたいでな。心配になって、見に来たんだけど、大丈夫そうだな」
「………ああ、そうだね」
ルーセンは、たった今まで、そこにいた。
その恋愛詩集を真剣に読んでいたのは、ルーセンである。
(腹立たしいけど、情報を教えてくれたっていうのもあるし、ここは黙っておくか……)
それにしても、ルーセンはどうやって逃げたのか?
(もしかして、ルーセンを手引きしている人間がいるってことなのでは……?)
ミヤカが物思いに沈んでいると、リカルトが肩を叩いた。
「なっ、何かな……?」
「それで、魔界の入口とやらの場所が分かったぞ」
「………………もう?」
「ああ。レナート兄様と調べたらすぐだった。でも、場所が厄介でな、そこに行き着くために、作戦を立ててみたんだけど、少しいいかな?」
良いも悪いもなかった。
その時すでに、彼らの間で、一方的に「神事」のお膳立ては出来上がっていたのだ。
◆◆◆
王宮図書館には、隠し部屋がある。
部屋の奥の一冊、本を傾けると、奥に通じている階段が現れる仕組みとなっているのだ。
いざとなった時の避難先らしいが、それを知っているのは、王子三人と妃のノエル以外いないはずだった。
「…………殿下」
ルーセンは暗い隠し部屋に入り、主の前に膝をついた。
「……どうだった?」
「どうもこうも、聞こえていたのでは? ここの声は届かなくとも、外での話し声は聞こえるようになっているのでしょう」
「察しがいいね。だから、僕はお前を手放せないんだよ」
クラウトは、狭い部屋の小さな椅子にもたれかかっていた。
顔色は悪いが、声に張りがある。今日は調子も良さそうだった。
「お前が茶を毒にすり替えたと知った時は、裏切りかと思ったけど、かえって、これで良かったのかもしれないね。……どう? お前も目的を達成できそうかい?」
「ご協力感謝いたします。わたしの方も試し甲斐がありそうで、何よりです」
「ミヤカさんもねえ。同級生がリカルトだったというのが、最大の悲劇だよね。リカルトは、こちらをイラつかせる天才だからね。追い詰めて、苛めたくなるのは仕方ない」
「しかし、彼女はそれを恥じている。損な性格だということは、伝わってきましたね。そうでしょう? シモン殿」
狭い空間で棚に寄りかかっていた茶髪の大男シモンは、腕を組んでうなだれた。
「…………貴方たちとは、まったく合わないと思っていましたし、ミヤカを傷つけたことは許せませんが、今回のことには感謝しますよ」
「リカルトに言えば一発なのに、貴方もルーセンに似て、回りくどい手を使うね?」
「仕方ないでしょう。リカルト王子や陛下に言えないよう、ミヤカが眠っているわたしに暗示を掛けたんです。だから、こんな手を使わざるを得なかった。一体誰に似たのか……」
「素晴らしく、貴方に似ているじゃないの。でも、こうなったら、最後の手に賭けるしかないよね。魔界の入口は大教堂の地下だ。城内に関しては警備も徹底をしてるし、神事当日を狙った方が効率が良いかもしれないよ」
クラウトの左肩で緩く結わった金髪が、燭台の灯に淡く輝いている。
「貴方の妙案は、ありがたく受け取るが、それで、貴方に何の得が?」
「得ね……。さすが血縁だ。貴方も、ミヤカさんと同じようなことを、訊くんだね?」
クラウトは咳を一つ零してから、意地の悪い笑みを浮かべた。
「……僕は、ただ楽しみたいだけさ。病人は退屈なんだよ」




