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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第7部 静かな宇宙は悲しみでいっぱい
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銀河裁判

銀河規模の裁判が始まりました

 四の章


 太陽暦二千二百六十五年十一月十日、グリニッジ時刻08:35

 銀河の代表が集まるガルド第七惑星の大会議場で、異例の審議が執り行われることになった。


 異例というのは、審議参列者が多いために通常の法廷が使えず、ガルドで最大の大会議場が使われたこと。

 被告が銀河でも高位にある者……太陽系及び加盟連邦代表評議委員であり、銀河連盟常任委員長チャーリィ・オーエンと、太陽系連邦宇宙防衛庁長官及び全銀河宇宙艦隊総司令官近藤勇、であること。

 そして、審議の理由が、全宇宙を脅かし震え上がらせた敵を倒すために取られた手段であり、しかもその戦闘に勝利を収めていることの三点にあった。

 作戦は成功裏に終わったが、その手段があまりに非人道的であると評され、被告らには不利であった。




 被告二名が法廷の場に入場し、審議が始まった。ガルドの広大な大会議場の四方を埋め尽くすボックス席は全て満たされ、空席が一つもない。

 その気の遠くなるような数の参列者達の中、二人と親しく交際していた代表者達は、そっと残念そうな表情や手振りを示してきた。

 チャーリィは友人達のその表情を見て、状況が実に旨くない事が判った。



 議長は、古代ゼデルデのアンドロイドタイプロボットだった。賛否どちらの私情にも関せず、公正に裁断を下すためである。

 これだけでも、銀河の人々がどれ程の関心を込めてこれに臨んでいるかが判るというもの。

 決裁の九十八%は、参議者による投票で決まる。

 まず、原告側が、二被告の審議理由である罪状を述べた。


 フッ素呼吸のアルファン人の彼は、個人的にはチャーリィ・オーエンの友人であったので、自分の感情を交えずに冷静に罪状を並べ論じていくには努力が要った。

 だが、アルファン人の人々は幼生達を神のように何よりも大切に尊んじているので、チャーリィ達の行為は許せなかったのである。


 次にグロログ人が、水棲人が、………と、次々に代表者達が立って、二人の罪の恐ろしさ、重大さを申し述べていった。太陽系連盟代表の地球人までも、二人を告訴したのである。



 彼らのほとんどが既に子を持つ親であったので、誰もがそれに同意した。各代表者の手には、悲しみに胸張り裂ける思いでしたためた嘆願書や怒りと憎しみに燃える誹謗の書が山積になっているのである。

 更に、彼ら議員達の中でさえ、『人でなし部隊』によって自分の子供や幼生達を奪われた者達も少なくなかったのだ。


 彼らはチャーリィと勇が代表する全銀河宇宙艦隊を憎悪していた。

 状況は、チャーリィ達にとって、完全に不利であった。




 次いで、チャーリィが弁護のために立った。

 冷たい非難を込めた視線と、更に冷ややかな固い意志を乗せた空気が、彼を押し包んだ。

 銀河種族加盟世界六十万と、その代表参列者七万人の非難と憎悪である。


 さすがのチャーリィも身体が強張り青ざめた。一瞬、声が出ず、ちらっと被告席に座る友、近藤勇を見た。

 規定通りの軍服に身を包む彼は、がっしりとした体を深く落ち着け、その表情は静かで泰然としていた。並外れた図太い彼の神経が、今日は実に頼もしく感じる。



 チャーリィは一つ深く息を吸って、心を静めた。仕立ての良いスマートな公用ツイードスーツを纏った男らしく均衡の取れた彼の身体に、自ずと適度な緊張が行き渡り、張りが生まれる。


 両足を心持ち開き、腕を軽く後ろに組んで、ずらりと居並ぶ審判者達を見上げた。

 切れ長で緑灰色の両眼が鋭利な刃物に似た鋭さを帯び、彼の政敵からは傲慢な自信と言われる不敵な笑みを口端に浮かべる。


 深いバリトンが会議場を満たした。


「私達を裁こうと言う諸君の意見と意志は良く拝聴させてもらった。では、次に私の意見を聞いて欲しい。私は、自分の為した判断と決断が間違いであったとは、一度も考えていないし、これからもそうである。私は、唯一の正しい選択を行ったに過ぎない。だから、私は、自分を弁護しようとは思わない。私は、ただ、諸君に事実を伝えるのだ」


 しんと冷たく静まり返った七万の人々。彼は一呼吸、息を置くと、揺るぎないバリトンで続けた。


「今回の事件が極めて異例なもので在る事は、諸君も同意するであろう。そして、そればかりか、極めて深刻なものであった。その危機は、諸君の大部分が考える以上に深刻であったのだ。あの恐るべき肉霧『ゾエラ』は、必ずや近い将来に、しかも、余り時間をかけずに、この銀河の全ての命を喰らい果たしただろう。そして、我々が積み重ねてきた全ての努力も失われ、世界は死に絶え、不毛の世にと変わったであろう。

 我々は、何としてもその前に、それを防がねばならなかった。手段として、銀河中の子供達を捕らえ、結果的に殺害したが、私はこれを犠牲とは思わない。なぜなら、子供達は、全て、一人として例外なく、それらは既に、諸君達の知る者達ではなかったからだ。形を保つもの、そうでないもの、全てみな等しく、あの忌むべき『ゾエラ』の芽を胎内に育てていたからだ」


 チャーリィは言葉を切り、列席している人々を睨みまわした。


「諸君達は、今でも、あの子供達の中で、本当にまともな子供が一人でもいたと考えておられるのか? まさか、自分の子供は大丈夫だなどど思っておられるわけではあるまい? 真実は常に苦い味を持つ。だが、それでも、あの子供達の中にその運命を免れ得た者がいると考えるほど、楽観的な者はここにはいまい。そんな者は愚かであるばかりか、真理を理解することを拒む頑迷な狂人と変わりがない。そのようなやからに、私を裁く資格など、はなからありはしない」


 会場を取り巻く審査席がざわざわとざわめいた。チャーリィの語調は静かだったが、その裏に火のような激しさが込められていたからだ。彼は公然と列席する彼らを侮辱したようなものだった。


「私はあらゆる方策を検討したが、私には唯一その手段しか残らなかった。諸君の中で、他のもっとより良い策があったのなら、私はおとなしくここを降り、諸君の裁きに委ねよう」


 あからさまな挑戦を受けて、会議場は一斉にざわついた。

 居並ぶ各世界の代表達は、次々と発言を求めた。激怒した口調で、或いは冷徹な計算的な態度で、または、嫌悪を隠しもせずにまくしたてた。


 或る者は、慈悲深い優しげな口調で、その言葉の裏に千もの鋭い針を秘めて、私ならこうしたのだがね、と語りかけてきた。だが、チャーリィは、その弱点を看破しぼろ屑に切り裂いた。

 深い塩素の霧の中から提案された案は、その大気同様に不明瞭で非現実的だった。

 猛々しい種族の意見は、余りに多くを見落としていた。

 幾千もの案が出され、幾万もの非難が出たが、チャーリィの策に匹敵するものはなかった。


「諸君、肉塊を叩くのも宜しい。恒星に投げ込むのも宜しい。だが、『ゾエラ』を、誰がどうやって、そこまで引き摺っていくのか?」


 説得力のあるバリトンが会場を鋭く貫いた。チャーリィは苛立ち始めていた。


「全てが終わったあと、安全な座の上に安楽して大騒ぎをしている諸君! 我々が真の危機にあった時、諸君の内の何人が強大な敵と面と向かって闘おうと立ち上がったのか? 『ゾエラ』と闘ったのは、諸君らではない。ここにいる男とその部下達だ。彼らは命を懸けて闘ったのだ。当然、称賛されて然るべきなのに、何故、彼がここに居るのだ?」


 近藤勇は立ち上がりかけた。

 チャーリィの弁舌にも係わらず、会場内の空気は、彼らに冷たいままだった。


 彼の論説を理解し、納得もしている。

 列席の審判員達が次々と出した案をことごとくチャーリィによって却下され、結局、彼が正しいと知るにつけても、それでもなお、彼らの憎悪と感情的な思惑は生け贄の羊を求めて止まなかったのだ。

 子供達を殺害した残酷で卑劣な策略家が罪を悔いつつ死して、初めて彼らは事件の完結を認めるのだ。それが、あらゆる種族の種族保存の本能に従う妥当な解決であり、宇宙中の嘆く母親達を満足させ得る結末だった。


 どうやっても動かすことのできない、その流れを感じたチャーリィはせめて勇とその部下達だけは救おうと、自らの立場がより悪化するのも承知で激しく攻撃し始めた。




 それに気づいた勇が彼を止めようと進み出た時、別の人物がチャーリィを止めた。


「そこまでだ。チャーリィ。君は喋りすぎたよ」


 会議場の全員が彼を見た。チャーリィと勇も振り返った。


 ライルだった。


 あの久し振りの再会以来、チャーリィは彼に会っていない。何処で何をしていたのか、動向の知れぬ友を……恋人を、チャーリィはまじまじと見つめた。


 側にいて欲しいと心から切に思う時は、いつもいない想い人。

 この絶望的な石頭どもの群れの中で、ライルはどうしようというのか?



 会議場はライルの出現に声を失い、水を打ったように静まり返った。

 次いで、激しい驚きを克服した彼らは、バリヌールのリザヌールへの歓迎の意を表明しようと躍起になった。

 その為に、古代アンドロイドの裁判官は、


「静粛に!」


 を十回も繰り返し、議席ボックスの電圧を少々上げねばならなかった。

 やっと場内が落ち着くと、ライルは裁判官に、被告の弁護を行いたいと申し出た。



 これは、並み居る審判人達にはショックなことだった。バリヌール人が子供の大量殺人者を、どんな理由にしろ、擁護しようとは……!

 弁護の許可を得たライルは、そんな彼らを見上げて言った。


「僕の見るところ、諸君達は、まだ、事の真の恐ろしさを理解していないようだ」


 彼は大会議場の中空に、巨大なホログラフィーを現出させた。それは、見知らぬ遠い銀河の一つだった。



 映像はその世界の個々の惑星へと移り、その細部を描き出した。形容を絶する生物達がそこに生活していたが、そこで起こりつつある一連の出来事は、種族を超えて、なお、それを眺める彼らにも明白であった。

 時間がホログラフィーの中で経過して行き、やがて誰もが憂い恐怖した状態になった。だが、そこで終わらず、事態はさらに先へ進む。



 今や、星々の間を満たすほど巨大に成長した『ゾエラ』は、銀河そのものを満たし始めていた。

 惑星に芽吹いた様々な多くの命が全て失われ、岩と氷とガスの巨大な塊だけが恒星を巡る。そこには、もはや二度と新たな命は生み出されることはなかった。


 完全に死に絶えた惑星と、星だけがそこにあった。銀河中に『ゾエラ』が満ち、星々は軌道を乱されることも、汚されることもなく、永遠に秩序を保ち、定められたままに廻っていた。



 その時、恐怖に痺れたように声もなく見ていた人々から、叫びが生じた。

 『ゾエラ』が動き出したのだ。巨大な触手を、銀河間の虚無へと伸ばし始めた。


 その先に遠く、一つの銀河が輝いていた。『ゾエラ』を生んだ銀河が属する銀河集団の一つかもしれない。

 『ゾエラ』の肉霧体が薄く細く伸びていく。

 途方もない時間が流れていった。


 『ゾエラ』は一本の糸のようにまで伸ばされた。

 そして、先端から消えていく。すうっと糸の先から、空間の折り目へと入っていくように。


 場面が転換した。


 球体に近い渦状の銀河を望んでいると解った。視点がその銀河に近づく。その速度を考えると、眩暈がするような接近だった。

 銀河の全景が捉えられなくなる。

 視点はさらに近づいていき、銀河の渦状部の一部を覗くに至った。


 呻きや恐怖の叫びが会議場をおおった。彼らはそこで、見たのである。

 銀河大の『ゾエラ』が、情け容赦なくそこの生命いのちを喰らっている様を。


 銀河の外縁部に現れた『ゾエラ』は、巨大な肉霧で、犠牲となった銀河をひたひたと押し包むようにして襲いかかっていた。

 その銀河で生まれ、長い年月と努力を重ねて生命を築き上げてきた生物達にとって、『ゾエラ』の襲撃は突然だったに違いない。


 彼らに救いは何もなかった。

『ゾエラ』は銀河の中へと入り込んでいく。



 人々は脅え震え上がった眼で、絶望的な銀河を見続けた。


 突如、銀河が崩壊した。

 壮絶な収縮と凝縮が始まった。


 ざっと計算するのも恐ろしい速度で、『ゾエラ』諸共、銀河は爆縮していく。星は光年の距離を分単位で進み、殺人的な光輝を発して凝縮していく中心部に近づくにつれ、累乗的に加速された。

 この巨大な重力の集中に、『ゾエラ』が逃れることは不可能だった。たちまち、引き込まれ、圧縮され、分解していく。

 後は、超カタストロフィーしかなかった。


 一つの銀河であったものが、一点に集約され、そして、一挙に崩壊した。

 爆発などと言う言葉ではあまりにも不十分なカタストロフィー。

 壮大な重力の衝撃は空間を揺り動かし、次の瞬間、それは、ふっと消滅した。


 だが、吸収したエネルギーは多層重積空間が消化するにも巨大すぎた。

 空間は、吸収し、次の呼吸でそれを吐き出した。

 放出されたエネルギーが、再び新たな銀河を形成するには、これからまだまだ気の遠くなるような時間の経過が必要となる。



 この凄まじいカタストロフィーが、その銀河の知性体の手による死に物狂いの自殺であることは明らかだった。

 彼らは絶望的な敵に対し、自らの銀河を道連れにその侵攻を止めたのだ。それがどんな生物で、どのような手段を用いてそれを成し遂げたのかは、ホログラフィーを見る限りでは解らない。



 だが、その凄絶な最期に、人々は衝撃を受け言葉も出なかった。しんと死のような沈黙が広がる中、バリヌール人が口を開いた。


「諸君、この映像は、遥か過去に存在した実在のものだ。銀河を離れ、障害のない虚空の間で、これを集積し、再構成したものである。光や波動が希薄に拡散し消滅してしまう前に、これを捉える事ができて幸いだった。我々の銀河から三MPC(約九百九十万光年)離れた地点でさえも、二千万年過去の光が届く小規模の不規則銀河集団で起こった事件だ。そして、今、我々の銀河でも、まさにこれと同じ事が始まろうとしていたのだ」


 静まり返った大会議場に、ライルの甘やかなテノールが淡々と響く。


 彼が示した距離も時間も、既に理解の範疇を超えていた。どうやってそれらの情報を集めたかに至っては論外であった。



 彼はビッグバンのホログラフィーを消し、替わりに複雑なグラフを映し出した。非常に良く似た曲線を示す二つのグラフ。


「これが、かつての事件の経過を示すグラフ」


 片方のグラフが青く光る。


「こちらが、我々の銀河のもの」


 赤く輝く。

 会場に大きなどよめきが生じた。


「両者の類似性は明白だ。そして、これが『胚芽』――即ち、成長途中の未発達な個体を媒体とした肉霧体の発生と増加率。良く見たまえ」


 二つのグラフの中に、黄色の点が灯る。それが線を描きつつ、初めは穏やかに、時が経つにつれ、凄まじい急カーブとなって、大会議場の遥か高所の天井へとせり上がっていった。

 同時に、肉霧塊『ゾエラ』に覆われた死の領域の緑が雨のようにグラフを満たしていく。


 続いて、数字が矢継ぎ早に現れた。

 増加率加速度。

 汚染域増加率。

 子供の数と発生及び汚染域の相関係数。


 そして、最後に、子供から『ゾエラ』へと変化する確率。

『100%』

 この数字が、会場の空間を大きく占めた。


「『胚芽』を刈り集め、始末した方法は正しい」


 大会議場の人々は、バリヌールのリザヌールが『子供達』と言わなかった事実に気付いた。ライルが静かに続ける。


「諸君の非難や怒りは、全く無意味であるばかりか、極めて非論理的であり、不当である。それよりも、自分達の足もとにもっと配慮すべきであろう。彼等が刈り残した『胚芽』達、その後に産まれた未熟な個体達はどうなったのか。銀河は広い。我々の全く知らぬところでも、『胚芽』は育っているだろう」


 会場の至る所から、恐怖の叫びが起こった。激しい混乱とパニックが、広いガルドの大会議場を揺るがし、収まりそうもなかった。


 遂に、裁判官は十時間の休廷を申し渡した。代表者達は先を争って、母星と連絡を取るために走りでていく。

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