ダズトの怪物シャラン
ダズトの化け物が大活躍です……けっこう、グロイです。要注意><
十の章
勇が率いる行動隊がダズトへ着いた時、町は驚くほどひっそりしていた。紙くずが埃っぽい風に舞って飛んでいる。
しかし、何かがそこら中に蠢いている気配があった。一行は都市の異常に用心して街路を進む。何画か先で女の悲鳴が聞こえた。
勇達ははっとして声のしたほうへ飛んでいく。だが、彼等が現場と思える所へ着いた時には、女の姿形もなかった。と、遠くで銃の連続発射音が響く。すると、通りの反対側で人の叫び声が上がった。
「いったい、どうなっちまっているんだ?」
パトロール隊の男達は四方八方に散りながら、町を調べ始めた。
隊員の一人、母系族ララバム人のファン・ジュオンが薄暗い路地の方へ行きかけると、奥に何か蠢く塊を見つけた。詳しく調べようと何歩か近づくと、それはいきなりずずっと立ち上がり、路地いっぱいに拡がった。
ファンは反射的に銃を構えたが、その時、そいつの真ん中に母の顔をみつけた。三百人家族の偉大なる母性ジュオン。ファンの目は母の顔に吸い寄せられる。母親は懐かしい微笑みで笑いかけ、手を差し伸べてきた。ファンは痺れたように母親の顔を凝視したまま動けない。
銃を持つ手が力を失い、地面に固い音を立てた。母の両腕が彼を包み、肉塊が彼をすっぽりおおい尽くした。
ソル人スコット・ティラーは建物の一つに入っていた。そこもしんとしている。だが、確かに何かの気配がある。入り口に近い順に一つ一つ扉を開けて回ったが、まるで慌てて逃げ出したかのように、食器やらゲーム盤やらがそこら中に投げ捨てられていた。
五つ目の扉を開くとき、彼は心の中で、そろそろ恐怖に怯える美女がいてもいい頃だと考えた。
そして扉を開くと、まるで注文に応じでもしたかのように美女がベッドの上で大きく目を見開いていた。
しかも、彼女は全く彼好みのブロンドのソル人娘で、彼を見るとぱっと目を輝かせて駆け寄った。
「よく来てくださったわ。わたし、怖くて……」
声を震わせて訴えながらしがみつく。若いスコットははにかみながらも悪い気はせず、しっかり娘を抱いてやる。
「もう、大丈夫だよ。何があったか話してくれないか?」
彼は娘をしゃんと立たせようとしたが、娘はさらに擦り寄って来るばかりで離れようとしなかった。
すると、不意にスコットは欲情を覚えた。
任務中なのに、と当惑しながら自分を叱咤してみたが、欲望の芽はますます膨らむばかりだった。腕の中で女が誘うように艶やかに笑う。
彼はもう女の顔以外何も見えない。唇を貪る彼には、その背にずるりと巻きつく奇怪な蝕盤もどろりとした肉の襞も解らなくなっていた。
乱れた足音と恐怖の叫び声。ミハイル・ボルチョフは、現場へ駆けて行った。人の背の半分も無い小柄なフロッグ人達が数人、恐怖で緑色に変わった顔を引きつらせて、転ぶように跳んで来た。
その後ろに迫ってきているのは、巨大な大ヘビだった。家まで飲み込めそうなほど大きく開いた口に、青くて長い牙が何本も伸びている。フロッグ人の故郷のヘビに似ているが、大きさの桁が違う。どうしてこんな砂漠に……?
ミハイルは不思議に思いながらも肩にしょっていた宇宙戦闘用連射式マグナム砲で、怪物の頭を撃ち飛ばした。だが、頭を撃ち抜かれたヘビは、直ぐに新しい頭を生やして変わらぬ速度で追ってくる。フロッグ人が飲まれ始めた。
ミハイルは弾が切れたマグナム砲を捨てると、銃を出して撃ち始めた。だが、化け物は倒れない。必死で撃ち続ける彼の上に、大蛇が巨大な口を開いた。
超常現象を好んで研究しているミスグ・スギは、街路地を歩きながら、住人がいきなり消えた原因は、現代科学では解明できない存在の所為ではないかと考えていた。
だから、ひっそりした建物の狭い入り口を覗いた時、奥の暗がりからぞろぞろと近づいて来る物音を聞きつけて、彼ははっとした。
研究する事と、現実に体験する事の絶対的な違いを、彼は身をもって知ることとなった。
これまで収集してきた諸々の忌まわしくも恐るべき魑魅魍魎どもが、彼の前に姿を現した。
***
勇は通常連絡が途絶えた者が何人もいる事に気づいた。回線を開いて呼び出しても応答がない。彼らは予想外の困難に出会ったらしい。
直ぐに仲間に召集を掛ける。合図に応えて集結した者は十一名。四人の部下が消息を絶った事になる。
勇はこの町でとんでもない事態が進行中であると確信した。今や自分達もその渦中にあるのだ。十一人の部下達は、口を揃えて犬の子一匹見かけなかったと報告した。少なくとも六万人以上はいたはずだ。彼らは皆、どうしてしまったのか?
彼は三つのグループに分けた。グループは必ず固まって行動するよう指示する。目的の第一はライルを発見し保護する事。第二は生存者を探す事。第三はこの異常現象を突き止めることである。
だが、間もなく艦隊を始めとして、仲間との相互連絡まで絶えてしまった。何者かが電波撹乱シールドでこの町をすっぽり覆ってしまったらしい。彼らは完全に孤立してしまった。
勇は部下二名を連れて大きな建物に入る。上品な造りで、店名は『ロイヤルレディ。』
スリーパーが報告してきた問題の社交クラブだ。
中は贅を凝らし、高級クラブの雰囲気だった。
しかし、今は人影も無く豪華な照明の中で重く沈んでいる。踵が埋まりそうな厚い絨毯を踏んで進むと、奥へと通じる扉を見つけた。
勇は部下を散開させて捜査に当たらせたいという誘惑をこらえる。彼の第六感が、危険だとずっと警鐘を鳴らしているのだ。
部下に背後と左を見張らせ、自分は右に注意しながら先頭に立って進む。
部屋を一つ一つ調べていくうちに、いよいよ何か得体の知れない脅威が吹き荒れた事が明らかになってきた。算を乱して逃げ惑ったような惨状で、気をつけるとその所々に白っぽい粘液状のものが付着している。
「なんだ? これは?」
勇はニコル・アダムスに注意を促した。ニコルは宇宙生物学を副専攻している。言われて鼻をつけんばかりに調べていた彼は、若い上司を振り返って報告した。
「生物体の分泌物のようです。体液か何かでしょう。でも少なくとも人間のものではないようです。ほら、すぐ乾いて膠のようになっています。もう少したつとぽろぽろになって吹き飛んでしまうでしょう」
「ということは、その体液を落していった生物は、ついさっきまでここにいたって事だな」
「そうです。しかもほんのちょっと前です。これまで調べてきた所は、この付着物が発見できないくらい時間が経っていたわけで…………」
言いながらニコルは顔が青ざめてくる。
自分で言った言葉の意味が、遅まきに飲み込めてきたのだ。もう一人も銃を構えて四方の出入り口に気を配る。
ほどなく、澄ました耳にずるりという重いものを引き摺るような音が近づいてきた。破壊の跡も生々しい重苦しく澱む惨劇の中を、今まで耳にしたことがないような底知れぬ脅威を秘めた得体の知れぬ物音が床を通して深く伝わってくる。
ここにいる男達は、勇が特に選んだ精鋭の猛者達だったが、それでも各々の胸に深く染み込んだ恐怖の迷信や伝説に逆らう事は難しかった。
二人の部下が一様に身体を強張らせ、顔を青ざめて心の内に沸き起こる抗い難いものと闘っていることを感じた。
それも仕方あるまい。勇の桁外れた精神力をだれ彼にも期待するわけにはいかない。生粋の軍人の子として生まれ、幼い頃より厳しい訓練を受け、心の修行を良くし、更に、ライル・フォンベルトという類い稀な友人をもったおかげで、彼が引き起こす常軌を外れた冒険や危機を幾度となく切り抜けてきたのである。
勇はまだ若いがパトロール隊の一番老練な軍人よりも、戦闘場数や命をすり減らす窮地を多く経験していた。LICチームは特殊な連中で、太陽系連邦のみならず、ガルド星など他の銀河加盟諸国にまで彼らの名は轟いていた。
ぞろりぞろりという多足類と芋虫とミミズが巨大化して一緒にしたような物音が、いよいよ近づいてきて、やがて彼らのいる部屋を囲むように迫ってきた。
事実、彼らを中心に、それらは集まって来つつあるところだった。三人は背を合わせ、何処から敵が現れても撃退できるように銃を構える。
ミシっ……と壁が軋み、ひびが入る。あちらも、こちらも、その向こうも。薄い壁は四方から一斉に崩れ落ち、ぞろりと怪物が十何体も現れた。
一つとして同じ形はなかった。
山のようなもの。等身大のもの。
見るのもおぞましい異形のもの。
泥を積み重ねたような不定形のどろどろのもの。
美しい女の上半身と数十本の蝕盤と蝕足をもつもの。
様々な星の獰猛な獣の姿を戯画的に混入したもの。
それらは、狂気の産物以外の何物でもなかった。この姿が奴らの本性ではあるまい、と勇が考えた時、傍らのニコルが突然わめきだし、怪物の群れ目掛けて駆け出した。
今までの幾多もの作戦で、いつも冷静で勇猛果敢な男が……。
「ニコル! 戻れ!」
勇の必死の叫びも届かぬとみえ、ニコルは銃を放り出し諸手を上げて怪物どもの中へ駆け込んで行った。一体の怪物がすぐさま彼の上に溶け込むようにして覆いかぶさり、どろどろした塊に変わる。既にニコルの姿は見えない。
ニコルの発狂はもう一人の士気をも著しく挫いた。彼も銃を投げ出して、二コルの後を追ったのである。
畜生! 歯を食い縛った勇は、片っ端から鋭く破壊的なエネルギーを、おどろどろしい肉塊に撃ち込んだ。
そして、部下を救い出そうと彼らの後を追ったが、その間に別の怪物がぞろぞろと割り込んでくる。いくら銃で撃って怯ませても、新たな怪物が次々と間に入ってきて、勇と部下との間は離れる一方だった。
「ギャアー!」
鋭い叫びが一声あり、後は怪物のずるずると動き回る音だけになった。
勇は悔しさと怒りで、頭の中がかっと熱くなる思いがした。そのまま爆発しそうになった時、何かがその直ぐ側でその感情の暴走を待ちわびているような気がして、はっと怒りを抑えた。
すると、何かが彼の心の中に強引に入ってこようとする。彼の感情に添って巧みに侵入してくるので、普通の者には気づかれないに違いない。
だが、勇はそうした事に対し、余りにも多くを経験していた。勇は本能的に感情を引っ込め思考を閉ざし、石のように黙してしまった。
怪物は襲うべき対象を失って、右往左往し始めた。何十体あるのかわからぬほどにぎっしりと怪物で埋め尽くされた部屋の中で、彼はじっと石になる。
怪物どもは勇の体に触れぬるりとした巨体を擦り付けても、彼の存在には気づけなかった。勇は存在しないも同然だった。
勇はそのままゆっくりと後退する。扉近くまで来た時、奇妙な現象を目撃し足を止める。
彼の大事な部下を飲み込んだ怪物の体が激しく波打ち始めたのである。
クリームのように粘性の高い液体が波立つ動き。やがて、それが長く伸び、二つの山ができた。完全に分離し、ついには怪物が二つになったのである。
これが彼らの増殖法らしい。この怪物は獲物を得ると、その場で倍に増えるのだ。では、この怪物どもは……!
そう考えて、勇は慄然とした。元は数体もいなかったに違いない。そして……。
勇は顔を強張らせると、決然として外へ出た。怪物は一体も追ってこない。
無駄とは知りながらも、通信機を試してみる。彼のほかの部下達はどうしただろう。絶望感に襲われる彼の耳に、ザーっと砂を流すような雑音が空しく響いた。
***
チャーリィが町へ入った時、人気のない静けさが彼を不安にした。あれほど喧騒でごった返していた町が、まるでゴーストタウンのようだ。それは、嫌な状況を予想させる。
もう、町の連中を恐れる必要はないと判断。通信機をパトロールの周波数に合わせた。しかし、装置はザーザーと雑音を出すだけだった。何者かが妨害しているのだ。
この町の連中か? 余りありそうにはない。やっても得る事が少ない。では、あの怪物が? もっとありそうになかったが、電波妨害をやって得するものが、他にいるとも思えなかった。
「おーい! 勇! おーい! 誰かいないか!」
チャーリィは大声で呼ばわりながら、通りを行く。生き残れた者は何人いるだろうか? 勇達は? 既にこの町に入っているはずだが……。
しかし、応えはない。銃を構え油断なく気を張り詰めているが、町中がシャランで埋まっているようで落ち着かない。
何処かで叫び声がしたような気がした。その方向へ駆けて行くと、狭い路地の間に確かに人の姿を見て、急いで駆け入る。
狐にちょっと似たポルッカ人の男が一人、服装でパトロールの者と解ったが、巨大なげっ歯類の化け物の前で動けなくなっている。このネズミの化け物は、このポルッカ人が生み出したものだ。彼の精神は既にこの幻の虜になっていた。
チャーリィは頭越しに、軽便型レーザーライフルを撃つ。宇宙船のボディに穴を開ける威力のものだ。
化け物は頭部を吹き飛ばされて怯んだが、それでも男のほうに蝕盤を伸ばして捕らえる。
チャーリィはその蝕盤をも撃ち砕いたが、ポルッカ人は自ら怪物の上へ身を投げ出すように倒れて行き、シャランは姿を崩しながら素早く男をすっぽりと覆ってしまった。
たちまちポルッカ人の形が消えていく。
チャーリィは胸が悪くなる思いで後退ったが、その足がどんと何かにぶつかった。ぎょっとして振り向くと、別の一体が立ちはだかって、今、姿を変えつつある。
チャーリィは、あっとそこに棒立ちになった。痺れたように動けない。
そこに現れたのは、ライルだった。
紛れもないライル・フォンベルト・リザヌールだった。
栗色の無造作な髪も、紫の瞳も、均整の取れた伸びやかな肢体も、何もかも彼そのものだった。
ライルがにっこり微笑み、両手を差し出す。
その瞳は彼への愛に濡れ、美しい唇が赤く開いた。
「チャーリィ、愛してるよ」
甘いテノールが囁いた。
チャーリィの胸は激しく高鳴り、頭の中はくらくらと舞い上がる。全身が熱い血潮で燃え上がりそうだった。
「こいつはライルじゃない! 化け物なんだ!」
心の中で必死に叫ぶ。
だが、その叫びのなんと弱々しいことか。チャーリィは急速に自分の心も身体も抵抗する力を失っていくのが解った。
「チャーリィ、愛してる……」
ライルがチャーリィへの愛に頬を染め、嬉しげに近づいてくる。この瞬間を、彼はどんなに夢見ていたことだろう。
激しい渇望、欲情、歓喜、言い知れぬ幸福感、これらを絶つのは容易ではない。まして、相手は、ライルなのだ!
「チャーリィ、どうしたの? チャーリィ……」
甘いテノールが、彼の心を激しく揺さぶる。チャーリィの身体は小刻みに震えだした。厳しい決断の為に、両の眼が涙で濡れる。
ライルの優しい指がチャーリィの肩に触れた時、ライフルが地獄の火を噴いた。
高圧流のエネルギーが至近距離でライルの胸を砕く。
チャーリィの眼と心に、ライルの悲痛な瞳が焼きついた。
親友に、愛する者に裏切られた驚きと悲しみに眼が大きく見開かれ、チャーリィを見つめる。
「チャーリィ?」
ライルの口から、なおも悲しげな声が訴えるように彼を呼ぶ。
チャーリィは再び引き金を引いた。
戦艦の厚い装甲をも貫くエネルギーが、愛する者の身体を砕いていく。
チャーリィの眼は涙が溢れ出て、もう何も見えない。
心を傷つけられたチャーリィは、嗚咽を漏らしながら撃ち続けた。
ライルだったものは、ズ…ズズ……と形を崩して、液体のように溶けて流れ去った。
チャーリィはライフルを捨てて蹲り、顔を覆って泣いた。
ふと背後に気配を感じはっと振り向く。その手に愛用のニードル銃が握られているのは、さすがと言うべきか。
「チャーリィ!」
「勇!」
両者は同時に叫んだ。互いに駆け寄って無事を祝う。だが、勇は直ぐに、親友の顔の涙の痕に気づいた。
「どうしたんだ? 何があったんだ?」
気遣わしげに訊ねる。この厳しい親友が滅多なことで泣き顔を見せないのは、よく知っている。
「何でもない。それより、良く無事だったな。もう、ここにうろついている怪物、シャランには出会ったんだろう?」
チャーリィは質問をはぐらかせながら、鋭い目付きで探るように勇を見た。ここにいるこの男だって、本物とは限らない。連中は実に巧妙に化けるのだから。
「ああ、俺の部下を……多分、殆ど……殺られちまった。俺の失策だ。ここがあんな化け物の巣だとは、思わなかった」
勇は歯軋りする。
「連中は思考に反応する。だから、自分の思考をシールドすればいい」
勇が頷く。戦闘に関してはプロだから、一度の対面で気づいたのだろう。
「それより、通信を絶たれた。艦隊とも連絡が取れん」
「その設備のある所は、だいたい解る。まず、無線管制を解除しよう。だがな、断っておくが、そこはきっと、怪物どもがひしめきあってるぜ」
勇は目を丸くしたが、黙ったままそれ以上何も言わない。何度も言うようだが、勇ほど頼もしい相棒はいないのだ。
道すがら、チャーリィはこれまでのライルに関する一件を彼に話して聞かせた。ただし、自分が彼にした事は省略したが。
勇はぎろりと相棒を横目で見たが、直ぐ前方に視線を戻して、むっつりと歩いた。ややあって、ぽつんと言う。
「そうか」
チャーリィの眉がぴくっと動いた。
「そうか、だって? 俺達がこんなに心配していたってのに、あいつはこんな罰当たりな所で、のうのうとそんな商売をやってたんだぞ! もっと、他に言い分があるだろ!」
「あいつも、あいつなりに苦労してるのさ。それより、どうしてお前がそんなにかりかりしなきゃならないんだ? あいつも、もう一人前の男で、自分の事は自分で始末できる。何したって構わんじゃないか」
チャーリィはぎくりとした。勇は生真面目な男だけに、ミーナよりも彼の目のほうが怖い。
「常識の問題だよ。俺は奴の親友として見過ごせないんだ」
勇はもう一度彼の顔を横目で見た。チャーリィは冷や汗が出る思いがして、急いで前方の建物を指す。
「あそこだ。あれがケネス・カネスの本拠地なんだ。この都市を取り仕切っていると言ってもいい」
「あそこは、俺も入ったぜ。『ロイヤルレディ』。俺にも因縁があるんだ。そして、二十体ぐらいの怪物に囲まれて、二人の部下を失ったんだ」
二人は無言で、華麗な正面ロビーを通った。心をシールドしたまま、豪華な店内を突っ切り、奥へと通じるドアを開ける。部屋がずらりと並ぶ絨毯の廊下が伸びていた。この奥にはライル専用の華麗な部屋があったのだ。
だが、先ほど勇達も通ったその廊下と各部屋は荒れ果て、惨劇の有様を無言で示していた。チャーリィもちょっと声が出ない。
幾つにも分かれ、込み入った廊下の間に隠れるようにして偽装されたドアから、裏階段に出る。上下に伸びていた。チャーリィがライルを助ける為に通った隠し通路である。
それを二階へと登る。鉄製のドアを押し、ケネスの事務所に通じる金属板を張った廊下に出た。シールドが効を奏しているのか、まだ何ものにも出会っていない。ロビーもホールも無人だった。
あれほどいた人々は、何処へ行ったのだろう。
廊下に立つと、果たして、ずるりとシャランの動く物音が聞こえた。事務室の反対側に派手な装飾の豪華な応接間がぶち抜きであり、その上の最上階がケネスの私室になっている。
その応接間の隣に最新の設備を誇る通信や防備コントロールの部屋がある。シャランの二体がそこにいた。
怪物の真ん中と隣に二つの男の顔と手が突き出ていた。あの顔の目は視力を持つのだろうかと気にすると、くるりとそれが向いて、その男の一人がケネス本人だと知る。
「貴様! ライルを逃がした奴だな!」
ケネスの顔が憎々しげに叫んだので、チャーリィは再度ぎょっとした。この怪物、学習が著しく速い。のみならず、吸収した人間の性格・記憶も同時に取り入れてしまうようだ。
チャーリィは答える代わりに、銃でケネスの顔の真ん中を撃ち抜いた。奴の顔は鮮血を噴き上げて砕ける。もう一人の男も勇の銃で吹き飛んだ。
途端にシャランは対象を見失って右往左往し始め、急いで男達を再生しようとする。どうやら連中は、喰らった生物の姿を借りなくては視力を始め、五感を持つ事ができないらしい。
勇も同じくして気づいたとみえ、男の姿形がまとまろうとすると、それをぶち抜く。だが、いくら破壊しても、次々と新たに再生され、怪物は不死身だった。
それでも、幾らかは相手を怯ませる事ができる。二人は容赦なくレーザーを撃ち込み、制御室から追い出しに掛かった。
二体が制御盤から離れると、勇が飛びつき勢い良く操作にかかった。チャーリィは、それを横目で確認しながら、怪物どもを銃で威嚇する。
「早くしろよ! 勇!」
シャランどもがパラインパルスで仲間を呼び集めている事は間違いない。二匹の怪物も何度倒されようと、しぶとく持ち場を離れようとしなかった。
苛々してきたチャーリィに、勇がやっと声を上げた。
「よし、やったぞ。ついでに、連中が二度と手出しできないようにしてやった。できたとしても、こいつを使えるように修理するのは、容易じゃあるまい」
再度、二つの銃が激しく火を吹き、シャランがぞろりと逃れた間から、廊下に飛び出す。既に勇は、走りながら周波数いっぱいに艦隊に呼びかけていた。
艦隊はライル博士救出の報を受けて、既にダズトの近くに戻っており、隊長との連絡が途絶えた事に気づくと、第二班の上陸部隊を編成して降下させようとしていたところだった。
勇の命令で上陸は即座に中止され、第一班の捜索も断念された。
「そのまま、上空で待機せよ」
と、命じ、その上で、
「俺は、チャーリィ・オーエンとこのまま引き続き、生存者の確認を続行する。ロボット部隊を投下せよ」
と、一方的に言うや、了解の返事も聞かずに通信を切ってしまった。
チャーリィは呆れて勇の顔を見る。こんな隊長は見た事がない。候補生時代とちっとも変わっていないじゃないか。
勇の直属の上司、銀河連盟宇宙防衛軍太陽系連邦ヘインズ提督の顔が浮かぶ。彼はさぞや手を焼いていることだろうと、心密かに同情した。
しばらく待つうちに、指定場所に時間厳守でロボット部隊が到着した。背に付けられたパラシュートは自動的にはずれ、一糸乱れず整列する。
勇が命令を発した。
「これより町中に散開し、生存者の発見に努める。記載されていない異種生命体には構わんでよろしい。人類及び亜人類を始めとする連盟本部に記録された生物の生存確認に当たり、生存者を発見し次第、直ちに保護せよ。その際、構成物質に留意せよ。異種生命体は、既知生命体の姿に酷似している可能性が大である。以上。掛かれ」
ロボット部隊は文字通り散開した。彼らは思考も生命エネルギーも持たぬゆえ、シャランに対し無敵であった。
今回も、チャーリィ氏は辛い思いを……身から出たサビとはいえ、ちょっと気の毒です;;




