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救国の条件  作者: 森戸玲有
第3章
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第3章 ④

「今夜こそ、ちゃんと話してもらいたいんですけど?」


 ――リカルトが去っていった後。

 夜中になって、ノエルから解放されて、ようやく様子をうかがいに来た叔父=巫女姫イリアに、ミヤカは開口一番、そう尋ねた。

 リカルトにすべてを話してしまったということは、国王にもすべてが知れるということだ。この件が解決するのも時間の問題ということになる。

 かつて神殿のあった場所など、サンマレラ王家の力を持ってすれば、すぐさま分かるだろう。ミヤカは、速やかに巫女姫の役目とやらを果たすことになる。


(王家の中にも、水面下で何かが起きているようだし、このまま、のらりくらりというわけにはいかないよ)


 ミヤカは、腹を括って寝床から上体を起こし、箒を引き寄せた。


「……昨夜、今回のことは命懸けになるのではないかと聞いた時、上手くはぐらかされたけど、実際そうなんじゃないの? イリア」

「そっ、そんなはずはないだろう!」


 しかし、イリアは現れなかった。

 おろおろしているのは、シモンだ。


「お前は魔界の入口とやらを封じる代わりに、神珠の力を使うことができる。それだけだ」

「叔父さん……。そんな都合の良い話ないよ。そもそも、神珠の力が常時あったのなら、ルミア神国自体、滅びるはずないでしょう?」

「それは……」


 決定的な一言だった。

 続く言葉を詰まらせたシモンは、刹那の静寂の後で、肩を震わせ笑い始めた。


『…………そう……よね。普通、気づくわよね』


 ゆっくりと顔を上げた時には、イリアになっていた。


『実はわたし、四百年前、神事の際に命を落とした巫女姫なのよね。別に捧げるつもりはなかったんだけど、気付いたら、肉体がなくなっていたって感じ。まあ、たまには、こういう事故もある……と』

「たまに……ね」


 そんな事故が頻繁に起きていたら、たまったものじゃない。


「つまり、その入口とやらを塞ぐだけで、命を落とす可能性があるってことだよね?」

『大丈夫。普通は死なないわよ。四百年に一度、封じる儀式を行うために、その間の巫女姫が神珠に少しずつ生命力を注いでいるんだから。今回は空白期間があるから、長持ちはしないかもしれないけど、封じること自体は、出来るはずだわ』

「そうじゃないでしょう。イリア?」


 彼女は、明らかに嘘をついている。


「神珠の力を引き出す度に、わたしの寿命も減っているってことだよね?」

『生命力を取っているわけじゃないわ』

「…………だったら?」

『ほんの少し、巫女姫の体力を吸っているだけよ』

「同じ類だと思うけど?」


 どちらにしても、危険なことには変わりない。


(もっと、早く言ってよ……)


 ここに至るまで、無遠慮に使いまくってしまったではないか……。


「どう考えても、危険だよね。ルミア神国が滅んで、巫女姫がいなくなってしまった空白の三百年の間、誰も神珠に生命力を注いでいないんだから……」

『危険だと察知したら、力を吸い取られる前に、神珠から手を離せばいいわ。それでも、無理だと言うのなら、このまま逃げてしまってもいいと思う』

「この期に及んで、何を…………」


 最初から、予兆はあった。

 それでも、リカルトと再会することを選んだのは、ミヤカ自身だ。

 疑問を覚えつつも、食い下がって、詳細を聞こうとしなかったのは、彼と過ごす漫然とした日々を、心のどこかで惜しんでいたからだ。

 結局、先に進むことを選んだのも、ミヤカ自身なのだから、この時期に逃げ出すことなんて、できるはずもない。

 分かっているからこそ、巫女姫が忌々しかった。


「何だとーー!? 聞いたぞ! イリアっ、今の話は本当なのか!?」

「えっ、叔父さん?」


 突如、出てきた途端、シモンは椅子を蹴っ飛ばして立ち上がった。


「生命力を奪う? どうしてそんな恐ろしいことを、やらなければならないんだ!? わたしは聞いてないぞ。そんな誰の得にもならないことを……あんまりじゃないか!」

「あのー。……叔父さん。生命力じゃなくて、体力らしいよ」

「どっちも一緒だろう。さあ、逃げよう。ミヤカ! そんな物騒なことをさせてたまるか!」


 シモンは強引に、ミヤカの手を掴んで引っ張り、無理やり立たせようとする。


(あれだけ、ルミア神国の再興を訴えていたのに……?)


 しかし、ミヤカが本気の抵抗を試みる前に、シモンの手はそっと離れた。


「……えっ?」

『馬鹿ね。神珠の力を使わずに、外にいる衛兵をどうにかできると思っているのかしら?』


 まったく慌ただしい。

 イリアが再び現れたのだ。

 登場した途端、髪を整えたイリアは、ミヤカの前の椅子に座り直し、足を組み直した。


『きゃんきゃん、うるさいんで、貴方の叔父様には眠ってもらうことにしたわ』

「便利だね。そんなことが出来るなんて。出来たら、最初からやってほしかったもんだね」

『今、ちょっと、やってみたら、できたのよ。新たな発見だわ』

「あっ、そう」


 どこまでが本当で嘘なのか、てんで読めない巫女姫イリアは、いつもながら大仰な仕草で額に手を当てた。


『まったく、ひどいわよねえ。貴方の叔父様。何の得にもならないって……。まるで、四百年前のわたしが無駄死にしたみたいじゃないの?』

「……基本的に叔父さんは自分のことしか考えていないからね」

『一つも得にならないわけではないのよ。少しはいいことだってあるんだから……』


 それは、どうだろう。

 並みはずれた期間限定の能力と、ミヤカの私的都合以外、何も思い当たらない。



「……つまり、国を救うことが自分の喜びに繋がるように、暗示をかけろ……とか?」

「もう! 違うわよ」

「そう……。じゃあ、どうでもいいや」

『はっ? ちょっと、どうして、そこであっさり退くの!? 当ててきたらどうなの?』

「別に、いいよ。いいことって、叔父さんが言った場合、経験上、全然たいしたことないのが大方だから」

『あなたって子はねえ』


 ミヤカの暗い子供時代を想像したのだろう、イリアがおもいっきり眉根を寄せた。


『……仕方ないから、ヒントなしで教えてあげる』

「だから、いいのに……」

『うっさいわね!』


 イリアは一喝すると、もったいつけた過剰な演出で、ミヤカの耳元でささやいた。


『神珠を使うと…………たった一つだけ、願い事が叶うのよ』

「へえ……。それは……また」


 ミヤカはげんなりしつつ、適当に頷いた。


「すごい……ね。びっくりだよ」

「本当に、そんなこと思ってもいないんでしょう?」

「ははははっ」


(どうせ、あるかないかの、ささやかな願いしか叶いやしないんでしょうよ)


 あえて、指摘はしなかったものの、ミヤカの気持ちは冷めきっていた。

 馬鹿馬鹿しい。 

 本当に大それた願いが叶うのなら、イリアが神事で死ぬはずがないではないか……。


『もしも、願いが叶うのなら、ミヤカはリカルト王子のことを願うの?』

「……どうして、そうなるのかな?」

『リカルト王子のこと、好きなんでしょう?』


 イリアの質問は、あまりにも真っ直ぐで、ミヤカが動揺する隙もなかった。


「どうだろう……」


 ミヤカは長い沈黙の後、ようやく答えを言葉にひねり出した。


「……残念だけど、貴方の想像しているのとは、だいぶ違うと思うな」

『何よ? どう違うって言うのよ?』


 イリアが純粋な眼差しをミヤカに向けている。


「それは…………昔からの悪縁みたいなものだから」


 今日のミヤカは、どうも口が軽いようだった。

 優しく聞かれてしまうと、リカルトとの長くて、因縁じみた六年にも及ぶ学園生活の思い出話を語らずにはいられなかった。

 きっと、黙っていられなかったのは、傷の熱に浮かされているせいだろう。


(あの……ルーセンとかいう、おっさんのせいだ) 


 勝手に魔術師のせいにしたものの、翌朝、話してしまったことを後悔する自分が目に浮かぶようで、それでも話さずにいられない自分に呆れていた。



 ◆◆◆


(さすがに、疲労困憊だわ……)


 しばらく、ミヤカと話をしていたイリアは、彼女が眠ったことを見届けてから、部屋を出た。

 生者の肉体を使って喋ることは、力を酷使する。

 しかも、神珠の力は三百年間の空白で明らかに減っているのだ。

 巫女姫の存在も希薄で、長い時間、表に出ることも出来やしない。

 意識が遠のいていきそうな脱力感は、貧血で卒倒する前の感覚と酷似していた。


 死んでいるのに、体がだるいなんて、笑えてしまう。


(でも、こういう時こそ頑張らないと……ね)


 廊下に出たイリアは、遠巻きに自分を眺めている衛兵たちに、にこやかな笑顔を振りまいた。

 愛想笑いもまた、王家の血筋の者として、生きていくために必要な技であった。


(そうよ。私は王女……)


 …………かつて、イリアは王家の姫君だった。


 ミヤカに召喚されて出てきた当初は、記憶も曖昧(あいまい)だったが、日にちが経つにつれ、すべては言えないものの、徐々に昔の自分を思い出しつつある。

 最初、自分が四百年の節目に召喚されたのは、この儀式のためだからだと思った。


(それが当たり前の世界だったから……)


 ルミア神国では、巫女となった姫が国のために人柱となることは、当然の責務であった。

 生き残る確率の方が高かったが、もしも、命を喪うことがあっても、それは名誉なこととして、神として祀らわれた。


 ――でも、その国は、もう何処にもない。


(……ミヤカは、深窓の姫君じゃないわ)


 かつてのイリアのように、稀有な存在として、国民の尊崇を集めているわけでもない。

 むしろ、その逆で、家は貧しく、子供の頃からずっと、苛められて育ったらしい。


 ――初恋の相手と会いたい。


 長い年月の中で、すっかり心根がひねくれてしまった彼女は、決してそうとは認めなかったが、ただ、それだけのために、イリアの誘いに乗って城までやって来た。


 少しくらい報われてもいいのではないだろうか?


『……シモン、何とかしてあげたら?』


 イリアは、この体の本体であるシモンの意識の変化を敏感に悟っていた。

 単純な思考など、念を押すまでもなく、理解することができる。

 どうせ、この男も、たった一人しかいない身内が可愛くて仕方ないのだ。


『何か打つ手があるんじゃないの?』


 少しでも、ミヤカが救われるのなら、企みに乗ってみるのも悪くはない。

 どちらにしても、あの神珠は長く持たないのだ。

 たとえ、ミヤカが役目を果たしたとしても、将来的に対策は必要となってくる。


(さもなければ、この国は滅びてしまうわよ……)


 ルミア神国に、神珠以外の方策はなかったのだから、今後、サンマレラ王国が代替案を考える必要があるのだ。


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