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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第7部 静かな宇宙は悲しみでいっぱい
96/109

『ゾエラ』

 二の章


 銀河のあちこちで、恐るべき種子が芽吹きつつあった。

 例えば、レギュラス星の第四惑星のごく平凡な構成単位の中で始まった。

 例えば、ガルド帝国の一惑星上の地方職員の家庭で起こり始めていた。

 例えば、グロログ星の冷たい水の中の気泡の中で始まった。

 例えば、メタンを呼吸するイェララル人の幼生ホームで始まった。

 例えば、地球の日本ののどかな片田舎で始まった。


 小さな畑に続く木立ちに囲まれた平屋の庭先で、ボールを蹴って遊んでいた四才の男の子が突然、理由も無しに暴れだした。目は正気を失い、狂暴にぎらついていた。手当たり次第に破壊して回る。

 弟が可愛がっていた子猫の首を絞め、だらんと伸びたところを地面に叩き付ける。弟がそれを見て泣き出すと、その弟を力一杯殴りつけた。

 母親が慌てて中に入り、弟を抱きかかえて兄の攻撃から庇う。その母親に殴りかかろうとした時、急に激しく嘔吐を始め、ぐったりと意識を失った。


 子供の急変に驚いた母親は、急いで医者に診せた。診た医者も首を傾げる。どこにも異常が見られないのだ。

 念のため、脳ICスキャンにも掛けてみるが、性格の急変を裏付ける腫瘍も血栓も脳の萎縮も見当たらなかった。

 医者は精神科に診せるよう勧めた。

 意識が戻った時には、普段と変わらぬ元気な優しい子供に戻っていた。しかし、暴れていた時の記憶は抜け落ちている。尋常な出来事ではなかった。

 精神科の医師も、首を傾げた。


 それ以来、時折、性格が急変して凶暴になる。しかも、回数が増すごとに、間隔も短くなり、凶暴性もひどくなった。

 親は狂暴化した我が子を恐れた。それは、自分の子でなかった。何か、未知の忌まわしい化け物だった。

 それは、ぎらぎらと血に飢え、理性も知性も一かけらも残っていなかった。日に日に邪悪な物へと変化していく。母親が自分の命に脅威を覚え、ついにその子を見捨てた頃、弟も同じ発作を起こし始めた。


 それから、三日後、知人がその家を訪ねると、床一面の血溜りの中に、無残な両親の死体が転がっており、壁と言う壁には大量の血痕が付着していた。二人の子供の姿はなく、それ以後も洋として行方が判らなかった。

 そして、これは、終わりではなく、この先何年にも渡って続く惨劇の始まりだった。


***


 羊魚族のささやきの谷では、三番目の赤ん坊が産まれた。さっそく、谷中の村人達が集まってきてお祝いを口々に述べた。

 その赤ん坊は両親の長所を一身に集め、くるくるした白い巻き毛に包まれとても可愛い赤ん坊だったので、みんな誰もが喜び、誉めそやした。


 ところが、三つ目の赤い月が天頂に昇った時、村人達は赤ん坊の口が赤く裂けるのを見た。

 蹄を破って鋭い爪が伸び、黒い目が赤く充血してかっと見開いた。


「フゥー!」


 と、村人達をねめまわすと、産まれたての赤ん坊は開いた窓から外へ飛び出した。そのまま、二メートル下の地面に落ちて意識を失う。

 両親を始め、村人達は恐怖に震え上がった。羊魚族はとても迷信深かったので、これは悪魔の仕業と考え、早速、悪魔祓いの儀式を行うことにした。

 祭壇に赤々と聖火が焚かれ、その下にくだんの赤ん坊が置かれた。司祭は、赤子の魂を悪魔の手から助けて欲しいと祈った。


 すると、それまで眠っていた赤ん坊がむくりと起き上がり、司祭の首に噛み付いて引き千切ると、聖火を飛び越え、夜の闇に消えてしまった。

 パニックに陥った村人達が、やっと気を鎮めて辺りを見回すと、その場に参列していた子供達全ての姿が消えていることを知った。


***


 赤い太陽の孵化室の固い扉を、保育期のネネルらが開けた。今日は孵化日であった。四つの性を持つ赤肌の一見巨大な芋虫に似たネネルは、保育期になると乳房が乳で張り詰めるので、その時期を知るのである。

 六人のネネルは、期待でわくわくしながら中に入った。いつでも新しい子供達を迎えるのは嬉しいもの。

 だが、孵化室には、真新しい抜け殻が転がっているばかりで、可愛い十二人の子供の姿はなかった。うろたえたネネルらが代わりに見つけたものは、繭を守っている二匹のワタワタの朱に染まった死体だった。

 恐怖に駆られたネネルらが出口に殺到した時、恐ろしい唸り声を上げながら、信じられないほどに歪んだ子供達が天井から襲ってきた。


 ***


 ベガの夏、水泳プールは子供達の歓声であふれていた。ベガの夏は暑い。子供達にとって、水遊びはなによりも楽しい。子供を連れてきた親達は、一緒に子供と遊んだり、長椅子に寛いでお喋りを楽しんだりしていた。


 突然、一人の母親が悲鳴を上げた。腕の一つが肘半ばからもぎ取られ、緑の血が噴き出していた。その横に、その母親の子供が千切れた腕を両手に抱えて齧っていた。

 周りの者が愕然としているうちに、あちこちで悲鳴が上がり始め、戦慄すべき惨劇が始まった。

 プールで遊んでいたはずの全ての子供達が、六つの腕と鋭い牙で、大人たちを襲い始めたのである。子供達の中には、柔らかい頭皮を破って異様な角を伸ばしている者や、裸の背に巨大な口を開けていた者もいたと言う。



 大同小異の出来事が、銀河中の方々の世界で起こり始めていた。しかし、それは如何にも個人的であり、地域的だった。

 その国を脅かすほど広範な脅威となるには、余りに散在していた。

 銀河は広く、その異常な現象は多様に渡り、一つ一つに関連性をみつけることは考えられないことだった。その出来事に出くわした各世界の警察や司法機関や関係者達も、どうしたことだろうと首を捻るだけで、それを公共の議題に取り上げることさえしなかった。

 被害者の多くも、口を閉ざし、膝を抱いて、ひっそりと暗闇を恐れ慄き震えるだけだった。


 だから、銀河を恐慌に陥れる事になる魔の手は、闇に紛れて恐怖の種を植え付けながら、何年もの間、その手を煩わされることなく着実に準備を整えていくことができた。


 ***


 チャーリィ・オーエンは、この時、ブリリアント星の七つの星同盟の首都惑星を訪ねていた。銀河連盟の常任理事委員長の彼が、七つの星同盟の大統領の招きを受けて、しばし休暇を楽しむ為であった。

 銀河連盟常任委員長は銀河諸国が加盟する銀河連盟の委員会を束ねる職務。任期は4年で銀河連盟評議委員の中から選挙で選ばれる。現在加盟諸国は六十万、評議委員は百人。チャーリィ・オーエンは、六年前に常任委員長に選ばれ、現在2回目連投中だった。


 七つの星同盟の首都惑星ブリリアントールの首都ブリアランタ郊外。その贅沢な別荘のバルコニーで、湖畔から吹かれてくる心地よい涼風に身を任せ、チャーリィは大統領アルルアンとグラスを片手に歓談していた。

 歴史的な事柄や当節の流行まで話は多岐にわたり、尽きそうもない。アルルアンは、まこと、傑物で優れた政治家であった。


 ソル人に非常に近い容姿をもった種族のアルルアンは、かつてライルに心酔し、世間もはばからず情熱的に彼を追っかけ、銀河中の話題となる大スキャンダルを起こした。そのため、チャーリィは彼に激しい嫉妬をもったものだが、それでも公正な彼は、アルルアンたる人物を高く評価するにやぶさかではなかった。

 いや、ライルが認め、親しく交際したほどの人物。七つの星同盟を三十年も統治している男が、平凡な駄物なはずもない。同様に、アルルアンもまた、チャーリィというソル人を高く評価していた。

 当然、いつしか、二人は固い友情で結ばれるようになった。


「気に入った娘でもいたかな?」


 アルルアンが面白そうに声をかけてきた。湖畔で水遊びを楽しむ若い娘達をチャーリィが見ているのに気づいたのだ。

 彼のプレイボーイ振りは有名だった。四十になる彼がまだ妻帯していないのは、自由に遊びたい為だと言う噂がもっぱらだった。年を経て円熟味を増してきたチャーリィは厳しいポストを維持する強さと魅力的な人間味に溢れ、アルルアンの目から見ても男の色気を感じさせる。


 だが、アルルアンは本当の理由を知っている。それは、ある時期、彼の胸を焼き焦がしたものと同じものだった。

 アルルアンはやがて諦め、三人の妻との穏やかな生活に戻っていったが、それでも時々、あの美しい宝玉を想って、胸を妖しく騒がすことがある。


「あの、赤いセパレーツの娘」


 チャーリィが指した娘を見定める。栗色の髪の細身の娘だ。少し、面差しがライル・リザヌールに似ていなくもない。


「ふむ。なるほど。今夜のお相手は決まったな。君の誘いを断れるほど、冷たい心の女はいないだろう。今、行くか?」

「いや、やめとこう」


 グラスを口に運びながら、まだ女を見ていた。

 ああ……と、アルルアンは思った。彼はあの栗色の髪の娘を通して、別の者の事を考えているのだ。切ないほどに愛しい………。

 女遊びにうつつを抜かすこの端整な男は、実はいまだに、辛く切ない想いに身を焼いている。


 ずいぶんと長い。

 バリヌール人ライル・リザヌールが人々の前から姿を消して、もう十年になろうとしていた。彼は何処にいるのだろうか。


 彼の姿を見たと言う者は、銀河連盟の範疇はんちゅうにはいない。彼は未知の世界を旅しているのだろう。その飽く無き知識欲のおもむくままに。

 今では、銀河を離れ別の島宇宙に行ってしまったのではないか、とすら言われていた。


 チャーリィが溜め息をついて、グラスを傾けた。それで、彼も同じ事を考えていたと知れる。

 苦しい恋だった。

 決して報われることのない想い。

 それは、夜空に輝く星に恋するようなものなのだから。

 それでも、この男はそれを捨てようとはしない。

 できないのだ。それほどに、彼はかの者を愛しているのだ。


 突然、チャーリィが、がたん! と椅子の音を立てて立ち上がった。アルルアンは我に返って、目の前の男を見つめる。

 赤い髪はまだ艶々と、精悍な顔は年代の重みを加えていっそう引き締まり、鋭利な刃物と恐れられる眼は厳しく外を見つめていた。


 その視線の先を追って、彼もあっと立ち上がった。

 まだほんの小さな子供を、大人達が寄ってたかって打ちのめしている。その側に、母親らしい女が血だらけになって倒れていた。


 チャーリィは軽やかにバルコニーの手すりから身を躍らせる。早くも現場に駆け出していた。緊急事態に対する迅速さは、彼のアカデミー時代に培われたものだ。

 その手に愛用のニードル銃。レーザーを散開させて、威嚇射撃をする。


 大人たちの輪が広がった。その中心に絶命した子供。三才くらいだろうか。肉といわず骨といわず、ぐしゃぐしゃの塊に成り果てていた。それを取り囲む大人達の顔には、激しい恐怖が張り付いていた。

 母親のほうは何かに喉を噛み裂かれて死んでいる。

 チャーリィは、銃を構えたまま、加害者達を見回した。鋭く睨みつけられて、おどおどと怯んだ男達から、少し骨のありそうな男が出てきた。


「こいつは、化け物で……。母親を噛み殺したんです。そして、今度は、俺達を襲おうとしたんで……、やむを得なかったんで……」


 警察がやってきた。チャーリィは銃を納めると、検証を始めた警察にいくつか質問をした。そして、離れて様子をみていたアルルアンのほうへ戻る。

 ショックを受けている彼を促して、別荘へ引き上げた。

 背後に遠ざかる凄惨な一幕も知らず、湖畔は緑を湛え、いつものように穏やかに暮れかけていた。


「これで、何件目だ?」


 チャーリィは書斎に落ち着くと、いきなり訊いた。

 アルルアンは咳払いをして答えた。


「図らずも、君に目撃されてしまったのだ。隠すこともないだろう。私が知る限りでは、六十件。報告があったものだけで、と言うことだ。このブリリアントール――七つの星同盟の首都惑星の名前――だけでも、その十倍は発生しているだろう。人々は恐怖を抱いている。暗闇を恐れ、幼い子供を恐れている。子供を集団リンチにかけたという報告すらある。だが、いったい、これはどうしたというんだ? なぜ、子供達が発狂し凶暴化するのだ? 悪魔の祟りだと、本気で信じている議員すらいる。我々の政治の在り方に問題があったのだろうか? なぜ、こんな災いが、我々の世界に起きているのだ?」


 事件に出くわし、ブリリアントの大統領は一気に十も老けたようにみえた。銀河連盟委員長(※注1)のソル人を見上げた彼の眼は、心痛に耐えかね弱々しく瞬きした。


 チャーリィは顔を強張らせていた。様々な種族の噂を聞いている。旅行者や議員達がふと漏らした話も思い出す。

 先日立ち寄って行った連盟宇宙航行機関局特A級スペシャリスト・シャルルが、深刻な口調で告げた事が、やにわに現実味をもって蘇った。

 彼は親友にそっと打ち明けたのだ。


「なんだか、銀河がおかしい。あちこちの世界で、おかしなことが起きている。一つ一つは小さな事なんだけど、確かに異常だよ」


 シャルルには、昔から常人を超えた不思議な『感』というものがある。ライルはそれを超感知能力と呼んでいた。

 銀河中を自在に船で飛び回っている彼は、確かに、世界中に拡がりつつある何かを蝕知したのだ。


 チャーリィは激しい危機感を覚えた。彼をして今の地位に就けさしめた全体的な視野で統括的状況を把握する力が、各惑星で密かに起こりつつある様々な事件についての一連の類似性を予感させたのである。



 チャーリィは休暇を取りやめ、連盟本部があるガルド星に急いで戻った。そして、銀河中に起こっている事件の全てを集めさせた。子供が関係している事件なら、どんな小さな事でも全てを。

 情報が集まるにつれ、彼の顔は青く強張っていった。

 事態の由々しさを憂いた彼は、銀河連盟本部会議を招集した。


 銀河連盟本部は、現在、ガルド第七惑星に設けられている。かつて、連盟推進委員会が第六惑星に設置されていたが、異次元からの侵略攻撃事件のクローンの爆破行為のため、第六惑星の主要設備が壊滅的打撃を受けたことを踏まえ、主要機関を分散することを計画、のちに第七惑星に連盟本部を置き、本部専用ポートも併設されていた。


 だが、評議委員達全員に事件の裏に潜む真の脅威を納得させるには、その彼ですらも難しかった。

 その時点では、まだ事件は余りにも個人的であり、地域的であったからだ。種族の多様さ及び、固有さも、真実を知る上で障害となった。種族の多様さは、そのまま事件の多様性へと繋がる。

 そこに共通性を見出すことは困難だった。それにたった一つの共通点である子供が関連すると言う点においても、慣習を破ったり、発狂したりする子供達はこれまででもあったことだし、狂暴な発作を起こすことも珍しくはない事例だ。


 各種族のそれぞれの事件は、それぞれの種族に起こり得るひどくまずい一例にすぎないだろう。

 どの種族も、そんな失敗を公にさらしたくないし、干渉して欲しくもなかった。

 評議委員の中には、公然とチャーリィを被害妄想扱いし、精神鑑定を受けたらどうかねと言ってはばからず、彼を怒らせる者すらいた。

 ついには、会議は喧々囂々《けんけんごうごう》のうちに、お開きになってしまった。


「アルルアン、貴方も俺が狂っていると言うのか?」


 議員達が解散した後、会議室の別室で、チャーリィは憤懣ふんまんやるかたない思いを、彼より十五も年上の異星人にぶつけた。


「いや、だが、チャーリィ。今の時点で、君の考えをみんなに納得させるのは無理だよ。正直、私だって、ちょと信じられないんだ。私があのおぞましい事件を悩んでいるように、いろいろな悩みを抱えているのが、どうやら我々ばかりではないらしいとは、判ったけれどね」


 彼は年若い友に、残念そうに首を振って見せた。


「それでもだ。あれらは、純粋に彼ら自身の世界だけの悩みで、君の言うような銀河規模の脅威の始まりだとは、とうてい思えない。あまりに、荒唐無稽すぎる。君は、彼らの一番痛い部分をほじくり返してしまったんだよ。この次の委員長選出の時は、君はちょっと辛い立場になるぞ」


 アルルアンは盟友をいたわる口調で忠告した。

 チャーリィの判断力は定評があり、これまで決して間違えたことのない信頼できるものだったのに、今回に限ってどうしたのだろう。

 アルルアンですら、チャーリィが余りにも先走りすぎて、大局を読み誤っているとしか思えなかった。


「アルルアン。貴方もそう思うのか」


 チャーリィは孤独感を覚えた。脅威が間近に迫ってきているのを確かに感じるのに、誰も気づこうとしないのだ。


 ――ライル、お前が居てくれたら……。そうしたら、こんな分からず屋どもなど、すぐに蹴散らしてやるのに。


 チャーリィが一人じりじりとしているうちにも、世界中の最小単位の中で、確実にそれは進行していった。そして、人々がその真実を悟り、事態の大きさと恐ろしさに震え上がった時、それの準備は全て整い、真の脅威が彼らの前に現れたのだ。


 ***


 その頃には、各惑星で既に十分の一の子供達が姿を消していたが、その子供達が戻ってきた。恐るべき姿に変貌して。

 そして、残りの子供達もまた今まで被っていた殻を脱ぎ捨て、その胎内に育んできた本性を現した。


『意思』の種子が、ついに一斉に芽吹いたのだ。


 思春期を迎えていない子供から生まれたての赤ん坊まで、全部の子供が、親たちの、育児者の、幼生世話係りの、目の前で変化し、変容した。


 それらが……、何に変わったのか、それが何なのか、形容する言葉はない。だが、敢えてそれを言うならば、それは巨大な『飢餓きが』であった。


 ずっしりとした実体と知能をもつうごめく肉の霧。

 そして限り無く飢えた空洞。

 あらゆる子供達の肉体が溶け、融合し、変質した怪物。

 子供達が命の中に育んできたものは、そういうおどろおどろしい存在だった。


 それは激しい飢えで母なる大地に襲い掛かり、あらゆる命を貪り喰らっていった。

 みつつ増大し、増大しつつ喰む。

 それの後には、一本の草も一匹の羽虫も残らない。食い尽くされ破壊された残骸が、蜿蜒えんえんと残されるだけだった。


 銀河連盟の平和共存推進保安管理機構(俗に言う宇宙パトロール)が、各世界の軍隊が、貪欲な肉の霧『ゾエラ』(ガルド語で喰らう者という意味)を殲滅せんめつせんものと攻撃した。

 だが、彼らは『ゾエラ』を撃退するどころか、押し返す事もできなかった。


 どんな破壊兵器でさえ、それを殺すことはできなかったのだ。ミサイルは、……例え核弾頭であっても、単に飲み込まれ、消化された。

 地獄の炎を持つ焼け付くようなビームは、それのほんの一部をこそ粉砕したが、しょせん、霧を相手に熱線を撃ちこむのに似て、『ゾエラ』自体に僅かなリとも有効なダメージを与えることはできなかった。そして、軍隊は尽きることなき『ゾエラ』の飢えに飲み込まれていった。


 始めは、惑星上の比較的広い地域を襲う怪物だった。だが、直に、それは惑星単位の規模になった。宇宙のあちこちで、一つ一つと、世界が沈黙していった。

『ゾエラ』にとっては、飢えを満たす対象が、知性種族がいる世界だろうと、まだ黎明期のジャングルの世界だろうと、砂漠化した実りの少ない死滅しつつある世界だろうと、いっさい気にしないようだった。



 凄まじい飢餓感に突き上げられて狂う『ゾエラ』にとって、生命いのちは飢えを満たす対象以外の何物でもなかった。

 そして、生命を喰らう片端から増大していく『ゾエラ』は、喰む事によってより拡大し、そしてなおいっそうの飢えに狂う。留まることのない飢えに、憎悪の唸りを上げながら、『ゾエラ』は、だから、世界中の生命を食い続けた。


 ***


 銀河連盟加盟国の全ての人々がこの脅威を知る頃になって、惑星を喰いつくした『ゾエラ』の姿がその世界から消えたことに気づいた。

 だが、人々は安堵の吐息を漏らす暇もなかった。


 様々な惑星上に満ちていた『ゾエラ』が、集まってまとまりだしたのだ。


 宇宙空間で。

 リゲルの太陽近く、その化け物は不気味に蠢きながら、拡大していった。

 銀河中に散在していた『ゾエラ』達が一つ一つ現れては、拡大しつつある『ゾエラ』に吸収されていく。

 その『ゾエラ』はどうやら、超空間を渡って現れるようだった。


 リゲルの人々は、我先にと故郷を捨て、連盟に庇護を求めた。その近辺の諸種族も同様である。連盟は彼らの避難先の居住を図るとともに、監視をリゲルに置いた。そして、銀河中の評議員達は、連盟の大会議室で息を凝らして、その報告を待った。


 あの有名な報告がもたらされるまで、人々は長く待つことはなかった。

 永く銀河中の種族の心を震え上がらせることとなった報告が、会議室のオープンになった回線に飛び込んできた。


「『ゾエラ』は、まだまだ巨大化しています。ほぼ、惑星ほどの大きさになりました。リゲルの光を受けて、赤く輝いています。良く観察されます。この距離から見ますと、堅い構造を持った生物のようです。しかし、なんという規模の生物でしょう!

 今、赤く脈打ちし始めました。ほとんど球状に纏まっていた『ゾエラ』が不定形に動き出しています。脈打ちながら拡がっていきます! 宇宙空間の中を。

 リゲルの第二惑星へとその腕が薄く伸びていきます。我々は観測地点を移動します。もっと離れることにします。


 第二惑星をすっぽりと覆いました。うごめく肉の霧です! 何と言う大きさ! 何と言う移動力!サドンの世界を食べています。何もかも。『ゾエラ』が、また一段と大きくなりました。


 ……眼の錯覚ではありません。今、計測がでました。『ゾエラ』の質量は、10%増大しました。恐るべき事実です。『ゾエラ』が第二惑星サドンから離れようとしています。信じられないスピードで第四惑星の方へ伸びていきます。

 あっ! 一部が我々のほうへ伸びてきます! 撤退します。


 おい! 何をしているんだ! 早く始動させろ! なに? エネルギーが洩れている? 馬鹿な! あの化け物が吸収しているのか? 構わん! 亜空間へ逃げ込め! 来たぞ! わああ! ………」


 唐突に通信が途絶えた。空虚な雑音が流れる。

 外部コンタクトが切られた。


 議員達はそれでも押し黙って、凍り付いていた。

 彼らに、その化け物を撃退する手段はもはや無かった。いかなる武器も、その前には空しい。惑星大に膨れ上がった『ゾエラ』が、自分達の世界に襲い掛かってくるのを待つことしか、彼らには術がなかった。


 だが、人類を始めとする知性生物達をここまで無気力に堕としたのは、圧倒的な『ゾエラ』への恐怖だけではなかった。

 彼等が本当に堪えたのは、自分たちの子供を奪われたことにあった。


 銀河の全ての生物にとって、いかなる生命形態を問わず、次代へ託す子孫の存在は生命としての根源をなすものである。

 それが否定され、奪われたた事実は、予想を遥かに超える恐慌を引き起こした。


 人々は絶望し、生きる気力さえ失った。気が狂う母親、自殺が相次ぐ親達、繁殖性の伴侶が悲嘆の余り死んでいくのを、止めることもできない養育性伴侶。


 彼らは雪崩となって、銀河連盟に救いを求めた。絶望に泣き叫び、一本のワラにも縋る思いで。

 だが、連盟を構成し、中枢となっている面々もまた、人の子であり、親であった。恐るべき魔の手は、彼らにも情け容赦なく降りかかっていたのだ。


 彼らはみな、選ばれ、鍛え抜かれた優秀な強者達であったが、それでもやはり、身のうちから崩れていくような絶望感を押さえることはできなかった。

 連盟は、自ら、瓦解していこうとしていた。

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