プロローグ
『おめでとう! 今から、貴方が巫女姫よ!!』
「はい?」
怪しい獣の人形に、精巧にできた人体模型と、穂がばさばさになった古ぼけた箒。古本の山の中を、潜って僅かな差し込む光が、室内に舞っている埃をきらきらと輝かせていた。
店の外は、穏やかな秋晴れだ。
ミヤカの日常は、今日も平穏に流れるはずだった。
(……まったく、どうして、こんなことに?)
魔法陣から現れた女性は、蠱惑的な微笑を浮かべて、寒い拍手を続けている。
露出の高い純白のドレス姿の完璧な美貌の女性は、しかし、足がなかった。
身体も透けていて、ふわふわと浮いている。
……要するに、彼女は生きた人間ではないのだ。
(厄介な人を、呼び出しちゃったな……)
古書店を営む叔父が最近手に入れた魔術書の内容で召喚術を実践して欲しいと頼んできたので、お小遣い目当てに試したところ、やけに威勢の良い幽霊を呼び出してしまったのだ。
『わたしは、貴方の先輩の巫女姫、イリアよ。よろしくね』
「よろしくって……何が?」
「素晴らしいっ!!」
部屋一帯に響き渡る大声を、ミヤカの背後で発したのは叔父のシモンだった。
「お前がルミア神国の王家の末裔として、サンマレラ王国を滅ぼす時が訪れたのだろう!」
「…………いや、叔父さん、わたし、滅ぼすつもりなんて微塵もないし」
ルミア神国とは、現在のサンマレラ王国より一つ前の王朝だ。
ミヤカと叔父の姓は、ファーデラ。ファーデラ家は、三百年前までこの地にあったルミア神国の王族の末裔らしい。
シモンが言うには、国王の直系であり、やんごとない家柄なのだそうだ。
しかし、生前ミヤカの両親は、そんな話をまったく信じてはいなかった。
家庭は別段裕福でもなかったし、家系図とて残ってなかった。
身内も少ないので、確認の仕様がなく、今まで叔父の誇大妄想として、受け流していたのだが……。
「あの……。わたし、まだ巫女姫になるなんて言っていません。それに、お役目って?」
『ふふふ、そうなのよ。巫女姫には重大な仕事があるのよ。むしろ、それだけの存在っていうか……。でもね、そこの神珠の力を操ることができるのは、貴方だけなのよ……』
「…………はっ?」
――神珠?
聞き覚えのない単語に、ミヤカとシモンは同時に首を傾げて、目を丸くしたのだった。