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Lyle~エイリアン物語~  作者: 霜月 幽
第4部 終着行きは麻薬でいっぱい
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ライルの失踪

 麻薬の最高峰とも言うべきコルック・ムスを一度味わうと、次々に襲い掛かる強烈な刺激と快感の嵐に溺れ、効能中は完全にトリップして動くこともできずに無防備状態となる。


 そして、覚めた後はその味が忘れられず、再度の欲望が強迫観念となるほどに強烈なものとなる。

 薬を得るためには、どんなことでもしでかしてしまうくらい強い影響を及ぼす。回を増すごとに、精神はいよいよと麻薬に支配され、自由を失う。


 普通、成人で一回百単位用いると、効能中はどんな刺激にも反応できない状態になり、覚醒後も麻薬の支配を受け続け、何度か繰り返し使用した後、心身の力を使い果たして乾ききった穴だらけの海綿のようになって死んでしまうと言われる。


 しかしながら、この薬への誘惑は絶ち難く、人々はその為に全財産を失い犯罪を犯した。その犠牲者の数は、天文学的な数値で増え続けた。


 しかも、一度それを覚えると、どんな薬も処方も療法も手段も、麻薬を求める凄まじい欲求を止めることができない。挙句にぼろきれのようになって死んでいくのも防ぐ事ができなかった。これまでは……。



 だが、この度ライルが、強制習慣性非合法薬剤(簡単に麻薬)取締り機関の要請で、麻薬対策に乗り出すことになったのだ。

 今、宇宙規模で、麻薬業者が横行しており、宇宙連盟平和共存推進保全管理機構(通称、宇宙パトロール)も、その対策に戦力の大半を割かねばならなくなっていた。

 麻薬取締り機関を独立させても、なお、その勢力は一向に弱まる気配をみせず、銀河諸国を悩ませていた。


 何しろ、自分達の利益の為には、法も倫理もない連中である。ある星に、麻薬業者が訪れたその三日後に、惑星の全土が麻薬に汚染された等ということも珍しくないのである。


 未開な種族を汚染させ、その世界に産出する貴重な資源の権利を奪ったり、麻薬に免疫のない高官を誘惑して、その世界の支配権を欲しいままにしたり、気がついたら、銀河連盟の中枢部にまで深く浸透していて、大幅な人事整理をせねばならなかったりと、目に余る所業で、ひいては、銀河連盟機構の存続さえも危うくしかねない有様だった。


 これは、地球の進出に伴って、麻薬業者の暗躍が活発化してきたと言われる。現に、麻薬組織の大物達は、ソル人(地球人)がほとんどを占める。

 ソル人のバイタリティーは目覚しく、銀河種族の間でも高く評価されているが、同時にそれはまずい方面でも名を上げてしまったらしい。



 現在、麻薬の種類は十億とも百億とも言われ、銀河中の多様多彩な生物の間で、姿を変え裏に潜み、充満しつつあった。その中で、有効な治癒処理の可能なものは数えるほどしかなく、それも大抵、薬の効果も弱く麻薬としては軽いものだった。


 無論、取り締まり機関の医師や科学者達が、日夜必死の努力を続けてはいるのだが、何しろ種類もその効果も膨大なものなので、一向にはかどる様子もなかった。

 そして、科学者達がやっと一つの麻薬を解決すると、麻薬組織のほうは、その倍の改良薬や新薬を出してくるのだ。

 ついに音を上げた対策本部は、半ば強引に、バリヌール人を多次元物理学研究所から引っ張り出し、これの研究に取り掛からせたのである。


 麻薬の実態を始めて知ったライルは、猛然と仕事を開始した。

 バリヌール人の知識と技術力に地球人の粘り強さと感を併せ持つ彼の手から、次々と勝利の成果が飛び出した。



 また、彼は、情報総合統括的な頭脳で、複雑に膨大な数の各所の研究機関との絡み合った構成を、ひと目で把握し、銀河中に散らばっている無数の有能な機関を統率し、極めて能率よく研究に当たらせた。

 それまで、重複して研究していた所にはそれぞれ別の目標を与え、知識が不足している為に作業能率が悪かった所には情報を送り、機材が不備なために難渋している所には、適切で高性能の機器を配した。

 彼は金銭面に関しては、全く頓着しないから、実に気前良く最新の高価な設備を提供して、麻薬取り締まり機関の財政を危機に陥れた。


 そして、縦横の連携を緊密にし、情報の交換を円滑にした。

 かくして、ライル・リザヌールを頂点とし、全銀河規模で回転する麻薬対策研究機関が形成された。

 その結果、研究がこれまでとは比較にならないほどの進捗しんちょくをみせ、その成果は日を追うごとに、ますます目覚しいものとなっていった。



 もちろん、これは提唱し指示した者が、バリヌールのライル・リザヌールであったからこそ為しえたわけで、宇宙に進出している種族は、みなバリヌールの偉大さを知り、どんなに頑固で偏屈な性格の持ち主でも、彼の一言には最大級の敬意を払うからだった。

 彼らは誰でも例外なく、嬉々として協力を惜しまなかった。


 まず、シアン系、次にコカイン系、ステロイド系と、無限にあると思われた麻薬が驚くべき速さで解決されていった。

 なにしろこの瞬間、この宇宙中に、どれだけの専門家が各々種々の麻薬を研究しているであろうか。

 銀河中の国家が対策に取り掛かり、一つの宇宙進出国には、何万と専門家がいて、各自異なる種類の麻薬を研究解決しているのである。

 しかも、横の緊密な連携ネットワークが互いを刺激し合い、彼らの熱意は否応もなく高まっていく。


 麻薬業者達が青ざめ、慌てだすのも無理もなかった。

 とりわけ、彼らの最大の切り札コルック・ムスを、ライルが治癒可能にしてしまってからは、それは深刻な問題となった。



 当然、彼らは、その対策を立てた。ターゲットは、もちろんこの危機を生み出した張本人、憎むべきライル・フォンベルト・リザヌール博士である

 彼を罠にかけるのは簡単だった。バリヌール人は宇宙一、疑うことが不得手な種族なのだ。しかも、麻薬組織は、こういう時のためにちゃんと布石を打っていた。


 ***


 ライルの消息不明をチャーリィ達が知ったのは、彼が研究所を抜け出して数日もすぎてからであった。


 群を抜いて秀でた種族特有の身勝手さを生まれ持っている彼は、麻薬取り締まり本部の研究所所長で、全銀河麻薬研究機構の名実ともに最高指揮官という立場にあるにもかかわらず、そのためにどれほどの迷惑をかけ、みんなを心配させるかなど、少しも気にせず、無断で、まんまと出し抜き、仕事を放り出して行ってしまったのだ。


 実際、彼はこの手の脱走を、過去にも何回もやっており、その度に周りの者に多大な迷惑と混乱を与えてきたし、また、単独行動を好むから、自ら困った立場に直面したことも一度や二度ではなかった。


 それでも一向に懲りる気配がない。彼に言わせると、集中力の落ちた仕事をし続ける事は時間と労力の浪費に等しいことになるらしい。

 その性癖を良く承知している本部の関係者らは、彼を注意深く監視していたのだが、一度決心したバリヌール人を、暴力なしで拘束することの不可能さを再度認識することとなったのである。



 チャーリィと勇は、本部にあるライルの私室の椅子に座り込んだ。本部から提供されたものだが、ほとんど使われた形跡がない。


「誰かが、ライルをそそのかしたはずだ。今、彼が夢中で手がけている麻薬よりも、ずっと魅力的な何かを彼に提示したんだ」


 チャーリィの言葉に勇が視線を机にさまよわせた。そこも何度も調べつくしている。


「だが、あいつはメモなんか残さないからなあ。忘れることがないから必要ないんだ。それさえあれば、手掛かりが掴めるのに」


 勇は肩をすくめて諦めの気持ち示すと、チャーリィに言ってきた。


「それほど緊急なことかい? 研究機構は軌道に乗ってるから、ライルがしばらく居なくてもどうってことはないし。そのうち、変な標本でも抱えて、ひょっこり戻ってくるんじゃないか?」


 いつぞやのライル行方不明事件のことを言っているのだ。


 彼は研究室をいきなり留守にすると、三週間も帰って来ず、みんなをひどく心配させたのである。捜索隊まで出て大騒ぎしたのだが、何しろ宇宙は広い。

 依然として行方が判らず人々が気を揉んでいると、ぽわぽわした異様な生物を数体伴って戻ってきた。


 遠方を廻ってきた旅人族から、珍しい惑星の話を聞いた彼は、急に思い立ってそこへ行ってきたのである。そのお土産が、得体の知れない生物の見本だった。

 代謝機構が珍しいと言う彼の保証通り、そいつ等は環境の変化により爆発的な繁殖をして、そこら中がそのぽわぽわで埋まってしまったのである。


 確かに、ライルは正しかった。


 そいつらは、素晴らしい食欲をみせて、草でも木でも石でも土でも好き嫌いせずに何でも食べた。食べながら増殖し、げっぷをしては臭いガスを出した。


 その時のパニックに近い大騒動は、チャーリィでさえも思い出したくない。パトロールが乗り出しやっとの思いでそいつらを処分した。


 全部、宇宙の彼方へ捨ててしまいたかったが、ライルが反対したので、数匹ばかり、そいつ等が唯一食欲を示さないゴムの檻の中、摂氏プラス四度の環境で飼育されている。

 ぽわぽわを見たかったら、月にあるルナ宇宙動物園に行けば、今でも元気に居るはずだ。


「それならいいんだけれどな」


 チャーリィもうんざりした様子だった。


「ただ、時期が悪い。あいつは麻薬を扱っている。そして、彼の所為で、今、麻薬界は大打撃を受けているはずだ。連中がこのまま黙っているはずがない。そうしたら、真っ先に狙われるのは……」

「ライルか」


 勇が言うのへ頷いて

「彼等に取っては、最も憎いだろうし、うまくすれば彼に、新しい麻薬を作らせることができるかもしれない」


 と、指摘すると、勇が問題外だと首を振った。


「ライルに? バリヌール人に麻薬をか? そいつは無理だよ」

「そりゃあ、無理さ。でも、連中がそれを承知かどうかは、わからないぜ」

「やっぱり、麻薬組織にさらわれたのかなあ」


 勇は案じるように、溜め息ついた。


「そう思って間違いないと思うよ。だから、わざわざお前を呼び出したんだ」


 だからこそ、こうして俺がでてきたんじゃないか。目が回るほど忙しいってのに。

 銀河連盟太陽系連邦代表評議員チャーリィ・オーエンが。


「だが、何処から手をつけたらいい? こうまでも、手掛かりがなくちゃ……」


 勇が途方にくれて首を横に振る。


「最近の、特に、ライルが失踪する四、五日前あたりからの奴と接触した奴を洗い出すしかないな」


 チャーリィの言葉に勇は頷いた。


「判った。部下にも手分けして調べさせよう」


 宇宙防衛軍所属特別機動部隊隊長近藤中佐。二十六歳。ますます軍人らしさに磨きがかかっている彼は、きびきびと立ち上がった。


 ***


 その数時間後、二人は、麻薬対策本部の特別室で会合をもった。盗聴防止が施されている。チャーリィの権限を使って借り受けたのだ。


「で、彼が指定期間中に接触した連中はこれだけだ」


 さすが、有能な特別機動部隊である。短時間のうちに調査をやり終えていた。

 チャーリィは自分でも調べた資料と照らし合わせた。


 彼は期間を失踪前日から遡って四日とした。興味を惹かれた彼が、それ以上ぐずぐず留まっているとは思われない。

 研究所の連中も容疑者に加えているから、結構な数になっている。


 二日前の夜、ライルは市内のホテルで、七つの星同盟のブリリアントの大統領アルルアンと一泊している。

 じっとその名を睨みつけるチャーリィを横目で見ながら、勇が遠慮がちに言った。


「そいつは白だよ。彼はライルに惚れている。奴が歩いた地面さえ拝みかねない。それに、麻薬撲滅組織の強力な筆頭だ」

「知っている!」


 チャーリィは苦々しげに吐き捨てた。

 ライルがアルルアンと親しくしているという噂は聞いていた。噂どころか、銀河中の大スキャンダルになっていた。

 その一言で銀河の情勢が変わるとさえ言われる偉大なる統率者が三人の美人妻を忘れ果て、ライルを夢中で追い回しているとスクープされたのだ。

 しかし、信じまいとした。


 二十五歳になったライルはますます美しく、それにまだ二十歳にも見えない。年を取らないみたいだ。

 チャーリィは忙しくなって、滅多に会えなくなっていた。たまに会えれば、その度に美しくなっていく彼に見惚れて、口も利けなくなってしまう。


 彼は少しも変わらない。

 無性で、無表情で、暖かく、にっこりと花のように艶やかに笑うのだ。

 男達がライルに魅せられても不思議はない。


「研究所のスタッフを除くと、彼と会っているのは、この十五人だな」


 勇がリストから名前を選び出した。


「トゥール・ランは除外」

「三日前の奴も除外だ。抜け出して行こうと考えたあいつが、男と寝る気にはなるまい」


 チャーリィが付け足す。なるほど、と勇はP-Tbのリストに斜線をかける。


「三回以上会っているのも、関係ないな。必要以上の接触を避けるだろうから」


 そうやって絞っていくと、三人が残った。


「特に彼、クルンクリスト人のメイラ△△△が要注意だ」


 チャーリィの言葉に、勇がびっくりして大声を出した。


「ばかな! メイラ博士はずっと昔から、ライルと最も親しい一人で、宇宙的な科学者で、指導者じゃないか! あんな穏やかな上品な人が、麻薬組織の手先になるはずがない!」


「落ち着けよ。俺だってそう思いたくないよ。ただ、彼は、ライルが失踪する前に最後に会った部外者なんだ。宇宙天文学の彼が、なぜわざわざライルを訪ねてきたのだろう。それから、最近、彼は体調が不調らしいという話も聞いている」


「まさか、チャーリィ、お前……」


 勇は、友の顔を見つめて絶句した。

※注:銀河連盟太陽系連邦代表評議員:通称、略して代表評議員、各銀河世界諸国から1ないし2名ほど、各諸国の代表として銀河連盟構成員を任じる。選抜基準・方法は各世界で異なる。太陽ソル系では、太陽系政府によって任命され、任期は2年。

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