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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第1部 母なる大地はポリマーでいっぱい
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分裂ポリマー

 所長のギフォード博士に呼ばれた時、ライルは病原体の完全な抽出と標本作成を終えたところだった。だから、何の疑念も抱かず、成果を携えて所長と会議室に急いだ。


 気密ドアへと向かうギフォード博士と別れて、ライルは隔離室に入った。発症こそしてはいなかったが、保菌者の可能性が高いと判断されていて、まだ隔離患者として扱われていたからだ。

 そこにチャーリィ達もいることに気づいて立ち止まったが、ライルの冷静な表情は動かなかった。

 同じ頃、気密服を脱いだギフォード所長がノーマルエリア側で席に着く。


 チャーリィは複雑な思いで親友を迎えた。

 ミーナは貴方の味方よと必死で目配せしたが、メアリ医師のほうは露骨に怯えと警戒を示した。

 ライルは無言のまま、チャーリィ達の斜め横に用意されていたパイプ椅子に座った。

 

 CIA長官のアレックスが彼を見て息を呑むのが見えた。

 だが、余りに整いすぎた造形と無表情の所為か、付き合いの長いチャーリィでさえもまるで動く人形を見ているような異質感を覚える。

 アレックスは気を取り直すように身じろぎして改めて自己紹介をし、用件に入った。


『貴方が、今回の疾病についてどう考えるか、ぜひお聞かせ願いたいと思いましてね』


 ライルは携えてきたP-Tbを操作した。


「その件ですが、病原体が解りました」


 所長を除く全員がえっ! と立ち上がった。

 それを手振りで席に着かせてから、ライルは両会議室のそれぞれの壁にかかっている大きなディスプレイに注目するよう促した。


 そこには、螺旋を描くリボン構造模型と、たんぱく質様のものが醜悪に固まった高分子体が映っていた。

 ライルは立ち上がると、大学で講義するように解説を始めた。


「これは、分裂ポリマーです。この場合、自己を複製するという点で、生物もしくは、準生物と言っても良いでしょう」


 それは、呼気を通して生物体内に取り込まれる。取り込まれた分裂ポリマーは、手近な組織細胞から生成物質を奪い、ポリマーを形成、分裂し、増殖する。構成が分子レベルのため、増殖速度も劇的に早い。

 一定量に増加すると、生体が過激なアレルギー反応を起こし、呼吸困難や臓器の活動の低下などの症状を示す。

 さらに、体細胞の構成物質、主にペプチド結合したアミノ酸を利用し、縮合重合したポリマー擬生物がこれに取って替わるため、組織が硬変、崩壊して、機能そのものが停止して、死に至る。

 しかも、完全に組み換えが行われるために、病変後の組織では、従来の細胞組織とポリマー組織の判別が極端に難しい。病原体の発見が遅れたのもこの理由にあった。


「これは、おもに動物が感染します。植物はセルロースによって守られているので、感染しにくいのです。しかも、このポリマーは、地球人に対して特に反応する構造になっているようです」


 と、ライルは締めくくった。


「で、結局、どういうことなんだ?」


 チャーリィが遠慮もなく訊いた。彼は生物学が苦手である。ついでに言えば、物理も化学も数学も嫌いだった。

 ライルはちょっと戸惑った顔をしたが、何とか言葉を探したようだった。


「この分裂ポリマーが身体の組織細胞とそっくり入れ替わってしまうために、臓器の機能が果たせなくなり、死に至るということ。これで、いいかな?」


 うん、それなら解る、とチャーリィはうなずく。最初からそう言ってくれれば話が早くてすむのに。

 

『それで、治療のほうは?』


 期待を込めて、ギアソンが訊ねた。


「病原体が解れば、治療の手立ては自ずと明らかになります。この場合、ポリマーの分裂を阻止し、次いでポリマー本体を崩壊させれば宜しい。その為の物質、おそらく酵素という形になるでしょう」


 ライルは自信たっぷりに言い切った。ギアソンが希望に目を輝かせると、NASA長官のハリスが疑惑も露わに訊いてきた。


『博士がこれまで患者に用いてきた処方ですかな? それは?』


 ライルが固い口調で答えた。


「いいえ、違います。あれは……取りあえずの処置でした」

『しかし、非常に有効なものでしたね。あれは、何だったのです? あの赤い液体は?』


 ハリスは食い下がった。

 ライルは口を噤む。

 ハリスが敵意を込めて、決め付けた。


『それに、そんな分裂ポリマーなんて聞いたことがない。擬生物だって? どこにそんなものが在るというのだ? でたらめを言うんじゃない!』

「僕がでたらめを言っていると、言うのですか?」


『でたらめじゃないという証拠は?』

「既に本体を抽出してあります。研究室のほうへ行ってご覧ください」

『そして、我々も感染させる? それが、一杯喰わせる為にお前が作り出したおもちゃじゃないとどうして解る?』


「分裂ポリマーは存在します。地球上ではありませんが」

『ほお、どこに在るんだね? 火星かね?』

「いいえ、火星でもありません。もし、火星にあるものならば、基地やシティ開発時に、既に汚染が始まっていたでしょう」


『じゃ、どこに?』


 ギアソン達が尋ねた。

 ライルは決心した。このポリマーを発見したときから、いずれは避けられないと解っていたのだ。


「M18のG型星系の一惑星で、最初に発見されました。そこを開発しようとした移民団が感染し、要請を受けたバリヌールの医師が到着した時には全滅していました。同種、或いは、近似類種が、その後、数十種確認されています」


 そして、驚愕に、或いは、呆れ果てて麻痺したような彼らに向かって告げた。


「これは外から持ち込まれた病原体です。しかも、地球人用に調整された痕跡があります。何者かが、故意に地球を汚染させたのです」

「宇宙からの侵略……?」


 勇が茫然として呟く。

 FBIのランフォード長官が嘲るように鼻で笑った。


『ははは……。馬鹿馬鹿しい。まるで安っぽいSF映画じゃないか。宇宙人が地球を汚染? では、その宇宙人とやらは、どこに居るのですかな? この事件はもっと単純なものだよ。だれか頭のねじが狂った天才科学者が、自分の作った作品を試してみたくなってばらまいたのさ。それとも、何か特別な目的でもあったのですか?』


 長官は容疑者に詰問する視線で、ライルをじろりと睨んだ。


『まったく、言うに事欠いて宇宙人とはね。天才の常識には、我々はついていけんよ』


 唐突にハリスが立ち上がり、性急な様子で怒鳴った。


『そうだ。犯人ははっきりしている! 何をぐずぐずしている? 長官がた、彼を直ぐに逮捕すべきです!』


 チャーリィは立ち上がると、ハリスを睨んで一歩前へ出た。

 彼のカミソリのような視線に射すくめられ、ハリスは顔を強張らせて椅子にどすんと腰を落とした。上着の胸ポケットから黄色い小さな動物が一瞬頭を覗かせる。ハリスは眉間に手を当てて蹲った。

 緊張をはらんだ場を取りなすように、アレックスが落ち着いた口調で言った。


『まあ、待ってください。逮捕は彼の話を聞いてからでも良いでしょう。さて、なぜ、そんなことを言うのか。例の赤い液体は何なのか、答えてもらいましょう』


 ライルはじっとアレックスを見つめ、チャーリィ達を見、そして、アレックスに視線を戻して答えた。


「あれは、僕の血です」


 思わず引いたチャーリィの足が椅子に当たってガタンと音を立てた。メアリは口を両手で押さえて、小さな悲鳴をあげる。勇とミーナは身動きも忘れたように固まった。


「僕の体は、体内に取り込まれた全ての異物質に対して、直ちに無力化させるよう防御機構が働くようにできています。ですから、原因が不明の時点では、僕の血を与え、その疾因に対する抗体を患者の体で、自動的に複製対処させるのが、最も早道だったのです。しかし、その為には、僕の血液を各個人個人ごとに調整しなければならない。体力を消耗するのです。患者数が増えると、当然、提供する血液量も多くなる。取りあえずの処置といったのは、全罹病患者を賄うことができないからです。正直言って、僕はもう限界でした」


 そういえば顔色が悪い、とチャーリィは今更ながらに気がついた。

 ライルは一同に提案した。こんな馬鹿馬鹿しい実りの無い話は終わりにして、早く病原体に取り組みたい。


「ここには、UWCウルトラウエーブコンピュータースキャン装置があります。それで、僕を走査してください」




 全員で放射線室に移動した。技師が急いで機器の調整をする。

 ライルが入った部屋には、大型の装置があった。験体を等身大で走査するものである。その映像はその場で処理され、横にある大型モニターに映し出される。

 アレックス達は気密隔離服を着用し、用意されたパイプ椅子に腰かけた。


 ライルは僅かに躊躇い、そして、装置の入り口の縁に足を掛けた。


「やめて! ライル!」


 ミーナが叫んだ。

 彼は静かな視線を送ると中に入った。技師が装置を作動させ、映像が等身大に映し出された。


 ガタン! ガタガタ! と、椅子が耳障りな音を立てた。

 ミーナの口から悲鳴が上がり、チャーリィ達でさえ息を呑んだ。

 ある者は立ち上がり、残りの者は、椅子を後ろに引いていた。

 失神したのはメアリ博士。

※注1:ポリマー:1分子や複分子体が重合してできる化合物。高分子の有機化合物。タンパク質もアミノ酸の重合体で、ほかにナイロンやポリエチレンなどの合成樹脂もそれである。


※注2:UWCウルトラウエーブコンピュータースキャン装置は、超音波とX線による連続した断層投射情報をコンピューターで映像処理するもので、験体の活動生体をそのまま観察できるため、広く臨床用として用いられている。

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