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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第4部 終着行きは麻薬でいっぱい
63/109

発見したけれど

苦労の末、潜入できたのだけれど……

 同じ警報を、中に忍び込んだチャーリィも聞いていた。


 研究所は、この惑星の秘密保持と自然界の厳しさに胡坐をかいて、お座なりの用心しか払っていなかった。

 だから、チャーリィが中に忍び込むのは極めて楽だった。

中に入って彼がまずした事は、服装を整えることだった もちろんぼろぼろのぐしょ濡れという格好でうろついていたら、一発で怪しまれるからだが、本音はただこのみすぼらしい姿を人に見られるのが嫌だったからに他ならない。


 チャーリィが入った出入り口は、職員が試料を取りに森へ出かける通用門だったらしい。そのすぐ隣に、着替えや作業衣が幾つも用意されていた。

 彼は自分のぼろをダストシュートに投げ込み、シャワー室で汚れを落として職員用の服を拝借する。さっぱりした気持ちで、なおも部屋を物色すると煙草が出てきた。

 彼は喜んで一つ失敬する。椅子に寛ぎ煙を吐くと、生き返ったような気がした。


 すっかり元気を回復したチャーリィはゆっくりと通路に出る。彼はこそこそ動き回ったりしない。大きな顔をして歩き回り、職員や作業員に出会うとにこやかに笑ってみせた。

 その大胆不敵な態度の所為で、誰も疑いを持たない。


 ここは幾つものセクターに分かれていて、各々で様々な麻薬を開発している。通路はまるで迷路で縦横に延びており、部屋は無数にあるかのようだった。



 それでも中央管理部があるはずだ。会話の端々を捉えながら、次第に人通りの多いほうへと進んでいく。出会う人間が増すだけ危険度も増すわけだが、情報を得る確率もやはり増えていくのだ。

 やがて、忙しげに歩き回る人間の数が増え、すれ違う人々が彼を胡散臭げに見るようになってきた。


 蛇の穴にいよいよ踏み込んだなと確信した時、警報が鳴り出し、彼は危うく飛び上がるところだった。

 周囲の人間がさっと緊張する。数人の保安要員が駆けてきた。とっさに道を開ける。彼には目もくれずに側を駆け抜け、横の通路に消えて行った。


 通路に残った者達はざわざわと立ち話を始める。彼は手近の固まりあっているところへ行って、立場を考えると実に図々しくも、何事があったのかと尋ねた。


「捕虜が逃げたらしいぜ」


 情報に耳聡い男は得意そうだった。


「近頃では、他に考えられないものな」


 彼らはまるで疑わない。そもそもスパイがこんな所に乗り込めるはずもない。


「ああ、例の科学者だな」


 彼は鎌を掛けてみた。相手は簡単に乗ってきた。


「そう、そのライル何とかってバリヌール人だ。俺がこっそり聞いた話では、普通の倍以上打ったって話だ」


 声を潜めて、注射を打つ真似をする。チャーリィは内心どきりとした。


「これだろ? よく、動けたなあ」

 

 もう一人が、手刀で喉を裂く身振り。仲間内で、コルック・ムスのサインで通っている。彼は自分の首を絞められたような気がした。

 その時此方へ来る足音を聞いたチャーリィはそれを機に、


「おっと、立ち話などしてると、どやされるぜ。またな」


 と、慌てた調子で言い捨て、追っ手の去ったほうへ駆けて行く。一緒に喋っていた男達もぎくりと顔を見合わせ、そそくさと仕事に戻って行った。



 チャーリィは心の中で歯軋りしながら追っ手の後を追う。通路は北の端へ向かっていた。

 コルック・ムスについは良く知っている。ライルがそれに抵抗できるはずがない。まして、倍以上だって?


 ライルが既に廃人同様と化しているとチャーリィは確信する。旨くいって死ななかったらの話だ。

 それでもいい。死んでさえいなければ。

 チャーリィは祈るような気持ちだった。


 意志も持たぬ植物状態になっていたら、俺が一生、側で面倒をみてやる。

 頭脳を破壊され、幻覚に脅える狂人になっていたら、一緒に幻覚と闘ってやる。

 だから、死なないでくれ!




 中心部をだいぶ離れ、人影まばらな寂しい通路に出た時、前方から数人の足音に混じって話し声が近づいてきた。ライルの追っ手が帰ってきたらしい。

 声高に喋り合っていた。規律とは無縁の恐怖と服従と野心のみが支配する世界で、上司の目の届かない所は部下達の勝手気儘が横行する。そのおかげでチャーリィは情報の収集に事欠かない。


 身を潜める彼の直ぐ傍らをぞろぞろだらしなく歩きながら、連中は今の事件を話題にしていた。変化の乏しいここでは、仔細なニュースも格好の憂さ晴らしになる。



「……の部屋にいたんだってよ。良かったなあ。俺達がそこへ行く破目にならなくてよ」

「ぞっとするな。あのリン・カーネンって医者は狂ってるぜ」

「俺なんか、あの医者に、良い骨格だと言われた時はぞっとしたぜ。そのうち、あの標本の仲間入りするんじゃないかって、気が気じゃないんだ」

「あいつも、結局、あのきちがい医者の玩具だな」

「もったいねえな。別の使い道もあったろうに。凄い天才だって話だぜ」

「でも、あんなにヤクを打ったんでは、もう駄目だよ。お前、見たか? あれで、男なんだぜ?」

「まったく、ぞくぞくするような凄い美人だ」

「なんでも…………」



 最後の男が通路を曲がって行ってしまうと、チャーリィは連中がやってきたほうへ急いだ。

 二つ目を過ぎて、角に身を潜める。

 布にくるまれたライルが二人の男に運ばれて行くところだった。その後ろを、『リン・カーネン』らしい医者がひょこひょことついて行く。

 その顔を一目見て、チャーリィはあっと思い当たった。ブラックリストの一人だ。あいつ、こんな所に居たのか!


 眉をひそめ一行の後を追った。

 ライルは如何にもぐったりとして、正気がない。口をわずかに開き心持ちうっとりとしているかのように目を閉じて、頭をあおに落としている。

 頼りなげなその様子が、いやになまめかしい。焦りを感じながら、彼が運び込まれた部屋を確認すると、ペンダントを引っ張り出しポケットから例の鍵を取り出した。



 この施設にどのような探知装置があるか知れないが、その危険を冒しても、勇達の援助を求める必要を感じたのだ。

 金属を触れ合わせると、ピ……と共鳴音が響きだす。直に可聴域を超え、パラ領域へと入った。


『ライル、発見。エプカトル、第四。至急来い』


 と、思考を送る。


 『至上者』の意志伝達法と異次元界一杯に拡がったソレとの経験を基に研究したライルが、親友達の為に、特に開発してくれたのだ。


 並行する位相空間を利用した通信法で、亜空間通信とはまた異なる。正確には、微細な脳インパルスのエネルギー信号を多重層域で拾い上げ、N次元領域を掠める形で送るものだった。

 パラ領域で伝達されるので、距離と時間の制限を受けず、アインシュタイン界の波長、ビームを利用する通信装置ではキャッチできない。遠く離れていても、簡単な通信がリアルタイムで内密に交わせるわけだ。

 ただ、時折、ウルトラウェーヴ通信装置に、短いウェーヴを印すことがある。パラ領域がウルトラウェーヴに干渉するためである。これは、まだ開発途中のものなのだ。



 その脆く小さな装置が唸りだし、彼の頭の中に思考が生じた。


『だめ。動けない』


 ミーナからの伝言だったが、テレパスではないチャーリィにはこれしか解らない。

 ぎっと口を結ぶ。これで、ずっと難しくなる。ミーナ達の援助は当てにできないということ。



 さらに待つこと、一時間。やっと医者の助手二人が部屋から出て行き、中には医者とライルだけになった。

 チャーリィはドアの前に立つとノックする。


「誰だ」


 中から不機嫌な声が返ってきた。


「支部長から、博士の様子を見て来いと言われまして……」


 管理部のほうに問い合わせなければ良いが、と思っているとドアが開いた。

 リン・カーネンがせかせかした調子で、入れと身振りで示す。


「直ぐに下がりますので」


 恐縮しながら中に入る。部屋の中はまるで手術室か生体実験室のようで、大小の訳もわからぬ機器類が並んでいた。


「直に目を覚ますじゃろう。こっちだ」


 医者は無愛想に、隣接した小部屋へ案内した。

 ベッドに彼が死んだように眠っていた。


 ――生きていてくれた。


 狂おしい想いで目に焼き付けながら、彼は顔色一つ変えずに言った。


「正気に戻ったら、連絡するようにとの事です」

「わかっておるわい」


 医者は苛々と答えた。邪魔だから早く出て行けと、全身で主張している。


 帰りかける彼の後を、鍵を掛けるためにリン・カーネンがついてくるのを見定めて、いきなりその鳩尾に痛烈な一撃を送った。体を二つに折ったところを、頭部に重ねてもう一発加える。


 医者は他愛なく伸びてしまった。それを手早く縛り上げ、薬品格納庫用の物置に閉じ込める。次いで、扉に鍵を掛けてしまうとほっと息を抜いた。これで、しばらくの余裕ができたことになる。



 彼は、再び、ライルの傍らに戻ると、心配げに様子を見る。外傷はないようだ。薬の影響は彼が目覚めないと判断できない。

 チャーリィは名を呼び、手荒く揺すって頬を叩いた。しかし、彼はぐったりと何の反応もみせない。薬は彼にどんな夢を見せているのか、長い睫はぴくりとも動かなかった。


 時々しゃくに障るほど小生意気で超然とした彼も、こうして無抵抗に眠っていると、驚くほどあどけない。こんな場にもかかわらず、チャーリィは胸が高鳴ってくるのを覚える。


 赤毛の伊達男、名うてのプレイボーイ、チャーリィ・オーエンは、同性(一応、見た目が)で異星人のライル・フォンベルトに強くかれているのだ。

 どんな女性もライルとは比べものにならなかった。それでも、チャーリィはまだ、ライルに自分の心を打ち明けることができなかった。

 経験豊富で大胆不敵な彼も、真の恋人の前では臆病なのだ。



 目の上に乱れかかっているライルの髪をそっと掻き揚げて、チャーリィは唇にキスをした。一度触れてしまうと、言いようの無い熱い想いが込み上げてきて、更に貪るように唇を重ねる。

 ライルの全てが欲しいという狂おしく激しいチャーリィの想いを、眠っている友は知らない。そもそも、理解もできないのだ。


 チャーリィの誘いならライルは決して拒まないだろうと、確信している。それどころか、きっと親友の欲求を満足させてやろうと、一生懸命になってくれるに違いない。

 だからこそ、チャーリィはライルに手を出し兼ねてしまう。ライルにとってのその行為は、腹を減らした親友に食物を与えることと何ら変わらないことを知っているからだ。



 彼の唇が応じるように開きキスを受け入れたので、チャーリィははっとして身を引いた。


「ライル!」


 鋭く呼びかけると、彼の目がぱっと開いた。


 しかし、紫の瞳は何も映していないようだ。人形のように無表情のまま、両の手が前方に持ち上げられ、宙を掴む。身体が弓のように反り返り、硬直した。ぼっと紫に輝きだす。


 チャーリィは少しでも力になってやりたくて、彼の身体を抱き締めた。筋肉も皮膚も全組織がぴんと張り詰めて、有機セラミック化した彼の身体は、まるで、陶器か鉄のようだった。

 その状態が十分も続いただろうか、やがて、彼の身体が柔らかくほぐれてくるのが感じられた。非人間的な輝きが消え、瞳が閉じられ息遣いも穏やかになった。


 チャーリィは彼をそっと優しくベッドへ戻す。


「ライル……」


 身体を揺すって呼びかけると、その目がゆっくりと開き、彼の大好きな紫の瞳が今度ははっきりと彼の上に焦点を結んだ。

 その目が大きく開かれる。もの問いたげな彼を制して、チャーリィはにこやかに微笑んでみせた。


「今のところは大丈夫だ。邪魔な奴らはいない。気分はどうだ?」

「もう、平気だ。少し休めば、走ることもできる」


 ライルは正気を保っていた。そして、起き上がろうとまでする。それを押し留め、


「休める時に休んでおくんだ。勇達はここへ来れない。俺達だけで脱出しなくてはならないんだ。それより、本当に大丈夫なのか? ずいぶん薬を打たれたんじゃないのか?」


 と、鋭く視線を走らせる。

 ライルは深々と身を横たえて答えた。


「自分でも驚いているんだが、もう、心配はない。本当に辛かったのは最初だけだったようだ。二度目には、身体の調整機能が自律的に働きだした。麻薬に対し、適応反応が作られたんだな。薬の効能が現れだすと、直ぐ意識と身体が分離し、細胞組織だけで薬の処置に当たり、意識のほうは昏睡するんだ。それで、意識が戻った時には、身体のほうも薬効反応を消化して、回復にかかっているというわけだ。あとは体力の回復を待てばいい」


 ライルが薬の影響を受けていない事を知って、チャーリィは涙が出るほど安堵した。どんなことでもやれそうな気がしてくる。


 実際、ミーナ達の援助を期待できないとなると、この星を出るための船を強奪するか、パトロールに連絡を入れて潜伏するしかないのだ。

 その為には、どうしてももう一度、あの宙港のある町に戻らなければならない。それは、決して易しい仕事ではなかった。


 ***


 未だ、身体のふらつくライルを伴って、迷路のように入り組んだ通路に出たのは、それから間もなくだった。

 ライルは一応ここの職員にでも見えるよう、リン・カーネンの仕事着を身に着け、白衣を羽織っている。サイズが小さいのはやむを得ない。


 とかくすると倒れそうな彼を支えながら、人通りの少ない横道を選んで通り、誰かが近づいてくると、物陰に潜んでやり過ごしたり、立ち話をしている振りを装う。


 そうしてやっと、飛行艇のあるゲートまで二画目という所まで来た時、甲高い警報のベルが響き渡った。

 リン・カーネンが自力で抜け出したのか、発見されたのか。チャーリィは、ライルを引っ張って駆け出した。

 一画目を過ぎ、最後の区画に入った時、夥しい足音を聞いた。発見されたのだ。



 チャーリィは歯噛みしながら、足元の覚束無いライルを強引に引き摺っていく。ゲートの扉に手を掛け、開閉装置を押して振り向きざまに、銃火を浴びせた。

 軽飛行艇が墜落し、鉄砲水に流されても、ついに手放すことのなかった愛用のニードル銃だ。


 区画を曲がって姿を見せた先頭の一隊が戦闘不能になる。後続の第二、第三陣に、扇状に拡散させたビームの連射を浴びせながら、ライルに早く乗り込めと怒鳴る。


 彼が艇内に消えたのを見定めると、数回応射した後、どんどん数の増してくる火線を掻い潜って、飛行艇に飛び乗った。

 その後を、十数人がどっと雪崩れ込んできて、猛射を浴びせてきた。



 チャーリィは艇のドアを閉める間も惜しんで、操縦桿を握る。ライルがエンジンを始動させていた。

 その時、格納庫の表に開いた扉が閉まり始めた。どうしても逃さない気だ。


 チャーリィは至近距離も構わず、ミサイルをぶっ放す。炸裂した衝撃で、敵が怯んだところを、煙を掻い潜って、ほとんど盲滅法に飛び出した。


 目の前に樹木の壁が現れる。

 慌てて、操縦桿を引き起こす。その背後を、幾十本もの射線が追いかけてきた。



 勇が呆れ果て、教官をして嘆かせるような操縦で、チャーリィは艇を樹上へと強引に引き上げようとした。胴振るいを何回も繰り返し、数回バランスを崩し、その度によろよろと持ち直し、翼の先端で蔦や木の枝をなぎ払い、艇の腹を樹幹に擦りつけ、防護カバーで生い茂る葉を掻き分けて、やっとのことで、飛行艇を比較的安全な上空へ出すことができた。


 隣の座席にぐったりと為す術も無くしがみついていたライルは、溜息をつきながら首を振る。

 艇が落ちずに無事なのは奇跡に近い。チャーリィがアカデミー時代、ついに教官から、航宙航空機種操縦技術に関しては、及第点をもらえなかった事実を、改めて思い出す。


 訓練場の宙航機を一台胴体着陸で、軽便グライダーは回転きりもみ状態からついに体制を整えられずに頭から墜落、訓練基地ではタッチアンドゴーのへまで戦闘機を……、アカデミーの財政を守るために、教官が訓練終了の証書を渡したくらいだ。これはもう、一種の才能かもしれない。

 そして、今、性懲りも無く、またもや軽飛行艇を飛ばしている。



 だが、直ぐに、彼はライルに操縦を渡し、後部座席に移った。研究所から数機の飛行艇があとを追ってきたのだ。

 敵は射程に入るや、たちまち撃ってきた。ライルがそれを正確にかわしていくのを見届けると、チャーリィも応戦に入る。


 彼は射撃となると一変する。太陽系艦隊で彼の右に出る者はいないとさえ言われている。たちまちのうちに、四機が飛行不能になり、脱落した。


 残りの二機は慌てて射程距離を離れたが、それでも執拗に追ってきた。チャーリィの火線を恐れて接近しては来ないが、まるで何かを待っているように……。


 はっと思い当たったチャーリィがライルに警告を発しようとした矢先に、それが来た。

 天の底が抜け落ちる時が。



 敵はこの世界に詳しい。当然、豪雨の来る時間も知っているのだ。

 さすがに冷静なバリヌール人は、無様に叩き落されるような事はなかったが、まるで滝のような雨の中では機首を保つのがやっとだった。


 樹海の上でよろよろともがくうちに雨が去り、気がついた時には上空を敵機に押さえられていた。


「くそ! 俺のミスだ。当然、考慮しておかなくちゃならなかったのに」


 チャーリィは地団駄踏んで悔しがる。ライルはずっと冷静だ。


「奴らの目当ては、僕だ。僕が彼らを引きつけている内に、逃げ切るといい」

「冗談じゃない! いったい、俺が何のためにここまで来て……!」


 憤慨して叫ぶ彼を制して、ライルが続けた。


「チャーリィ、君まで捕まったら、それこそ何にもならないじゃないか。そのペンダントは例のものだね。僕の思考インパルスをそれのパラ周波数に合わせておく。……こうだ」


 チャーリィの首にかかっている小さな金属片から、ピィ……ンと、共鳴音が微かに響きだした。


「僕はテレパスじゃないから、できるのはここまでだが、それを方向指示機にかければ、僕の居場所が解るはず。彼らは僕を直ぐには殺さない。後から追って、救い出してくれ」


 船尾に一撃を喰らった飛行艇は、黒煙を上げながら、流されていく。ライルはチャーリィに返答の暇も与えず、扉を開くと霧けぶる樹海へと飛び出して行った。




(ライル!)と、叫ぶ言葉を飲み込み、代わりに悪態をつくと、彼は煙の出る飛行艇をぐらぐら揺らしながら、はすかいに流していく。

 見る者にはどう見ても、墜落しつつあるように見える。実際の状況も似たり寄ったりで、前のような強行徒歩を是非とも避けたい彼は、必死で操縦桿を握り締めていた。


 果たして、敵機は二機とも、チャーリィの機には見向きもしないで、樹海のライルのほうへ向かっていく。

 傷ついた飛行艇は墜落もしないで、彼らの視界から消え失せていった。




 大空へ躍り出たライルは、飛び出す前にちゃんと着地すべき大木の張り出した枝までの距離を目算していた。幸い、艇は低空飛行だったので、二百メートルもない。

 手足を広げ風に乗って落ちていく。地温が高いから、上昇気流には事欠かない。身長のわりには、体重が極端に少ない体質を利用して、落下速度をあまり上げることなく滑空していき、最後の十数メートルからの衝撃は、バネの様な弾力を持つ骨格に吸収させた。

 彼が降りた枝もしなやかにたわんで、ショックの吸収を助けてくれる。その枝が元に戻る力を利用して、次の瞬間には、二十メートルも先の枝に飛び移る。


 従来のバリヌール人には思いもよらぬ芸当だが、地球のアカデミーの訓練の成果は、彼の種族の体質を最大限に活用できるようになっていた。


 彼は樹木の下には移らず、敵機に姿を晒して移動する。チャーリィが逃げ切る時間を稼ぐ為だけの逃走なのだ。


 ついに、麻薬に痛めつけられた身体は予想以上に早く疲労し、大きく枝を伸ばした大木の葉のクッションの上で座り込んだまま、苦しい息を継ぎながら、収容されるのを待った。



 再び、研究所に連れ戻された彼の前に、リン・カーネンの残忍な笑顔があった。その背後には、怒りで顔をどす黒く染めた所長の狂暴な顔がある。

 ライルは、諦めの溜息をつくばかりであった。

なかなか助けられません><

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