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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第5部 訓練基地は元気でいっぱい
76/109

特訓特訓 また特訓

楽しい訓練風景です

誰にとって楽しいかって?それは秘密です

一部、食事時間に読むのは控えたほうがいい記述あります><

 四の章


「うわあ!」

 

 隣で、覆体にしていた岩から身を出したラジが、途端に射撃を食らって後方に吹っ飛んだ。


 チャーリィ達は毎日、特訓に次ぐ特訓でくたくたになるまでしごかれていた。

 今、候補生は2班に分かれて、特攻訓練を行っている。その第一斑だった。


 重火器を肩に担いで、岩々の陰に身を隠しながら進むこれは、非常に辛かった。

 彼らの身が岩陰から出るや、すかさず前方に待ち構えている上官達の一斉射撃が来る。だが、二キロ先のターゲットに銃火砲の弾を打ち込むまでは終了できない。


 訓練生は全身を防弾用の硬化防御戦闘服――着用すると戦闘ロボットか、装甲車になったような気がする――で被っているので、弾丸が当たっても怪我することはないが、衝撃は消えないので後ろへひっくり返される。

 弾丸の当たる反響も凄まじい。五発も喰らうとしばらく何も聴こえなくなり、十発で意識を失う。

 上官達はどうやら面白がって彼らを故意にひっくり返そうとしているようだった。


 ひっくり返されたラジが亀の子のように頭をふらふらさせながら地面に這うのを見届け、チャーリィは岩陰からターゲットまでの距離を測った。まだ1キロ以上はある。的は米粒より小さく見えた。

 訓練生は弾を一つしかもらえない。撃ち損じたら引き返して弾をもらい、最初からやり直さなければならない。岩陰に身を隠しつつ慎重に狙いをつける。


 どん!

 銃砲内にカセットしてある酸素を消費して火薬が発火。薄い大気に煙が上がった。

 前方で動揺が起こる。

 戦闘服の分厚い装甲カバーの中で、チャーリィはにやりと笑う。彼は一番乗りで終了したのだ。



 二番乗りは勇。装甲服の重量をも、ものともせずに素早く身をこなし、十発二十発喰らっても平気で突進して行ったからだ。

 後でセンダ一等兵は、仲間にこう漏らした。


「あいつは怪物だ。連弾が集中する中を、なおも近づいて来るのを見た時は、心底ぞっとしたぜ」



 この訓練のどん尻はライル。

 彼には、重火器と硬化防御服の重量は重すぎたのだ。おまけに一発の命中弾で軽く吹っ飛ばされ、前進にもたついた。様々な訓練を受けたが、彼にはこれが一番きつかった。

 弾丸を受けて反響する音は鋭敏な聴覚には大きすぎ、装甲服が受ける衝撃は強すぎた。


 ついに、気を失ってしまい、ライルは中途リタイアする破目になった。

 装甲服を脱がしてもらうと、直後、大量に吐いた。彼が自分の体調をコントロールできるようになるまでの数時間以上、聴力の障害と振動性の自律失調に悩まされた。




 チャーリィにとって一番苦手だったのは、衛星用小型宇宙船の操縦訓練だ。小型と言っても操作そのものは大型とそう違いはない。ただ、大型より小回りが利いて手動操作もやり易い反面、安定が取りづらい。


 当然、訓練は手動のみ。いよいよとなったら自動にできるが、そういう事態となったら、コンピューターもあまり助けにはならないだろう。

 上官が一人ずつ補助に付いたが、原則として全てを候補生がやる。乗り合わせる上官も辛いのだ。大抵終了すると、医局へ胃薬をもらいに来る。


 例外的に楽だったのは、ライルとシャルルに付いた補助担当官だろう。ライルの操縦はコンピューター並の正確さだし、シャルルのそれは芸術的ですらあった。

 ことにシャルルの場合、全てのカリキュラムを、この中古船でこれほど滑らかにできるとは信じられないくらいで、上官は感嘆のしっぱなしだった。



 悲惨だったのは、勇とチャーリィに付いた補助担当官。

 勇の操縦は下手ではないのだが、とにかく荒っぽい。上昇は加速を三十Gまで上げ、いきなり0に切る。急降下はほとんど落下で、地上に激突寸前で逆噴射を掛け、船体の腹を擦るようにして体勢を立て直す。

 荒さに関しては定評のある基地の男達もこれには参り、次の操縦訓練で彼につく補助担当官がいなくなってしまった。中尉はやむなく上官命令を執行して、担当官を強徴しなくてはならなかった。


 チャーリィの場合は、あまりに悲惨すぎて口にするのも憚るくらい。

 訓練のあとに頭が半分ひしゃげ、胴体が溶けかかって消化剤の泡にまみれた船が残ったと言えば解るだろう。

 彼はその後も、グライダーの翼を折り、衛星用探査機の着陸脚を全て潰し、無人ゾンデをガニメデの空の彼方遠く永遠の旅に就かせた。

 その後、ブレイク中尉は二度と、断じて二度と、彼には船に指一本触れさせなかった。


 ***


 ライルと勇を除く全員がこたえたのが、『ガニメデの散歩』。

 これは勇ですらきつかった。五十キロ離れた地点から食料・水一切持たず、酸素は行程の五分の一、酸素透過マスクと銃一つで歩いて帰らねばならない。

 過去、同訓練で、耐えられなくなった候補生がその銃で自殺したことがあった。


 気圧は七千メートルの高山並み。酸素含有量はその10%。地球地上の20%。

 そして寒い。地熱と発電計画のおかげで、以前ほどは凍り付いてはいない。しかし、平均気温、零下十二度。強化コンビネーションを着ていても凍えてくるような温度である。


 二回に分けられ、各自の間は三十キロ開けられ、互いに助け合うことはできない。完全に孤独な一人一人の戦いだった。


 勇は途中、小動物を捕らえて食べたので、比較的元気だった。基地についた時、軽い高山病に罹っていたが、一晩寝れば元気になった。

 ライルは体調を低酸素・低温度系環境に調整したので、他の誰よりも平気だった。



 長い孤独が苦手なのはチャーリィ。彼はいつも仲間と陽気にやっているのが好きなのだ。おまけに息が苦しく、少し歩いただけで息切れがし、疲労も甚だしい。心臓は大きく波打ち喉から飛び出しそうで、肺は酸素を求めて喘ぎ続けて痛い。

 血液中の酸素濃度も低くなっているから、頭もがんがん痛く耳鳴りがする。

 これは早く基地に戻らないと、本気でやばいぞとぞっとする。まだ、十キロしか歩いていないのだ。

 酸素を少し取ろうとボンベを肩から外した拍子によろめいて、氷が張った地面にどっと倒れる。身体を起こそうとしてくるりと仰向けになった。


 今は、暗期間。太陽は背後にある。木星の赤っぽい巨大な姿が天空の同じ位置を占めていた。星々もきらきらと輝いている。大気が薄い所為でたくさん見えるはずだが、木星が明るくて、思ったよりも見えづらかった。

 イオが木星の大きなキャンバスの上を眼に見える速さで移動している。丁度、大赤班のところを通過しようとしていた。エウロパがゆっくりと木星の上部の方に入って来た。地球の月ほどの大きさに見える。それでも、木星のごく一部を占めるにすぎない。ガニメデの影も木星に写っている。木星は今、満月期なのだ。

 その点のような小さな影を見ると、木星がどれほど大きいか実感できる。


 ここにライルが居れば、頼まなくても各衛星の公転速度や軌道について説明を始めるだろう。

 ついうっとりと木星を眺めていたチャーリィは、それで我に帰った。地面に寝そべっている身体がじんわりと凍てついてくる。

 まだ、あと四十キロか。うんざりして気が挫けそうになった。黙々と地道に歩き続けるなんて、自分には合わない。それでも、野垂れ死にしたくなかったら起きて歩き出さねばならない。


 体を起こすのにぐずぐずしていると、気配が背後から降ってきた。彼は考えるより早く、反射的に飛退くと同時に、右手に滑り込んできた銃で撃っていた。


 肉の焼ける臭いとともに、亜硫酸と腐肉の嫌な臭気が傷口から噴き出した。彼は、さらに後退して、続けざまに撃ちこんだ。

 フラフラは穴だらけになって、凄まじい臭気と煙を上げながら倒れる。

 彼は口と鼻を押さえ、咳き込みながら急いで離れた。


 だが、それは単調さに参りかけていた彼に、活を入れてくれたらしい。再び気を取り直して、歩き出した。彼はその後フラフラを二度、狩り出して仕留めている。フラフラこそいい迷惑だった。



 チャーリィが見ていた同じ空の下で、リオもその壮大な景観に心を奪われていた。空にかかる巨大な木星は、寝転がっている彼の上にまるで落ちてくるようだ。

 それとも、彼のほうがあの不思議な異世界へ吸い込まれようとしているのだろうか。


 ――宇宙の支配者ジュピター。輝く星々は彼のしもべ。目の前でゆっくりと回転し、縞の帯が夢のような動きで移り行く。側近はエウロパ、イオ、そして僕だ。


 ジュピターDⅢ号の窓から見た時よりもずっと素晴らしい。

 なぜなら、今、自分はジュピターと直に向き合っているからだ。同じ世界に居るのだ。その実感が、ガニメデの大地の冷たさと一緒に体の中へ滲み込んでいく。

 ガニメデ、凍えた世界。しかし、再びこの世界は命を吹き返そうとしている。


 ――僕は君達に逢う為にここへきたのだ。今、それが判る。


 リオは疲れ果てていたけれど、心の中は豊かに満ち足りていた。


 リオは地球に帰還してから一連の風景画を描いた。題は、『ガニメデ』。

 絶賛され、各美術商や美術館が求めたが、彼はそれをアカデミーに寄贈した。

 リオと親しい高名な画家に、彼はこう答えている。


「ガニメデの大気を呼吸し、その大地を踏みしめ、這い、土にまみれなかったら、例えそこに何十年居ようと、僕はきっと『ガニメデ』を知ることはできなかったでしょう。頬に触れたその大地は、凍えるほどに冷たく、死のように暖かかったのです」



 黒い肌と長い俊敏な脚を持つアフリカの大地の子、ラジ・三河も何とか無事にこの試練を通過した。彼はエチオピアの高山の低い気圧にも慣れていた。

 砂漠の民、カインも厳しい自然に慣れており、無事切り抜けた。


 リールは意識不明になって凍死しかけているところを、シャルルに助けられた。三十キロ離れていた彼に、なぜそれが判ったのか、シャルルは決して語らない。


 リオは医療室に一日、リールは二日間の入院、他の連中は手当てだけで済んだ事は、僥倖ぎょうこうというべきだろう。




 『ガニメデの散歩』が全員終了した日の夕食当番は、シャルルとライルだった。そこへ勇が手伝いに加わった。

 ジュピターDⅢ号の時から、この三人が集まるとろくなことがない事は暗黙の内に了解されている。だが、この日、夕食を作る元気のある者は、彼らしかいなかったのだ。

 候補生達は、日頃蓄えておいた『非常食』を引っ張り出して備えた。


 ところで、勇達が『散歩』から帰ってきてから、厨房の隅に布袋が置かれていた。時々それがびくんびくんと動く。誰もそれを開けて見ようとはしなかった。

 料理当番の身支度をした勇は、その袋を厨房の調理台の上に置き、シャルルとライルに得意げに笑って見せた。二人が近づいて中を覗く。


 シャルルもにやりと笑った。ライルは我関せずとジャガイモの袋を取りに行く。

 勇とシャルルはにやにやしながら、料理に取り掛かった。二人とも基地の保存食に飽き飽きしていたのだ。



 やがて、食堂に香ばしい匂いとともに、料理が湯気を立てて運ばれた。

 シチュー皿に取り分けられた物は本格的なフランス料理だった。基地の隊員達は大喜びで食べだした。


 候補生達は目を見合わせあうと、皿には手をつけずパンを取った。凝った料理ほど危険なのだ。

 だが、パンもまたひどいことを直ぐに知る。ライルは塩の代わりに砂糖を入れ、焼きすぎてかちかちに固くなっている。

 そして、間もなく、ライルが担当した料理全てに、塩と砂糖を入れ違えていることが判った。砂糖漬けサラダ、砂糖煮のジャガイモ……云々。


 隊員の一人がシャルルに聞いた。


「パンやサラダはひどいが、このシチューは実にうまい。だが、こんな贅沢な肉があったかな? ウミガメじゃないのかい?」

「もちろん、違いますよ。でも、ちょうどいい材料があったのです。あ、今、勇が余った材料で、特別メニューを持ってきました」


 全員の目が勇とその手にある大皿の上に注がれた。テーブルの上に置かれる。シャルルが続けて解説する。


「ガニメアンヘビムシの姿焼きです。詰め物はバターをたっぷり入れて煮込んだ内臓にハーブを…………。どうしたんです?」


 誰も彼の解説を最後まで聞いていなかった。候補生達はいちはやく部屋に逃げ戻り、隊員達の多くは洗面所へ駆け込んで行った。

 席に残った上官達も内なる衝動と戦うのに精一杯である。


 ※ガニメアンヘビムシ――一見ヘビのように足がなく、別の角度からはプラナリアのような感じだが、全身ぬらりとした粘液を持つ腔腸動物。原生動物から進化したばかり。蠕動運動で移動し、頭部と腹部は未分化。長い消化袋を排出して外で消化を行う。丸太のようにずん胴で、四十センチほどに成長したものも観察されている。赤・茶・緑のまだら模様で、全体に粘着質のぬめりがあり、伸びたり縮んだりするその生物は、見て気持ちのいいものとはこんりんざい言えない。



 後で、中尉に呼ばれた三人は、なぜ叱責を受けるのか、まだ腑に落ちないようだ。中尉は忍耐強いところを見せて言った。


「もちろん、料理に原産地の材料を使用してはならないという規則はない。だが、その時には、一言断って欲しいものだね。万が一、毒性があるかもしれない」

「はあ。でも、『散歩』中に自分が食してみたところ、異常は無く、ことのほか美味でありました。それで、他の者にも是非、教えてやりたいと思いまして、捕らえられる限り捕らえてきたのであります」


 勇が直立不動で報告した。


「僕も試食しましたが、とにかく美味で、料理に最適でありましたので、使用したものです」


 シャルルがけろりとした顔で申し述べる。ライルもクソ真面目に付け足した。


「当材料は、蛋白質及びビタミン、ミネラルに富んでおり、冷凍処理や乾燥された保存食より、栄養学的に優れています。今後も、この材料を進んで使用するよう勧めます」


 気の毒なブレイクは、ライルのダメ押し意見で、再び胸がむかむかしてきて何も言えなくなってしまった。彼は注意もそこそこに彼らを追い出し、連中を引き受けるはめになった不運を呪った。


 ***


 候補生達は、訓練の合間には基地の仕事も分担している。基地はいつでも人手不足なのだ。そして、仕事は豊富にあった。軍事活動ばかりではない。重要な仕事のほとんどは諸々の観測や探査だった。

 何しろ、この空には魅惑的な木星がいつも目の前にあるのだ。

 それらは皆、王立天文協会、天文学会、国際科学学術協会などの要請だった。

 八人の候補生達は同期でも優秀な連中だったから、大いに活躍していた。


 機械好きの勇は、発明マニアの技術士官と意気投合してしまい、時々新案の機器やら何かを製作しては周りの者に迷惑をかけていた。


 優れた画家でもあるリオは、基地の建物が殺風景すぎると、夜中にこっそり、食堂の壁に『芸術的な』裸婦の絵を描き上げてしまい物議をかもし出したが、基地の連中には歓迎されている。

 今では、壁の中から意味ありげな流し目を送っている魅力的な婦人が、誰に似ているかで、尽きぬ話題を提供している。


 ライルは医者として医務室に勤め、既に手術も二回ほど行っていたが、用のないときはコンピュータ室か、実験室で何かに取り組んでいた。




 ある日、ライルは基地付きの専用操縦士みたいになっているシャルルを呼び止めた。


「イオに行きたいんだが、どうだろう? もちろん、イオに着陸するつもりはない。イオの軌道上にあるダイナモ発電計画衛星なんだ」

「許可は?」

「君の承諾をもらえたら申請する。でも、問題ないと思うよ」


 果たして、中尉は直ぐに承認した。中尉も、司令官も、ライルがそのダイナモ計画に参画していた事を知っていたので、いずれ要請があるだろうと予想していたのだ。


 ライルはいろいろな機材と共に、シャルルが操縦する探査艇に乗り込んだ。艇は軽い重力を振り切って、たちまち木星に向かって双曲線カーブで落下していく。ここでは、時間やスピードよりも、経済航行を旨としている。


 この同乗者は壮観な木星には目もくれず、その影にあるほとんど肉眼では捕らえられない小さな人工物を見つめていた。


 探査艇は今にも木星の巨大な大赤班に飲み込まれそうな感じだ。低緯度の気流の流れは、いつもより活発な気がした。極地方の乱気流もいつにない動きをしている。

 視界からはみ出し全天を覆い尽くす夢のような眺めに心を魅入られ、眼も離せないでいるシャルルは、やがて薄いベールのような輪の中に入った事に気づいた。でこぼこした楕円球のアマルティアが視界に入る。


 そして、艇の目指す先には、赤く燃えるイオの姿。だいぶん接近してきたので、肉眼で火山の噴出が捉えられる。


「活発だな」


 ライルが独り言のように呟いた。それで、シャルルも目を凝らすと、確かに聞いていたよりも噴出の数も量も高さも多いような気がする。だが、ビデオやフィルムで見るのと、直に眼にするのとではたいてい印象が違うものだ。


 木星と反対の方角を見遣ると、我がガニメデが意外に大きく望まれる。半月に浮かぶ天体の山脈やクレーター、氷に覆われて輝く大地などが見て取れる。

 U-G基地は何処だろうと捜していると、ライルが呟いた。


「あれだ」


 イオダイナモ発電計画衛星は、金属塊が不規則に集まったような小さな物体だった。

 シャルルはそれを眼にした時、ぞくりとした

 不吉だ。

 何か危険が迫っている。だが、それは無骨な見捨てられた衛星からではなかった。


 シャルルは小さく脆そうなポートに艇を着陸させた。無論、無人である。狭い衛星内に酸素はない。

 イオから噴き上げられた硫化物が表面にこびり付き、塵がうっすらと堆積していた。

 中は真空で、まだ、奇麗だった。ライルはぎっしりと詰まった機械群を点検して回る。木星の強力な放射線に晒されているので、狂いも激しい。



 三年前に、イオのダイナモ作用を利用して、衛星に――主としてガニメデに電力を送り、生存可能なように造り替えようという動きが起こった。ライルも当初からその計画に加わっていた。


 彼にはもっと壮大な構想があった。イオのダイナモによる発電量に加え、太陽系で一番巨大な木星の磁場を利用しようと考えていた。

 その結果得られる電力は、ガニメデや近隣衛星ばかりではなく、太陽系全域にわたって供給され得、資源を無意味に浪費する必要もなくなり、全人類に供給してなお余りあるものとなる。

 それは、海王星や冥王星の開発、ひいては深宇宙への航海へとも地球人を導くことになるだろう。


 だが、ダイナモ計画は地球から余りに遠く離れていたため、膨大な資金を食うわりには開発がなかなか進まなかった。

 実験段階として小さな人工衛星がやっと出来上がったが、それは一年経ってもガニメデの一部の氷を融かし、大気に若干の酸素を供給したに過ぎなかった。


 大規模な実用化にはまだまだ時間と資金がこれまで以上に必要であることを知ると、利益を見込んで投資していた資本家が、次いで、軍事基地や植民地の拡大を狙って協力していた各国が熱意を失い、不満を言い出した。


 学会の財団の資金繰りでは、とうてい計画を続けていくのは無理で、こうした政治的、経済的な軋轢あつれきで計画はどんどん遅滞し、ついには中止となった。


 それに嫌気が差していたライルはちょうどその頃、講師の勧誘があったので、ルクセンブルクの日立研究所からアカデミーに移った。各国政府や投資家は、もっと手近な火星の開発に主力を置き、イオの発電計画は挫折したまま、今日に至っていたのである。



 衛星は一つのコンデンサーと言って良かった。イオの持つ潜在的な起電力を両極に設置したアンテナでコンデンサーに導き、ガニメデに設置した受け入れ装置に送るものである。

 その電力は大地を暖め、水から酸素と水素を分離し、アンモニアからは窒素を遊離する。


 まだ、木星磁気圏には手をつけていない。太陽風動圧の変化によって磁気圏内のプラズマが大きく撹乱されるからである。

 その変動に従って装置を自動的に調整コントロールできるようになっても、それから得られる余りにも巨大な電力を扱えるには、衛星の容量はまだまだ遠かった。


 装置類が辛抱強く働き記録し続けている各データを集めながら、人類のくだらなくて愚かしい思惑に、ライルは珍しくも腹を立てていた。

 目先の利益に囚われ、なぜもっと将来の可能性を考えないのか。彼にいくら知識があっても、一人だけではどうしようもないのだ。


 今の政治の在り方が悪い。同じ地球人なのに、なぜ協力せずいがみ合うのか。ライルの目にはまるで地球が、人類を最終的に滅ぼしてしまう戦争へと向かっているように見える。自滅へと。


 ライルは頭を振って、気を取り直そうとした。だから、アカデミーに入ったのではないか。嫌な破壊の為の訓練を受けているのも、中枢に潜り込んで各国の兵器を無力にしてしまうため。

 自分達の目と耳を失い、手に残っているものが拳と棍棒だけと知ったら、少しは頭も冷えるだろう。



 ふと、プラズマの放射が広がるのが感じられた。同時に電力測定装置の針が大きく振れる。木星の磁気圏が拡大しつつあるらしい。イオの磁場にアンテナを設置してはいるが、木星磁気圏内であるから、どうしても磁場の変化に左右されてしまうのは避けられないのだ。


 そのデータを取ると、ライルはシャルルに合図して探査艇に戻った。実験衛星を離れながら、木星を観察する。

 磁場が非常に強くなりつつあり、木星内の動きも活発化している。


「プラズマがすごい勢いで拡大している。放射帯のエネルギーも今までにない高さだ。危険だから、直ぐに離脱するよ。加速をかけるから気をつけて」


 シャルルはライルに忠告すると、確認も待たずに速度を上げた。

 加圧でシートに押し付けられながら、ライルは、この現象によって引き起こされるかもしれない危険に気がついた。

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