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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第6部 砂漠の夜は怪物でいっぱい
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古い坑道

 九の章


 手元の頼りなげな小さな灯り一つしかなかったが、ライルにはそれで充分とみえ、むしろチャーリィを引っ張るようにして闇の通路を突き進んで行く。

 背後では、怯んで足を止めた男達をケネスが叱咤する怒号が聞こえ、再び追っ手が掛かった。


 先へ進むにつれ、石の壁はいっそうの老朽振りをみせ、ところどころぼろぼろに崩れ落ちている。太古より残っていた古い地下道だった。足下はそういった落ちて積み重なった石ででこぼこしており、歩きにくい。

 下方へゆっくり傾斜しており、壁がしっとりと濡れてきた。うっすらと苔むしカビの臭いがつんと鼻を刺激する。

 追っ手はどんどん近づいてきて、真後ろに迫ってきた。


 チャーリィは舌打ちし、銃を構え直す。今度は手加減しないつもりだ。と、いきなりライルが足を止めたので、チャーリィは彼の背にどんとぶつかった。

 ライルはうっとりと息を飲んでいる。

 ライトを正面に向けて、チャーリィは言葉を失った。



 筆舌し難い怪物がどろどろとうごめき、何かの形を取ろうとしている。それが二体! 後ろにはケネス一味!


 チャーリィはとっさにライルを引っ掴み、ケネスの方へ引き返そうとした。ところが、ライルは動かない。引っ張ろうが、押そうが、これまでにない頑固さで、彼はびくりとも動かなかった。


「チャーリィ。慌てることはない。シャランは思考活動に反応する。何も思わず、気配を消せばいい」


 そうだったと思い直し、ライルに習って壁に張り付いた。


 怪物は追っ手の思念を片っ端から取り入れているとみえ、人間になったり、コルック・ムスの夢の中にしか出てこないような化け物になったりして、形を目まぐるしく変化させながら近づいてきた。

 それらが触れんばかりに目に前をずるっと通り過ぎて行くのを、思念を殺して耐えるのは容易なことではなかった。だから、二体がついに通り過ぎ、壁の向こうに消えた時は心底ほっとした。



 途端に、ぎゃあ! と男達の恐怖の叫びとともに、乱れた足音が聞こえはっとする。

 チャーリィがぎょっとしたことに、ライルはぱっと身をひるがえして混乱を極めている方へ戻ろうとした。

 チャーリィは急いでライルを捕まえ、振り解こうとするのを力一杯抱き留めた。


「チャーリィ。離せ! 彼等が殺されてしまう。見殺しにはできない!」

「だめだ!」

「僕なら、あれを追い払える。既に二度、成功しているんだ」

「そして、奴等に捕まるのか? だめだよ。ライル。これはチャンスなんだ。数人の命を助けて、この世界の全ての命を絶滅させるのか? 奴等に今度捕まったら、もう二度と脱出できないぞ。勇が艦隊を引き連れて来ているんだ。お前は、云わば、奴らの命綱だからな。そうしたら、シャランをやっつける研究もできなくなる。お前の他に、誰ができると言うんだ? え? 論理的だろ?」


 チャーリィはじっとライルを睨みつけた。ライルも彼の目をひたと見つめる。


「ああ、明々白々たる論理だよ」

「よし。なら、早く先を急ごう。あの化け物が引き返して来んとも限らんからな」




 さらに奥へと続く道を、二人は黙々と進んだ。旧道は幾つにも枝分かれをし、地下水が川となって流れるほど深く潜行した。地下水は塩分が高かった。元の広大な海の名残かもしれない。

 やがて、道は登り始め、乾いてきて出口に向かっている事が確信できるようになってきた。その時になってライルがやっと口を開いた。


「君は矛盾している」


 疲労が出て、足が遅れがちなライルの手を引っ張りながら、先にたって歩いていたチャーリィが振り返った。


「いきなり、何を言い出すんだ?」


「あの時、僕が言い出した事は、本来なら君が言うものだった。事実、論理的に無駄で、あるいは実行不能と明白にもかかわらず、感情的理由で、窮地に飛び込んで行った例が幾つもある。しかも、相手が陥った窮難がなければ、君が殺していたはずの相手に対してもだ。その反面、先ほどのように、君は論理的理由を盾に、助かるはずの命をあっさり諦めてしまうこともある。僕には理解できない。君たち地球人と接すれば接するほど、僕は困惑を覚えるんだ」


「で、何が言いたいんだ? やっぱり、ケネスらを助けに行ったほうが良かったというのか? 今になって? データも集められたしな!」


 チャーリィはむかっ腹を立ていた。


「いや、あれは、君の判断が正しかった。納得したから、君についてきたんだ。だが、僕自身の感情と論理性の調和という課題については、一向に解決しそうにない」


 ライルの口調は悲しげだった。息を切らしながら続ける。


「君達は、違和感も、疑問も無く造作なくこなしている。不思議だよ」


 ――可愛い!


 いきなり、胸に沸き上がった。

 ここは他に誰もいない二人だけの坑道。腕を伸ばしてライルを抱き締める。体温が通い合い、花のような仄かな香りが鼻腔をくすぐる。あたかも美女を抱いているような心地よさだ。


 いつの間にか、彼は薄い布を纏っているだけだった。脱いだ服は丸めて小脇に抱えている。だが、今のチャーリィはそんな小物に関心はなかった。

 ぞろりとした服の右肩が裂けてむき出しになっており、まるで素裸のライルを抱き締めている感じがした。


 思わず知らず両腕に力が入ったらしい。


「痛いよ」


 ライルが腕の中で身をもがく。それを離さじと抱き締めている内に、欲情を感じてきた。


「俺が手伝ってやるよ。ライル」


 耳元に囁いて唇を首筋に落す。腕の中で彼の身体がぴくりと反応した。次いで、思いがけないほどの柔軟さをみせてうっとりとしなだれかかる。


 チャーリィの胸が高鳴る。感動と期待で震える指を彼の顎にあて、キスしようとした。

 するとライルは嫣然えんぜんと笑いかけてきた。


「チャーリィ、ここでは止めたほうがいい。君の思考は全開だよ。シャランが必ず引き寄せられて来る」

「お前は態度と、言ってる事のギャップが激しいんだよ」


 チャーリィは苦々しげに言うと、むっつりして再び前進を開始した。


(俺がその気になると、いつもこうしてはぐらかされるんだ。ああ、もちろん時と場所を選ばない俺が悪いのさ。だが、いったい、いつ、それに相応しい状況になれるっていうんだ? 教えてもらいたいもんだ)




 地下道は町の壁の外に繋がっていた。岩盤を掘り抜いて岩の横に目立たないように開いており、出てみれば目の前に、例の古城の朽ちた姿があった。


 二人はなんの障害もなくシャルルの船に真っ直ぐ戻る。

 キャビンに寄るライルと別れて、ブリッジに入ったチャーリィは、そこにリン・カーネンの姿を見て、反射的に銃を構えた。


 視野に姿を捉えると同時に、もうその右手には愛用のニードル銃が握られているという具合だ。

 早くも引き金を引こうとするチャーリィを見て、リン・カーネンは、


「や、止めろ! 撃つな!」


 と、叫びつつ、椅子の後ろに隠れる。


「よくぞ、生きていたな。俺の手でじっくりとあの世へ送ってやる」


 チャーリィは口の端に冷たい笑みを浮かべて近づいた。


「ひっ! 助けてくれ! シャ……シャルル君!」


 リン・カーネンは取り乱して必死に後退る。椅子の脚に足を引っ掛けて転び、慌てて身を起こそうと焦った。


 騒ぎを聞きつけてシャルルが飛んできた。一目で状況を把握すると、大声でチャーリィの注意を引く。


「待て! チャーリィ!」


 チャーリィはびっくりして親友の顔を見つめた。シャルルは操縦席を回って近づいた。


「お前の気持ちも判るが、あれから色々あったんだよ。それで、今は怪物の研究に場を提供しているんだ」



 この状況の展開に、さすがのチャーリィも言葉を失った。

 必死で思考を筋道だった方向へ導こうとしていると、リン・カーネンがよいしょと起き上がりながら、ぶつぶつ文句を垂れた。


「全く気が早い。おかげで、えらく寿命を縮めたわい。年寄りにはもう少し、気を使ってもらわねばな」


 それを聞いてチャーリィはぎっと小男を睨みつける。年寄りはぎょっとしてたじたじと椅子の後ろに隠れた。


「何が年寄りだ! そもそも、全ての事の起こりはお前の所為なんだぞ! シャルルもシャルルだ! なんで、こんな奴に協力してるんだ!」


 チャーリィは完全に腹を立てていた。


「まあ、気を鎮めろよ。チャーリィ」


 シャルルが冷や汗をかきながら、宥めにかかる。



 そこへ、シャワーを浴びてさっぱりとしたライルが、いつものコンビネーションに着替えてやってきた。それが、リン・カーネンの顔を見つけるとにっこりして近づく。


「やあ、生きていたのか」


 一声、声をかけて、小柄な老科学者の腕を取り、


「シャランのデータがだいぶ集まったよ。それにサンプルもある。あなたの成果を話してくれ」


 と、まるで今しがたまで一緒に仕事をしていたような調子で、チャーリィの鼻先から連れ去ってしまった。


「あっ」と、チャーリィは声をあげたっきり、二の句が告げない。

 シャルルがにやにやしている。チャーリィは顔を赤らめ、わざとシャルルに渋面を作って見せた。


「連中のやる事は、正気の俺達には到底理解できないよ。とにかく、勇に連絡を入れて安心させてやろう」


 艦隊にコンタクトしたところ、艦隊指揮官率いる特別行動隊が、既にあの罰当たりな都市へ向かって降りていることを知った。シャルルとチャーリィは顔を見合わせる。


「勇は、あの化け物の事は知らないんだ」



 不安を感じたチャーリィは、ライル達が研究室に使っているキャビンに足を運んだ。狂科学者達ははやくも仕事に没頭している。

 チャーリィは扉にもたれてしばらく彼らの仕事振りを眺めた。二人ともチャーリィの存在には気づかない。彼らは互いに指示し合い、助言し合って、なかなか円滑に協力していた。



 チャーリィの認識では、リン・カーネンはライルにとって宿敵のはずだし、一方小男にとって、バリヌール人は是非とも標本にしたい獲物のはずだった。

 それが、今は長年の共同研究のメンバーであるかのように振舞っている。

 チャーリィには、彼らの心境がどうしても理解できない。


 リン・カーネンの研究に寄せる熱意は人間離れした異常なものだし、ライルはもとより人間離れしている。案外、この二人、似たもの同士なのかもしれない。


「サンプルの細胞再生機能を調べ終わったか? 数値は?」


 ライルが尋ねた。カーネンが分析装置を覗き込みながら答える。


「驚くべきことだ。98%と出ている。ほとんど不死身といっていい。しかも不定形だから、全体が均一で急所がない。何処を破壊されてもこたえないし、分断されれば質量は小さくなるが、その数だけシャランができる寸法じゃ。アメーバやヒトデみたいな奴じゃな」


 ライルが頷き、組織体のDNAとこれまでの観察された事実をコンピューターに打ち込む。


「しかも、吸収した知性体の経験や知能を自らのものとして取り入れられる確率は、48%と出た。これは、驚異的な指数だよ。過去の原住民には限界があったが、このダズトの都市に住む人々から取り入れれば、かなりのレベルまでシャランの知性は上がるだろう。PCを操作し、宇宙船をも操縦できるようになる可能性がある。もし、シャランが宇宙船を奪い、宇宙中何処へでも散らばっていけるようになったとしたら、事態は大変なことになる。どうしても、早期に絶滅させねばならない」


 大変だと言ってる割にはあまり大変そうじゃない顔で、淡々とライルが言う。

 リン・カーネンがいっそう難しい顔で言った。


「だが、この化け物の耐久指数も桁違いじゃ。どんな悪環境にも耐えられる。生き難くなったら、自ら小さく縮小してロスを防ぎ、仮死状態になって生き長らえる事も可能なのじゃ」

「うーむ。実に素晴らしい。実に魅惑的な生物じゃないか」


 ライルが感に堪えないように言った。リン・カーネンも賛同して大きく頷いた。

 チャーリィは呆れかえる。何処が魅惑的なんだ。おぞましいばかりじゃないか。


 そして、ふとテーブルの上の布に包んである肉塊を見た。その布はライルが死体から借用した服だった。

 ひょっとして、あれは……?


 そこで、気がつく。シャランとすれ違った時……、あの時、奴らから千切りとって? そして、ずっと持ち歩いていたのか?

 チャーリィはぞっとした。やっぱり、ライルの無神経振りはリン・カーネンと同様、理解を超える。



 いっこうに気づかない彼らに業を煮やして、チャーリィは聞こえるように大きく咳払いをした。リン・カーネンが振り返る。ライルの奴は完全に無視している。

 バリヌール人に言わせると、仕事中の邪魔はもってのほからしい。


 それで仕方なく、リン・カーネンに事の次第を話した。小男は何だという顔をし、鼻をフンと鳴らした。


「そんな詰まらんことで、邪魔せんでくれ」


 と、言い捨てるとまた分析装置に屈み込んでしまった。


 むっとしたチャーリィは扉はバタンと音高く閉めると、憤慨してメインデッキに引き返した。



 大きく拡がるスクリーンを眺めながら、はたと当惑する。あの不気味な怪物を避けるただ一つの方法は、己の思考を閉ざす事しかない。奴等には、視覚も聴覚も、恐らくは嗅覚もない。この事を、勇達に知らせねばならない。



 チャーリィは自分の銃のバッテリーを点検し、軽便型ライフルを背負うと、再度、砂漠に囲まれた都市へと向かった。

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