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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第6部 砂漠の夜は怪物でいっぱい
85/109

クラブ『ロイヤルレディ』のライル

ライルを思いがけない形で発見するチャーリィは?

 五の章


 火星警察の献身的な捜査の結果、目当てのカメレオン人は、二つの大きな荷物と一緒にK-24ポートに向かっていた。

 勇は特殊任務中で忙しく、ミーナはずっと遠方の宙域で活躍中だった。それで、チャーリィは特Aクラスパイロットのシャルル・マーシンと一緒に飛ぶこととなった。


 金髪で、明るい青空のような目を持つこののっぽの青年は、同じアカデミー出身で、実習訓練も一緒に受けてきた仲間だった。


 スプーンの代わりにハンドルを持って育ち、年頃になっても女の子より宇宙船やレーシングカーが好きという変わり者だった。既に幾多のライセンスを持ち、特A級パイロットの中でもピカ一の腕で、カーレースでは連続優勝を続けている天才。


 彼は何より船を愛し、恋人に接するように話し掛け彼の趣味で飾り立てていた。

 現在の彼の船は、情報収集と高速移動系任務――シャルルに言わせると、速達便屋――向きの高速船タイプ。大気圏突入も可能なシャープな流線形の小型艦で、ちょっとイルカに似ている。なので、船体を白く塗って『ホワイティちゃん』とシャルルは船に呼びかけていた。


 洒落っ気のあるフランス人は、時々チャーリィをその装飾で驚かす。

 今は、日本趣味に凝っていた。チャーリィが乗船した初日には、畳を敷き詰めたキャビンでお茶を立ててくれた。


 チャーリィも日本的情緒は好きである。勇の許嫁の順子がお茶をやっている関係で、何度か茶会に招かれ、日本にも幾度となく訪れている。ある程度は知識もあると思っている。

 壁に墨書きの掛け軸が飾られ、その下には蛤板に日本人形が置いてある。そこまでは良かった。


 だが、なぜか、隅に長火鉢があり、その横には骨董屋で見つけてきたらしい古い飾り棚。招き猫が小判を片手に鎮座している。日本凧や祭りの法被や東大寺のお札などが、所狭しと張ってあって、とても落ち着いた雰囲気とはいえなかった。



 本人は縞柄のキモノをずるりと着てパイロット席に着く。背が高すぎるので、だいぶ短い。

 チャーリィはコクピットの真ん中にある几帳にぶつかり、腹だたしく薄い絹織物を避けた。


「おい、パイロットスーツを着ないのか? 規定違反だぞ」


 シャルルは鼻歌交じりで操作をしながら答えた。


「なーに、こいつが壊れる時は、何着ていたって同じさ」


 とても宇宙防衛軍特A級スペシャリストの言葉とは思えない。


 ――なんだって、俺の周りはこんな奴ばっかりなんだ?


 チャーリィは自分もかなりな型破りであることは自覚していない。




 ルナステーションを発って、十日後、シャルルは確かな操縦で、自分の愛船をK-24ポートに着陸させた。K-24の番号で呼ばれる辺境の星系の乗り換え専用宇宙ステーションである。

 シャルルが補給を受けている間に、チャーリィはK-24ポート公安局に出かけ、大きな荷物を二つ抱えたカメレオン人の乗り継いだ船と行き先を調べる。


 カメレオン人はここで小型船をチャーターしており、惑星ダズトに向かっていた。


「ダズトだってさ。シャルル、知ってるか?」


 船に戻って、だらしない着物姿のパイロットに尋ねる。


「さあて、初めて聞くな。よっぽど辺鄙へんぴな所だぜ。きっと」


 ***


 惑星ダズトは地球から8千光年離れたKE203銀河の第5惑星。ほかに、何の表記も詳細も取得できなかった。通商経路からも離れ、見向きもされないということらしい。


 赤茶けた黄色い砂漠の惑星が見えてくると、チャーリィはシャルルに、目立たないように降りろと指示した。どうもきな臭い気がする。都市がたった一つと言うのも気に入らない。


 都市からずっと離れた所から低空飛行に移り、砂を巻き上げるようにして都市の近くへ接近した。

 小型船とはいえ、仮にも宇宙航行船である。こんな無茶な飛行ができるのはシャルルをおいて他に多くはあるまい。




 まずは都市へ乗り込んで、リン・カーネンの情報を集めるしかないだろう。チャーリィは船のハッチに足を掛けながら、砂煙る都市の霞んだ輪郭を眺めた。


 砂の侵入を止めるためか、それとも他の目的もあるのか、都市は高さ五メートル近くの壁に囲まれていた。

 その壁に囲まれた都市から砂漠へと岩盤が張り出しているあたり、石が積み重ねられたような朽ちかけた城のような遺跡が、遠くに小さく見えた。



 シャルルが隣に来た気配に振り向く。着物から普通のパイロットスーツに着替えており、チャーリィはほっと胸をなでおろした。一般市販のスーツで、何処にも軍を匂わせる印のないことを確かめる。


 チャーリィとシャルルは船からバギーの愛称で知られる四輪駆動の車を走らせ、堂々とゲートから入る。鉄の門扉で砂漠と都市を隔てており、武器を持った警備員が常時詰めている。だが、チャーリィがチップを弾むと、ゲートの警備員は何も言わずにこにこと通してくれた。


 二人は嫌悪と驚きの思いで、通りを歩いていた。既に五回喧嘩を吹っかけられ、三回引ったくりを捕らえた。

 都市は彼等が今まで経験したことのない活気で溢れており、無法の自由と不道徳な匂いが蔓延していた。シャルルが知っているデトロイトの無法地帯とも違うし、チャーリィが知った麻薬組織のコロニーとも違っていた。


 舗装された埃っぽい通りのコンクリートの建物からは不衛生な喧騒と猥雑さがあふれ出し、着飾った女達が待つ館や酒場、何を商っているのか定かでない怪しげな店などが所せましと立ち並ぶ。


「何処か入らないとな。こうしてぶらぶら歩いていても、何も解らない」


 チャーリィが決断をみせた。

 どうせ入るんなら、大物が出入りしそうな大きな所が良かろうと、目に付いた中で一番立派で堂々たる店構えの建物に入る。


 店の名前はクラブ『ロイヤルレディ』。


 一見して爬虫類の出だと判る鱗のついたボーイが走り出てきた。


「ご予約ですか?」


 恭しく尋ねてくる。チャーリィはチップを弾みながら、


「いや、ここは初めてなんだ。良い場所を頼むよ」


 と、如才ない。シャルルが手慣れたもんだとにやにやした。



 厚い絨毯を敷き詰めて壮麗なイメージを強調したロビーを通る。革張りの重々しい扉を開けると、広い空間にボックス席がゆとりのあるスペースで幾つにも仕切られていた。赤と黒を基調とした落ち着いた渋みのある趣味の良い内装で、縁取りに金を使い高級感を演出している。


 高い天井には大きなシャンデリアがいくつも下がり、クリスタルにきらめく光を淡く投げかけていた。背の高い陶器の壺には観葉植物と花が活けられ、暗すぎない程度に間接照明が柔らかく足元を照らす。


 中央のステージでは、緑色の猫族の女が照明スポットを受けて、甘いエキゾチックな音楽に乗せてセクシーなアクロバットダンスを踊っていた。

 ほぼ埋められているボックス席では客が歓談をしていたが、厚い絨毯や内装に吸い取られ、声はさざめきとなって音楽に溶け込んでいた。



 だが、チャーリィの視線は、一つのボックスに釘付けになっていた。

 灯りが暗くてここからでははっきりしない。だが、あれは……。

 あれは、間違いなくライルだ! 男に抱かれて……!


 人を射殺する時でも眉一つ動かさないチャーリィが、その場に棒立ちになった。

 トカゲのボーイが目敏く視線を追って、


「お気にとめられましたか? 彼は、当店一番の売れっ子でして。この店の看板なのです。早速、お気にいられるとは、お客様もお目が高い」


 と、揉み手しながらへらへらした。


 悪夢だろう? と信じかねて突っ立つチャーリィを引っ張るようにして、シャルルはボーイが勧めるボックス席に強引に座らせた。酒を注文し、女の子を適当に指定して、チップを握らせてボーイを下がらせる。


 まだ、ライルのボックスから目が離せないで茫然としているチャーリィを、


「しっかりしろよ」


 と、少々強く小突いた。それでやっとチャーリィも我に返る。


「いったいどうなってるんだ? 奴はリン・カーネンにばらばらにされちまっているんじゃなかったのか? あの野郎、俺のライルにあんな真似しやがって……」

「落ち着けよ。今更じたばたしたってしょうがないだろう。とにかく、彼が無事だって判ったんだ。もうすぐ、女の子が来る。彼女に事情が聞けるよ」


 シャルルの言った通り注文の酒を持って金髪のグラマーなソル《地球》人娘がやってきた。

 入れ替わりに、向こうのボックスではライルと男が連れ立って奥の方へと消える。チャーリィも一緒について行きたそうにしたが、シャルルの、


「やあ、こんにちは。素晴らしい美人だね。君、名前は?」


 と訊いているのを聞いて、無理やり注意を戻す。


 女は当たり前のように美男のチャーリィの横にぴたりと座った。氷を落として手渡してくれた酒のグラスを受け取って、チャーリィはドロシーと名乗った女にさりげない感じを装って訊く。


「さっき、きれいな男が客と出ていくのを見たんだが、彼はこの店の人かい?」

「やっぱり目に留めるのね。仕方ないけど。そうよ。彼はゲームクイーンなのよ」

「ゲームクイーン?」

「ええ。彼を相手に高額の掛け金でゲームをするの。ビリヤードとか、カードとか。彼に勝てばベッドインできるってわけ。かなりの客が次々に高額のお金を払って挑戦しているけど、まだ、クィーンに勝った人はいないみたい」


 ――バリヌール人相手にゲームで勝つのは無理だろう?


 チャーリィは心の中で呟いた。それは、ていのいいぼったくり商売だ。


「だから、クィーンは今、この店で一番稼いでいるのよ。それでも、客が諦めないってところがすごいわね。誰が最初に彼を得るか、意地になって競っているみたい。ボスが四日前に拾って来たんだけれど、確かに拾いものだったわ」


 金髪の美女は呆れたように笑った。男の色気を放つチャーリィの関心を引き付けようと、ゲームクイーンの話を披露してくれる。彼女はいろいろ詳しかった。

 チャーリィにとって拷問にも等しいお喋りが続く。シャルルはただ、唖然と口を開けたままだった。

 シャルルにとってのライルはかつての候補生仲間であり、偉大なる種族の血を引く大科学者だった。男娼の彼を想像することは驚天動地なことだろう。


 ドロシーはうっとりと頬を染めてチャーリィの顔を見つめたままである。彼女の世界にはチャーリィしかいないらしい。シャルルは自分で勝手に酒を作って飲んでいた。


「そのゲームクィーンの彼に会ってみたいな。個人的に会えるようにできないかい?」


 チャーリィがドロシーの耳元にバリトンの声で囁く。彼女はぞくぞくと身を震わせた。チャーリィの緑灰色の瞳に囚われる。熱を帯びた眼差しを男に注ぎ、ドロシーは頷いていた。


「わかったわ。ああ、でも、今日はだめ。ゲーム予約が一杯だもの。んん……、でも、あなたから頼まれたらいやとは言えないわ。そうね。あなたはいい男だから、私が特別に何とかしてあげるわ。今夜、彼が休む時間になったら、こっそり部屋に入れてあげる。その代わり、ご褒美をくれなきゃだめよ」


 ドロシーはチャーリィの首を抱え込み、シャルルはそっぽを向いて見ない振りをした。

 去り際に、女は彼に忠告をする。


「でも、チャーリィ、クィーンを抱けるとは限らないわよ。無理強いは絶対ご法度だし、今のところ、誰もうまくいった人はいないのよ。そのことだけは承知しておいてね」




 店を出ると二人はいったん船へ戻った。シャルルには船に待機してもらい、チャーリィはもう一度店へ出向く。

 ボーイにドロシーを指名すると、彼女はすぐに現れて嬉しそうに微笑み、チャーリィを自分の客として店の奥へと導いた。


「ほら、クィーンがゲームしてるわ。覗いてみる?」


 ドロシーはチャーリィを連れて、瀟洒な内装の一室に入った。


 扉は廊下に並んだ他の部屋と同じように見えたが、上質の絨毯が敷かれた部屋は広かった。

 スロットマシーン、ゲーム用PCなどがけばけばしいくらいに装飾されて複数台ごとに置かれ、まるで王族が座るような豪華な椅子が据えられていた。

 ライルにゲーム挑戦できる者は、この椅子や部屋に見合うだけの金を出せる客なのだ。


 扉の前で、警護している目つきの鋭い男二人は、わざと目につくように武器を携帯している。ドロシーは自分の客だと主張するように、チャーリィの腕を親し気に抱え込んで男に笑って見せた。


「奥のビリヤードで対戦中だぜ。早く行かないと終わっちまうぞ」

「俺は30分で片が付く方に10セル賭けてるんだ」

「甘いな、俺は20分だ」


 賭けについて話し始める警護の男達に礼を言って、ドロシーはチャーリィを奥へ引っ張って行った。ちなみにセルとは銀河通商単位で、1セルは現地球の12ドル相当である。


 ビリヤード室はオープン形式となっていて、観客が周りで観戦しやすいように一段低い位置にあった。既に結構な数の観客が眺めていた。

 チャーリィのような女連れもいれば、これを見るために来ているような客、冷やかしや店の男達も観ている。次の挑戦者らしいでっぷり太った男は、気ぜわし気な顔で真剣に見入っていた。


 デジタルボードを見ると、五セットの最初のセットが終わったところ。ポケット・ビリヤードのナインボールだった。第一セットはライルの勝ちである。


「ここのルールでやってるの。先に三セット先取したほうが勝ちなのよ。ブレイクは一回ごとに交代。最初にどちらがブレイクの権利を得るかは、ブラックボックスから取ったボールの番号で決まるのよ。多いほうが先手ってわけ。この試合は、クィーンが先取したみたいね。お気の毒、三セットで終わりだわ」


 ドロシーがチャーリィに小声で教えてくれる。


 手すりに手を置いて眺めると、2セット目の準備に入ったライルがキューを軽くしごいていた。


 ロング丈の薄紫のイブニングドレスを無造作に着ている。腰を金色のベルトで締めてさらりと流れる薄物の生地をまとめているが、左脇サイドは大きくスリットしていて身体の動きで長い脚が露出する。下着は着けていないらしく、ひどくコケティッシュで蠱惑的な衣裳姿だった。


 本人はきっと一向に気にしていないだろうが、対戦相手には目の毒だろうなと、チャーリィは密かに同情する。

 これでは、ますますゲームに勝てるわけがない。2セット目のブレイクに入る対戦相手は、ちらちらとライルの姿に目を奪われ、既に集中力が失われていた。


 やっと男はブレイクショットを撞いたが、辛うじて1番球に当てたものの、球はばらばらと散っただけで、ノークッションファウルとなった。


 男が悔しそうな顔で台から下がると、ライルが台に寄ってしばらくじっと台上の球を眺めている。

 計算しているな、とチャーリィは内心ほくそ笑む。ライル相手に一回ミスしたら終わりだ。ライルの頭の中では、全ての球の位置と入射角反射角、軌道と速度の計算が行われているはずだ。


 やがておもむろにキューを構えると、1番の球を狙って手球を撞いた。それで終わりだった。会場から、おおーっという感嘆の声が上がる。

 1番が3番をはじき、3番がクッションで跳ね返って5番をはじき、そうやって次々と連鎖的にはじきながら、結局9番まですべての球がポケットに自分から進んで転がっていく。


「やっぱり、すごいわ」


 隣でドロシーがため息をついた。チャーリィは彼女を促してビリヤード室を後にする。もう、あとは結果を待つまでもない。

 果たして、ゲーム室へ出た二人の背中を追うように観客のどよめきが伝わった。三セット目先行のライルが、ブレイクショットで全部の球をポケットに落としたか、9番を確実に落としたのだろう。


 ゲーム部屋から出るとき、チャーリィは警護の男達に告げた。


「もう、勝負は着いた。15分以内だったな」

「ええ?」


 男達は目を剥くと、楽しそうに笑った。



 チャーリィは約束の刻限まで時間を潰そうとドロシーの部屋に向かった。が、早々に出て来た彼は、あの後、親切なバリヌール人が、気の毒な対戦者にキスを許してやったことまでは幸いにも知らなかった。


 ***


 真紅の絨毯を敷き詰めた回廊沿いに扉が幾つも並んでいる。全て客のための部屋だった。麻薬を使用したり、女と遊んだり、商談にも使われる。もう、終業時間となって明かりが落とされ薄暗い。だが、朝まで客がいる部屋もあり、淫靡で妖しい雰囲気が漂っていた。


 その一番奥の部屋の前でドロシーは立ち止まると、仲間内で暗黙の了解になっている扉の暗唱番号を入れると、インターホンに声をかける。


「お友達を連れて来たの、会ってあげてね」


 返事を期待せず、どうぞと手でチャーリィに示すと、高額のチップとキスのおまけを貰ったドロシーは肩をちょっと竦めて立ち去った。




 チャーリィは扉のノブに手を伸ばし、しばし躊躇った。唾を飲み込み呼吸を整えてから、思い切ってドアを開ける。


 部屋の中は暖色系でまとめられて、アンティークなイメージの調度品で統一されていた。足を踏み入れるのを憚るような厚い絨毯が敷かれ、天井にはビクトリア調の色彩画のレプリカが施されている。全て、ここに棲む住人に相応しく、豪奢な雰囲気で整えられていた。


 彼の肌の香りだろうか、ほのかに薔薇の花の香りが漂う華麗な部屋の奥中央に、大きな天蓋つきのベッドがあり、その中に彼がこちらに背を向けて座っていた。


 先ほど見た時と同じ長い薄紫の薄物を身につけ片膝を立てている。両腕で抱いた膝の上に傾げた頭を載せて何か放心しているような感じだった。

 その姿態が背筋にぞくっとくるほど艶めかしい。チャーリィが知るライルからは想像もできない色っぽさが漂っていた。


 チャーリィは静かに扉を閉め、そっと近づいた。

 ライルがゆっくり頭を巡らして彼を見た。


 額にルビーの飾りが揺れて輝く。

 彼はチャーリィを認め、艶やかに微笑んだ!



 チャーリィは愕然として、歩を止めた。

 あの人形のような無表情が消え、凛とした気品はそのままに、ライルの目、口、全身のあらゆる所から悩ましいばかりの妖艶さが滲み出ていた。


 それはチャーリィに、欲情よりも頭をがつんと殴られたような激しいショックを与えた。


「やあ、チャーリィ」


 ライルの奴がにこやかに名を呼んだ。チャーリィの頭の中は真っ白になったままだった。足がぎくしゃくと前に出て、気がつくと奴の薄物の襟首を掴んでその美しい顔を睨みつけていた。


「どうしたんだ? チャーリィ。痛いよ」

「どうしたんだとは、こっちの台詞だ! いったい何だ? このざまは! 貴様、恥ずかしくないのか!」


 襟首を締め上げたまま、凄い剣幕で怒鳴りつける。


 ところで、チャーリィの人を射殺しかねない鋭い視線を平気で受け止める者が居るとしたら、それはこのライルである。彼はその種族柄、どんな脅しにもとてつもなく鈍い。


「恥ずかしい? どうして?」


 端整な美貌を赤らめもせず、不思議そうに聞いてきた。

 チャーリィは顔を両手に埋めると、がっくりとベッドの上に腰を落とす。 


「俺が間違っていた。言う相手が違っていたよ。今のは気にしないでくれ」


 ――そうさ。バリヌール人に『恥ずかしさ』なんて期待した俺が馬鹿だった。


「いったい、なんでこんな所で、こんな商売をしてるんだ? 頼むから、俺が解るように、ちゃんと説明してくれよ」


 ライルは何のわだかまりもなく答えた。


「論理的に明白な理由があるんだよ。ここにいることは、その付随的結果でしかない」


 ――ゲームクィーンとかやるような男娼まがいの何処に論理性があるんだ?


 チャーリィはゴージャスな天井を見上げた。シャンデリアの輝きが天井の色彩画を幻想的に浮き上がらせている。プリントレプリカ画なのだろうが、まるで実際に描いたものであるかのように錯覚させる演出だ。


 だが、その『明白な理由』を聞く前に、チャーリィの腕のTELが合図を送ってきた。


『シャルルだ。今、救助を求める通信が入った。ここから近い。だが、俺は船を守りたい。少しやばい感じがするんだ』


 二人ははっと目を合わせた。その冷静な視線はチャーリィの良く知る彼のものだった。


「わかった。すぐ現場に行く。場所は?」

『ここから見える。古い遺跡だ。』

「僕も行くよ。心当たりがある」


 ライルが言った。


「そうだな。ここの世界に関しちゃ、お前のほうが詳しいだろう」


 チャーリィは自由に抜けられるのか? とは訊かなかった。ライルがその気になって、彼がついていればどんな組織の手も阻むことなどできやしない。



 しかしながら、予想よりも簡単に呆気なく抜け出せてしまった。ここもやはり、コンピューターに絶大な信頼をおいて、それに守らせることで安心していたからだ。そして、ライルにとってコンピューターほど、組し易い相手はいない。

 ドアのロックはないも同然、監視しているセンサーも機能していないのを悟らせない形で停止させる。ライルが手にしている小さな装置は、暇潰しに作った遠隔IC干渉装置だった。


 何のことはない。ライルはいつでも容易く抜け出せたのだ。と、言うことは、彼は自分の意思でこの苦界に身を堕としていると言うのか?


 チャーリィは傍らを走る美しい異星人を眺めた。何を考えているのだかさっぱり解らないライルは、今、草原を走る一匹の雌豹のようだった。

 生気に溢れ、生きることの喜びを謳歌する美しい獣。

 チャーリィはこんなライルを見るのは、初めてだった。



 五メートルの壁も彼には何の障害にもならない。0.82Gの引力のもとで、ふわりと優美な飛翔をやってのける。

 薄物の衣を軽く身に纏っただけの優しげな姿が、三つの月に青く透けて赤黒い惑星の夜の空に美しく舞った。

 男でも女でもない性別を超えた神々の姿か、それとも魔物か。

 チャーリィは足を止め、思わず見惚れる。


 壁の向こうにその姿が消えて我に返ったチャーリィは、汗してそれを必死に越える。肩で息を切らす彼を後に残して、ライルは既に砂漠のほうへと向かっていた。


 この高さが地球人にとってどれほどの障害になるかはよく知っているのだが、だからといって、チャーリィの速度に合わせてくれるライルではない。

 全速力で走る俊敏な脚は、大地の力に逆らってなお優雅さを失わなかった。




 ライルが辿り着いた古城の中は、文字通り廃墟と化していた。

 崩れた壁。破壊された機器。どれを取ってみても、ライルがここを出た時と同じ様を保っているものはなく、言語を絶する破壊に見舞われたのは疑うべくもない。


「リン・カーネン!」


 ライルが呼ぶ。やっと追いついたチャーリィが聞き咎めた。


「リン・カーネンって? じゃあ、奴はここに? そうだ。俺はずっと訊きたいと思っていたんだ。どうして奴は、お前を解剖しなかったんだ? 手中に納めていたのに」


 だが、ライルは答えず散乱した室内に分け入る。石の表面に付着した物を最初に発見したのは、チャーリィだった。機器の残骸の間を調べているライルを呼び寄せる。


「これは何だ? まだ、乾いていない。新しいものだ」

「ふむ……」


 ライルは興味を惹かれたようだ。それはごく小さな粘性の付着物で、崩れた石の壁にべたりとついていた。透明で、既に白っぽく乾き始めている。


 研究室の残骸から無事なプレパラートを持ってきたライルは、付着物をそっと掻きとった。そのまま顕微鏡を捜し出して来て調べ始める。そして没頭した。



 チャーリィは肩を竦めると、新たな手掛かりを求めて探索を続ける。地下に降りる石段の階段の奥に、半開きの重そうな石の扉を見つけて、ライルを呼んだ。


 しかし、ライルは返事すら寄越さない。何かに集中し始めたら、太陽が落っこちてきたって動きやしない。解ってはいることだったが、チャーリィは嘆息せずにいられなかった。

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