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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第4部 終着行きは麻薬でいっぱい
59/109

捜索に乗り出す

 ガルド第九惑星の宇宙港に面した豪華なホテル『星の船』の一室。クルンクリスト人のメイラは人目を恐れながらそっとやってきた。

 病気と言うのは本当らしい。艶やかだった黒く柔らかい絹のような毛が、今はかさかさと光沢も失われ、所々抜け落ちてさえいる。滑るような動きも息が切れて苦しそうだった。

 柔らかな銀色の布が上がり、呼び鈴を押す。布は小刻みに震えていた、


 酷薄そうな顔をしたソル人がドアを開く、メイラは急いで中に入った。室内も予想にたがわず、豪華な作りだった。贅を凝らした調度品が広々とした空間に配されている。

 しかし、メイラにはそれらの華美も目に入らない。そんな様子の高名な科学者を、どっしりしたソファにふんぞり返った地球の男が冷ややかに眺めている。



 メイラはこれ以上無いほどに苦しんでいた。惨めで情けなく自分に嫌悪し、たまらなかった。

 彼は敬愛するライルを裏切ったのだ。彼がほんの小さな子供であった頃から、愛し大事にしてきたライルを。


「は、早く……。私はあなた方の指示する通りにしたのだ。もう、これ以上、待てない……」


 メイラは風のような声で囁くと、テーブルの前にくず折れた。全身の毛が激しく波打って震える。


「うまくやったな。ライル・フォンベルトは、お前の言葉を全く疑いもしなかったようだ。おかげで、何の証拠を残すことなく、無事ライルを手に入れることができた」


 男はメイラに言葉の鞭を打つ。メイラは耐えられずに身を床に伏せ、激しく毛を波立たせた。このまま死んでしまうのではないかと、彼には思われた。


「ほらよ」


 男は無造作に、テーブルの上にカプセルを転がした。次いで、ケースに入った高圧注射器。

 メイラは体を激しく波立たせながら、テーブルのほうににじり寄る。激しい渇望で気を失いそうだった。


 このたった5CCの薬の為に、彼はライルを罠に嵌め麻薬組織に売ったのだ。

 コルック・ムス。

 自分の命どころか名誉も地位も手放し、そして掛け替えのない者をさえ裏切らせる恐ろしい薬。

 メイラは震える触手でカプセルの薬を注射器に移す。

 麻薬業者が面白そうに追い討ちをかけた。


「気にすることはないさ。メイラさん。ライル・フォンベルトも直に、その薬で、あんたと同じように我々の思いのままになるだろうからさ」


 メイラの動きが止まった。今更ながら、自分が犯した罪の重さを知る。

 こんな薬、呪われてしまえ!

 それでも、それをひしと抱き締めている自分の浅ましさに、メイラは身を震わせて突っ伏した。



 ドアが突然開いた。

 ぎょっとして立ち上がる麻薬業者の前に、勇とその部下が銃を突きつけて立っていた。勇の合図で踏み込んだ機動隊が、ものも言わせず縛り上げる。

 憤然として睨みつける男も、現行犯で逮捕されてはどうしようもない。


 チャーリィがあとから入ってくると、男には目もくれずに蹲って震えているメイラ博士の傍に片膝をついた。


「博士、コルック・ムスは、今はもう治癒可能なのです。参りましょう。もう少しの辛抱ですよ」


 さやさやと身を震わせて、メイラはかぶりを振った。


「チャーリィさん。私には治療を受ける資格などない。私は愚かにも麻薬の誘惑に負け、そしてバリヌール人ライルを陥れた犯罪者なのじゃ」

「博士、あなたは十分に罰を受けたのです。それ以上、苦しむことはないのです」

「いいえ、私は自分を決して許すことはできないだろう。私は、ライルを生き地獄に突き落としてしまったのだから……」


 メイラの体が小刻みに震える。がさがさに荒れて、見る影もなくなってしまった毛が激しく波打つ。クルンクリスト人は泣いているのだった。

 一回りも二回りも小さくなってしまったような老人は、そっとチャーリィに薬の入った注射器を渡した。

 チャーリィはそれを手にして驚く。ライルを裏切ってまで手にした薬。これを手放すには、どれほどの意志力が要ることだろう。


「ライルは、K-23区のパルサーで特異的なプラズマXシャワー現象を観察しにでかけたのじゃよ。この現象が一時的な短時間のものらしいと言ったら、一も二もなく乗り気になった。もちろん嘘じゃ。だが、彼は信じきって、私が用意した船に乗り込んでしまった。それは、麻薬組織の船なのだ。私は、何と言うことをしてしまったのか……!」


 深く項垂れるクルンクリスト人を、チャーリィは支え起こした。


「ガルドに麻薬組織の船が……? と、言うことは、他にも組織に手引きをする者がいるということだ。あなたは、知りませんか? ここにいる他の組織の手の者を? それとも、あなたのように、無理やり手伝いをさせられている者を?」


 メイラは力なく首を振った。体中から力が急速に抜け出ていくみたいだった。


「では、ライルを乗せた船が何処へ向かったか、ご存知ありませんか?」

「ああ、それは、ちらりと小耳に挟んだよ。確か、レグレスⅡと言っておった……。あとは、判らない」

「ありがとうございます。博士。これで、有力な手掛かりができました」


 メイラの体毛がさやさやと微かに揺れて全身に走った。そして、ぐにゃりと、彼はチャーリィの腕の中で力を失った。頭部もずるりと垂れ下がる。


「博士? メイラ博士?」


 チャーリィがはっとして体を揺すったが、クルンクリスト人は二度と答えなかった。

 宇宙航行種族みんなが尊敬し讃えた高雅で上品な老科学者は、その生涯を閉じたのである。



 この事件は、銀河の諸国に大きな動揺を与えた。この前の麻薬の一斉手入れで、銀河連盟組織の中にはびこる悪の芽は一掃したと思っていただけに、打撃は深刻だった。

 しかも、人々の尊敬を集めていた老科学者の汚染と、その死に、大きな衝撃が走った。


 ライル・リザヌール行方不明の件は伏せられていたが、まだ麻薬組織の触手が連盟の奥深くに潜んでいることを、人々は悟らされたのである。


 これにより、改めて麻薬取り締まり機関による再度の大掃除が始まるわけだが、チャーリィ達はライルの行方を求めてレグレスⅡへ向かった。


 ***


 ミーナが操縦する『シルビアン』は、強引な航行でその距離を短時間で走破した。

 ライル捜索に、ミーナも是非行くと言って無理やり割り込んできたのだ。


 特A級パイロット資格を取り、恒星間で大活躍の銀河連盟所属スペシャリスト、ミーナ・ブルー大尉だが、まだ、ライルへの想いは捨てきれないでいるらしい。彼女の心を射止めようとしのぎを削る男達をよそに、彼女はいまだ恋人の一人もいないようだった。


 誰も相談したわけでもないのに、彼らは各自自分達の遣り方で捜査を開始した。


 ミーナは宇宙港を中心に、主にパイロットや航宙艦系の技術者達に当たった。

 パイロットはパイロット同士。パイロット気質といおうか仲間意識の連帯感のようなものがあって、利害に抵触しない限り、彼らはいつも協力的であった。無限に広がる冷ややかな宇宙空間が、彼らの人恋しさを強めるのかもしれない。

 まして、相手がミーナのような素晴らしく魅力的な美女となれば……。


 彼女はそうして、空港管理センターの管理セクションにまんまと入り込んだ。ここには宙港に出入りした全ての船のデータが記録されている。無論、部外者は立ち入り禁止である。

 ひんやりした人気のないホールに足を踏み入れた彼女は、見回して頷いた。




 勇はまっすぐ宙港航公安局へ出かけた。宇宙防衛軍特別機動部隊の胸証と中佐の肩書きをちらつかせて、そこの最上部の者を引っ張り出してしまう。

 局長は、五十歳前半のでっぷりとした見た目にはぱっとしない小男だったが、勇は世慣れた百戦錬磨の戦士だと評価する。

 そこで、単刀直入に切り出した。


「局長。麻薬組織がライル・フォンベルト博士を誘拐し、ここへ向かったはずなのです。それらしい船の出入りはありませんでしたか?」

「ライル・フォンベルト博士? あの、バリヌール人の?」


 局長は目をぱちぱちとさせたが、直ぐに事態の由々しさを理解した。

 机上のヴィジフォンのスイッチを押すと、過去数日間と現在滞在中の航宙船のチェックデータを要請する。同時に、麻薬取り締まり係官にも、報告書の提出を請求した。


 ここでも麻薬が密かに横行しているのだが、老練の司令官は、目に余るケースを除いては見て見ぬ振りをし、代わりに動向を緻密に探らせていた。

 彼は遠からぬ内に、大々的な手入れに踏み切る時が来ると踏み、その為に備えているのだ。


 為すべき事を指示し終わると、局長はおもむろに勇に向き直って煙草を薦め、それを断られると、コーヒーを秘書に持ってくるよう頼んだ。


「さて、中佐殿。詳しい話を伺わせてもらおうか」


 勇も寛ぎ直すと、ライル誘拐事件の顛末を話し始めた。




 ソル(地球)人がもっぱら運営する地方の宙港の近く、きれいに舗装されている大通りの裏側は、何処の星でも決まって同じ様相である。

 狭い通りにひしめくように、店が立ち並ぶ。酒と排泄物の臭気がツンと鼻に突き刺さる。澱んだ空気に派手な女達の嬌声が混じる。千鳥足の男に、吹っかけられる粗野な喧騒。

 保安局も目をつぶるここは、治外法権の通りだった。


 チャーリィはその一軒にふらりと入っていく。ヒューマノイドの経営する酒場は、何処も似たり寄ったりで、独特の匂いに満ちていた。

 酒と汗、安物の煙草に食い物の匂い。床や壁に染みこんだ油と埃。ぎらぎらと派手なだけで。手元は薄暗い灯。

 そして、ひっそりと奥で取り交わされる麻薬の香り。


 その中を、ポケットに手を突っ込んで肩で捩じ進むようにごたごたと置かれ酔客が蹲るテーブルを避けて通ると、カウンターの椅子に腰かけた。

 顔を向けたソル人のバーテンダーにあごを突き出して一言。


「ブロークン・ジェット」


 これは宇宙船乗りの、しかもアウトロー達が好む違法のジェット――強い酒で、不用意に口にするとひどいブロークン――悪酔い、中毒をする。これが飲めれば、彼らの世界で本物だというわけだ。

 バーテンダーは無言で酒を出し、若い端麗な男を品定めをするようにじっと見守った。悪崩れしているように見せているが、血気にはやった若者の冷やかしかもしれない。

 チャーリィは一口飲むと、バーテンダーに噛み付いた。


「おい、親父。俺はブロークン・ジェットって言ったんだぜ。こんな子供だましのジュースじゃない」


 バーテンダーは親しげな笑いを浮かべて、新たな酒を出した。


「悪かった。かなりやりなさると見える。この前も、つい、生のまま出したら、病院行きになる騒ぎがあってね。ちょいと用心させてもらったのさ」


 バーテンダーは急に口が軽くなって、その時の騒ぎを面白おかしく話し始めた。その間に、彼は3杯目を煽っている。けろりとしてお替りのグラスを突き出す赤毛の青年に、バーテンダーは目を見張りちょっと改まった口調になった。


「あんた、若いのにたいしたもんだ。お見それしたね。何してなさる?」

「もちろん、堅気の宇宙船乗りさ」


 言いながら、にやりとウインクする。バーテンダーも訳知り顔で頷いた。客が言いたくない時は聞かないのが、バーテンダーの心得というものだ。


「堅気のいいひと。お暇?」


 店の女が身をくねらせて寄ってきた。彼の肩に手を回して、しなだれかかる。

 チャーリィは女の好きにさせながら、


「悪いな。あいにく、今の俺はスカンピンでさ」


 と、牽制しておく。


「あら、あなただったら、お金なんか無くたっていいわ。一晩、商売抜きで遊ばない?」

「そうもいかないさ。それより、うまい口でもないかな?」


 チャーリィは、そっと小さな包みをカウンターに出した。コルック・ムスの特上品だった。女は目を見張る。この一包みの為に、何人もの命が消えることもあるのだ。


「そうねえ」


 女は物問いたげにバーテンダーを見た。バーテンダーはグラスを拭きながら、そっと小声で聞いた。


「やばい仕事でもいいのかね?」

「ああ、金になりさえすりゃ、気にしないよ」


 チャーリィも本性を見せたとばかりに、にやりと剃刀の切れ味を目に浮かべて包みをさっとしまう。



 地球が宇宙に進出するようになって数年、地球ソル人はたちまち宇宙中に散らばり、何処でも見かけるようになっていた。

 同時に、航路上の通商基地にはこうした店や通りが生まれ、たちまち多くの種族が立ち寄るようになった。

 酒場では、地球人も異星人も仲良く酒を酌み交わし、情報を交換したり、時には商談も行われる。地球人と異星人との親交や、異星人コンプレックスの解消は、あんがいこうした所から始まっているのかもしれない。


「どんな仕事か、私も良く知らないんですけれどね」


 と、バーテンダーは断って、とにかく金になるそうですよ、と向こうの隅でひそひそ話をしている数人のザリガニに似た鰓鱗肢さいりんし生物のグループを指した。




 『シルビアン』のラウンジに集まった三人は成果を報告しあった。その結果、二つの結論が出てきた。

 勇が入手してきたものと、チャーリィが酒場で拾ったものだ。ミーナの情報はその両方を裏づけるものだった。

 すなわち、ガルドから来た問題の船が到着した後、麻薬組織に関係している船が二隻出発したということ。


 一隻はガルド発の同船で、補給を受けた後、銀河の奥へ向かっている。途中、何度も遷移を行っているらしく、宙港管理センターでも、二回まではジャンプを記録している。この船の跡を辿るのには、かなりの困難が伴うと見て良い。


 もう一隻は、ここより更に渦肢の端の方へ真っ直ぐに向かっていた。遷移も単数遷移で、エプカトル星まで追跡している。

 ミーナはこの二つのデータを前に、二人の顔を見比べた。


「これは俺の感だ。ライルは、エプカトルだ。お前のは敵の撹乱さ」


 と、チャーリィが断じれば、


「それにしちゃ、あまりにも無警戒だ。ライルはこっちだよ」


 と、勇も譲らない。


「だからこそ、怪しいんじゃないか。石頭。俺のあいつを想う気持ちは知っているだろ!」

「なんだと! お前だけが心配しているなんて思うなよ! チャーリィ。俺だってお前に負けないくらい、心配しているんだ!」


 だんだん喧嘩腰が本気になる。ライルを案じる焦りが気持ちを苛立たせ、しなくてもいい喧嘩にまでエスカレートしていくのだ。

 二人は今にも取っ組み合いを始めそうな勢いで睨みあった。

 ミーナは椅子に座ったまま、しょうがないなあと頬杖をついて見ていた。


 ついに、チャーリィが断言した。


「俺はエプカトルへ行く。そこへ行く手筈はついている。勇はミーナとそっちを当たってくれ。ライルがどちらに乗っていたか、行ってみないとわかるまい」


 ミーナが思案気に言った。


「別行動には不安が残るけれど……、今回はやむを得ないと思う。あなたの案に賛成よ。相手は容赦を知らない麻薬組織よ。彼が心配。出遅れているのが、何より辛いわ」


 ただし、


「あなた達、私情は持ち込まないで。仲違いしていては、今後の行動に必ず差し障りがでるわよ」


 と、釘を刺しておく。

 チャーリィと勇は顔を見合わせた。結局ライルを心配している気持は同じなのだ。三人はこれまで以上のチームワークで、今後の方針を取り決めた。

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