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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第1部 母なる大地はポリマーでいっぱい
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狙われたライル

 やっとできた酵素を分析器に掛ける。スタッフ達がその後ろから見守った。ライルは、ディスプレイ上にものすごい速さで流れていく分析結果の数字と記号の羅列を読んでいたが、やがて首を横に振る。人々から落胆のざわめきが上がった。


 何回目になるだろう。ライルはさすがに疲れを覚えて、肘をついた手で顔を覆った。息をするのも重く、辛かった。

 その肩に手が置かれて、彼は大儀そうに振り向いた。ギフォード博士だった。


「疲れたろう。ずっと休みなしだったからな。君はよく頑張ってくれた。少し、休んだらどうだね?」


 うっとりするような美貌がげっそりとやつれていた。だが、彼は歯を食い縛って言った。


「そんな暇はありません。早くこの酵素を造らなくては」

「しかし、これまでのやり方では、また失敗しそうだ。少し、皆で話し合ってみよう」


 ギフォードは時計を見て全員に言った。


「一時間後に、第二会議室に集合だ。それまでに、各自、考えをまとめておくように」


 スタッフ達がばらばらと散って行く。ライルも立とうとして、ぐらりと倒れ掛かる。

 ギフォードの腕がライルを支えた。所長は彼の軽さに一驚した。


「大丈夫か? 会議が始まるまで、休むといい」


 上背のあるライルに肩を貸して、隣の所長室に連れて行った。そこの長椅子に横にしてやる。

 彼はたちまち寝入ってしまった。

 ギフォードはしばらくその寝顔を見ていた。驚くほどあどけない。まだ子供のような年だったのだ。嘆息して首を振ると、ライルを残して外へ出て行った。


 この地下研究所は、所内に入るまでは極めて厳重な保安対策が取られていたが、地下であるせいもあるからか所内に入ってしまうと、中は結構オープンだった。所内の注意は、むしろ、病原体の漏洩に重点が置かれていた。


 見張りのFBIも今なら大丈夫だろうと、トイレに立った。その後姿を見送って、影から男が出てきた。

 男は辺りを見回すと、さっと部屋に入る。


 長椅子でぐっすり眠っているライルに近づくと、服の下から小型のブラスターを取り出した。


 ***


 結論を出したはずなのにまだ納得しきれていないもやもやを抱えて、チャーリィは研究室へと足を運んだ。無性にライルの顔が見たくなっていた。


 すると、所長室に誰かが入っていくのを見た。挙動に不審を覚えて、彼は足音を忍ばせて後を追う。

 男がブラスターを構えた。その先に長椅子に眠るライル。

 とっさに飛びついた。

 不意を突かれた男は、闇雲にブラスターを撃つ。チャーリィの髪を一部焼き切って壁に穴を開けた。

 チャーリィは腹に二発、屈んだところを、後頭部にとどめの一撃を喰れて相手を沈めた。



 長椅子を見ると、ライルはそれにも気づかずに眠っている。よっぽど疲れているんだなと、半ば呆れながら寝顔を覗き込む。


 彼が自ら正体を明かしてから初めてしみじみ眺めた。あの時のショックはまだ薄れていない。それなのに、見慣れている美貌にうっとりと見蕩れる自分に気づいて首を振る。


 邪気の無い無垢な寝顔だった。

 ふと、キスしたいと思った。

 彼の上に屈もうとした時、人が慌しく駆け込んできてぎくりと顔を上げた。


「何があったんだ?」


 FBIの見張りが、目を丸くして叫んだ。


「この男がライルを殺そうとしたんですよ」


 床で伸びている男を指で指す。アカデミーで訓練を受けている自分が手加減なしで叩きのめしたのだ。まだ、当分、目は覚めないだろう。

 FBIは上司に報告するべく、男を引き摺って行った。


 チャーリィが振り返ると、ライルがやっと目を覚まして起き上がったところだった。まだ、ぼーっとしている。


「チャーリィ?」

「疲れているんだろう? 休めよ」


 チャーリィが言うと、ライルは頭を振って眠気を払おうとした。


「あと十五分で会議がある。もう、起きるよ」


 時計を見て立とうとした身体がぐらりとふらつく。


「座っていろ。コーヒーを持ってきてやる」


 チャーリィはライルの肩を押さえつけて座らせた。


 スタッフ共有食堂のサービスコーナーからホットコーヒーのカップを手に戻ってみると、ライルは長椅子にもたれて眠っている。

 しょうがないなあと呆れていると、はっと目を覚ましてチャーリィを見た。

 

「いい加減にしろよ。身体がまいっちまうぞ」


 コーヒーを渡してやりながら言わずにいられない。


 熱いコーヒーを吹いて冷ましながら飲むライルのうなじの細さに、どきりとした。

 ミーナが余計な事を言うから変に意識するじゃないか、と、半分腹をたてながらうろたえる。


 意識をそらそうと、ふと、疑問に思っていたことを訊いた。


「お前、どっから来たんだ? 何で、地球なんだ?」


 ライルはコーヒーを飲みながら答えた。


「僕はバリヌール人なんだ。ここから、二万光年くらいかな。でも、もう存在していない。破壊されたんだ」


 あっさりと言う彼の言葉に、チャーリィは目を剥いた。


「どうして?」

「さあ、どうしてだろう。突然、攻撃を受けた。見知らぬ艦隊だった。僕等としては、滅びるしかなかった。リザヌール達が、急造したたった一つの船に僕を乗せて脱出させた。外縁にある宙港惑星は真っ先に破壊されたから、バリヌールで生き延びたのは僕だけだと思う」


 淡々と他人事のように言う彼に、苛立ちを覚えて訊いた。


「反撃しなかったのか? 誰も?」


 チャーリィはこの時初めて、ライルが本当に驚く顔を見た。


「戦う? 僕達が? 暴力と破壊を? 考えられないよ。そんな忌まわしいこと、できるわけがない」


 チャーリィは、一瞬、口も利けなかった。そして、ようようと。


「まさか、全く無抵抗に、やられちまったんじゃないだろうな?」

「相手をひょっとしたら傷つけるかもしれないよりは、ましだ。それに、誤って殺してしまうかもしれないじゃないか」


 唖然として、チャーリィは女よりも美しい友の顔を見つめた。

 ライルは友の当惑も知らず、言葉を続けた。


「皆、バリヌールと運命を共にした。僕もそうしたかった。でも、リザヌールが僕は死んではいけないと命じた。僕が次のリザヌールだから。そして、地球へ行けと。そこが、僕の故郷となるだろうからと」


 ライルは空になったコップをじっと見詰めている。その表情には何の感情も映していない。しかし、チャーリィは彼が心のどこかできっと泣いていると思った。そうに違いないと信じたかった。


「時間だ。有難う。少し楽になった。もう少しだから頑張ってみるよ。完成したら、ぐっすり眠るから」


 ライルはにっこりと微笑んだ。

 チャーリィの不意を突く、大輪の花が鮮やかに開く美しさ。


 気がついたら、彼はライルを抱いてキスしていた。

 一瞬ライルは当惑したようだったが、そのまま素直に応えている。

 馨しい唇を貪りながら、欲望にかっと火がつくのを感じていた。

 このまま押し倒しても、彼はきっと抵抗もしないだろう。

 性を知らないんだと、思い至る。


 ライルがそっと彼を押した。


「時間なんだ」


 ライルが合金張りの廊下を向こうに曲がって行くと、交代したFBIが妙な目つきでチャーリィを見てから、後を追って行った。


 見られた。

 ランフォードに報告するんだろうか? 彼はどんな顔して、報告を受け取るだろう。




 チャーリィが部屋に戻ると、勇が血相を変えてやってきた。


「ライルが襲われたって? 大丈夫だったのか?」

「ああ、無事だったよ」


 チャーリィが答えるとほっとした顔になり、ベッドに腰かけてもっともな質問をしてきた。


「どうしてライルを狙ったんだろう?」

「理由は二つ。彼を憎んでいるのか。彼が邪魔なのか」

「犯人は?」

「確か、スタッフの一人だったと思うよ。FBIで調べているだろう」

「それなんだよ」


 勇は身を乗り出し、言葉を続ける。


「FBIがいるってのに、わざわざ捕まるようなことすると思うか? 普通ならさ。どんなに殺したいって思っても、常識のある奴だったら自粛するよな」

「すると、彼が邪魔なので殺そうとした」


 頷く勇を見やってチャーリィは続けた。


「なぜ、邪魔なのか。なぜ、今なのか。彼がこの疾病を解決しようとしているから。病気を抑えられたらまずいから。FBIなんか気にしていられないくらい、緊急だから」

「そうさ。そうに決まってる」

「すると、犯人はこの疾病をばら撒いた犯人でもあるということになる」


 立ち上がったチャーリィは勇に来いよと顎で示し、歩きながら提案する。


「犯人の部屋に行こう。何か解るかもしれない」

「どの部屋か解るのか?」

「FBIに聞きゃあいい」



 チャーリィは真っ直ぐFBIの宿舎になっている部屋に行った。すっかり馴染みになっていて、やあっと手を挙げて挨拶しながら入っていく。それを見て、チャーリィのこの社交性にはついていけないと、勇は首を横に振った。


 中に居た二人がさっと振り向いた。勇は殺気を感じて思わず身構える。男達はチャーリィを認めると緊張を解いた。

 犯人がぐったりと縛られている。詰問に手加減がなかったと知れる様子だ。


「よう、色男。時間がなくて残念だったな」


 チャーリィの顔がぱっと赤くなった。勇が不思議そうな顔をした。


「何だ?」と、聞くのへ、

「何でもない!」と、乱暴に答える。

「それより、そいつがなぜライルを襲ったのか、解りましたか?」


 チャーリィが訊くと男達は顔を見合わせた。


「すまんな。教えるわけにはいかないんだ」

「じゃ、彼が何処から派遣されてきたか、教えてもらえますか?」

「ああ、それは秘密でもなんでもない。NASAからだよ。此処の職員の大半は、そこから派遣されてきている」

「彼の部屋を見せてもらってもいいですか?」

「探偵の真似事かい? なかなかやるんだってな。長官が言ってたぜ」

「それは光栄だって、伝えといてください」


 部屋を教えてもらって出ようとした時、チャーリィはFBIの小柄な男の胸ポケットに視線を走らせた。


「それは?」

「ああ、これか?」


 訊かれた男は、ポケットから小さな生き物を引っ張り出した。

 黄色い毛皮に覆われた猿みたいな顔をしたネズミ。確かハリスのポケットにも、似たようなのが顔を覗かせていた。器用そうな指がついている。


「奴の部屋を捜索した時に見つけたんだ。飼っていたんだろう。そのまま放って置いて餓死させても可哀相だからな」


 小柄な瘦せた男が、意外に人懐っこい笑みを見せた。


「こいつ、無類の動物好きでな。それさえなけりゃ、女にももてるのに」


 もう一人の同僚が呆れたように注釈を入れる。

 チャーリィはそのネズミの目付きが気に入らなかった。いやに人間染みた狡賢そうな目付き。


「噛まれないようにしてくださいよ。また、おかしな病気が流行ったら困りますからね」


 男達は気の利いたジョークだと思って、どっと笑った。

 しかし、チャーリィは笑わない。半分本気だったのだ。どうも、そのペットは虫が好かない。




 犯人の部屋に入ったチャーリィは、勇と不審なものはないかと捜し回る。プロのFBIが散々捜査した後だけに、余り期待はしていない。

 見たところ、ごく平凡な研究者だった。几帳面な性格らしく、スケジュールをP-Tbにびっしり書き込んでいた。


 調べれば調べるほど、なぜ彼がライルを襲ったのか解らなくなる。彼は火星どころか、一歩も地球を出ていない。だいそれたことを仕出かすような人間にも見えない。


 チャーリィはやっぱり火星に行ってみなければならないと思った。

 全てはそこから始まったのだ。

※注1:ブラスター:銃の種類の一つ。実弾ではなく、集束された熱線を直線状に放つ。口径形状を手元のリボルバーで調整すれば、扇状に広い範囲に拡散することも可能。炎系なので、酸素のあるところでなければ使用できない。

 同様に実弾ではないビーム銃がある。これは、レーザーやエネルギー波を集束させて放つ武器で、酸素のない所でも使用可能である。


※注2:バリヌール人の惑星間移動には、通常N次元位相転移を使用しているため、宇宙航行用の船は最外縁の宙港惑星に集中していた。転移方法は場所を取らず簡便なので、家から家へと、或いは施設へと、ドアを開けるように移動できるのである。


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