風呂は極楽と彼は思った
「人間らしい」暮らしを否定してホームレスやっていた御影だがやっぱり未練という物はある。
その最たる物がーー風呂である。
「あ~~~~~~~~~」
そういうわけで門上御影入浴中であった。
実に二年ぶりの湯船である。
至福であった。
日本人の溺死率はかなり高い。
いわゆるシャワー圏の国々と比べるとめちゃくちゃ高い。
もう、原因が湯船に浸る習慣にあることは間違いないのだが――それでもいいってだけの魅力が湯船にはある。
これと競えるのは冬場のコタツだけだ。
「うんうん。お風呂いいよね~」
「みぎゃあっっ!?」
至福のお風呂タイムに唐突な乱入者である。
この前の金髪金眼の白人である。
「な、な、な……」
「あ、のぼせてないか見て来いっていわれてね」
そのままズカズカと入ってくる白人。
実にアメリカンである。
「うわあ……ガリガリじゃん」
ほっといて欲しい。
こちとら住所不定無職を2年もやっていたのである。
余分な肉などそげ落ちてしまった。
「おーし、とにかく上がるよ~」
「みぎゃあ!!」
門上御影。二十歳。
お姫様だっこされました。
* * *
「……二年ぶりの風呂が」
「まあ、また入れますから」
「いやー悪い悪い」
うう……二年ぶり、二年ぶりなんだぞ。
うう……。
「つーか、そこなんだねえ。お姫様だっこどうこうは無いのかい?」
「あー正直今更って言うか……」
身動きとれるようになるまでくうに色々されたから、というと白人はものすごい勢いでくうを振り返った。
「え? え? え? 色々って、え?」
「体拭いたりとかです!!」
くう、激おこである。
「仕方ないでしょう!! こっちだって人手足りないんです!!」
羞恥プレイにむしろくうがぶっきれた。
「私だってあんなことやりたくないのに!!」
顔真っ赤で涙目である
「「すいませんでした!!」」
土下座する男二人であった。
* * *
「改めまして――終焉世界エルードの主神リューイ・ディ・エンクだ」
「住所不定無職――門上御影です」
「狭小世界豊芦原が主神天照大神が眷属ヤタガラスのくうです」
「……鴉だったの!?」
御影、超びっくりである。
「ああ、くうちゃんは鴉だよ。かわいすぎる鴉として割とゆうめ――」
「リューイ様?」
「ハイ、スイマセン……」
鴉、つえーな……。
まあ、鴉だもんな。強いか。
「で、僕は神な訳だけど――多分こう言った方がわかりやすいかな?」
「はあ……」
「ここの払い、出してるの僕ね」
「神様!!」
御影速攻でひれ伏した。
これでひれ伏さずしてなににひれ伏すというのか。
お金だしてくれる人は神様なのだ。住所不定無職的に。
「で、君はここで五日ばかり過ごしてるわけだよね?」
「はい」
「つまり、僕に借りがあるわけだよね?」
「……はい」
「じゃ、ちょっと僕の世界で働いて貰えるかな?」
「……………………ついに俺の漁船デビューの時がきたのか」
来たのか。
働いたら負けと決めてはや二年。
ついに漁船デビューか……酔い止めだけは要求しておこう。
「「は?」」
しみじみと頷く俺にあっけにとられた二重唱。
くうもリューイもぽっかーんだった。
「違う……そうか」
「ものすごい悪い予感がするよ!?」
「ついに貞操を捨てる日が来たのか……」
「なろうだよ!? お月様でも夜想曲でもないんだからね!?」
「「??」」
最後のは分からなかったが……そうか違うのか。
正直これだけはイヤだったが……俺に拒否権はないのだろう。
「で、俺は誰を殺してくればいいんです?」
「もうやだこの子……」
リューイがぐったりと突っ伏した。
なにかおかしいことを言っただろうか?
「しかし、住所不定無職に回される仕事なんて3Kかエロか非合法と相場は…………なるほど」
「何がなるほどなのかな!?」
「切り落とすんだな? 俺の両手両足を」
3Kでもエロでも非合法でもない――ならば猟奇。
金に困った人間を生きたまま解体する様を見物するショーがあると聞いたことがある。
終焉世界エルード。恐ろしげな響きからしてそういう趣味の人が沢山いるのだろう。
よその世界から人を連れてきてまで――とはかなり流行っているのだろう。
異世界人ならではのリアクションが期待されていると見るべきか。
「任せてください。がんばって良い悲鳴上げてみせる!!」
「俺の世界を侮辱するなああああああ!!!」
リューイ、なんかキレた。
御影の労働観が瀕死